元週刊少年ジャンプの編集長、鳥嶋和彦さんが2023年7月27日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。面白い漫画を作るコマ割りの極意について、宇多丸さんと話していました。
(宇内梨沙)今夜は元週刊少年ジャンプ編集長、鳥嶋和彦に聞く 漫画編集者ってどんなお仕事特集をお送りしています。改めましてゲストは漫画編集者の鳥嶋和彦さんです。よろしくお願いします。
(鳥嶋和彦)よろしくお願いします。
(宇多丸)では早速いろいろ伺っていきたいんですが。ちょっと基本的なというか、こちらの本にも書いてあることではあるんですが。鳥嶋さんは元々漫画がお好きで編集者になったわけじゃないってことなんですよね?
(鳥嶋和彦)大変申し訳ないんですけどもね。集英社に入るまで、ほぼ漫画を読んだことがなくて。この世の中に少年ジャンプというものがあることを知らなかったんですね。
(宇多丸)知らない! これはすごい。で、いざ入って、配属されちゃって……。
(鳥嶋和彦)そうですね。1週間で会社を辞めようと思いました。
(宇多丸)あらま! それぐらい? 当然、そこで初めて週刊少年ジャンプというものを読んでみるわけですね?
(鳥嶋和彦)まあ新人編集者、新入社員は「バックナンバーをとりあえず読め」って言われるんですよ。これが、とりあえず知らないから読むじゃないですか。絶望的な気持ちになったわけですよ。
(宇多丸)それは、どうしてですか?
(鳥嶋和彦)全く面白くない。
(宇多丸)フフフ(笑)。合わない?
(鳥嶋和彦)合わない。
(宇内梨沙)これまで読んできたことがない人が急に……っていう。
(宇多丸)だし、もちろんだから宇内さんとかが知ってる時代よりもさらに前ですからね。僕は読んでいましたけども。
(鳥嶋和彦)1976年ですね。おまけに新入社員って、毎日日誌を書かされるじゃないですか。業務日誌を。これが嫌で。1行おきに書いていたんですけども。ある日、「鳥嶋くん」って先輩に言われて。「アンケートで君が面白いと思う漫画の順番を書いて。その一言コメントも入れて」って。それで、書いてデスクに出したんですよね。デスクにね。それで翌日、アンケート結果が出てきました。これを見てね、さらに衝撃で。「やっぱり無理だな」と思いました。
(宇多丸)それは全然?
(鳥嶋和彦)僕の評価と読者の評価が真逆なんですよ。
(宇多丸)ああーっ! じゃあ、好みでもなきゃ、読者層的なあれとも合わないし。何もかもが合わない。これはたしかに絶望的な気持ちになりますよね。
(鳥嶋和彦)それで毎日、だから業務を終えて新聞の求人広告の欄を見ていて。「28歳までなら比較的、就職しやすいな。まあ、5年の猶予はあるか」みたいなね。
(宇多丸)でも、この後の伝説の名漫画編集者が最初はそうだったっていうのは面白い。でも、その距離感っていうのがある意味、その時のジャンプに足りないもの。もしくはその時の少年漫画に足りないもの。何が面白くないと感じるのか、みたいな分析に向かわせたみたいなことですか?
(鳥嶋和彦)そうですね。だから漫画を全く知らなくて。で、なんだろうな? 漫画に開眼するというか、漫画を面白いと思うようになったきっかけのひとつが……それで編集部にいるのが嫌なんです。で、隣が小学館っていう出版社なんで。そこに行って、資料室があるんで昼寝をよくしてたんです。
(宇多丸)集英社の社員が小学館の資料室に行って?(笑)。
(宇内梨沙)隣にあったんだ!
(鳥嶋和彦)今でも隣にありますよ(笑)。
(宇多丸)いや、単純にそんなことやっていいんですか?っていう(笑)。
(宇内梨沙)どうやって入っていたんですか?(笑)。
(鳥嶋和彦)いや、当時は入れたんです。
(宇多丸)おおらかな時代で。
(鳥嶋和彦)後の小学館の副社長の白井さんに「よくお前みたいなやつがのこのこと入ってきたな」って文句を言われましたけども(笑)。
(宇多丸)集英社のどこかで寝るんじゃなくて、わざわざ小学館に?(笑)。
(鳥嶋和彦)いや、集英社は当時、ちゃんとした資料室がなかったんです。で、小学館の資料室で寝ていて。そしたらある時ね、書棚を見たらものすごい数の漫画雑誌があるわけですね。で、「ジャンプ以外にもこんなに雑誌があるんだ」と思って。「どんな漫画が載ってるのかな?」って読み始めたんですね。そしたら、さっき控室で古川さんとも話していたんですけど。萩尾望都さんの『ポーの一族』。これを見て衝撃を受けて。「うまいな!」って。ベタの使い方がすごくうまくて。
(宇多丸)当時、やっぱり少女漫画がね。表現という意味では。
(鳥嶋和彦)それでいろいろ読んで。「漫画にはいろんな漫画がある」って初めてわかった。で、面白い漫画もつまんない漫画もたくさんあると。するとね、じゃあ端から端までとりあえず全部、読んでみようと思って読み始めた。で、量を読まなきゃいけないんで、結構なスピードで読み始めるんですよ。そうするとね、「漫画には読みやすい漫画と読みにくい漫画がある」ということがわかって。それで、大抵、読みやすい漫画って面白いんですよ。で、「この中で一番読みやすい漫画って何なんだろう?」って、こうやってトーナメント方式で落としていって。それで最後に残ったのが今、ここに持っている、ちばてつやさんの『おれは鉄兵』だったんですよ。
(宇多丸)おおーっ! 私もちば先生、何度かインタビューさせていただいて。というか、最も尊敬する漫画家の1人ですけど。ちば先生はやっぱりすごいですか?
(鳥嶋和彦)で、このちばさん……たとえば漫画の連載は1話がだいたい19ページだから、19ページに相当する部分を雑誌で50回、読んでみたんですよ。なぜ、このコマなのか。なぜ、この絵なのか。なぜ、このアングルなのかって。そしたら、わかったんですよ。
(宇多丸)ほう。わかった?
(鳥嶋和彦)要するにわかりやすく、読みやすく作るには、コマ割りが大事だっていう。で、コマ割りと同時にそのアングルをどう描くかってことがものすごく大事だってわかって。で、それを1回、このセオリーが他の漫画にも当てはまるかと思って。読みにくい漫画とかに当てはめてみると、やっぱりその構成ができてないわけ。
(宇多丸)ああ、ちば先生のその読みやすい流れっていうのは、もうちょっと細かく言うとどういうことなんでしょうか?
見開きの中に三つのアングルを正しく書く
(鳥嶋和彦)ここに『鉄兵』がありますけど、剣道漫画ですよね。そうするとね、全身をちゃんと書いてあるじゃないですか。そうすると、その本でも言ってますけど漫画には見開きの中で三つのアングルをちゃんと正しく書いてあると、読みやすいんです。ロングと、ミドルと、アップ。ロングは状況を書くんですね。こういう位置関係。これがないと……得てして、これが落ちやすいんだけど。そうしないと、わからないんです。
(宇内梨沙)どこ誰がいるかとかが。
(鳥嶋和彦)それでミドルで動きを表す。
(宇多丸)主人公がこう動いたとか。
(鳥嶋和彦)で、アップで表情をあらわす。
(宇多丸)そうか。感情とか、そういうものはそこで描く。
(鳥嶋和彦)で、なんでこれが見開きで過不足なく書いてなきゃいけないかっていうと、漫画ってページをめくった瞬間、この今、見ていたものが過去になっちゃう。
(宇多丸)見開きをめくったら、もう前のページじゃないから。要するに、いちいち前を参照したりとかは……。
(鳥嶋和彦)だから、この見開きの中でこの三つのアングルをきちっと……。
(宇内梨沙)常に。
(宇多丸)しかも今、僕ね、開いていただいてるページで。もちろんちば先生ファンで、『おれは鉄兵』も何度も何度も読んでるのに、今おっしゃったロングショットからミドルでアップ。ロングショットからミドルでアップっていう、そのリズムが……。
(宇内梨沙)全部ちゃんと、見開きで開いて全て入っている。
(鳥嶋和彦)そう。でね、僕は1年間、剣道やってたから、さらにこのちばさんがすごいなと思うのは、剣道というのは間合いなんですよ。で、足さばきなんですよ。それがね、きちっと描かれているんで。
(宇多丸)じゃあ、その競技としてのゲーム性。これは別に漫画に限らず、映画でも何でもそうだけど。位置関係がわかんないとか、何が今、争われているのかがわからないとか。
(鳥嶋和彦)これはおそらくちば先生は自分が経験されたスポーツしか描いてないんじゃないかと。だから今度、9月にコミティアで対談をするんで、その時にちば先生にお聞きしたいことのうちのひとつなんだよね。
(宇多丸)9月3日に。これは面白くなりそうだ!っていうね。
(鳥嶋和彦)俺、初めてね。人と会って上がるんじゃないかっていう(笑)。
(宇多丸)そうですか(笑)。でも今のご説明、本当にそのものズバリ当たっていて。これがある意味、基礎の「き」とするならば……。
(宇内梨沙)ちなみに読みにくいなっていう漫画は何が足りないんですか? どれが……。
(鳥嶋和彦)この今の三つのアングルがきちっと描かれてない。あと基本的に目が迷っちゃうんですね。
(宇多丸)要するに次にコマのどこに行くべきかっていうのが。
三つのアングルが描かれないと、目が迷ってしまう
(鳥嶋和彦)これを見てわかるようにまず、これ見開きが横位置ですよね。テレビのサイズの横位置ですよね。映画のスクリーンの横位置ですよね。全部、これで作られているんです。ビジュアルが。で、なぜ目が迷わないようにするのか?っていうと、人間の目ってこれを、最初のコマを見た瞬間に、見開きを全部見てるんですよ。
(宇多丸)実は無意識に全体を見ている?
(鳥嶋和彦)で、次のコマに移っていくわけです。ここで迷うことがないと、脳内でパッとスピードをもって調整して読めるんですよ。だから漫画って、きちっと文法に従って構成されていて、読む人が目が迷わなければ、見開きを一瞬で読めるようになる。
(宇多丸)ああ、全体をだから、その先をね、パパッと……「読み飛ばして」とおっしゃってましたけども。大半の人は漫画で、正直ね、じっくり見るっていうよりかはパッパッパッと見ていくわけだから。
(宇内梨沙)たしかに。面白い漫画って1巻を読み終わるのが10分かからない時とか、あります。
(鳥嶋和彦)あと、見てもらえばわかるようにセリフが簡潔に書かれているんですよね。
(宇多丸)1個の吹き出しあたりのセリフがそんなに量がない。
(鳥嶋和彦)だいたい6、7字×3行ぐらいしかない。だから、読むんじゃなくて絵と一緒に見るんですね。
(宇多丸)そうか。もう入ってくる。こうやって読むんじゃなくて、ポンと入ってくるようなセリフ。しかも、見ていくと、もっと細かいことを言うと登場人物がどっち側を向いてるみたいなことも計算されてますよね。おそらく、これね。じゃあ、そこまでやって何も考えずにスッと見開きごと読めるという。
(鳥嶋和彦)だから、読みやすいものは面白い。で、読みやすいってことは子供も読めるんで、読者層も広いんですよ。で、子供が面白いと思えるものは大人も面白いと思うんですけど、この逆はないんですよ。
(宇多丸)逆はない。子供が面白くないと思って、大人は面白いというのはない?
(鳥嶋和彦)ない。で、やっぱりね、「今、子供が漫画を読まないのはコマ割りがわかりにくいから。だから縦スクロールの方がいい」って言う人もいるんですが……僕からすると、今のこういう雑誌とか、デジタルで載っているコマ割り漫画が下手だから。だから、子供が読みにくい。このちばさんのこれとかね、今画面に映っている鳥山さんのものが読みにくいはずがない。パッとわかるわけですよ。ということは、子供が見てもわかるわけですよ。
(宇内梨沙)たしかに。私も小さい時に家に『キャプテン』だったり『プレイボール』があったんですけど。もう当たり前に読んでましたもん。小さい時でも読めましたし。
(鳥嶋和彦)だから果たして、漫画はいろいろ面白さが変わってきてるけど、漫画そのものが進化してるか?っていうと、決して進化しているわけじゃないんですよね。
(宇多丸)なるほど。その漫画という、特にその日本的な見開きでこうやってめくっていく。右手からこうやってめくっていくマンガの形式の中のいろいろ文法というのは既に洗練をされてるし。それを十分に使うならば、要するにもちろん今でもそのスピード感を持って読める漫画ではあると。