町山智浩 スパイク・リー『ザ・ファイブ・ブラッズ』を解説する

町山智浩 スパイク・リー『ザ・ファイブ・ブラッズ』を解説する たまむすび

町山智浩さんが2020年6月30日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でスパイク・リー監督の映画『ザ・ファイブ・ブラッズ』を解説していました。

(町山智浩)ということでですね、今日の本題は『ザ・ファイブ・ブラッズ』という映画を紹介しましす。これはですね、ベトナム戦争についての映画なんですね。で、Netflixで今、もう配信してるんで見れる状態なんですけれども。主人公たちはベトナム戦争に行った5人の戦友です。だからお爺ちゃんです。70近い人たちですね。で、その5人のメンバーが「ザ・ファイブ・ブラッズ」と言うんですか「ブラッズ(Bloods)」っていうのは「Blood Brothers」という、その血よりも濃い関係で繋がってる、実際に血は繋がってないんだけれども絆が固い親友というか、まあ戦友なんですけども。

その5人で、1人は戦場で死んじゃったんですけれども。まあ息子を1人連れて、ベトナムに45年ぶりに帰るんですよ。自分たちが戦った戦場にね。で、それはその戦場で死んだリーダーがいて、その人が戦場で死んだままなので、その遺骨を収集に行くということでベトナムに行くんですね。で、川を登ってどんどんどんどん山奥に入っていって、山岳地帯の方に入っていくんですけど。ラオスとの国境の方にね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)でも、彼らには本当の目的がありまして。このファイブ・ブラッズには。実はそこに大量の金塊を埋めてあるんですよ。その戦争中、45年前に埋めた金塊を取りに行くんです。

(赤江珠緒)えっ、自分たちで埋めたの?

(町山智浩)自分たちで埋めた金塊を。ところが、そのラオスとの国境の山岳地帯に行ってみて、金塊を掘り出しにそうとするんですが……周りは全部地雷地帯なんですよ。大変な量の地雷が埋まっていて。戦時中に埋められたものが今もまだ撤去が進んでいないんで、その地雷によって今も多くの人たちが手足を失っているような真っ只中のところに行ってしまうんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)しかも、その金塊を取りに行って、その金塊を現金に変えるために地元のヤクザと接触してたので、地元のギャング団がその金塊を狙って総攻撃を仕掛けてきます。

(赤江珠緒)うわっ!

(町山智浩)彼らはもともとベトナムの勇敢な兵士なんですけども、なんせ70近いので。かなり戦うのは結構厳しいわけですよね。しかもほとんど丸腰ですしね。で、息子はそんな経験のない息子なんで全然戦力にならないし。で、周りを全部敵に囲まれた状態でジャングルの中を逃げ延びられるか?っていう話なんですけども。さらに問題があって。この5人の「ザ・ファイブ・ブラッズ」のうちの1人のポールっていう人がですね、いわゆるベトナム戦争で心に傷を負ったPTSDなんですね。

で、その戦場の記憶と現在の記憶が何だか訳が分からなくなっていくんですよ。で、金塊を掴んで自分だけ逃げようとして、めちゃくちゃになっていきます。だから、地雷はあるわ、敵は襲ってくるわ、内部でも崩壊してるわっていう、すごい状況になっていくという映画なんですね。で、これはただ、それだけじゃなくて。そこに現在のアメリカの問題とか、ベトナム戦争の問題であるとか、ありとあらゆる社会問題を全部、めちゃめちゃに盛っていってる映画なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

スパイク・リー監督作品

(町山智浩)それはね、この監督がスパイク・リーという監督なんですが。この人、アフリカ系の監督なんですけれども。この人は常に時代の何て言うかタイミングをうまく掴む人なんですよ。誰よりも早く。この人が1989年に撮った……だからもう30年前に撮った『ドゥ・ザ・ライト・シング』という映画があるんですね。それはニューヨークの街で黒人の若者が警察官に首を絞められて窒息死して。それが原因で大暴動が起こるという映画なんですよ。

(赤江珠緒)今、まさに起きてることだ!

(町山智浩)今、起こってることなんですよ。それを30年前に映画にしてたんですよ。そういう感じで常に社会を見つめてるんで、時代の先を行ったり、予言をしたりする人なんですね。だからこの『ザ・ファイブ・ブラッズ』っていう映画も実はその今のBlack Lives Matterの運動が起きるよりも前に完成をしている映画なんですけど、Black Lives Matterの問題が入ってくるんですよ。

(山里亮太)なるほど!

(町山智浩)だからまさに時代を見てるから、同時進行したり予言する人なんですね。このスパイク・リーっていう人は。でね、またもうひとつ、すごく複雑な展開になっていて。このポールという元ベトナム帰還兵のお爺ちゃんがだんだんこの過去と現在が訳がわかんなくなっていくんですよ。で、訳がわかんなくなって、それで今、後ろでかかってる音楽があるんですが。こういう音楽が聞こえてくるんですよ。

(曲が流れる)

(町山智浩)というのは、これは当時そのベトナム戦争に行った時にラジオから聞こえてた曲なんですよね。それが彼の頭の中に鳴り始めるですよ。それは実際にですね、北ベトナム軍のラジオ局がありまして。ハノイっていうところが北ベトナムの首都だったんですけど。そこからアメリカ兵に対してラジオが当時、ずっと放送されてたんです。これね、ハノイ・ハンナ(Hanoi Hannah)と呼ばれていたベトナム人の女性が英語でずっと語りかけていたんですよ。アメリカの兵隊さんに向かって。で、これは日本でも東京ローズ(Tokyo Rose)っていう人がいたんですけど、ご存知ですか?

(赤江珠緒)ああ、そうですね。歴史上。はい。

(町山智浩)第二次大戦の時にね、英語でアメリカ兵に対して語っていたDJがいたんですけども。

(赤江珠緒)戦意を喪失させるようなことを……。

(町山智浩)そうそう。各国、全部やっていたんですよ。戦争の時にね。で、このハノイ・ハンナっていう人はそのアメリカの兵隊さんたち。特に黒人の兵隊さんたちに対して「あなた方は元のアメリカの国ではひどい目にあって踏みにじられてるのに、どうして白人のために戦うんですか? あなたも何の恨みもない我々ベトナム人をなんで殺すんですか?」っていうような語りかけをラジオでしていたんです。

(赤江珠緒)なるほど。たしかにそれはそうですね。

(町山智浩)そう。それがこのポールさんに蘇ってくるんですよ。で、そこでまたそのポールさんもすごくおかしくなっておて。彼は熱烈にトランプ大統領を支持しているんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)黒人なんですけども。で、そういう人は実際にいるですよ。で、そういう人たちはね、ベテラン(Veterans)って言われている元兵隊さんたちに多いんですよ。というのはトランプ大統領はすごくそのベテランと言われているアメリカの元軍人たちにものすごく福祉を厚くしようとしてる人なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですね。

(町山智浩)で、それは今までアメリカのために散々血を流してひどい目に遭ってきてつらい目に遭ってきた兵隊さんたちが、実際にはあんまりいい生活をしていないんですよね。アメリカでは。で、「あなたたちはずっと踏みにじられてきてるでしょう? だから私はこれまでの歴代の大統領の中でも初めてと言えるぐらい、あなたたちを厚く敬って福祉をします」ということをトランプ大統領は主張してきたんで、すごい支持率が高いんですよ。

(赤江珠緒)ああ、帰還兵には人気があるんですね。

元軍人たちによるトランプ支持

(町山智浩)そうなんですよ。ところがですね、一緒に行ってるその「ザ・ファイブ・ブラッズ」のメンバーはそのポールをバカにするんですね。「あんなインチキ野郎を何でお前は尊敬してるんだ? なぜならば、彼はベトナム戦争の時に『足の骨に異常がある』という言い訳をしてベトナム戦争に来なかったやつだぞ?」って言うんですね。実際、トランプはベトナムに行かなかったんですよ。足は大したことないのに。

まあ、お金があるからそういうことができたんですけども。それはだからブッシュ大統領も行かなかったしね、クリントン大統領も行かなかったし。だから結構みんな行ってないんですよ。「そんなを尊敬しているのはおかしいじゃないか?」と言われるんですけど、ただ彼は今までずっと、ベトナム戦争に行ってつらかったのに誰もそのことを労ってくれなかったから、そのトランプに優しくされて嬉しかったですよね。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)だからそういうね、「黒人と言えばトランプ大統領が嫌いだ」っていう、そのみんなが思ってるようなステレオタイプじゃなくて、ひっくり返してくるんですよ。この監督は。「そうじゃないよ」って。で、さらに今度、ベトナムに行ってみると、そのベトナムの現在のギャングたちが彼を襲ってくるんですけど、ものすごく残酷に襲ってくるんですね。

で、「なんでそんなに俺を狙うんだ?」っていう風に言うと、「それはお前たちアメリカ兵が私たちの父親や母親を殺したからだ!」って言われるわけですよ。で、彼ら……そのポールとかはベトナム戦争に行って苦労をして大変だったっていう被害者気分なんですね。ところがベトナムに行ってみると、彼らは加害者なんですよ。

(赤江珠緒)そうですね。うん。

(町山智浩)だから黒人の映画なので、じゃあ黒人の被害者として描くということでもなくて。「黒人もベトナムに行った時は加害者だったじゃないか」っていうところまでこの映画はえぐってくるんですよ。ここはね、かなり厳しい話で。途中で「ソンミのことを覚えてるか?」って言うんですけども。ソンミ村事件ってご存知ですか?

(赤江珠緒)虐殺があったやつですか?

(町山智浩)そうなんですよ。1968年にアメリカ兵がただの農村をベトコンっていうゲリラの村だという風に決めつけて。女性と子供と老人ばかりを少なくとも347人。多く見積ると500人。赤ん坊とかも皆殺しにしたっていう事件がありまして。これもすごいのは、発覚したのはアメリカ軍がたまたまヘリコプターで通りかかった時にその現場を目撃しちゃったんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そういう理由で?

(町山智浩)それで発覚してるんですよ。で、「お前ら、そういうことをやっただろう?」と言われてね。だからこれ、本当にどこにも逃げ場がない、すごい強烈な話になってるんですよ。

(赤江珠緒)本当ですね。

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