鳥嶋和彦 鳥山明がトップ漫画家になるまでを語る

鳥嶋和彦と宇多丸『Dr.マシリト 最強漫画術』を語る アフター6ジャンクション

元週刊少年ジャンプの編集長、鳥嶋和彦さんが2023年7月27日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。宇多丸さんと鳥山明さんとの出会いや『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』制作秘話、そしてトップ漫画家となるまでの道のりを話していました。

(宇多丸)じゃあその漫画の編集者のすべきというか、読みやすい漫画のある意味、極意というか、構造を見極めた中で、ちょっと鳥山明先生の話も伺いたいんですが。鳥山さんという才能を最初に発見された時のことって、覚えていらっしゃいますか?

(鳥嶋和彦)ジャンプは月例漫画賞と半年にいっぺんの手塚赤塚賞と二つ、あるんですね。で、鳥山さんは実はデザイナー兼イラストレーターで、広告代理店に勤めていた。ところが彼には致命的な弱点があって。朝早く起きられない。だからサラリーマンが無理で、辞めちゃって。で、親の手前、就職活動をしなきゃいけない。で、絵は好きで書けるんで、イラストレーターか漫画家だと。

ところが田舎にいて、イラストレーターってどうやってなっていいのか、わかんない。で、喫茶店によく行っていたら、漫画の応募の決まりがあって。「ああ、これなら賞金もあるから」って見よう見まねで漫画を書いて。応募の決まりが載っていた雑誌を探したら、応募の決まりが載っていなかった。マガジンを見ていた。半年にいっぺんの賞を彼は見ていたから。で、「じゃあ、他にやっているところはないか?」っていうんでジャンプを見たら、毎月やっていると。

(宇多丸)すごい。運命のいたずらが(笑)。

(鳥嶋和彦)その原稿を僕が見たと。

(宇多丸)最初に送られてきた原稿を見て、どう思われましたか?

(鳥嶋和彦)『スター・ウォーズ』のパロディーで賞は取れなかったんですけど、原稿がとにかくきれいで。書き文字のレタリングがすごくきれいだったの。

(宇多丸)広告代理店で働いていたから、そういうのはお手のものだった。

(鳥嶋和彦)で、そこに惹かれてね。で、やっぱり賞は取れなかったんです。パロディーだから。で、その月例賞って、ジャンプは3人か4人の班があって。その班がその月の担当を「するんです。で、年齢が一番下の人間から好きな作家をドラフトで指名していける。で、僕は鳥山さんの原稿をやりたいって指名をして。そこからの付き合いで。

(宇多丸)鳥山さんでも、いわゆる先ほどおっしゃったそれこそ漫画の文法的なことっていうのは当然、入ってない状態ですよね? これ、ある意味要するに育成じゃないですけども。漫画家・鳥山明の育成が必要な段階ですよね?

(鳥嶋和彦)そうですね。だから電報を打って。「君は才能がある。連絡されたし」って。当時はみんな、電報と電話だったんで。

(宇内梨沙)おおー、「されたし」!

漫画家・鳥山明の育成

(鳥嶋和彦)それでやり取りをするようになって。絵コンテを作ってもらってっていう。で、ここに映っているけど、『Dr.スランプ』に至るまで1年半ぐらい。で、彼が連載が始まってすぐ、家を引っ越しするんで押し入れを開けたら、僕とやり取りしていた絵コンテ、ボツになった原稿が出てきて。ざっと数えたら500枚あったと。

(宇多丸)でも、その訓練っていうのはやっぱり主に、コマ運びとかそういうことですか?

(鳥嶋和彦)とか、いろいろと……やっぱり彼も言ってますけど、自分がどんどん書いてるものが漫画らしくなって、書いていて楽しかったと。

(宇多丸)すごい! ちょっとなかなか、それ見ようもないでしょうけど。なんていうか、そのプロセスが見たいなっていう(笑)。画力は最初から、圧倒的な画力というものが読んでいて子供ながらに衝撃だったんだけど。

(鳥嶋和彦)鳥山さんの漫画が好きな方ならわかるんですけども。『鳥山明○作劇場』っていう、鳥山さんが読み切りを書いた……はっきり言うと連載にならなかった漫画が全部載ってるんですけども。『スランプ』の前って、やっぱりおじさんとかおっさんが主人公の漫画しか書いてないんですよ。

(鳥嶋和彦)で、こちらでも『Dr.スランプ』で1話目があるんですけども。千兵衛が主人公なんですよ。

(宇多丸)まあ『Dr.スランプ』っていうぐらいですから。

(鳥嶋和彦)で、アラレは発明品で出てくるから、実はこの1話目は出てくるんですけど。1話目はほとんど直してないんですけどね。でも、2話目でアラレが出てこなかったんですよ。

(宇多丸)要するに、ドラえもんのひみつ道具じゃないけど。毎回変わる……というような感じでいたんですね。

(鳥嶋和彦)でね、僕は最初っから、鳥山さんが捨てキャラで書くちっちゃな女の子のハチとか、そういうキャラがかわいいんで。これを見た時に「やった!」と思ったんです。で、これが主人公だと僕は思ってたんですよ。アラレが。そしたら2話目で消えていて。

(宇多丸)「何を考えているんだ!」と?

(鳥嶋和彦)そうそう。で、行って「この子を主人公にして」って言ったら「嫌だ」って言われた。「少年漫画だから、女の子は描きたくない」って。

(宇多丸)うーん。意外と鳥山さんもそういうところが……。

(鳥嶋和彦)頑固ですからね。それで僕は「じゃあ、賭けをしようか。増刊がもうすぐ出るから、女の子の主人公の漫画を書いて。それがそこで3位以内だったら、僕の言うことを聞いて、アラレを主人公にして。4位以下だったら、君が言うようにアラレは出て来なくていいから」って。でも僕は編集だから読者の動向がちゃんとわかってたんで、勝算があって。見事、3位に入ったの。

(宇多丸)こっちの方がデータを持ってるし、絶対に勝てる賭けみたいな(笑)。

則巻アラレを主人公にするための「賭け」

(鳥嶋和彦)ただ鳥山さんも頑固なんで、タイトルを変えなかった。『Dr.スランプ』って千兵衛博士のことですから。

(宇多丸)でも、なんかそのクールさが僕は子供ながらに……だからアニメになった時に『Dr.スランプ アラレちゃん』となった時に、「いや、それは気持ちはわかるけど、なんだかな」って正直、子供ながらにその瞬間には思ってしまいましたというのがありますけど。アニメ化にはまたね、すったもんだがね。

(鳥嶋和彦)その本にも書いてありますけども。それをOKしたのが僕の痛恨の極みでね(笑)。

(宇多丸)でも、やっぱりそのおっさんの主人公で。もちろんかわいい女の子のキャラもあるけど。もう細部まで描き込まれたオタク的ディテール……たとえば僕ら、小学生ですけども。当時のそのモデルガンメーカーのMGCが出した新商品とかが必ず、その最新のが入ってるんですよ。そういう、なんていうかな? 「僕たちにはわかる」っていう電波みたいなものもやっぱりすごく僕は鳥山さんは新世代感を感じたんすよね。

(鳥嶋和彦)だから、オタクですよね。メカが大好きですから。で、『スランプ』は連載の回数が増えていくと、彼はキャラクターをあんまり書きたがらずに、車ばっかり書いていて。僕、怒ったことあるんですよ。「車ばっかり書くな。扉ページで読者はキャラクターが出てくるのを楽しみにしているんだから」って。

(宇多丸)これ、つまり鳥山さんは……後の『ドラゴンボール』とかもそうかもしれないけど。ご本人が書かれている作品と、ご本人の本当に好きな何かみたいなこととは多少、距離があるってことですか?

(鳥嶋和彦)かなりあるみたいですね。「『スランプ』と『ドラゴンボール』は好きな作品じゃない」って言ってます。

(宇内梨沙)それは面白い!

(宇多丸)これ、でもすごく面白いと思っていて。つまり、ある程度……さっき言った「展開を変える」とかっていう時に惜しげもなくって言っていましたけども。ある意味、ある程度思い入れみたいなものに距離があるから。「じゃあ、ダメなら変えます」みたいなことができるってことかな?って。

(鳥嶋和彦)そう。で、なぜ彼がそれをできるかっていうと、やっぱりね、サラリーマンを失敗した人だから。会社員を失敗したから、これで食ってかなきゃいけないっていう。

(宇多丸)ああ、そうか。割と切羽詰まった、「ちゃんと受けるものをやります」っていうか。要するに「趣味で書いているんじゃないです」っていうことですかね。

サラリーマンを失敗した経験のある作家

(鳥嶋和彦)それで言うとね、サラリーマンを失敗した作家さんで僕、プロフェッショナルをあと2人、知ってるんです。秋本治さんと高橋和希さん。『こち亀』と『遊戯王』の作家さん。この2人も、サラリーマンを失敗した方で。

(宇多丸)そして、その共通項としてたとえば原稿を落とさないとか、ちゃんとしているっていう?

(鳥嶋和彦)落とさない。仕事がちゃんとしている。

(宇多丸)やっぱりその人に迷惑かけるとは何かを知っているっていう(笑)。

(鳥嶋和彦)で、「これで食べている」っていうことが自覚できている。だから、大人なんです。

(宇多丸)これ、ちょっと音楽業界にも聞かせたい話ですね。「お前に言われたくない」っていう話かもしれないけども。面白いですね。あと、その『Dr.スランプ』……僕はずっと『Dr.スランプ』から読み始めて。で、その『ドラゴンボール』になった時に、なんていうんですかね? 「『Dr.スランプ』はやっぱり大変だったのかな?」って思ったんですよね。

(鳥嶋和彦)『ドラゴンボール』を始めた最大の理由は、『Dr.スランプ』をやめたかったからです。

(宇多丸)やっぱり大変だった? それは、どこが大変だったんでしょうか?

(鳥嶋和彦)1話完結で作るじゃない? で、13ページから15ページで直しを入れると、丸々替えたりしなきゃいけない。

(宇多丸)ああ、だからずっと続いてる話なら、自動的に流れてくところがあるけども。

(鳥嶋和彦)で、実はもう連載が始まって半年で「やめたい」って言い出しまして。

(宇多丸)やっぱりでもギャグ漫画はきついですよね。きっとね。

(鳥嶋和彦)ところがもう「やめたい」って言った時にはコミックスは即日完売。テレビ局からアニメ化の話が来ている。やめるわけにいかない。で、そこからやっぱりなだめすかしをやっていったんだけど、やっぱり毎日声を聞いてると「そろそろ限界だ」っていうことになって。それで東京に来てもらって、雑誌の台割を決めてもらっている副編集長と話し合いをするっていう機会を設けたんですよ。ところが僕は急な電話があって、遅れて行ったら鳥山さんがもう副編に説得されていて。「『Dr.スランプ』よりも面白いものを書けたらやめていい」って言われて。で、そんなの、ねえ。

(宇多丸)ねえ。ホームランの後にホームランを打てみたいな。

(鳥嶋和彦)簡単にできるわけがない。だから「できない」と思って言ったんですね。で、しょうがない。もうやるしかないんで。7日で書いていた原稿を5日で書くように彼に話をして。2日、貯金すると1ヶ月で8日できるんで、それで1本書ける。

(宇内梨沙)ハード!(笑)。

(宇多丸)それでも、そこまでしてもやっぱり次の一手を打ちたかった。

(鳥嶋和彦)で、それで読み切りで次の連載のキャラクターを探っていたんですよね。ところが、全部失敗して。

(宇多丸)あんまりうまくいかない?

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