吉田豪 松本零士の素顔を語る

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吉田豪さんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。漫画家 松本零士さんの素顔を紹介していました。

(小林悠)今日はどなたの?

(吉田豪)はいはい。今日は松本零士先生を取材したのが、あまりにもちょっとインパクトがすごかったので。その話をちょっとたっぷりしてみたいなというね。

(玉袋筋太郎)ええ。いやー、いろんなインパクトのある話もあるんだけどね。豪ちゃんね。

(吉田豪)(笑)。まだ無理ですよ!

(玉袋筋太郎)まだ無理ですよね!

(小林悠)ちょっ、ちょっ、ちょっ・・・

(玉袋筋太郎)その筋はね、ちょっと解けない筋がいろいろあって。

(吉田豪)その筋感のある話が(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。まあまあまあ。ねえ。松本零士先生っつったらやっぱり俺たちはさ、『宇宙戦艦ヤマト』だ、『キャプテンハーロック』だ、『銀河鉄道999』とか。すごい影響を与えてくださった先生ですよね。

(吉田豪)日本のアニメブームを作った人ですよ。

(玉袋筋太郎)そうだよ。日本のアニメブームの礎ですよ。はい。

(小林悠)その彼の生き方も、なかなかパンチ力のあるものであると?

(吉田豪)ここまでとは思わなったですね。びっくりしました。

(玉袋筋太郎)おおー!行こう!行こう!行こう!

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あらすじとその筋

(小林悠)ではさっそく、松本零士さんのあらすじとその筋をご紹介します。1938年福岡県のお生まれ。現在77才です。幼少期より漫画を書き始め、1954年、高校1年生の時に『蜜蜂の冒険』でデビュー。高校卒業後に上京してからは、少女漫画や動物物など、さまざまなジャンルの漫画を手がけ、1970年代半ばから80年代にかけては松本アニメブームを巻き起こします。ご存知『銀河鉄道999』や『宇宙戦艦ヤマト』で有名な日本を代表する漫画家のお一人。それが松本零士さんです。

(玉袋筋太郎)うん。

(小林悠)そして吉田豪さんの取材によりますと、松本零士さんのその筋は、その1。幼稚園の頃から血の気が多いヤンチャな九州男児の筋。その2。貧乏から生まれた漫画『男おいどん』。多くの悩める男性を救った四畳半下宿ぐらしの筋。その3。あの蒼き衣をまとった少女と有名なモビルスーツ。名付け親は俺だ!の筋。その4。梶原一騎さんとの仲違い説。その真実は・・・の筋。その5。破天荒な松本零士伝説。ケニアでライオンと戦うつもりが悟りを開き、北方領土の上空でスクランブルの筋。その6。原稿を買い戻し、貴重な漫画を復刻する漫画本コレクターの筋と、6本の筋がございます。

(玉袋筋太郎)いやー、このね、4、5っつーのがやっぱりいいね。梶原一騎さんとの仲違い説。あとこの破天荒ぶりだね!

(吉田豪)破天荒なんですよ。

(玉袋筋太郎)すっごいよね!

(吉田豪)イメージと違いすぎましたね。ちょっと、いきなり5から行っちゃいますかね?

(玉袋筋太郎)行っちゃおう!5から行こうよ。みなさん、イメージですよ。あの松本零士さんのイメージをしながらこの話を聞いていただくと、もうそのギャップに驚くと思うんですよ。

(吉田豪)まあ、小型犬っぽい感じの小さなおじいちゃんですよね。77才の。

(玉袋筋太郎)そうそうそう。

(小林悠)穏やかそうな。

(吉田豪)インタビューを始めて、なんか冒頭からちょっと不思議だったんですよ。『本当、昔はね、ゆるくてよかったんだよね』っていうことをすごい言っていて。具体的にどんな話が出てくるのか?と思ったら、とんでもない話が出てきたわけですよ。

(玉袋・小林)(笑)

(吉田豪)『外国に行って、ほとんどの飛行機は操縦したね。俺』っていう話で。

(玉袋筋太郎)ええっ?

(吉田豪)『もちろん無免許だけど』って言っていて(笑)。

(玉袋筋太郎)きたきたきた!(笑)。

無免許で飛行機を操縦しまくる

(吉田豪)『えっ?無免許で飛行機って運転していいんですか?』『うん。昔はよかったんだよ』っていう。

(小林悠)よくないと思いますけど(笑)。

(吉田豪)『シミュレーターでね、ただ訓練を受けていたからちゃんと離着陸もできるんだよ』って。『素人は離陸はできても着陸はなかなかできないのに、なんでできるんだ!?』って言われたって。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)『シミュレーター、ちゃんとやってたからね』って言っていて。で、出てきたとんでもない話が、『40年ぐらい前に「木綿のハンカチーフ」の太田裕美さんを乗せてジェット機を操縦したことがある』っていう。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)『えっ!?』っていう。あの、ソニーの宣伝部長が下宿の仲間だったらしいんですね。で、その関係で太田さんがソニーの社長の専用機で北海道に行くと。『お前、飛行機好きだろ?来い!』って言われて。『俺がじゃあ操縦する!』って言って(笑)。

(玉袋筋太郎)松本さんがでしょ?

(吉田豪)名乗りをあげて。本当に小さくてあまりにもボロボロの飛行機で。『こんなの嫌だ』ってマネージャーが逃げ出したくらいの飛行機だったんですけど。で、それに乗り込んで。まあ、離陸はちゃんと正規の操縦士がやって、上空に行ったら松本零士さんがバトンタッチされたんですけど。

(玉袋筋太郎)なんでそのバトンタッチ、しちゃうかね?

(吉田豪)『任せた!』っていう。で、『せっかく北海道に行くんだから』っていうことで、『まず北方領土を見てから行こう』っていうことになって(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。その発想がいいね!ヤバイよ、それ。

(吉田豪)絶対にアウトじゃないですか(笑)。で、1万メートル以上飛んだところで正規の操縦士が『レーダー!レーダー!』って言い出して。見たら、点々が7つも上がってきていて。ソ連軍のスクランブルだったんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)危ねえ!(笑)。

(吉田豪)『これはヤバイと思ってね、間宮海峡の上で右に旋回して、中標津で下りたんですよ』みたいな。『はっ!?』っていう。

(玉袋筋太郎)太田裕美さんもどうしたんでしょうね?

(吉田豪)忘れられないですよね。

(小林悠)命がけですよ。

(吉田豪)あの、『無免のハンカチーフ』って言われてるんですけど(笑)。

(玉袋筋太郎)上手い!(笑)。『無免のハンカチーフ』、いいねー!しかも真っ赤なスカーフだという。いい話だ、こりゃ!

(吉田豪)で、『なんなんですか、それ?』って言ったら、『いや、昔はね、穏やかな時代だからね。誰でも操縦席に入れてくれたんだよね』って。まあ、そこまでは本当らしいんですよ。操縦席の見学ができたんですけど。そこからなぜか、『操縦させて』って言うと操縦をさせてくれたっていう話になってて。

(玉袋筋太郎)うん(笑)。

(吉田豪)で、『コンコルドの操縦席に入ったら、機長が漫画書いていたんですよ』って言ってて。で、『漫画、好きなんだ』っていう話をしてたんで、『僕、漫画家なんですよ』『そうか!じゃあ、運転していいよ』って。『じゃあ、墜落実験をやろう』ってことになって。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)『墜落実験ってなんですか?』って聞いたら、松本零士さんの操縦で1万2千メートルから急降下したらしいんですよ。『それってお客さんは?』『うん。乗ってるよ』って言ってて(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)『ええっ!?そんなの、いいんですか!?』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)コンコルドっていうのがいいね(笑)。

(吉田豪)その客席にはちばてつや先生も乗っていたらしいんですよ。で、急降下してから戻っていって、『いま、飛行機揺れたろ?』『うん。気流が悪いんだろうね』ってちば先生が言っていて。『あれ、俺がやったんだよ』って言ったら、それからトイレに行こうとするたびに腕をつかまれて。『もう二度と行かせん!』って。

(玉袋筋太郎)当たり前だよ、それ(笑)。しかも、客が乗っているコンコルドですよ!音速飛行機ですよ。あれ。

(吉田豪)で、ちば先生って本当に人格者で有名なんですけど、松本零士先生に本当にひどい目にあい続けてるんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)で、飛行機の話を掘り下げていったら、最終的には『爆雷投下までやった』って言ってましたからね(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(小林悠)ええっ!?

(吉田豪)『なにやってんですか!?』っていう。

(玉袋筋太郎)すっごいね!

松本零士のアフリカの旅

(吉田豪)なんかね、エピソードがちょっとどうかしてて。その海外の武勇伝話で言うと、『宇宙戦艦ヤマト』の原稿を書き上げた後、アフリカの旅に出て。ケニアの草原でライオンと決闘しようとして、鉄砲を三丁持って。四駆のレンタカーを借りて行ったら、間違ってタンザニア領に入っちゃって。タンザニア兵に取り囲まれて、お互いに鉄砲を向け合ったけれども、『そこは国境だ』って言われて。『ソーリー!』って言ってレモンのジュースをあげたら、『お前、これ飲め』ってビールをもらって。そのままタンザニア兵と宴会になって(笑)。

(玉袋筋太郎)しかし、危ねえよな。銃向けあってるわけだろ?

(小林悠)本当ですよ。一触即発ですよ。

(吉田豪)兵に向けちゃダメですよね(笑)。突きつけられるのはわかりますけど(笑)。まだ。

(玉袋筋太郎)なあ(笑)。それ、でもゆるやかな時代だったってねえ。

(吉田豪)で、すっかり仲良くなって。酔っ払い運転で草原を走って。キリマンジェロが見えて。岩山を登ったんですよね。そしたら、大地が見えて。アフリカが全部見えて。その時に、『俺が生まれる前から、これはここにあって。死んだ後もここにある。人気がなんだ、原稿料がどうした。そんなものはどうでもいい!』と悟りを開いて。まあヤマトがちょっとね、人気がなければ途中で連載中止みたいに追い込まれたりしてたのが、それでもうすっかり悟りを開いて。さあ!と思って元気になった後にライフルの弾倉を開けたら弾が入ってなかったから、本当にライオンに戦うことになっていたら死んでいたっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)危なかった・・・っていうね。

(玉袋筋太郎)いやー、悟りを開いて。それ、ライフル(笑)。それをね、向けあっていたわけだろ?撃ち合いになっていても、そこでも殺されてるわけだし。危ねえ!

ムツゴロウとの共通点

(吉田豪)エピソードがいちいちあれなんですよね。故郷が同じだし、年齢も近いんですけどムツゴロウさんに近いんですよ。なんか。

(玉袋筋太郎)ああー!

(吉田豪)あの、海外では1人で行っては危ないっていう場所に勝手に行っちゃって。勝手にそっちの人と仲良くなっちゃってとか。を、繰り返すっていう。『僕、ムツさんのインタビューで聞いた。この話』っていう。

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(玉袋筋太郎)ああ、そう?ムツさんもやっぱそうなんだよ。『よーし、よしよし!』っていう。

(小林悠)それ、動物だけじゃないんですね?

(吉田豪)勝手にスラム街とかに入っていっちゃったりとか。勝手に売春窟とかに行って仲良くなっちゃうっていうのをムツさんから聞いていたんですよ。もう行動、同じなんですよ。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)『福岡のあのぐらいの世代はだいたいこんな感じです』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)北九州だな!

(吉田豪)北九州はこうなんだな!と思いましたよ。僕の中の北九州のサンプルはその2つですよ(笑)。

(玉袋・小林)(笑)

(玉袋筋太郎)すげーよね!

(吉田豪)というわけで、1に戻りますかね。

血の気が多くて短気な松本零士

(玉袋筋太郎)まあ、幼稚園の頃から血の気が多かった。それ、いまの話を聞いてりゃそれ、血の気も多かったろうと思うよ。俺は。

(吉田豪)そうなんですよ。温和そうな見た目と違ってね。あのドクロマークは伊達じゃないんですよ。

(玉袋筋太郎)ああー。ドクロマークなんだよ。

(吉田豪)そうです、そうです。子供の頃から関門海峡に飛び込んだりとか、山で暴れたりとか。幼稚園が面白くないから辞めましたってことで、幼稚園中退。

(玉袋筋太郎)おおー!

(吉田豪)あの、同世代の漫画家さんは本当、いじめられっ子出身が多いんですよ。でも、明らかに違うんですよね。

(玉袋筋太郎)いじめっ子なんだね。

(吉田豪)そうです。そうです。で、徹夜続きで早死にの人も多いってよく言われているんですけど。『まあそのへんはね、僕、暴れてたんでね。体の鍛え方が違う』っていう話で(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)で、出てくるのがあと短気な話なんですよね。『短気ですよね?』って言ったら『うん。短気』みたいな感じで(笑)。

(玉袋筋太郎)否定しねーんだ、そこ。

(吉田豪)ぜんぜんしてなかったですね。高校時代に運動会でいちばんキレイな女の子の写真を撮りたくて撮影をたのんだことがあったと。で、そんな時に親友の同級生が『おい、松本』と声をかけてきて。松本さんは撮影に夢中。で、写真を撮り終わって教室に帰ったら、その親友がいなくて。翌日、『なんで帰ったのか?』って問い詰めたら、『お前が「勝手に帰れ、このクソッタレ!」ってものすごい声で怒鳴ったんじゃねーか』って。『覚えてないんですよ』っていう(笑)。

(小林悠)ええーっ!?(笑)。

(玉袋筋太郎)松本さんが?

(吉田豪)うん。夢中になるとそうやって怒鳴る人で。で、ケンカも相当したんですけど。『東京に来てからはケンカらしいケンカはしてない』って言ってたんですよ。でも、ちょっと聞いてみると大人になってからも、ある時、ちょっと当時売れっ子だった先輩格の漫画家さんが同じ下宿にいて。『ラーメン食いに行こう』と誘われて。お金がないので断ったらしいんですよ。『いいよ、おごるから』って言われたんで一緒に行って。そしたら、食べ終わった瞬間に『やっぱり割り勘にしよう』って言い出して。松本さんブチ切れと。

(玉袋筋太郎)ブチ切れ?

(小林悠)先輩に向かって?

(吉田豪)そうです。ラーメン屋さんの親父さんは『いいよ、食いたいだけ食え。ある時に払え』って言ってくれたんだけど。そうやって人に無銭飲食させる先輩が許せない!っていうことで。まあこのへんまでは著書にも書いていることなんですけど、こっからが新ネタだったんですよ。

(玉袋筋太郎)おう。

(吉田豪)帰り道、地下鉄の駅を通り抜ける時にぶん殴って。倒して下駄で頭を踏んづけて。『二度と近づくな!ブチ殺すぞ、馬鹿野郎!』って言ったら二度と近寄って来なかったと。一説には漫画家辞めた説もあったりするっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)先輩格だよ、でも?

(吉田豪)先輩です(笑)。

(玉袋筋太郎)先輩を・・・下駄履いてるっていうところがまたいいよね。

(小林悠)ですよね。バンカラな。

(吉田豪)で、『殴られ方や殴り方は子供の時に学んでいる。鼻血が出るぐらいはセーフ。絶対に殴っちゃいけない箇所には手を出さない。それが九州男児のルール』って言っていて。

(玉袋筋太郎)おおー。なんか昔の相撲取りみたいなことを言ってるよね。かわいがりの仕方もね、やっぱり・・・

(吉田豪)いろいろあるんだよっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)『後ろを叩いちゃいけねえ』って。龍虎さんがそう言ってたね(笑)。

(小林悠)まあまあまあ。

梶原一騎と仲違い伝説の真相

(玉袋筋太郎)いや、だけどそんなね、短気な人がですよ、梶原一騎先生と仲違いっていう。これはさ、どういうことなの?相当な、じゃあ血を見るようなことになったんじゃないの?

(小林悠)本当に仲が悪いんですか?

(吉田豪)あの、伝説があるんですよ。これ、噂だったんですけど、『宇宙戦艦ヤマト』がヒットした時に梶原一騎さんが戦艦大和が空を飛ぶ『新戦艦大和』っていう作品を実は書いていたんですよ。昔。ずっと前に。『あれは俺のパクリだ』って怒って。で、どっちも大泉なんでモメたっていう説があったと。

(玉袋筋太郎)おお。

(吉田豪)『あれ、本当なんですか?』って聞いたら『モメてない』と。モメてないんですけど、梶原さんの弟子から電話がかかってきて。『道を歩いていて何があっても知らないよ』と脅されたことはあったと。

(玉袋筋太郎)ほう!士道館かな?

(吉田豪)まあ、空手関係の方でしょうね。そしたらすぐ梶原先生から電話があって。『うちの弟子がとんでもないことをした。申し訳ない』と謝罪して。で、『同じ町内で友達だったから、大泉の駅前でもずいぶん一緒に飲んだし、銀座でもよく飲んだ』と。銀座のクラブ数寄屋橋っていう梶原先生がちょっと問題を起こしたことでお馴染みの店があるんですけど、そこに行くとボーイたちに周りを取り囲まれて。人が近づけないようになっていたのが、松本さんはそこに平気で入っていって一緒に飲んでいたぐらいの仲。

(玉袋筋太郎)ああー。まあ、そりゃライフルをさ、突きつけられてるような人はもう何も怖くないよね。そこまでいったら。

(吉田豪)空でも大丈夫っていう感じで(笑)。

(玉袋筋太郎)だけどね、『宇宙戦艦ヤマト』のね、プロデューサーの西崎義展さんの本が、すごかったじゃないっすか?

(吉田豪)名作です!

(玉袋筋太郎)狂気(「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気)。

(吉田豪)そして、意外と松本先生に冷たい感じの本で。

(玉袋筋太郎)そうなんだよね。うん。どうだったんだろうね。

(吉田豪)そう。その話もちょっと聞いてみたんですよ。そしたら、意外なんですよね。怒っているのか?と思ったら、『西崎さんに声をかけられてヤマトに参加したわけじゃないですか。そのおかげでアニメの世界に入れたからね、感謝してるんですよ』って言っていて。ああ、そこは素直にそうやって言ってくれるんだ!って。

(玉袋筋太郎)うん。

(吉田豪)『たしかにね、あれだけ大ヒットしたアニメなのに、もちろんお金もくれなかったですよ』と(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。そこは。

(吉田豪)『いくらももらってないですけど、感謝はしてます』と。

(玉袋筋太郎)なるほど!

(吉田豪)『おお、大人!』っていう。

(玉袋筋太郎)そうだよね。だから『宇宙戦艦ヤマト』は全部、ずーっと松本零士さんの作品だと思っていたんだけど。やっぱり西崎さんが原案。原作だったっていう。

(吉田豪)裁判でもね、松本先生が敗北しましたから。

(小林悠)ええーっ?

(玉袋筋太郎)そうだよ。敗訴だったんだよ。

(吉田豪)そうなんですよ。

(玉袋筋太郎)いやいや、まあね、あるね!

(吉田豪)じゃあ、行っちゃいますか?2個目、行っちゃいますかね?

男おいどん

(玉袋筋太郎)2個目。『男おいどん』なんつーのはさ、やっぱ貧乏暮らし。四畳半暮らしっつーのはさ、もう男の夢だったの。俺。『してみてえ!』みたいなさ。

(小林悠)おおー!

(玉袋筋太郎)それの漫画だから。うん。

(吉田豪)下宿漫画ね。まあ当時、本当に下宿で貧乏だったんで、風呂屋にも行けないからインキンタムシになっちゃったんですよね。

(玉袋筋太郎)インキンタムシですよ!

(吉田豪)で、それが白癬菌だという記事を朝日新聞で見つけて。『インキンになりました』と薬屋では言えないけど、病名なら言えるってことで、薬屋さんで買って。で、一発で。マセトローションっていう薬で治って。これが漫画『男おいどん』を書くきっかけになって。このことを書いた結果、いろんな人たちが『自分も元気になりました。あなたのおかげです』ってファンレターが大量に届くようになったっていうのは、これは有名なエピソードで。

(玉袋筋太郎)いい話じゃない。

(吉田豪)で、もう1個、有名なエピソードとして、ちばてつや先生。親友の。

(玉袋筋太郎)よく出てくるね、ちば先生が。

(吉田豪)で、このインキンタムシになった時に、サルマタケっていうのが出てくるんですよ。この『男おいどん』に。

(小林悠)キノコですか?

(玉袋筋太郎)押し入れの中に猿股をもう、汚れたのをずーっと詰め込んでおくと、そっからキノコが生えてくるんだよ。

(小林悠)キャーッ!気持ち悪い。

(吉田豪)で、それが実は実話で。ヒトヨタケとマグソタケというキノコが生えてきたと。

(小林悠)これ、猿股から生えてくるんですか?

(吉田豪)猿股から生えてきて。っていうのがあったんですけど、それをちばてつや先生に食べさせたっていう伝説があったんですよ。

(小林悠)ひっどい!ええっ!?

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)それをちょっと掘り下げてみたら、『インスタントラーメンに入れて食べさせた』まではね、聞いていたんですけど。『それってどうなんですか?炒めたりしたんですか?』って聞いたら、『ぜんぜん。洗いもしてないですけど、まあ熱湯消毒で大丈夫でしょう』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。そういう問題じゃねーよ!

(吉田豪)お湯かけただけだったらしいっていうね。

(玉袋筋太郎)危ねえ!

(吉田豪)『でも「美味いか?」って聞いたら「美味い」って言ってたからね』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)ちば先生!

(吉田豪)まあ、だいぶたってから白状して、ちば先生は笑っていたっていうね。

(小林悠)大人ですね。

(吉田豪)大人なんですね。ちば先生は本当に人ができてます。

(玉袋筋太郎)できてるよー!いやいや、最高だね。でも、マセトローションって本当、書いてあるもんね。これ、松本先生が。

(吉田豪)そうなんです。いま、松本先生のイラストになっています。

(玉袋筋太郎)そうだよ。これもな。

ナウシカとガンダムの名付け親

(吉田豪)で、またね、デタラメエピソードで言うと、その3。これ、僕が取材した話じゃないんですけど。ここ最近で僕がいちばん衝撃を受けた松本零士エピソード。

(玉袋筋太郎)この蒼き衣をまとった少女と有名なモビルスーツ。名付け親は俺だ!の筋だよね?

(吉田豪)そうなんですよ。初期に少女漫画を書いてまして。その頃のことを結構ね、また恨みも尾を引く人であって。『少女漫画家時代に年末のパーティーに俺だけ呼ばれなかった』ってことを著書でずーっと書いていたりとか(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。ああ、そうなんだ?

(吉田豪)そういう人ではあるんですけど。まあ、初期の代表作。少女漫画で『銀の谷のマリア』とか、動物物の『火の森のコーシカ』とか。ちょっとどっかで聞いたような名前のファンタジックな作品も書いていると。で、このコーシカっていうのはロシア語で『猫』という意味で。で、日本橋にコーシカという名前のお店があって、店主のロシア人のおばさんにその意味を教えてもらったと。で、いまの猫。『ナウ、コーシカ』をもじって『ナウシカ』という名前も考えていた。

(玉袋筋太郎)ええーっ!?

(小林悠)考えていた?

(吉田豪)考えていた。

(小林悠)なにかで発表してたんですか?

(吉田豪)そして、『宇宙戦艦ヤマト』の企画書にも、護衛艦として『ナウシカ』と書いてあった。

(玉袋筋太郎)おおー!

(吉田豪)で、『惑星ロボ ダンガードA』という作品がありまして。ロボットアニメ。この企画書にも宇宙空母の名前の候補で『バンダム』とか『ジャスダム』とかと並んで、自分がピストルも好きなんで『ガンダム』というのも出していたと。

(玉袋筋太郎)なにーっ!?

(吉田豪)で、『企画書というのは業界関係者がいろいろ見るものだから使ったんだろうけど。まあ、別にいいですよ。先に使った方が勝ちだから』とか(笑)。

(玉袋筋太郎)おおー!そこはあれなんだ。

(吉田豪)『ええっ!?』っていう話を。

(小林悠)じゃあ、自分が考えたものがまわり回ってそうなったと?

(吉田豪)『ねえ。どんどん大きくなって。うれしいもんですよ』みたいな感じで(笑)。『ええっ!?松本先生!』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)いやいや、これはなに?じゃあ・・・

(吉田豪)真相はわからないですけど、まあでもね、『ヤマトを作ったのは俺』裁判とかにもつながっていく話なのかもしれないですよね。

(玉袋筋太郎)たしかにそうだよな。コーシカとナウシカ・・・『火の森のコーシカ』でしょ?『風の谷の・・・』。ううん?そうだね、これ。あらららら。

(吉田豪)ちなみに『次のゴジラの映画のデザインは俺のものだ』とかいう発言も最近されているらしいって。噂でちょっと小耳に挟みましたけど(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。全部『俺が!俺が!』になってくるね。これ。大変だよ。どうだろうね?松本先生にさ、オリンピックのロゴ作ってもらったらいいんじゃないの?それがいちばんいいんじゃないの?

(吉田・小林)(笑)

(玉袋筋太郎)宇宙的なものでね。イラストで。いいんじゃないかな。おもしれー!

(吉田豪)で、ちょっとね、ヤンチャな九州男児話でさっき言い忘れた話がありまして。本当、あれなんですよ。『ブチ殺すぞ』っていうのが口癖らしいんですよ。あの人って。

(小林悠)いまでもですか?

(吉田豪)いまでもですね。福岡を歩いている時に肩があたって。向こうが『ブチ殺すぞ!』って言ってきて。松本零士先生も『ブチ殺してみれ!』って言い返したら、他の土地の出身の同行者が『殺すって言われて怖くないのか?』って聞いてきたけれども、あんなのは挨拶と。すぐに『ブチ殺す』って言っちゃうから、口癖。『コラッ、バカ!』程度で『ブチ殺すぞ!』って言っちゃうって言っていたんで。

(玉袋筋太郎)うん。

(吉田豪)この前、橋本環奈さんを取材したんですよ。彼女もね、北九州というか福岡の人じゃないですか。『僕、そういう風に聞いたんですけど。そうなんですか?』って聞いたらね、全面的に否定されましたよ(笑)。

(玉袋・小林)(爆笑)

(吉田豪)『違います!言わないです、私は!』みたいな(笑)。『えっ、挨拶がわりに言うって聞きましたよ?』って。スタッフの人も一緒になって『ないです!ないです!世代が違います!』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)世代が違う(笑)。

(小林悠)世代の問題ですか!?

(玉袋筋太郎)だから、『なんだ、バカヤロー!』みたいなもんなんだろうな?

(小林悠)『おい、コラッ!』みたいなことですか?

(玉袋筋太郎)そういうことなんだよ。いや、あれだね。松本零士さん。『宇宙戦艦ヤマト』じゃないけど、無限に広がる大宇宙だね。まさに。

(吉田豪)そうですね。いくらでもまだまだ出てくる気がしますよ。

(玉袋筋太郎)そうなんだよな。

(小林悠)不思議すぎる。

(玉袋筋太郎)こういったね、偉大なる松本零士話。

(吉田豪)まあじゃあ、ちゃんとした話も1個、行ってみますか?6個目。

(小林悠)すごくいいこともされてるんですよね?

漫画原稿を買い戻し

(吉田豪)そうですよ。ちゃんとした活動もしています。原稿を買い戻して。まあ、漫画の復刻に結構協力してるのは有名なんですよ。漫画のコレクターで、たとえばね、藤子不二雄先生とか石ノ森章太郎さんとかが漫画の復刻の時に、原本がない時に松本先生が本を貸して。それをベースに復刻されたりしてるんですよ。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)そういう協力もしてるんですが、それだけじゃなくて、古本屋さん。日本ですごい有名な古本屋さんに漫画の生原稿が持ち込まれたら、それを松本先生が買って作者に返したりの活動もしてたっていう。

(玉袋筋太郎)すげー!いいことしてる!

(吉田豪)そうなんですよ。で、当時は漫画の原稿って出版すると戻らないのが普通で。赤塚不二夫さんの原稿630枚を見つけて、赤塚さんがまだ生きているうちに返却したりとか。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)で、『あなたが預かっているならいいよ』って言ってくれる人もいたりで。小松崎茂さんっていうね、空想科学系のイラストの。あの人の原画もたくさん入手して、返そうと思ったらアトリエが火事になってなくなっちゃったと。で、奥さんに持っていた絵を返したら、涙を流して。『まるで主人が帰ってきたみたいです』って言われたとか。いいこともしてるんですよ。

(玉袋筋太郎)あらー。いや、いいことしてますよ。そりゃ。

(吉田豪)ただのアウトローではないんですよ。うん。

(玉袋筋太郎)『ブチ殺すぞ!』っていう(笑)。

(小林悠)だけではないということですね。

(吉田豪)ちなみに、アシスタントの新谷かおる先生っていう人がいまして。その人からも話を聞いたことがあるんですよ。松本先生のアシスタント時代にどうだったのか?っていうの。やっぱりデタラメというか。すごかったらしいですよ。ヤマトの丸いメーターとかも全部フリーハンドで。なぜか?っていうと、『定規を使うと線が死ぬ』っていうね。

(玉袋筋太郎)ええっ?

(吉田豪)で、『肘で線を書くな!腰で引け!』って言われて。『女の尻や太ももを書くのに定規を使うか?ゼロ戦のこの丸みをフリーハンドでやるっていうのはそういうことだ!』って言われて。ずーっとそれをやり続けていたんですけど。当時の伝説で、秋田書店のプレイコミックで『キャプテンハーロック』連載してたんですけど。

(玉袋筋太郎)はい。

(吉田豪)本の発売当日の朝の4時にあがったことがあるっていう。

(玉袋筋太郎)(笑)

(小林悠)よく間に合いますね。

(玉袋筋太郎)ねえ!

(吉田豪)地方売は完全に遅れたと思うけど、東京は夕方には書店に並んでいたって言う。

(玉袋筋太郎)すっげー!やっぱりいい時代だったんだな。

(吉田豪)あの、『秋田書店ならやるかも』っていう風に小学館の人も講談社の人も言っていたっていう。ねえ。手塚先生のね、漫画とか。最近のを読んでいても、秋田書店のデタラメなエピソードとか出てきますけど。『ブラック・ジャック』の裏話で壁村さんがすごいことをやっていたみたいな。

(玉袋筋太郎)ああー、そういうことか。いやー!

(吉田豪)そういう時代の人だなっていうね(笑)。デタラメですよ。いちいち。

(玉袋筋太郎)なんか印刷屋にちっちゃい頃から出入りしていたっていう話だよね?

(吉田豪)そうです。そうです。

(玉袋筋太郎)だからそういう印刷関係のことは詳しかったっていう。

(吉田豪)ノウハウはつかんだって言っていて。ところがそういうノウハウ。印刷でキレイに出るようなやり方とかも、実は本当、勝手に。勝手に中、入っちゃう人なんですよ。勝手に東大に入っていって、いろんな人と仲良くなったりとか(笑)。

(玉袋筋太郎)勝手にね、コンコルドの操縦席に入っちゃう人だよ?

(小林悠)そうですよ(笑)。

(吉田豪)そりゃ東大ぐらい入れますよ(笑)。当たり前ですよ。

(小林悠)勝手に急降下する人ですからね。

(吉田豪)で、だいたい勝手に仲良くなれる人で、勝手に印刷屋と仲良くなって。いろんな技術も教わって。だから自分だけすごいカラーがキレイに出ていたりとかして。『企業秘密を教わったんです』って言っていたんで。『それ、他の漫画家さんに教えたりは?』『しないです!企業秘密ですから』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)教えてあげましょうよ!せっかく(笑)。

(玉袋筋太郎)自分だけのもの!

(吉田豪)独り占めしてたっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)かぁー!いやー、ロマンだなー。

(吉田豪)ロマンの人ですよ。

(玉袋筋太郎)うん。でもほら、松本作品の中に出てくる人がやっぱり、そういうことなんじゃない?『銀河鉄道999』のさ、中に出てくる。荒っぽいやつも出てきたりするじゃない?そういったところっつーのは、零士先生から出てる部分もあるんじゃないかな?

(小林悠)自分の一部というか。

(玉袋筋太郎)自分の一部でね。いやー、面白い。

(吉田豪)飛行機乗りの漫画を書いているのは知ってますけど、まさか自分が飛行機乗りだとは思ってないですよねっていう。

(玉袋筋太郎)『ザ・コクピット』だからね。漫画のタイトル。うん。

(吉田豪)そりゃコクピット入りますよ(笑)。

(玉袋筋太郎)そりゃ入るよ!(笑)。

(吉田豪)しょうがないですよっていうね。

(玉袋筋太郎)下手したら、レインボーブリッジの下をね、通過するとか言い出したり。そんなやつが出てきたからね。いい時代!ありがとう、豪ちゃん。

(吉田豪)下宿時代の話でも、のぞきの話とかばっかりですよ。出てくるのは、本当に(笑)。

(玉袋筋太郎)おおらかな時代!

(吉田豪)おおらかです。口を開けば、『あの時代はよかった。ゆるかった』っていう(笑)。『当時もアウトだったんじゃないですかね?』っていう話ですよ。『飛行機のやつもね、いまだったらお縄ですけどね』って言ってましたよ。当時ももしかしたらアウトじゃないのかな?と思いながら聞いてましたよ。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)原稿チェックも全部通るとは思ってなかったっすよ。これが(笑)。

(玉袋筋太郎)通ったんだ?

(吉田豪)通りました(笑)。

(玉袋筋太郎)すごい!さすが!男、松本零士!

(吉田豪)『ハイパーホビー キャラクターランド』に載ってます!

(玉袋筋太郎)やったー!

(小林悠)もうぜひぜひ、お手に取ってみてください。

(吉田豪)宇宙特集なのに、宇宙の話、ぜんぜんしてないですけどね(笑)。『宇宙の話をしろ』って行ったんです。僕、これで(笑)。

(玉袋筋太郎)それでしょ?だって表紙、宇宙戦艦ヤマトだ、ダースベイダーだって。スターウォーズ、出てるのに。松本零士さんと豪ちゃんが握手してるんだけど。宇宙の話、ゼロ(笑)。

(吉田豪)ゼロです!作品の話もほとんどないです(笑)。

(小林悠)(笑)。改めましてこの松本零士先生のスペシャルインタビューが掲載されているムック本『キャラクターランドVol.4』。12月1日より絶賛発売中です。

(玉袋筋太郎)これ、いいよ。最高だったよ。もう。読んじゃったけど。

(小林悠)もう玉さん、夢中になって読んでましたね。オープニング前。

(玉袋筋太郎)もう、たまらん!

(小林悠)そして12月15日火曜日発売の『週刊アサヒ芸能』にて、浅草キッド、吉田豪さん、そして宇多丸さんによる2015年下半期 輝く有名人スキャンダル大賞が掲載されています。

(玉袋筋太郎)楽しいですよ!

(小林悠)そして12月24日木曜日にはロフトプラスワンにて、年末恒例のトークライブ。『Jさん&豪さんの世相を斬る』を開催。時間は午後7時30分よりスタート。チケットはイープラスにてすでに発売中です。杉作J太郎さんと豪さんによる2015年の大総括スペシャル。お時間ある方はぜひ、足をお運びください。

(吉田豪)はい。

(小林悠)さらに、12月31日大晦日。『ロフトプラスワン・カウントダウンスペシャル2015→2016!!~今年は朝までやるぞ!事故物件&豪・掟の2015年総括&サブカル有識者&下-1~』。すごいタイトルですけど。本当、ロフトプラスワンのイベント、多いですね。

(玉袋筋太郎)豪ちゃん、もうJさんとさ、話すことないんじゃないの?

(吉田豪)毎回ありますよ。毎回新ネタしか出てこないからすごいんですよ。こんだけ会っていて(笑)。

(玉袋筋太郎)Jさん、杉作J太郎さんっていうのは無尽蔵なんだね。

(吉田豪)無尽蔵。いくらでも掘れますよ。

(玉袋筋太郎)すごいんだな。あそこ。

(吉田豪)だって2人のトークイベントで7時間とかやったことありますよ(笑)。

(玉袋筋太郎)枯渇しない男!

(吉田豪)それでも『まだできる』と思って(笑)。『あと1、2時間はできたな』っていう感じで終わるっていう。すごいですよ。

(玉袋筋太郎)杉作J太郎、恐るべし!吉田豪、恐るべし!

(吉田豪)とうとうクリスマスイブまで一緒にやることになっちゃったっていう。今年から(笑)。

(小林悠)イブとカウントダウン、両方ですから。

(吉田豪)カウントダウンは毎年なんですけどね。とうとう(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)イブまで。

(小林悠)常に一緒ということで。ぜひぜひチェックしてください。吉田豪さん、次回の登場は年明けの1月15日です。来年もよろしくお願いします。

(吉田豪)はい。どもです!

(玉袋筋太郎)どうもありがとうございました。

(小林悠)ありがとうございました。

(中略)

松本零士先生からの直電話

(小林悠)あの、ここで大変なことが起きました。

(玉袋筋太郎)はいはい。どうしました?

(小林悠)先ほど、吉田豪さんがね、松本零士先生についてお話する時間がありましたけども。松本零士さんご本人、お電話がありまして。

(玉袋筋太郎)あ、お電話ですか?

(小林悠)つながっているということで。もしもし、先生?

(松本零士)あ、もしもし。松本です。

(玉袋筋太郎)どうも先生、ありがとうございます。

(小林悠)先生、どうされたんですか?

(松本零士)はい。お聞きしてたんです(笑)。

(玉袋筋太郎)ありがとうございます!

(小林悠)まあ!お忙しい中、ありがとうございます。

(玉袋筋太郎)いかがでしたかね?

(松本零士)ええ。その中でですね、1ヶ所だけ違うところがありまして。

(玉袋筋太郎)はい、わかりました!

(松本零士)あの、ヤマトの原作っていう部分ですね。これは実は、まあ会議に会議を重ねて協議しながら作り上げていったんですが。基本的な部分は私が作ったんですよ。だから、私は原作者で自由にヤマトは書けるんですけどね。

(玉袋筋太郎)そう!そうですよ。

(松本零士)それからあの、登場人物の名前から何から。それから、要するに情景設定ですね。そういうものもデザインも含めて、何もかもやったんです。ただ、会議に会議を重ねながらですね、西崎氏ももちろん、豊田有恒氏やらいろいろ大勢の方と一緒に作ったんですね。だから共同制作にはもう間違いありません。だけど、基本的に全体の構成、原作ですね。それは私がやりました。

(玉袋筋太郎)おお!

(松本零士)これは裁判沙汰にもなったんですが、全部それで通ってますんでね。私はあくまでも原作者なんですよ。

(玉袋筋太郎)その通りです!

(松本零士)それがさっきあの・・・(笑)。『西崎氏の原作だ』と言われたんで。

(玉袋筋太郎)すいません。

(松本零士)もちろん、彼には心から感謝してるんですよ。

(玉袋筋太郎)あ、感謝してるんですか?

(松本零士)うん。彼が私に依頼してくれたので、私がアニメーションっていう道に入れたんです。そのきっかけを作ってくださった方なんですよ。ですから、その点についてはですね、いろいろなゴタゴタ。ケンカもしたり、いろんなことしたり、大騒動もやったけど、そうじゃなくて。彼が声をかけてくれたということを心から感謝しているんです。それは。

(玉袋筋太郎)いやー・・・

(松本零士)だから、自分がそういう道に入るきっかけを作ってくれたんです。それはもう、心から感謝しております。

(玉袋筋太郎)いい時代です。

(松本零士)それで、共に良くしようとしてお互いに激論を交わしながら、2人だけじゃなくて、スタッフも全部ですね。それで作り上げていったのがこの作品なんですよ。

(小林悠)なるほど。よく事実関係がわかりました。ありがとうございます。

(松本零士)美術の方もがんばってくれましてね。だから手書きですよ。この時代は全部。

(玉袋筋太郎)すごい。先生、やっぱり定規とか円を書くとか。あれも全部手書きだったって。

(松本零士)あれは絵の書き方の秘訣ですね。あの、絵を書く時には自分の心というか。心で書くわけですから。その力を込めるアクセントですね。そういう部分が必要なので
、手で書かなくちゃ行けないんです。

(玉袋筋太郎)じゃああの精密なコックピットも全てもう本当に?

(松本零士)もちろん定規を使わなきゃどうしようもない、コンパスを使わなきゃどうしようもない場所もありますが。それでも、それを書きながらさらにそれを自分の手で。力を込めるところとか、アクセントですね。それを感情を込めて書くんです。だから、それともうひとつ、私がアフリカやアマゾンに行っているのは・・・

(玉袋筋太郎)ア、アマゾン!?

(松本零士)あの、自分で見ていれば、見たものを立体的に表現して書けるわけですよ。だから行く必要があるんですね。ですから、写真を見て書く絵と、自分がその場所を知っていて書く絵は明らかに違うんです。裏側まで知っていて書くわけですから。

(玉袋筋太郎)先生、ライオンをハンティングしようとしたんですもんね。でも。

(松本零士)うん。決闘に行ったんですけどね。ただしこれは条件がありましてね。ライオン、ゾウ、カバ、キリン、サイあたりは要するに保護動物にその当時もすでになりつつあったんですよ。ただし、ケニヤ政府から証書をもらいまして。『自らの命が危険に陥ったら撃ってもよろしい』という証書をもらって。それでサバンナに出たんです。

(玉袋筋太郎)かっけー!

(小林悠)ちょっとこれ、お話が終わらないですね。大変ですね。

(松本零士)大変ですから、ここで止めますけど。それでライオンに・・・

(小林悠)先生、実はお願いが。先生。

(玉袋筋太郎)先生。

(松本零士)ライオンに挑戦したんですよ。

(玉袋・小林)(笑)

(松本零士)ところがですね、ライオンさんもね、そういう人間はわかるわけですよ。クルンとお尻を向けて向こうに行ってくれて。襲ってきてくれなかったですよ。

(玉袋筋太郎)よかった!

(小林悠)よかった。先生、ご無事で。

(松本零士)そういうわけでして。でも、そういう体験が。飛行機も何もかも含めて、自由にできたまだのどかな時代だったんですよね。

(小林悠)本当ですね。先生、実はお願いがございまして。ぜひ、そういったお話を含めて、たまむすびのスタジオまでお越し頂いて。その筋の話ということで、ゲスト出演いただくことは可能ですか?

(松本零士)可能ですよ。

(小林悠)ありがとうございます。

(松本零士)やりましょう。面白い話、いっぱいありますから。

(玉袋筋太郎)お願いいたします!

(小林悠)ぜひ、よろしくお願いします。待っておりますので。

(松本零士)我々の時代はゆるやかな、おおらかな時代だったんです。いまやったら、全部御用でしょう(笑)。

(玉袋筋太郎)御用(笑)。

(小林悠)(笑)。あの、放送できる範囲でぜひ。

(松本零士)その当時はね、本当に優しかったんです。世の中が。

(玉袋筋太郎)先生!ありがとうございました!

(小林悠)すいません。わざわざお電話いただいて。

(玉袋筋太郎)どうもすいませんでした!

(松本零士)そういうわけです。

(玉袋筋太郎)松本零士先生でした!ありがとうございます。

<書き起こしおわり>

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