高橋芳朗 2020年アメリカ大統領選挙と音楽業界の動きを語る

高橋芳朗 2020年アメリカ大統領選挙と音楽業界の動きを語る MUSIC GARAGE:ROOM 101

(渡辺志保)なるほど。今もね、そのビリーの話題でグラミー賞のことについても触れていらっしゃいましたけれども。この『ディス・イズ・アメリカ 』に関してもグラミー賞がひとつ軸になってるのかなという風にも思いまして。当たり前だけど、毎年毎年行われる世界最大の音楽の祭典ですが。特にこの書籍の中にも書かれているとは思うんですけれども、高橋芳朗さんが印象に残ってるグラミーのパフォーマンスとかスピーチとか出来事とか、そういったものってどんなものがありますか?

(高橋芳朗)やっぱり一番インパクトがあったのが2015年。第57回のグラミー賞の最優秀アルバム賞のスピーチで登壇したプリンス。彼のスピーチですかね。

(渡辺志保)もう歴史的に語り継がれそうなスピーチをね。さすがプリンスという。

(高橋芳朗)「みんな、アルバムを覚えてる?」って言ったんですよね。そのアルバム賞のプレゼンターとして登壇したから。「みんな、アルバムを覚えてる? アルバムはまだ大切なんだ。書物や黒人の命と同じように、アルバムはまだ大切なものなんだよ」って言ったんですよね。「Albums still matter. Like books and black lives, albums still matter.」って言ったと思うんですけども。

Black Lives Matterってたぶんこのプリンスのスピーチによって日本では一気に認知されたようなところがあって。その言葉の起源自体は2012年、トレイヴォン・マーティン殺人事件の公判を受けて広まって、その後、2014年のアメリカ版の流行語大賞みたいなやつに選ばれたりしたんですけども。たぶん日本だとこのプリンスのスピーチがひとつの契機になっているのかなっていうところがあって。

Prince「Like Books And Black Lives, Albums Still Matter」

(渡辺志保)たしかに。

(高橋芳朗)これは『ディス・イズ・アメリカ 』という本の出発点にもなってるし。あと、やっぱりこの後にプリンスは亡くなってしまうわけですけど。なんかプリンスのひとつの置き土産になってるのかなっていう感じで。

(渡辺志保)そうか。もう本当にこの2015年のグラミー賞って、この『ディス・イズ・アメリカ 』にも書いてある通り、私はファレル・ウィリアムスのパフォーマンス。彼もそれまであんまり「黒人の命が……」とか「公民権が……」とか、そういったタイプのアーティストではなかったなっていう風に思っていて。ちょっとナードで……彼のシングルで『Happy』というものをパフォーマンスして。でも、そこで一転して自分が「Hands Up, Don’t Shoot」という風にね、しっかり自分の立ち位置というか、声明というか、そういったものを発表してステージ上でみんなで手を挙げて抗議のパフォーマンスをしたっていうのがすごく個人的には印象に残ってますね。

(高橋芳朗)そうですね。だからファレルからあとビヨンセ。それでコモンとジョン・レノンの『Glory』。この流れがすごい、この年のグラミーのひとつの軸になっていたかなっていう感じがするし。ちょっとそのBlack Lives Matterの大きな……運動が拡大する大きなひとつのきっかけになっていたかなっていう気がしますね。で、ここからその翌年の2月のケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』に繋がっていくっていう感じで。すごい時代だよね。

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(渡辺志保)すごい! いやー、まばたきもできないぐらいに。

(高橋芳朗)本当にこのへんの流れは今、振り返ってみてもすごいですよね。

(渡辺志保)そうですね。なので、だから私もこの番組で度々、Black Lives Matterについてということをお伝えしていて。当事者であるアメリカの黒人の方とかにも登場していただいているんですけれども。決して、そのBlack Lives Matterのムーブメントとか、その黒人の命が……とか、権利が……っていう問題は今年、起こった問題ではなくて。ずっと脈々と続いて言われていることであるし。そのアメリカのエンタメ界やポップス界においてもずっと主張し続けられてきたことであるんだなっていうのが、やっぱりこの『ディス・イズ・アメリカ 』を読んですごい感じたところでもあります。

(高橋芳朗)この年はやっぱりひとつのターニングポイントにはなっていましたよね。

(渡辺志保)分岐点という感じもします。で、ちなみに毎年1月末から2月上旬に行われているグラミー賞ですけれども。2021年、来年のグラミー賞は一体どんな感じになっちゃうのか。これまた全く想像がつかないっていう感じがするんですけど。

(高橋芳朗)あの、予想みたいな話ですよね? どうなってくるのか。

(渡辺志保)どうなると思いますか? ざっくばらんに。

2021年グラミー賞の展望

(高橋芳朗)ちょっと難しいですけど……たぶん、順当に行けばテイラー・スウィフトの『folklore』が評価されるのかなと思っていて。彼女はずっと政治的スタンスに関して沈黙を保ってきて。去年、『Lover』っていうアルバムを出したタイミングで民主党支持とトランプ批判を表明して。それで今年の1月にNetflixのドキュメンタリー映画で彼女が主演というか、彼女の動向を追った作品『ミス・アメリカーナ』っていうものが……。

(渡辺志保)あれ、結構見ごたえがあって。

(高橋芳朗)ありましたよね。これも今年も重要トピックだと思うんですけど。テイラーがその政治的スタンスを明らかにするまでの葛藤を追った内容で。両親とかスタッフの静止を振り切ってまで、涙ながらに「私は歴史の正しい側に立っていたいんです」っていう風に言って。

(渡辺志保)ねえ。生々しかったですよね。本当に。

(高橋芳朗)本当に心を揺さぶられるものがありましたけども。

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(高橋芳朗)その後、ジョージ・フロイド事件の直後にも、トランプが抗議運動への発砲を示唆したツイートに対してテイラー・スウィフトが噛みついていったんですよね。「11月に絶対あんたを落選させてやるわ!」みたいなツイートをしたりして。

(渡辺志保)もう宣戦布告的な。

(高橋芳朗)そうそう。その、すごい彼女のアクションに覚悟を感じるというか。この激動の時代にアーティストとして何が残せるだろう?っていうのをすごく意識的に活動してると思うんですね。今。で、その『folklore』っていうアルバムもその象徴だと思うんで。それがその2020年の象徴としてやっぱり評価されてくるかな?っていう気がすごいしますね。

(渡辺志保)おおー、そうかそうか。

(高橋芳朗)あとはBTSかな。BTSがどういう風に評価されるかがすごい楽しみです。

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(渡辺志保)そうですね。なんかまあ、繰り返しもこれから年末にかけて何度も話に上ることだと思いますけど。やっぱり今年はね、オスカーではポン・ジュノ監督の『パラサイト』があれだけ躍進して。それで実際にBTSもビルボードのチャートのトップっていう偉業を成し遂げて。今日もこの番組の冒頭にブラックピンクとカーディ・Bの曲をかけたんですけど。

やっぱり、「多様性」という言葉で収まりきらないような大きいうねりがアメリカエンタメ界をブワーッと襲ってるのかなという風に感じますので。それらが今度はグラミー賞では……アカデミー賞では『パラサイト』にスポットライトが当たりましたけど。翻って音楽部門のグラミー賞ではどういう風に評価されるのか?っていうのは非常に私も楽しみにしてるところです。

(高橋芳朗)『パラサイト』が評価されたことによって、そういう空気がちょっと出来上がってるところもあると思うんですよね。

(渡辺志保)そうですよね。「ああ、ありなんだ」みたいな。

(高橋芳朗)しかも、全米ナンバーワンというものすごい分かりやすい形で結果が出てるから。主要部門のノミネートもあり得るんじゃないかなという気がしますけどね。

(渡辺志保)ねえ。本当に。そうなんですよ。で、今年の1月に行なわれたグラミー賞ではリル・ナズ・X、リゾ、そしてビリー・アイリッシュがめちゃめちゃ脚光を浴びたという、そんなグラミー賞だったと思うんですけど。次の年はどうなるのかな? なんか今回も非常にグラミーにしてはすごく珍しく多様性を重んじたなっていう風に個人的には思っているので。それがまた更に枠が広がるような形になるのかなという……。

(高橋芳朗)そういえばリル・ナズ・Xともね、BTSはパフォーマンスをしていたし。それがひとつの布石としてあるのかな?っていう気もしますね。

(渡辺志保)間違いないですね。前も、トランプ大統領の就任式直後のグラミー賞ってすごく政治的なパフォーマンスが……あとえばア・トライブ・コールド・クエストのパフォーマンスなんかもあって、めちゃめちゃ力強さを随所に感じたので。もしかしたら2021年もね、いろんなものが吹きだまりのようになって……(笑)。

(高橋芳朗)大統領選の行方によっては、またさらにすごい政治的・社会的メッセージの強いセレモニーになるかなっていう気もしますよね。

(渡辺志保)ねえ。そんな気もします。ちょっと最後の締めっぽい質問になるんですけれども。今、本当にもう混沌とした状況が全く収束の気配もないまま、2020年が終わろうとしているって感じがするんですけれども。それでもう大統領選が間近に迫るっていう感じですが。高橋芳朗さんとしてはこれからのアメリカのポップスシーンっていうのはどういう風に社会に影響をもたらしていくとお思いですか?

(高橋芳朗)今、話したテイラー・スウィフトとかBTSがひとつの良いサンプルになるかなと思うんですけど。やっぱり今はもう政治的・社会的ステートメントしっかり打ち出してるアーティストじゃないと、なかなか聞かれない状況になってるかなっていうか。こっちとしても聞く気になれない感じがしますね。この『ディス・イズ・アメリカ 』の本でもニーナ・シモンの「今、我々が生きている時代を反映させることはアーティストの責務である」という言葉を紹介してますけど。

たぶんね、この言葉がますます大きな意味を帯びてくるんじゃないかなっていう気がしますね。そういうところに曖昧な態度を取ってるアーチストはちょっと活動しにくい状況になっていると思うんですよ。テイラー・スウィフトもやっぱりその自分の政治的スタンスを表明したことが強さとなって『folklore』に繋がったと思うし。BTSもBlack Lives Matterの支援をちゃんと表明してますからね。

(渡辺志保)そうですよね。しかもメチャメチャ巨額の寄付金も送っていて。

(高橋芳朗)そうそう。それが今のポップミュージックシーンでの彼らの存在感に繋がっていると思うので。やっぱりそういうところが確実に連動してくると思いますね。

(渡辺志保)今後、彼らの役割としてもどんどん大きくなっていきそうですし。存在感も増していくのかなという風にも思います。で、この『ディス・イズ・アメリカ 』はご丁寧に最後にプレイリストも記載されているっていう。嬉しい!っていう感じですので。やっぱりこれは皆さん、各種ストリーミングサービスなどを使いながら……。

(高橋芳朗)そうですね。今はやっぱりもうストリーミングサービスもだいぶ浸透してきたと思うので。これにのっとって読み進めてもらえればなという感じですかね。特に本編で紹介している曲をまとめただけで、特別な選曲をしてるわけではないんですけれども。ぜひ読みながら、これでプレイリストを作って聞いてもらえたらなと思っています。

(渡辺志保)ありがとうございます。そしてこのコーナー、また最後に高橋芳朗さんから1曲、選曲をしていただいておりまして。これまた超名曲、超クラシックですが。どのような背景で選んでいただいたのかを……。

(高橋芳朗)この本の『ディス・イズ・アメリカ 』で取り上げている曲から選ぶのが筋だと思ったんですけども(笑)。

(渡辺志保)そうですよね。私も最後、プレイリストのページを見ながら「あれ? これ、入ってない曲だよな?」って思ったんだけど。

(高橋芳朗)なんか今、時代の流れだスピーディーすぎて。どうもなんかしっくり来なくて。ここで取り上げている曲から選ぶのが。で、ちょっと選んだのがマーヴィン・ゲイのクラシックですね。1971年の名盤中の名盤『What’s Going on』から『What’s Happening Brother』という曲を選んだんですけども。今年の重大トピックとしてさっき言い忘れちゃったんですけども。そのBlack Lives Matterの運動が拡大していった中で6月12日。スパイク・リー監督の映画『ザ・ファイブ・ブラッズ』が公開された衝撃も……。

(渡辺志保)そう! それ!

(高橋芳朗)鳥肌が立ちましたよえ?

(渡辺志保)もうそれ自体が壮大なサウンドトラックになってますよね。

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(高橋芳朗)そうそう。もちろん、こんなことが起こるということを予想して映画を作ってたわけじゃないじゃないですか。もう偶然、タイミングが重なったわけですよね。

(渡辺志保)かつ、その後でその『ザ・ファイブ・ブラッズ』で主演を務めていたチャドウィック・ボーズマンがなんと、ガンを患って逝去されてしまうということも。

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(高橋芳朗)8月28日に亡くなってしまって。この映画は本当に今のBlack Lives Matterにも繋がってくるメッセージの黒人差別を扱った映画なんですけど。劇中でそのベトナム帰還兵の主人公4人がベトナムのジャングルの中をさまよい歩きながら、この『What’s Happening Brother』を歌うシーンがあるんだけども。それがもう、脳裏にこびりついていまだに離れなくて。「もうこの国は本当にどうなっちまったんだよ?」っていう歌なんだけども。それがもう、なんか他人事に思えないっていうか。

本当にもう先が見えない中をさまよい歩いてる状況というのは今、世界のどの国でも通用する状況、メッセージなのかなと思って。それでこの曲を選んだのと、あとやっぱり今、志保ちゃんが言ったみたいにチャドウィック・ボーズマンの追悼の意味も込めて。ちょっとね、いまだに引きずってるところがあるんですけど。

本当にこの映画の劇中で彼が演じてたノーマンっていうキャラクターはキング牧師とマルコムXが同居したようなキャラクターで。本当にこれからの時代に必要とされる精神的支柱になるようなロールモデルになり得るような人だと思ってたんで。本当にショックだったのでまあ、そのチャドウィックの追悼の意味も込めて選びました。

(渡辺志保)ありがとうございます。では最後に高橋芳朗さんから曲紹介をお願いできますでしょうか。

(高橋芳朗)マーヴィン・ゲイで『What’s Happening Brother』です。

Marvin Gaye『What’s Happening Brother』

<書き起こしおわり>

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