安住紳一郎『THE TIME,』280人のスタッフの顔ぶれを語る

安住紳一郎『THE TIME,』280人のスタッフの顔ぶれを語る 安住紳一郎の日曜天国

安住紳一郎さんが2021年10月3日放送のTBSラジオ『日曜天国』の中で朝の新番組『THE TIME,』放送開始についてトーク。280人近いスタッフの引っ越しや集まったスタッフの顔ぶれなどについて話していました。

(安住紳一郎)皆さんは10月からなにか、生活が変わりましたでしょうか? 私はですね、レギュラー番組が10月1日から大きく変わりまして……。

(中澤有美子)誰よりも変わりましたね(笑)。

(安住紳一郎)朝の番組の担当になりました。

(中澤有美子)ええ。おめでとうございます。

(安住紳一郎)いや、全く「おめでとうございます」という挨拶は……。

(中澤有美子)ふさわしくなかったですか?

(安住紳一郎)はい。

(中澤有美子)いやいや、華々しく、ねえ。

(安住紳一郎)いいえ。あの、皆さんね、「おめでとうございます」とか言ってくださるんですけども。私は決して希望して行ったわけではありませんので。むしろ泣く泣く……。

(中澤有美子)気持ちを盛り上げようと……(笑)。

(安住紳一郎)ああ、そうですか?

(中澤有美子)ええ、ええ。

(安住紳一郎)そうですよね。あまり理由を知らない人が本当に「念願の!」とか言うから。いちいち「念願じゃねえよ」って思ったりして。「泣く泣くいろいろな事情を汲み取って行っているんだよ」なんて思って。

(中澤有美子)そうか(笑)。

(安住紳一郎)本当ですよ。で、微妙に微妙にニュアンスをごまかして言ってきたのにさ、もうなんか……そうやってみんなが間違ったニュアンスで捉えるからさ。はっきり言おうと思って。私、朝の番組に希望をして行ったわけじゃありませんからね? 泣く泣くですよ。最後の最後まで抵抗したんですから。

(中澤有美子)アハハハハハハハハッ! 本当ですよね(笑)。

最後の最後まで抵抗していた

安住紳一郎 TBS朝の帯番組MC就任を語る
安住紳一郎さんが2021年5月23日放送のTBSラジオ『日曜天国』の中でTBSの朝の帯番組のMCを務めることが発表された件について話していました。
安住紳一郎 TBSテレビ社長との話し合いの予定を語る
安住紳一郎の2021年5月30日放送のTBSラジオ『日曜天国』の中で2日後の火曜日にTBSテレビの社長との話し合いの予定があることについて話していました。
安住紳一郎 TBSテレビ社長との面談と社長秘書のすごさを語る
安住紳一郎さんが2021年6月6日放送のTBSラジオ『日曜天国』の中でTBSテレビ社長との面談についてトーク。社長秘書の方の仕事ぶりなどについても話していました。

(安住紳一郎)また私、局に所属しているアナウンサーですからね。局のアナウンサーなんて契約書を交わしていないんですから。口約束ですしね。気分ひとつですよ。そんなの。「やってくれる?」みたいな。そういうことですよね。「どうしようかな?」みたいなことですよ。まあまあ、それは会社の命令は絶対なんで、引き受けなきゃいけないんですけども、一応ね、同じ従業員として交渉の余地は当然、ありますよね? ということですよ。ひどいわー、いろいろな事情が重なって。本当に……さっそく心が折れたもんね。

(中澤有美子)アハハハハハハハハッ! あら、まあ!

(安住紳一郎)恐ろしいもの。人の気持ちっていうのはね。9月30日が木曜日で。ちょうど前の番組、『あさチャン』という7年続いた番組だったんですけども。金曜日から10月1日ということでスタートということだったんですけども。普通ね、週末をまたぐと月金の番組というのは落ち着きを取り戻すんですけども。木曜日まで前の番組をやっていて、金曜日から違う番組をやるっていうのはなかなか、オペレーションだけでも大変なんですよね。全くしかも違うものをやろうとすると。で、スタッフも人数が多いんですよね。まあ、放送業界がいかに昔体質のままでやっているかっていうことの表れというご指摘もありますが。スタッフが280人いるのかな?

(中澤有美子)わあ!

(安住紳一郎)で、スタッフルームというか、事務所があるんですけども。同じ場所を使うんですよね。なので木曜日の朝8時に夏目三久さんの挨拶とともに『あさチャン』の放送が終わりましたよね? で、引っ越しがね、木曜日の12時だったんですよ。なので『あさチャン』のスタッフは放送が終わって4時間以内に荷物をまとめてそこのフロアを出なくちゃいけないんですよ。なんか……「殿、引っ越しでござる!」みたいな。映画さながらですよね。だから、もうその4時間で荷物をまとめてブワーッと出ていくでしょう? そして、新しい番組のスタッフは今度、12時から次の日の準備がありますから。もう放送まで24時間を切っているわけですから。

前枠の番組は4時半からやっていますから。その4時間で他の部署とか、一応準備室っていうね、会議室を長い時間、半年ぐらい借り上げて。20畳ぐらいの会議室にスタッフが20人ぐらい、半年ぐらいかけて立ち上げ準備みたいなのがあったわけですけども。そこも含めて、他の部署から異動になった人たちが今度、またその4時間でブワーッと来て。で、「わしの机はどれじゃーっ!」みたいな感じでガーッと取るわけじゃないですか。すごい! 私、もうそのドキュメントの方が面白くて。自分のスマートフォンで撮影したりして。

(中澤有美子)アハハハハハハハハッ!

(安住紳一郎)すっごい……引っ越し、すごかったわー。こんなことになるんだと思って。4時間で300人同士、計600人の入れ替え。びっくり!

(中澤有美子)見たことがない!

(安住紳一郎)見たことがないでしょう? すごい。そして物の取り合いみたいな。なんか「ここはわしが使う!」みたいなのとか。

(中澤有美子)陣地確保(笑)。

(安住紳一郎)陣地確保。で、陽の当たる場所の机を取ったんだけども「西日が当たる!」みたいな。「ダメじゃ!」みたいな。面白かったー。大変。

(中澤有美子)面白いですね(笑)。へー!

(安住紳一郎)で、280人、300人ぐらいいるスタッフの半分は『あさチャン』をやっていてそのまま残る人たち。で、1/4はこの9月で番組が終了したところから流れて流入してきたスタッフ。なので私は『ぴったんこカン・カン』という番組が9月で終わったので、『ぴったんこカン・カン』のスタッフも何人か流入してきて。で、さらに1/4は自ら希望して他の番組をやめて。「そういう番組が始まるのならばぜひ、仕事をしたい」って立候補をして合流してきた組という、そういう陣容になるので。自己紹介やら名簿が配られる前にもう番組がスタートをするから。お互いに名前もわからず、力量もわからず。ただ、やっぱりなんですか? いきなり戦が始まるから。「とりあえず、お互いに刀を抜いてみよう」みたいな。それで「ううむ……意外にできるのう! では、この場はお前に任せる……」みたいな。

(中澤有美子)アハハハハハハハハッ!

(安住紳一郎)「どちらさんで?」「へい……」なんて。うーん。そういう繰り返し。本当にね、なんか面白いね。私、昔の日本の歴史が好きだから、勝手にいつもさ、出張の時は江戸詰めの地方の藩士が地元に戻るシーンと重ねちゃったりするけども。もう本当、なんか領地替えになった大名に付き従っている藩士たちにしか見えないよね。面白いよー! 全然俺も名前、わからないもんね。「わからないけど、とりあえずまあやってみてください」みたいな。「はい!」「あっ、何流ですか? 北辰一刀流ですね! わかりました」みたいな。

(中澤有美子)アハハハハハハハハッ!

(安住紳一郎)「ええっ? そこで左手を使うんですか?」みたいな。「ああ、そうですか。随分早くマイクを付けますね」とか。「ええっ? 時間を1時間単位で出しますか? 私は5分前ぐらいからでいいと思いますけど」とか。「ええっ? ああ、そうですか」みたな。「へー!」「はー!」なんて。面白いよね。

(中澤有美子)面白いです(笑)。

(安住紳一郎)で、皆さんもね、もう知っていらっしゃると思いますけども。放送局って実は現場に行きますと、放送局の社員といわれている人たちはほとんどいないんですよね。なので280人いてもたぶん社員は5人か6人ぐらいじゃないですか。管理職を除くと。で、あとは当然制作会社の皆さん方ということになるんですけども。制作会社の皆さん方は職人集団。職人さんっていう印象ですよね。それで、別に放送局や媒体を問わず、いろんなところに従事をしているということで。いわば、どの家に付き従うかっていうのはそれぞれの禄と戦い方によって。

「ああ、ここで働いてみよう」「いやいや、わしはもうこれにて御免つかまつる」みたいな感じで。そうなりますもんね。なので、そういう現場は面白いんですけどね。だから9月までは敵味方だったんだけども、急に10月からは一緒になるとかね。他局で働いていた人がなにかのきっかけで合流とか、そういうこともありますし。なので、「あれ? この人と今度、一緒にやるんだ?」みたいなこともありますよね。

「賤ヶ岳の戦いでは敵味方でござったか!」「此度は同じお館様のもと……」なんてね。「そなたの太刀筋は目に鮮やか! しかと覚えておりまする」なんてね。

(中澤有美子)いいですね(笑)。客観視できていいです。

(安住紳一郎)「よろしくお願いつかまつる!」みたいな感じとかね。そんな感じですよ。本当に。あとは、私は情報番組の帯を16年ぶりに担当をするんですけども。1998年から2005年まで、TBSテレビでやっていた『ジャスト』っていう番組があったんですけども。『ジャスト』っていう番組はその『ジャスト』の番組終了が決まった後、後番組がドラマの再放送枠になったんですよね。なので、後枠がない番組というのは完全にお家取り潰し状態になるので、完全にスタッフがもう残らないので散り散りになるんですよね。で、もう見るも無残に散り散りになるんですけども。なのでいろいろとちょっとね、終わった経緯などもすこし悔しい思いがあったりして。その『ジャスト』の残党なんかがやっぱりお家散り散りになったでしょう? で、16年ぶりに一応、当時水木金を担当の安住が戻ってくるということに関して、その思いが溢れちゃっているんだよね。なので今回、『ジャスト』の残党が3人ぐらい、いるわけだよね。

(中澤有美子)おおっ!

『ジャスト』の残党たちとの再会

(安住紳一郎)そしたらもう、スタッフルームの遠くから「安住しゃんっ!」みたいな。「来た来た来たー!」みたいに来るわけよ。「安住しゃんっ!」っていうのがね、いましたよ。

(中澤有美子)今まで、どこにいたんですか?(笑)。

(安住紳一郎)わからない。どこかで冷や飯を食っていたのかもわからないけどもね。ブワーッと来たよ。「16年、待っておりましたぞっ!」って言って。声が大きいから。

(中澤有美子)アハハハハハハハハッ!

(安住紳一郎)「ついにでございますなっ!」「いや、だから私は嫌々来ているんだよ?」「待っておりましたぞっ!」って。「若君もご立派になられてっ!」なんつって。「いや、なんとなく来たから。そんな……ちょっと違うよ?」なんて。「この日を待っておりました! 16年前の最終回の日、若は覚えていらっしゃいますかっ!?」なんつって。「うんうん。頑張ったね。みんな、頑張ったね。ここまで……どこに行っていたの、みんな? いろいろとつらい思いをしたのね。わかったよ」なんつって。「これが最終日に撮った写真でございますっ!」なんて。亡くなったお母さんの遺影みたいなのを出しちゃって。「ご覧くださいっ! 見てくださいっ!」「ああ、みんな若いね。そうか、そうか。そうだね。きよ彦さんも亡くなったね。清水由貴子さんも亡くなったね。そう。よし、わかりましたよ」なんて。

(中澤有美子)へー!

(安住紳一郎)いろいろとね、テレビ局で働く人たちのドラマでございますけどもね。あとは『はなまるマーケット』でもね、お世話になっていた人たちも少し合流してきましたよね。うん。『はなまるマーケット』で一緒に仕事をしていた、当時まだ学校を出たての女性がね、だから仕事を育児で少し休んで。落ち着いたんで久しぶりに職場復帰ということで戻ってきましたけどもね。「結婚して、子供を2人生んで。そう?」「そうですよ。もう旦那とは別れました」なんて。「ああ、そう? いろいろとあったんだね。息子さん、大きくなったの? 手を離れたって、小学生?」「ううん。25歳」「ええっ! それはもう、離れているね」なんて。面白いね。いろいろとありましたね。

(中澤有美子)はー!

(安住紳一郎)あとはね、280人もいると名前もわからないし、お互いがお互いをわからないよね。で、ちょっとね、動きが怪しい人とかたまにいるわけ。まあ、緊張をされているっていうこともあってね。で、なにかちょっとね、話をする時にスッと寄ってくるのが仕事熱心というのもあるんだろうけど。で、「ねえ。あの人……あのオーバーオールを着ている32歳ぐらいの女性の方、知っている?」「いや、わかりません」「ちょっと誰か、聞いてみて?」「いや、わかりません」「わかりません」なんて。「でも、さすがに本人に聞くのも失礼でしょう? 何をしている人?」「いや、わかりません」なんて。

で、280人集まった初日なんかみんな、何をしている人かわからないから。まあ、そこそこみんな、何をしているかわからないんだけども。「それにしても随分と一緒になるな?」って思ってさ……そしてだから、これね、本当に大げさじゃなくてね。ちょっとね、そういう不可思議な行動を取る人が結構いるわけ。で、当然280人で定員に達しない場合はいろんな経歴を持っている人を誰かが素早く採用をしているんだけども。週刊誌の記者の人が雇った……学生のようなアルバイトみたいな子を週刊誌の記者の人が雇って、その280人の中に入れてくる場合がたまにあるんですよ。

(中澤有美子)おおっ! へー!

(安住紳一郎)うーん。また戦国時代さながらでしょう?

(中澤有美子)か、間者?

(安住紳一郎)そう。急にね、「戦をやるぞ!」ってなって浪人を集めたら、スパイを入れてくる可能性、あるよね? でもみんな、それに構ってられないから。でも俺は1人、そういうのを楽しんじゃっているからさ。「なんかあの人、あやしくない? ちょっと……あの人の履歴、知っている人いないの?」「いや、わかりません」「わかりません」なんて。

(中澤有美子)楽しんじゃってる?(笑)。

(安住紳一郎)楽しんじゃってるから。

(中澤有美子)「あの人も?」「あの人もそうかも?」なんて(笑)。

(安住紳一郎)でもほら、私も25年のキャリアを持っているから。そのへんは慣れているわけよね。だから、その怪しい人が4人ぐらいいるわけ。

(中澤有美子)そんなにいるのか!

(安住紳一郎)そんなにいるのよ。怪しい人が。いや、いるのよ。みんな、ほら。職人集団だからさ。「この船はダメだ」って思ったらすぐに乗り換える人たちもいるからさ。だから「ちょっと、うーん……まさかね」って。でもほら、たまにやたらと番組の内情に詳しい週刊誌ってあったりするからね。そういうところはね、結構可能性ありますよ。

(中澤有美子)「関係者が語る」みたいな。

(安住紳一郎)そういうことはあるわけで。ただ私もそのへんは百戦錬磨ですから。それぞれ怪しい人が……俺、一応4人、マークしているんだけども。その人の聞こえている範囲で情報をちょっとずつ変えているんだよね。なので……。

(中澤有美子)なるほどね。どれが漏れたか(笑)。

(安住紳一郎)漏れた時に「ああ、この情報が入っているなら、この人」「この情報が入っていない場合はこの人」みたいなことでね。ちゃんと、リークあぶり出し作戦を展開してますから。フフン(笑)。

(中澤有美子)さすがでございます、殿!

リークあぶり出し作戦を展開中

(安住紳一郎)いやいやいや。もうね……小さな藩ですから。それぐらいやらないと雄藩には押しつぶされてしまいますからね。まあ、そういうのも楽しんでやってみようかなとは思っていますけどね。4時間で引っ越しをするのは驚きましたね。

(中澤有美子)そして初回の放送を出すところまでこぎつけて。すごかったですね。

(安住紳一郎)それでほら、半分の人は昨日、7年やった番組を終えたばかりなので。少し……なんていうか、少し、まあ仕事だから仕方ありませんが。「終わってしまった」ということで虚しさが残る中ですからね。その人たちを労いながらという作業ではありつつですもんね。

(中澤有美子)ええ、ええ。

(安住紳一郎)いやー、いろんなことがありましてね。で、結果もう嫌になっちゃったっていうね(笑)。

(中澤有美子)アハハハハハハハハッ!

(安住紳一郎)うーん。どうですか、皆さん? こういう内輪の話がお好きな方、最近多いですもんね。

(中澤有美子)困ったなー(笑)。

(安住紳一郎)困ったよねー。いや、でも本当ね、みんなに見てほしいんだよな。あのプロの制作集団がさ、集まってお互いに名乗りを上げている感じの。「おうおう、我こそは、かつては『モーニングショー』で日光猿軍団の取材と言えばわしでござった!」「ああっ、あの日光猿軍団をほぼ独り占めしていた伝説のディレクターとはこの人か!」とか。

(中澤有美子)「見ておりました、見ておりました!」って(笑)。

(安住紳一郎)「見ておりました!」「はっはっ!」みたいな。すごいよねー。面白いよねー。「おうおう、我こそは、我こそはっ! 川崎で逃げたニシキヘビを最も早くカメラに収めたディレクターでござる!」「はあーっ!」。

(中澤有美子)「記憶に新しい!」。

(安住紳一郎)「記憶に新しい……」って(笑)。

(中澤有美子)「乗りに乗ってござる!」みたいな(笑)。

(安住紳一郎)すごいよね。

(中澤有美子)すごいですね。そうそうたる(笑)。

(安住紳一郎)そうそうたる。いろいろとね。「かつて麻布十番で逃げた猿を3日間、寝ずに追い回した小松崎ディレクターの子孫!」みたいな。「子孫!? 息子? おお、息子さんか!」なんて思って。「小松崎さんの息子さん? 子孫……ああ、そう? 小松崎さんの息子さん? 小松崎さんじゃないのね。よろしく」なんて(笑)。

(中澤有美子)アハハハハハハハハッ!

(安住紳一郎)面白いね(笑)。ごめんなさい。この話、あと6時間ぐらいできるから(笑)。

(中澤有美子)最高です(笑)。いつまでも聞いていたい。

(安住紳一郎)よろしくお願いしまーす(笑)。

<書き起こしおわり>

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