(鳥嶋和彦)全然うまくいかない。で、名古屋まで行って万策尽きたっていう時に、鳥山さんの奥さんが「うちの旦那は変わっている。仕事をしてる時、普通の漫画家さんは手元は見るけど、耳とかが空いてるから音楽を聞いたり、ラジオを聞いたりして仕事をしている。でも、うちの旦那は後ろでビデオデッキで映像を流しながら仕事をしている。これは私からするとあり得ないのだけれど……」って。それで「なにを流しているの?」って聞いたら「ジャッキー・チェンのカンフー映画を流している」と。
「なんでそれを流して仕事ができるの?」って言ったら「吹き替えのセリフで見たいシーンがわかる。その時だけ、振り返って見るんだ」「何回ぐらい見てるの? そんなに吹き替えのセリフでわかるなんて」「50回以上、見ている」って言うから。で、もう打ち合わせで次のネタなかったんで。「じゃあ、カンフーで書いてみよう」って。そしたら、それで書いた『ドラゴンボーイ』っていうのが、ものすごく読者に反響があって。それが『ドラゴンボール』の元になった。
ドラゴンボーイ(1983)
鳥山明氏の幻の作品。
ドラゴンボールの前身となっています。#db#dbz#dbs#ドラゴンボール pic.twitter.com/ZFb8wzpy5C— アニメ&歴史画像動画BOT (@BotA58445220) May 29, 2019
(宇多丸)それこそね、ジャッキー映画的な主人公のやつ。それで『ドラゴンボール』になった。でも、その『ドラゴンボール』も初期は『西遊記』をベースにドラゴンボールを集めるっていう話だったのが、要するにトーナメント形式にシフトチェンジして。
(鳥嶋和彦)ええとね、『Dr.スランプ』を当てて、苦労してキャラクターを探り当てた漫画家と編集者だから、『ドラゴンボール』も順調に滑り出すと思ったんですよ。で、3週4週は色ページがついてるからよかったんですけど、カラーページがなくなるぐらいからジリジリと人気が落ち始め、10位を割るようになり。で、「このまま行くと連載が終わるな」ってなって。で、鳥山さんと毎日電話で「なんで人気がないのか?」って分析をしていた。そしたら「主人公の悟空が目立たない」っていうことじゃないかと。ブルマとか亀仙人は目立つんだけども。
(宇内梨沙)ブルマ、大好きだった。たしかに。「かわいい!」って。
(宇多丸)意識的に行動してる感じがしないっていう。
(鳥嶋和彦)そう。でね、「じゃあ悟空ってどういうキャラクターか?」ってディスカッションをしていたら1週間目ぐらいに鳥山さんの方からポツッとね、「強くなりたいっていうキャラじゃないですか?」って。だったら1回、亀仙人以外のキャラクターを全部捨てて、修行編をして。それで強くなった結果を天下一武道会で見せようってことになり。
で、悟空のライバルを、悟空と対照的なキャラクターを作って。それで悟空のキャラクターを掘ってから天下一武道会で見せようということになった。で、そのライバルキャラがクリリン。そしたら、修行編から人気がぐんぐん上がり始めて、天下一武道会に入って数週目で『北斗の拳』を抜いてトップに立った。
(宇多丸)やっぱり目的が見えますよね。要するに、何を争ってるのかが見えないと、面白くないっていう。さっきアクションシーンの「シーン」の話をしましたけど。ストーリー全体を見てもそうだってことですよね?
(鳥嶋和彦)ようやくね、その修行編、天下一武道会で悟空が主人公として動き始めたんですよ。だから、ようやく悟空が読者が背中に乗ってもいいと思えるキャラクターになったんです。
修行編を経てようやく悟空が読者に支持されるようになった
(宇多丸)その軌道修正をすぐできるところが、お二人のコンビのすごさでもある。これ、ちょっとでも面白いのは……あと、そうだ。絵柄的にも、たぶんその連載を長く続けるという、より長距離を走れるように『Dr.スランプ』の絵の密度に比べて、『ドラゴンボール』は明らかに、言っちゃえば簡略化っていうか。明らかに長距離戦を睨んで?
(鳥嶋和彦)いや、たぶんね、もう『スランプ』で散々懲りたから、手間をかけたくなかったんだよ。
(宇多丸)もう最初からこんな絵にすると大変だから……って。
(鳥嶋和彦)そう。だから天下一武道会でもすぐ舞台は壊しちゃったりとかね。
(宇多丸)ああーっ!
(宇内梨沙)そういうこと?(笑)。
(鳥嶋和彦)で、後のサイヤ人との戦いは全部荒野でしたりするっていうのは、背景を書かなくていいからっていうね。
(宇多丸)だから割と僕はその『Dr.スランプ』のこの密度にやられた世代、キッズとしては「なんかすごい白っぽい代物になったな」って僕は思ったの。でもやっぱりそれには理由があって。長距離戦を睨んでいたっていうことですね。あと、面白いのはでもやっぱり鳥山さんはカンフー映画が好きだと。なんていうか、さっき言った本人がやりたいこと、好きと距離があることがある意味、プロフェッショナルな作品を生む秘訣でもありながら、でもやっぱり書くには「本当に好き」とか、熱を生じる何かとかが結局いるっていうことですね?
(鳥嶋和彦)その通りです。ただ、それをまんまでは読者に伝わらないんで、伝わる形にするにはどうすればいいか?っていうところが編集者との打ち合わせであり、アドバイスなんですね。
(宇多丸)これ、今まで鳥嶋さんが手がけられた中で、今はすごく成功例を伺ってますけど。やっぱりちょっとうまく、長続きしなかったなみたいなのはあるわけですよね。
(鳥嶋和彦)たくさんありますよ。はっきり言えば、この本に載ってる漫画は成功例ですから。この後ろに失敗したものが山ほどあるわけです。
(宇多丸)もちろん、いろんなパターンがあると思いますが。長続きしないとか、うまくいかないものに共通する何かはありますか?
(鳥嶋和彦)やっぱりキャラクターが弱いってことですね。
(宇多丸)キャラクターですか。ストーリーとかっていうよりかは、キャラクター?
(鳥嶋和彦)キャラクターです。
(宇多丸)ストーリーはある意味、そのキャラクターが強ければ転がるみたいな?
うまくいかない漫画はキャラクターが弱い
(鳥嶋和彦)そう。やっぱりね、よく言うんですけど。僕、新人漫画家によく言ったんすけど。「自分が大好きな女の子がいて。一生懸命口説いて、ようやくデートにこぎつけた。今、そこに駆けつける道の途中だ。ところが目の前に人が倒れた。どうしますか?」って。するとだいたい「ああ、知らない人ですからね。一生懸命口説いた彼女に会いに行くんだから、デートに行きます」って言う。「だけど、それが倒れてる人が友達とか親戚とか兄弟だったらどうする? 知っている人だから、助けるよね? エピソードは一緒だよね? その倒れてる人が知ってる人か、知らない人の違い。これがキャラクターを立てるっていうことだ」と。
(宇多丸)でも、その知らせるというか。知人のように、親類のように思わせるってこれ、口で言うのは簡単ですが。いろんな要素があるでしょうが。絵柄とか……。
(鳥嶋和彦)でもたとえばジャンプで簡単なのは、他のここに載ってない漫画の例を挙げると『キャプテン翼』がそうですよ。小学生。学校に行っている。サッカーをしている。っていうことは、舞台を説明しなくていいんです。学校だから。で、小学生、中学生はメイン読者だから、それも説明しなくてもいい。で、サッカーもやってるから、説明しなくてもいい。ルールがわかるから。だから「サッカーをやっている少年」っていうだけで、いろんなものをものすごく簡単に説明できるんです。
(宇内梨沙)共感できる要素がもう、盛りだくさんというか。
(宇多丸)でも一方で主人公って僕、いつも思うんだけど。主人公って平板になりやすいっていうか。やっぱりその主人公だけに、基本的な正しい人でしょうし。なんていうか、まあ強かったり。なんていうか、むしろ無個性になりやすいのでは?って。
(鳥嶋和彦)そこはおっしゃるように主人公って実は立てるのが難しいっていうこともよくあるんです。まあ、ここでは名前は出しませんけど、いろんな漫画でヒット漫画でも主人公よりサブキャラの方が受けてるっていう事例も……。
(宇内梨沙)キャラクターランキングとかで主人公って3位とかだったりしますよね(笑)。
(鳥嶋和彦)実は『ドラゴンボール』でも、フランスで人気なのは悟空じゃなくてベジータですから。
(宇多丸)剃り込みを入れたのに(笑)。
(鳥嶋和彦)まあ、だから主人公ってやっぱりおっしゃるように、僕はよく漫画家に「主人公は手がたくさんある」って言うんですよね。いろんなキャラクターと握手しなきゃいけないから。結び付かなきゃいけないから。たしかにおっしゃるように、無味無臭になりやすいんですが、テーマをちゃんと立てておけば……悟空のように「強くなりたい」とか。で、今言った翼は「ボールは友達」っていう。もうこれで一発でキャラクターが通じる。
(宇多丸)やっぱりちょっと突き抜けたサッカー好きすぎとか。
(鳥嶋和彦)突き抜けたものがあり。でも、それが故に欠点がある。悟空だって……。
(宇多丸)ああ、見えてないものがあるんだ。
(鳥嶋和彦)そうそう。悟空だって結婚したのに家庭を顧みない。だからピッコロが子育てをやるわけですから。
(宇多丸)ひどい親父だよっていう……ああっと、お時間です。なんということでしょう。これね、皆さん、めちゃくちゃ今回ね、『Dr.マシリト 最強漫画術』という本をベースにしていて。この本がそもそも面白いですけど。鳥嶋さんの話はもうね、おもしろすぎるんですよ。永遠に聞いていたい! で、実は鳥嶋さんがいっぱいしゃべるイベントがこれからあるということで、ちょっと宇内さん、お知らせをしておきましょう。
(宇内梨沙)はい。この夏のコミックマーケット、コミケで鳥嶋さんと『最強漫画術』の構成を担当したライターで初代コミケ代表でもあります霜月たかなかさんとのトークショーが行われます。日程は8月12日(土)です。
(宇多丸)さらにこの本を深掘りするでしょうね。
(宇内梨沙)さらにですね、先ほどお話にもありましたが。ちばてつやさんとのトークショーが9月3日(日)に開催されるコミティア145にて開催されます。どちらも詳しい情報はコミケ、コミティアの公式サイトなどをご覧ください。
(宇多丸)最後にぜひ、鳥嶋さんから。これ、関係者とかもね、漫画家をやってる人もいっぱい聞いてるんで。お知らせ、もしくはメッセージなどいただければ……。
(鳥嶋和彦)あの、実はJ-WAVEで『TOKYO M.A.A.D SPIN』で7月31日から月の最終週にレギュラーで『ゆうぼうとマシリトのコソコソ放送局』っていう、堀井雄二さんと僕のトーク番組が始まります。
(宇多丸)な、なんですと!?
(宇内梨沙)すごい!(笑)。
(鳥嶋和彦)で、1回目の7月31日には本を作ったライター、デザイナーと桂正和さんを読んでトークショーをやりますので。
(宇内梨沙)うわっ、それはコソコソできないですよ!(笑)。
(鳥嶋和彦)ぜひ、月曜日の27時からやりますんで、お楽しみに。
(宇多丸)ちょっと! めっちゃ面白い番組、やられちゃってるんだけど(笑)。
(鳥嶋和彦)MC兼プロデューサーのNazさんから宇多丸さんに「よろしく」と伝言がありました。
(宇多丸)ああ、Nazかー。くそー、いい番組をやりやがって! でも、こちらの番組もぜひ鳥嶋さん、またお話を伺わせてください。
(鳥嶋和彦)はい。また話し足りないのでぜひ。
(宇多丸)ぜひぜひです! ちばさんとのお話なども。いろいろお土産話などもいずれまた来たいと思います。ということで本日は元週刊少年ジャンプ編集長・鳥嶋和彦に聞く漫画編集者ってどんなお仕事特集でした。鳥嶋さん、ありがとうございました!
(鳥嶋和彦)どうもありがとうございました。
(宇内梨沙)ありがとうございました!
<書き起こしおわり>