スポンサーリンク

渡辺志保 Kendrick Lamar『Mr. Morale & the Big Steppers』を語る

渡辺志保 Kendrick Lamar『Mr. Morale & the Big Steppers』を語る INSIDE OUT

渡辺志保さんが2022年5月16日放送のblock.fm『INSIDE OUT』の中でケンドリック・ラマーの最新アルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』について話していました。

(渡辺志保)今日はね、だから私もこの放送、自分でも楽しみにしていたし。でも、それと同じぐらい気が重い。本当に。私なんぞが……別にそんな気負わなくてもいいとも思うんですけども。私なんぞがこんな「解説します」なんて言っちゃって……もうバカ!っていうね、気持ちで。

(DJ YANATAKE)でも金曜日に誰よりも志保さん、待っていたし。今日、ゲストを呼ぼうか?っていう思いもあったんですけども。でも、志保さん、ケンドリックの話をしたいっていうのもあったし。でもさ、まだ金曜日に出たばかりで、この数日間で全てを紐解くこともできるわけもないし。ねえ。しかもお子様もいて。そういう状況で。でも、やっぱりこの何日かで志保が感じたことはみんなも聞きたいと思うんだよね。

(渡辺志保)いやいやいや、恐縮でございます。本当にね。もう、本当にケンドリックさん、すごいアルバムを作りんさったっていうね。ただ、その一言でございますが、まあ、ちょっと僭越ながらこの解説をヌルッと始めたいと思うんですけれども。でも本当にあと最低10回は通して聞かないと「うん、わかった!」みたいな感じにはならないんじゃないかなっていう風に今現在、私も思っているところでございます。で、先週の金曜日、5月13日(金)に発売されました『Mr. Morale & the Big Steppers』というアルバムですけれども。前作のアルバム『DAMN.』が2017年だから5年ぶりのアルバムということです。

でも、なんか「もう5年も経ったのか!」って思うね。私はね。なんか、ついこの間、この『INSIDE OUT』で同じように『DAMN.』の解説みたいな感じで。「全部がリバースしてて……」みたいな話をした気持ちもあるんだけども。5年間、あっという間だなと思いながら聞きました。で、私もですね、この約2日、3日で国内外というか、メインは国外ですよね。主にアメリカとかUKになりますけれども、やっぱり既にもういろんなメディアがこの『Mr. Morale & the Big Steppers』のレビューとか考察の記事をバーッと出してるんですよね。

で、私も本当に読めるだけ読んで。最近、Evernoteのアプリを10何年ぶりに使っているんですけども、Evernoteでもう線を引きまくりながら「ここも大事、ここも大事」とか思いながら読んでいて。今も読んでるし、自分の中で解読しようとしている最中ではあるんですけれども。やっぱりこの5年間の間にケンドリックが何してたのか? とか世間はどうだったか? みたいなことからそのレビューを書き進めている記事が多かったなという風に思います。

たとえば「#MeToo」のムーブメントがあったりとか、アメリカの大統領選挙があったりとか。あとはやっぱりコロナですよね。COVID-19というそのパンデミックがあった。そしてケンドリックさんの個人的な私生活においてはですね、2人の子供が誕生したということがありまして。そして私もこの2年間、コロナが世界的に流行したタイミングで2020年の3月に子供が生まれていて。まずそれと同時にコロナがバーッて流行り。

でもそれと同時に、私もいろんなラッパーの方にこの2年間、インタビューをしてきたんですよね。「コロナがその作品を作るにおいて何か影響を与えましたか?」みたいな質問を私も結構、するわけなんだけども。まさかあのケンドリックもコロナウイルスのことをラップしているし、それに影響を受けた曲ができたっていうことはちょっとびっくりしたし。それにプラス、「ああ、ケンドリック・ラマーも普通の1人の人間なんだな」ということも同じように感じました。

で、私がこのアルバムを聞いて感じたことは「ケンドリック・ラマーも人間なんだな」っていうことで。それを非常に強く感じました。で、その印象はまずこのアルバムのアートワークがリリースされる数日前に発表になりましたけれども。このアートワークを見た瞬間にもそれを感じたんですよね。

(渡辺志保)なんかちょっと質素な印象っていうか、派手なアートワークじゃないですよね。今回のは。たとえばケンドリック・ラマーも白いTシャツを着て、ベージュのこれはディッキーズのパンツなんですかね? それを履いている。で、その後ろにはフィアンセのホイットニーさんがいてベッドの上に座ってる。そして乱れたシーツの上に座っていて。かつ、ホイットニーさんは生まれたばかりの男の子の赤ちゃんを抱っこしている。

そしてケンドリックは長女……2歳かな? もうすぐ3歳だったかな? 2019年生まれの長女を抱っこしてる。そしていばらの王冠を身に着けてるっていうことで。たとえばこのいばらの王冠ひとつとっても、たとえばめちゃめちゃ豪華な、ゴージャスな派手な王冠ではなくて、いばらでできているっていうところがたぶん、大事なメッセージなのかなと思って。それでちょっと調べたんですけど。私も恥ずかしながら宗教的な知識とかっていうものは全然ないんですが。このいばらの王冠っていうのはキリストが処刑される時に無理やりかぶらされたもので。「受難」のたとえでもあるっていうことなんですよね。

だからそれもまたひとつ、このアートワークで示していることなのかなという風にも思いました。実際に既に発表されているミュージックビデオの『N95』では実際にキリストが磔にされたようなポーズを取ったケンドリック・ラマーの姿っていうのが何度も映し出されているっていう、そういう繋がりもあるのかなと思いますし。で、腰には拳銃を一丁、差しているわけですけれども。これもまた先行曲で配信された『The Heart Part 5』でも「自分の地元は殺人事件もそんなに重大な出来事ではないように扱われるんだ」っていうことをラップしてたんですけれども。そういったことも連想させられますし。

あとはその、家族を守る1人の父親、1人の男性としてのケンドリックの意識の表れというか、意思の表れなのかなという風にも感じました。でも、この生まれたばっかりの子供をさ、乱れたシーツの上で抱いて。足をバーンと投げ出してっていうそのホイットニーちゃんの写真の様子を見ても、本当に私も出産後、すぐにマジで毎日こんな感じだったなという風に思いだしたし。だから私みたいな存在で「ああ、なんかわかる」みたいな。ちょっと庶民的な感覚っていうのが伝わるなという風に思っていました。

で、なんかそういうちょっと庶民的な感覚っていうのがアルバムの中を通しても結構ね、ちょいちょい出てくるなと思ってて。たとえば、そうね。『United in Grief』という最初の1曲目があるんですけれども。そこでもたとえば「ロレックスの時計を買ったけど、1回しか身に着けてない」とか、「インフィニティプールを買ったけど、1回もそこには入ったことはない」みたいなねことをラップしてますし。そのさっきも触れた『N95』では、「もうシャネルもドルチェ&ガッバーナもバーキンのバッグも外してしまえ。そういうデザイナーのブルシットをがないお前は一体何を持ってるっていうんだ? そういうのは全部イカサマなんじゃないか?」みたいな感じのリリックもラップしているということです。

(渡辺志保)なので本当になんか、うまくまとまらないけど1人の男性なんだな。1人の男、1人の人間なんだなっていうのをめちゃくちゃ強く感じました。で、それはね、繰り返すけれども何度も何度もやっぱりアルバムの中にステートメントというか、なんていうんですかね? ひとつのケンドリックの柱として何度もそういう描写が出てくるんですよね。で、たとえば『Crown』という曲では「愛は季節によって変わるということを学んだんだ」っていうことをラップしつつ、フックでは「I can’t please еverybody(みんなを喜ばせることなんかできない)」っていうことを本当に繰り返し繰り返し繰り返し、ラップしてるんですよね。で、ここではシェイクスピアの『ヘンリー四世』の引用ですね。すごい有名な一節を引用していて。

(渡辺志保)だから、なんていうんですかね? みんなのからのプレッシャーとか期待とか名声とか、そういったものに耐えられなくなったっていう、そうした気持ちも強くここには反映されているのかなという風に思いましたし。あと『Savior』っていうね、本当にもうタイトルそのものって感じですけれども。『Savior』っていう曲があって。これでもですね、「僕はみんなの救世主じゃないから」っていうことをラップしてて。

で、ちょっと面白いリリックだなと思ったのは冒頭で「俺(ケンドリック)はあなたの救世主じゃないですよ。あなたのことを救ったりしてはくれないですよ。J・コールもそう。救ってはくれない。フューチャーも救ってくれない。レブロン・ジェームズも救ってくれませんよ」っていうことを冒頭の方でもラップしてて。なので、いかにきらびやかに華やかに、そしてめちゃくちゃデカいキャリアを歩んでいる、築き上げているようなセレブリティーも、あんたのことは助けてくれないんだからね。そんなに神格化しすぎるなよっていうことはひとつ、伝えたいのかなという風にも感じたところです。

(渡辺志保)ということで、ちょっとケンドリック、本当にこの曲、この1曲に結構言いたいことが詰まってるのかなっていう風に思った『N95』という曲を皆様にも聞いてもらいたいなと思うんですけれども。『N95』、繰り返しますけれどもミュージックビデオが出てて。それも併せてぜひ見てほしいというのと、この『N95』というタイトルはそのコロナの時にみんながつけたマスクですね。それが『N95』っていう風に言われてますので、そこからきたタイトルなんだろうと思います。じゃあ、ここでちょっと聞いていただきましょう。ケンドリック・ラマーで『N95』。

Kendrick Lamar『N95』

(渡辺志保)はい。ただいまとお届けしたのはケンドリック・ラマーの最新アルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』から『N95』でした。そうなんですよね。だから「1人の生身の人間です」ということをひたすらケンドリックのメッセージとして受け取ったわけなんですけれども。かつね、やっぱりこれまでのアルバムよりもすごく生々しくラップをしてるんですよ。で、自分の心の不安定さとか、アンバランスさとか、脆い感じですよね。そうしたものがすごくディープに、生々しく伝わってくるアルバムだなという風にも思いました。

で、ずっと私も言ってるんですけれども、いくつかアルバム全体を通して根幹となるトピックみたいなものがあって。その脆さであるとか、「1人の生身の人間です」ということももちろんそうなんですけれども。あと、最初の『United in Grief』という曲の歌詞の中でも明らかにされるんですけれども。セラピストとの対話であるとか、カウンセリングに行くとか、メンタルヘルスの問題ということもずっとぶれずにラップをしていることなんですよね。このアルバムを通じて。

で、『United in Grief』の中に「I wake in the morning, another appointment I hope the psychologist listenin’」っていうリリックがあって。「朝起きて、また診察に行かないと。先生が話を聞いてくれるといいんだけれどな」というようなリリックがありまして。タイトルの「Mr. Morale」っていうのはですね、たぶん話を聞いてくれる精神科の先生であるという風にひとつ、考えられると思うんですね。で、アルバムの中には実際に『Mr. Morale』という曲も入っているわけなんですけれども。

あと最初に言うの忘れちゃったけれどもこのアルバム、2枚組なんですよね。2 Disksなんですね。で、これまたアルバムのリリースのちょっと前に写真がリークっていうか、ケンドリックの方から発表されておりましたけれども。『Mr. Morale』って書いてあるCD-R……またこのCD-Rっていうのがいいなと思って。CD-Rと『the Big Steppers』って書かれたCD-Rの2つをケンドリックさんが持っている写真が発表されてましたけれども。

(渡辺志保)そう。2枚組。で、ケンドリック・ラマーの過去のアルバムをひっくるめても、この2枚組で発表するというのは今回が初めてということです。でも私、思ったんだけど。iPhone上でAppleMusicとSpotifyを見たんだけど、Disc1とかDisc2とか書いてないんですよね。で、TIDALはDisc1で1曲目、2曲目、3曲目。Disc2の1曲目、2曲目っていうような表記に表記になっていたけど。それと今、フォロワーの方にも教えていただいて。パソコンのブラウザ上でSpotifyでチェックすると、2枚組にわかれているんだけど。でもそれは1から9までのトラックの通し番号の次にまた1から始まってて。ちょっとパッと見は2枚組であるということがわかんないんだ。

で、これって話が逸れちゃうんだけども、ストリーミング時代の弊害では?っていう風にも思いましたね。なんかね、結構それって大事なことじゃない?っていう風に思って。なんか、そこの表記をもうちょっと、またアーティストの意向に即したものになればいいのになという風にも思いました。で、1から9曲目、1枚目のディスクが『Mr. Morale』。で、残りの半分が『the Big Steppers』ということになるのかな? で、1枚目の最後は『Purple Hearts』っていう曲なんですが。サマーウォーカーが参加してる。プラス、ゴーストフェイス・キラーが参加してる。私、びっくりしちゃいましたね!

(渡辺志保)で、最初のバースがケンドリックで、そこからサマーウォーカーも参加するフックが流れて。で、ゴーストフェイス・キラーがラップをした瞬間に「うおおーっ! レジェンド、来たー!」という気持ちにもなりました。で、そこからまた『Count Me Out』っていう曲が始まって、最後の『Mirror』っていう曲までがディスク2ってことなんですけれども。

でも、私も無駄にツイートしたけど発売日にこのケンドリック・ラマーとかこのアルバムのタイトルをハッシュタグをつけてつぶやくとカスタム絵文字って言うんですかね? プロモーション用に作ったオリジナルの絵文字が自動的に追加されてつぶやかれる仕様になっていましたけども。その絵文字もさ、2枚のディスクが並んでいる絵文字だったんですよね。だからやっぱりケンドリックにとってはこの2枚組、しかもなんかそのCDの絵文字だったから。CD-Rっぽい絵文字だったから、その物理的な2枚組っていうところに彼はすごくこだわっているのかなという風にも感じましたね。

で、私の所感ではありますけれども、やっぱりディスク1の方がより、これまでのケンドリックのラップのスタイルというか内容に近いもので。それでもすごくやっぱりね、深遠な、ディープなことをラップしてるんだけれども。ビートの感覚がソニカルというか。サウンド的にもちょっとアップリフティングなものがちらほらと見られるのがディスク1の方で。

それでディスク2が本当に本当に重くて。私は2曲で泣きました。ひとつは『Auntie Diaries』という曲で、もう1曲は『Mother I Sober』という曲で。この『Mother I Sober』はポーティスヘッドのベス・ギボンズさんが参加されているという、ここもまたあっと驚く……まあ、ゴーストフェイス・キラーもあっと驚いたけど、ここでポーティスヘッドが!っていう感じの、そういう驚きがありまして。で、ここも詳しく話すには私の準備と尺がないような気もするんですけれども。ただね、まず『Auntie Diaries』という曲はケンドリック・ラマーの親戚にいる2人のトランスジェンダーの人物のことを歌っているんですね。「僕のおばさんは今、おじさんになった」っていうこと。「男になった」っていうことをラップしていて。

あともう1人は自分のいとこですね。そのことを歌っているんですけれども。これはですね、いろんなメディアもいろんな書き方をしていて。たとえば「ヒップホップシーンで初めてトランスジェンダーの人々に対する応援歌ができた」という風に非常に好意的に「素晴らしいぞ」という風に評しているメディアもある。で、私も最初はそういう風に受け止めて。かつ、やっぱりケンドリック・ラマーのあのストーリーテリングの技術で自分の小さい頃の思い出を重ね合わせながら、自分のおじさんといとこについてラップしていくわけなんですけれども。

それで私もすごく感極まっちゃって。朝のコーヒー屋で涙が出ちゃったんですけど。という側面も持ちつつ、もうひとつはこの曲の中で「F」から始まる放送禁止用語。侮蔑語ですよね。日本語に無理やり置き換えると「オカマ」っていうことになると思うんですけれども。「F」から始まるそういう言葉があります。まあ、そうね。うーん……ちょっと言うのは悩ましいけれども。「ファゴット」という言葉があって。その単語が何度も出てくるんですよね。

ただ、それはケンドリックももちろんその文脈があって使っている言葉ではあるんだが、しかしながらそれはどうなのか? いかなる理由であれ、そういう風に誰かが言われたらその人が傷つく言葉、呼び名をいくらケンドリックといえども、そういう風にラップの歌詞で使うのはどうなのか?っていうことがちょっと議論されていたり。プラス、「デッドネーミング(Deadnaming)」という風に言うそうなんですけれども。たとえばトランスジェンダーの方で女性から男性になる。または男性から女性になる方がいらっしゃるわけですけれども。

その「自分がジェンダーを変える前、性を変更する前に使っていた名前は基本的には使わないでくれ」という姿勢で皆さん、いらっしゃるわけなわけなんだそうです。まあ、私はその当事者ではないから「そうだそうなんですね」としか言えないんですけれども。しかしながら、ケンドリックはこのリリックの中に出てくるトランスジェンダーの人物がセレブリティーを含めて3名、いるんですけれども。その3名ともに性を変更する前の名前を使っていたりとか、性を変更する前のジェンダーで呼んでいたりっていうことがあって。それはちょっとね、ディスリスペクトに当たるのではないかという風に今、議論されているところです。

まあ、この議論がよりネガティブな方向、ネガティブな方向に進むことはちょっと考えにくいなとは思うけど。私の立場は本当に当事者ではないから、なんとも言えないんですけれども。だからそこでちょっとね、この曲を不快に思っている、この作品をちょっと不快に思ってる方もいらっしゃるそうですよということを付け加えておきたいなという風に思いますね。

うん。難しい。今、私が感じていることを伝えるのもなんか難しいなという風に思いながら話しているんですけれども。あともうひとつは、これ、マジ泣きしてしまったのが『Mother I Sober』っていう、そのポーティスヘッドのベス・ギボンズが参加している、このアルバムの最後から2曲目に収録されてる曲なんですけれども。

これもですね、ケンドリック・ラマーがラップしている……で、このラップの仕方っていうのがすごい、ささやくように、静かにとうとうとラップしてるんですよね。でも最後になるにつれて、どんどんこう声を張り上げていくような感じになるんですけれども。嗚咽って感じなんだけど。感想はね。で、それは自分の家族がその家族から受けた虐待。家族から受けた性的虐待のことを歌っているんですよね。自分のお母さんだったり、自分の親戚のことを歌っているわけなんですけれども。

で、それってケンドリックのお家の中、家庭内の問題ではあるが、それがアメリカにおける黒人家庭の多くが同じような問題を抱えているということもラップしていて。なので、「そうしたトラウマに我々は悩まされ続けているのだ」っていうようなことをラップしております。でも本当にこんな風にラップするケンドリック・ラマー、なかなか聞いたことがないなと思って。まあ、『To Pimp a Butterfly』に収録された『These Walls』とか『u』っていう曲もなかなかの熱演っぷりっていう感じもありましたけれども。

なんかすごくドラマティックに、エモーショナルに私は聞こえてしまいまして。かつ、その歌っているのもその家族の、家庭内の問題っていうことで。なんかすごく私は感情を揺さぶられてしまいました。というわけで、ちょっとここでまたもう1曲、聞いていただきたいなと思うんですけれども。『Mother I Sober』という曲を聞いていただきたいなと思います。

Kendrick Lamar『Mother I Sober ft. Beth Gibbons of Portishead』

(渡辺志保)はい。ただいまお届けしたのは『Mother I Sober』という曲でした。本当、なんか静かな曲なんですよね。で、この『Mother I Sober』のフックでもう繰り返し繰り返し歌われているリリックっていうのが「俺じゃなかったらよかったのに」っていうリリックなんですよね。で、いろんなトラウマがあって。ここはベス・ギボンズさんのコーラスのパートになりますけれども。「I wish I was somebody Anybody but myself」っていう。「他の誰かだったらよかったのに。俺じゃなかったらよかったのにな」っていうことをラップして歌っている曲なんですけども。

で、これがアルバムを締めくくる最後から2番目の曲なんですよね。で、ずっと7分近くある曲を最後まで聞いていくと、最後に「You did it, I’m proud of you」っていう女性の声が入るんですけども。「よくやったね。あなたのことを誇りに思うわよ」と。で、「You broke a generational curse」っていう、「何世代にも渡って続いてきた呪いをあなたが解いたのよ」っていうことをケンドリックに話しかけるような最後のアウトロの声が入っていて。で、これが婚約者であるホイットニーさんの声なんですけれども。

だから「パパにありがとうって言いなさい」っていう風に娘さんに話しかけるんですよね。そしたら娘さんが「お父さん、ありがとう。お母さんもありがとう」って言って。「ミスター・モラルさんもありがとう」って言う娘さんの一言が入って。で、最後にサム・デューというフィーチャリングシンガーの方が「私が眠ってしまう前に、私のために私のことを愛してくれませんか? そしたら私たちは自由になります」っていう。その一言を経て、最後の『Mirror』という曲に流れるんですけれども。

この『Mirror』がですね、直前まで歌ってた「ああ、僕が僕じゃなきゃよかったのにな」っていうこととはまた反対に、フックの部分で「I choose me, I’m sorry」って。「ごめん。僕は僕であることを選んだんだ」っていうねリリックになってるんですよね。それでアルバムが締めくくられるわけなんですけれども。この曲もですね、最初にコダック・ブラックの曲で「I choose me(僕が僕であることを選んだ)」というセリフで始まるんですよね。で、もうこの終わり方もすごい「泣ける!」と思って。なんですかね? 涙がブワーッみたいな感じになっちゃって。

で、そのコダック・ブラックっていうのがミソで。今回のアルバムにコダック・ブラックがちょいちょい出てくるのよ。で、こういう風に最初、ちょっと一言だけ言いますみたいなところもあれば、フィーチャリングアーティストとして名前がクレジットされている曲なんかもありまして。で、私は「コダック・ブラック、なんだろう?」って思っていたの。で、このアルバムを通して、その『Mother I Sober』でも歌われているような、たとえばセクシャルアビューズ、性的虐待の話であるとか。あとはそのキャンセルカルチャーについてもすごいラップしてるんですよね。「キャンセルカルチャーってなんだよ?」みたいなことを『N95』でも歌っていて。

あとはアメリカの黒人の人たちのその不完全な家庭。そしてそこに継承されてしまうトラウマとか痛みっていうこともラップしているわけなんですよ。で、そこにおいてコダック・ブラックって私にとっては全く反対の存在だなという風に思っていて。彼もまだ10代のうちから本当に何度も何度も刑務所とか少年院に出入りして。いくつも裁判を抱えて。そして去年の1月、前トランプ大統領の恩赦を受けて釈放されたって、「なんじゃ、そりゃ?」っていう感じの人生を送っているし。ただ、コダック・ブラックも娘や息子がいるわけなんですよね。

だから、これもいろんなレビューとかで……Complexなんかもいろんな書き方をしていたわけなんですけれども。そのコダック・ブラックをここでフィーチャーする。自分が主張していることとは反対の人生を歩んでいる、反対の象徴であるようなコダック・ブラックを呼んだことっていうのがまた、ケンドリックの中ではひとつの正解なのかなという風に思ってて。

コダック・ブラックをフィーチャー

(渡辺志保)『The Heart Part 5』でもやっぱりウィル・スミスとかカニエ・ウェストとか、自分が望まない方向で自分自身の存在を消費されてしまったブラックメール(黒人男性)っていうのが象徴的に出てきたと思うんですけれども。そこと繋がるメッセージなのかなとも思っていて。世間が……私もだからまさにそうですけど。世間が作り上げる黒人男性のイメージというか、ステレオタイプの象徴としてコダック・ブラックを起用した。しかしながら、あとプラスしておきますと、R.ケリーの名前もアルバムの中に何度か出てくるんですよね。

だからR.ケリーとかコダック・ブラックっていうのはケンドリック・ラマーの……これはわからない。本当に憶測だけど、ケンドリック・ラマーさん的には「もう許せばいいじゃん」っていう風に言ってるのかな? とも思いました。なんか、ちょっと上手く伝えられなくて申し訳ないけど。で、私がすっごく心を揺さぶられた曲がその『Mother I Sober』と『Auntie Diaries』なんですが。もうひとつ、『We Cry Together』という曲があって。これが本当にすごい曲なのよ! で、男女の口喧嘩をそのままもう収録したような曲で。マジでどうやってレコーディングしたんだろう?ってめちゃくちゃ気になる曲ではあるんですよね。で、本当にすっごい言い合うの。ケンドリックとパートナーが。

で、これは別に実際のパートナーであるホイットニーさんが参加しているわけではなくて。俳優の方が参加してるんですよね。テイラー・ペイジさんという実際にドラマや映画で活躍している女性の俳優さんが参加してるんだけど。本当にすごいの。もう本当に超スーパー演技大賞みたいな、もうアカデミー賞あげますみたいな感じで。もう本当に殺気立つような雰囲気でお互いが言いあっていて。しかもさ、その女性の方が「あんた、ちんこちっちゃいくせに何を大物ぶってんだよ?」とか、本当にいちいち心のメモ帳に書き留めていつかの口喧嘩で使いたい……「いつか、旦那と口喧嘩する時にこれは使いたいワードだ」みたいなのがすごいたくさんあって。

そこでも、だから女性側の言い分として「あんたみたいな男がいるから、トランプ前大統領が生まれたわけだし。あんたみたいな男がいるから、R.ケリーは自分のことをアビューザー(虐待している側)であると気づけないんだよ」っていうことを言っている。で、そのお返しとしてそこに、ケンドリック・ラマーが反論するんだけど。「いやいや、お前みたいなドラマティックな、感情的なピッチはもうたくさんだ。お前らみたいなフェイクフェミニストはもうたくさんだ」っていう風にラップして。

なんかそこが本当に上手いなって思いました。で、たとえばフェミニズムだとか、「私はフェミニストです」って言っている女性たちに対してケンドリックというか、黒人男性。もしくはその男性全体が言いたいことというのはたくさんあるとは思うんだけど。それをさ、ただ闇雲に、言うたらミソジニックにワーッと何かを言うわけではなくて、このようにお互いの非常にハイブリッドな意見をここで実際に戦わせながら表現しちゃうっていうケンドリックのすごさ、すさまじさっていうのをすごく感じたし。

この『We Cry Together』は子供がいないところでぜひ聞いてほしいという感じなんですけれども。ひとつ、なんか本当にケンドリック芸の真骨頂だなという風に感じました。いや、まとまらないですね。そう、感じました。

(渡辺志保)あと今、実際にツイートでもいただいてますけれども。(ツイートを読む)「『good kid, m.A.A.d city』や『To Pimp a Butterfly』『DAMN.』と違って、すっきりさせたりワクワクさせたりするところがひとつもないところが今回の特色かなと思いました。ライブでドカンとなりそうな曲が皆無なのに何度も聞いてしまう」ってツイートをいただきましたが。でも本当に私も同じことを感じました。たとえば前作の『DAMN.』だと本当にリアーナが参加してますよとか、あとU2が参加しますよとか。そういった特色もありますし。プラス、『DNA.』とか『HUMBLE.』っていう曲はクラブヒットとしても、めちゃくちゃ機能するし。そして、フェスでみんながジャンプしながらコールアンドレスポンスをして、モッシュもしちゃうみたいな、そういうことが安易に描けるような曲がいくつも入ってましたけれども。

本当に今回のアルバムのはそういう曲が……まあ捉え方によっては、ヤナさんとかプロのもう百戦錬磨のDJの方が聞くとまた違うかもしれないけど。でも、そういうなんかさ、「フェスでうわーっ!」みたいな曲がやっぱりないんですよね。でも、その分、聞かせることに徹したアルバム。そしてケンドリック・ラマー自身が自分の感情を吐き出すことに注力したアルバムなのかなという風にも感じましたし。これをそのTop Dawg Entertainmentからの最後のアルバムとして置いたっていうのは、やっぱりなんかそこにケンドリックのラッパーとしての覚悟というか、重すぎる置き土産というか。いろんなことをね、感じました。

で、ちょっともう1個いいですか。インスタグラムでもたくさんコメントをいただきましてですね。たとえば「ケンドリック・ラマーが1人の人間に戻り、大きく背負っていたものから解放されたアルバム」っていう。その通り! あとは「カニエの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』を初めて聞いた時の衝撃に似た感覚を覚えました。またしっかり作り込まれた曲が多いことにケンドリックのラッパーとしての矜持を感じました」とかね。

「音楽的には楽しめたけれど、文学的にはあまり紐解けていないので解説を楽しみにしています」っていうコメントをいただきましたけども。本当にもう文学的に、読み解けば読み解くほどわからないし。私もいろんな解説の記事を読んで、なんかパズルを当てはめていくかのように解読しているという感じがしますね。「説明できませんが4回くらい通して聞いちゃってます。まだまだ増えると思います」。いや、本当ね。そして「まだまだ聞き込み中ですがTwitterでエミネムがドレーに向けてつぶやいてる内容が気になります」ということで。

エミネムももう手放しで称賛してましたよね。「Yo @DrDre this Kendrick album is f****** ridiculous. I’m speechless.」っていうね。「クソみたいにバカげてるほどに傑作だ。言葉も失うぜ」っていう風につぶやいております。

エミネムも絶賛

(渡辺志保)で、さっき紹介した『We Cry Together』という曲はかつてね、エミネムが『Kim』という曲を出したんですけれども。その曲と似てるっていうか、その『Kim』をちょっとオマージュしてるんじゃないかっていう深読みさんもネットで私はいくつも見かけました。というぐらい、すごいアルバムよ。なんかまとまらなくてごめんなさいっていう感じだけど。

(DJ YANATAKE)いやいや、もう今日はね、いっぱいしゃべってもらって。それでもね、まだまだね、足りない……。

(渡辺志保)本当、まだまだ足りないのよ。本当まだまだ足りないし、ちょっと先駆けて告知をすると、来週の5月24日のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』でこの作品についてちょっとしゃべりに行きます。ちょっと。

(DJ YANATAKE)なるほどね。いや、でもまだ来週でも再来週でも、また新しい事実がわかったり、盛り上がる出来事が出てくると思いますので。またその都度都度ね、しゃべっていきましょうよ。アルバムについてはね。

(渡辺志保)お願いします。ありがとうございます。まとまらない解説で。

(DJ YANATAKE)とにかく志保さんの今日の……まだリリースされて3日目。だから「パート1」ぐらいですよね?

(渡辺志保)ありがとうございます。そうね。だからネームドロップがいつもより多かったのも「おおっ!」って思ったし。そう。「カニエとドレイクが仲直りしたことに戸惑いを隠せませんでした」みたいなリリックもあったり……(笑)。

(DJ YANATAKE)ねえ。そんなことを言うんだ?っていう感じだけどね(笑)。

(渡辺志保)「ああ、そうなんだ」っていう感じのね。あとね、エックハルト・トールっていうドイツの心理学者の方の名前もたくさん出てくるし。彼の実際の音声もアルバムの中に入ってるんですよね。だから私もエックハルト・トールさんの本を頑張って原書で読めたら読みたいなという風に思いました。

(DJ YANATAKE)まあ志保さんがリリース前に予想してたようにね、「難しいアルバムになるだろう」っていうのもね、まさにその通りで。

(渡辺志保)そう。ざっくり。本当、頭悪い人の感想みたいなね(笑)。

(DJ YANATAKE)いやいやいやいや。でもまあ、なんかさらにさらに紐解いていくとね、いろんな解釈が楽しめるアルバムだっていう感じがしますので。まだまだ焦らず、じっくりいきましょう。このアルバムに関しては。

(渡辺志保)焦らずにね。ありがとうございます。

(DJ YANATAKE)お疲れ様でした。ありがとうございました。

(渡辺志保)お疲れ様でした。また話させてくださいっていう感じです。

<書き起こしおわり>

タイトルとURLをコピーしました