町山智浩『イニシェリン島の精霊』を語る

町山智浩『イニシェリン島の精霊』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年11月8日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『イニシェリン島の精霊』を紹介していました。

(町山智浩)で、その中間選挙とは全然関係ない映画の話をしますけども。今日はですね、アカデミー賞で主演男優賞取るんじゃないかと言われてる映画でですね、『イニシェリン島の精霊』というちょっと覚えにくいタイトルの映画です。「イニシェリン島」というのはですね、アイルランドの島なんですけれども。アラン諸島っていうのがアイランドにあるんですよ。ここ、何で有名かっていうと、セーターで有名なんですね。

(赤江珠緒)へー。

(町山智浩)フィッシャーマンズセーターってわかりますか?

(赤江珠緒)はいはい。わかります。

(町山智浩)すごく温かくてね。手編みで。

(赤江珠緒)なんかざっくりした……。

(町山智浩)そう。ざっくりした。あれはこのアラン諸島で作るんですよ。そこから発生したものです。ここで売ってるものは本物のフィッシャーマンズセーターなんですね。で、元々は漁師さんが着るものですよ。で、アラン諸島っていくつか島があるんですけども、アイルランドの島には「Inish」っていうのがつくんですよ。「Inish」っていうのはアイルランド語で「島」のことなんですよ。で、イニシェリン島っていうのは実在しないんですけども、イニシュモア島とか、イニシュ○○島っていうのがいくつもアイルランドにはあるんですね。

で、これはイニシェリン島というところが舞台の話で。時代が1923年の話で。まだね、電気とかガスとかが島には通っていない頃ですね。で、主人公はアイルランド出身のハリウッドスターのコリン・ファレルという人です。この人、『ロブスター』っていう映画で恋愛をしないと人間として役立たずだから動物に改造されてしまうっていう。あれでなかなか恋人ができなくて苦労した男がコリン・ファレルです。非常にその眉毛がね、ハの字眉毛なんでね。いつも困ってるように見えるっていうね。で、この映画でも「困った、困った」っていう感じでなんですけれども。

で、彼はパードリックという名前の、ヤギとか牛とかを飼って、そのお乳を売って暮らしてるお百姓さんなんですね。で、この島はちっちゃくて、人口が300人近いぐらいしかいないところなんですね。漁師さんとお百姓さんぐらいしかいないところなんですけど。今もあまり変わらないんですが、今は観光地なんですけどね。で、彼の長年の友達で10歳ぐらい年上の70歳ぐらいのね、コルムというバイオリン弾きがいまして。で、この2人がずっと仲良しなんですよ。で、2人とも結婚してなくて、やることがないから。で、昼間はほとんど暇なので、会ってはアイルランドのパブに……もうアイルランドっていうと、パブなんですよ。

(赤江珠緒)そうですね。アイランド・パブってよく聞くね。なんかね。

(町山智浩)そこで、ギネスビールを飲むんですよ。まったりと。あんまり冷やさないやつをね。真っ黒なビールです。それをもう、ダラダラダラダラ飲んでいって、毎日過ごしてるうちにこのコリン・ファレル演じるパードリックももう60近くになって。コルムさんも70ぐらいになっちゃったというね、何にも変わらない日々を毎日送ってたわけですけど。そしたら突然、その年上のコルムさん、バイオリン弾きの方がですね、「もう、お前に会いたくない」っていう風にパードリックに言うんですよ。

(赤江珠緒)急に?

(町山智浩)突然。「えっ、なんで?」って聞くと、「お前とは話してても、全然何も学ぶことがない」って。もう、すごいひどいなと思ってね。で、「わしはもう、あと10年も生きないんだ。だからそれまでに、バイオリン弾きとしてのちゃんとした曲を作曲したいんだ。でもお前と話してると、お前が飼っているロバの話とか、それを2時間もするから。そんなの、何の意味もないから。お前といてもしょうがないから、お前と会わないで俺は作曲に専念する。お前と縁を切る」って突然、言うんですよ。

(赤江珠緒)絶交ですか?

(町山智浩)「絶交する」って言うんですよ。もう絶交とか、小学生かよ?っていう感じなんですけども。でも彼は「そうじゃないんだ」って言うんですよ。「たとえばモーツァルトはなんで有名になったのか? モーツァルトは友達に優しくしたから有名なのか? お前は周りの人によくしていればいいと言うけど『あの人、いい人だった』と覚えられているのはせいぜい死んだ後、15年だ」って言うんですよ。

(赤江珠緒)なるほど。

おっさん同士の絶交

(町山智浩)「でもモーツアルトっていうのは全くいい人じゃなかった。ひどい人だったけれども、モーツァルトのことを知らない人はいないだろう? 誰だって、モーツァルトのことは覚えているだろう? いい人かどうかは問題じゃないんだ! モーツァルトのことは誰でも知っているだろう!」ってコルムが言うと、そのパードリックは「俺、知らない」って言うんですよ(笑)。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)まあ田舎の素朴なお百姓さんなんですよ。ラジオもなにもないところなんですよ。それを聞いてコルムは「ああ……」っていう感じで。「だからお前と話しても、しょうがないんだよ」って言って縁を切っちゃうんですよ。ま、あそれもわからないでもないよね。やっぱり年を取って「ああ、あと10年か」って。俺もだからあと10年、生きるかどうかわかんないじゃないですか。

(赤江珠緒)いやいや、町山さんはあと30年、40年と……。

(町山智浩)そんなの、わかんないですよ。すると、やっぱり焦るんですよ。「俺はこのまま死んじゃうのか?」みたいなね。だから彼の言うこともわからないでもないんだけども。ただね、この島はちっちゃくてね、酒場がひとつしかないんですよ。

(山里亮太)うわっ!

(町山智浩)道を歩いててもね、1本しかないんで、会わないでいるのはほとんど不可能なんですよ。だから会うわけですよね。そうするとパードリックは「おい、どうしたんだよ。話してくれないのかよ?」って絡んじゃうんですよ。そしたら、あんまりにも絡まれるからそのコルムは「今度、お前が俺に話しかけてきたら俺は自分の指を1本ずつ切っていくぞ」って言うんですよ。

(赤江珠緒)えっ、自分の指を?

(町山智浩)「指を切り落とすぞ」って言うんですよ。「で、なにを言ってるんだ?」って思うんですけど……この映画、話だけを聞いてると、なんかしょうもないコメディな感じじゃないですか。それもね、60歳前後の男がね、なんかいちゃいちゃしててね。「絶交するぞ」とかね、小学生か?っていう感じなんですけど。で、「指を切るぞ」って言ったあたりから、段々怖い話になってくるんですですね。

(赤江珠緒)本当ですね。

(町山智浩)それで、「まさか冗談だろう」と思って話しかけたら「わかった」って指を切っちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええっ!

(町山智浩)それで指を切って、投げつけてくるんですよ。

(赤江珠緒)えっ、だってヴァイオリニストじゃないの?

(町山智浩)ヴァイオリニストなのに。だから「俺がどれぐらい真剣なのか、わかるだろう?」って言うんですよね。というあたりから段々、怖い怖い話になってくるんです。で、この映画のタイトル『イニシェリン島の精霊』の「精霊」は原題では「banshee」っていうんですね。このbansheeっていうのはアイルランド独特の伝説で。誰かが死ぬ時に「ギエーッ!」とかって泣くんですよ。そういう泣き女みたいな鳥がいるっていう風に言われていて。その声を聞いた後、そこに死人が必ず出るという伝説があるんですね。

で、島でその精霊のようなおばあさんがいて。「お前は死ぬぞ」みたいなこと言うんですよ。1928年なんですけれども、非常に昔のような、おとぎ話のような非常に不思議な映画なんですよ。で、これはマーティン・マクドナーという人が監督で。この人は『スリー・ビルボード』っていう映画で5年前、アカデミー賞候補になった人なんですけど。この人はロンドン生まれのアイルランド系で、おばあちゃん、おじいちゃんがこのへんのアラン諸島の近くに住んでたんで。

毎年、夏休みになるとアイルランドに行って、そういうアイルランド独特のいろんな話を集めて、そこから劇作家になっていった人なんですけど。このマーティン・マクドナーさんは。この人ね、たけしさんがすごく好きでね。映画の中にたけしさんの『その男、凶暴につき』を引用したりしてるような人なんですけど。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)たけしさんの映画ってほら、すごくふざけてるんだけど血がピュッと出たりするっていうような、非常に奇妙な映画じゃないですか。『ソナチネ』とか、ああいうのでたけしさん、ふざけてるじゃないですか。ギャグがあるのかと思ったら、突然なんかものすごい暴力が出てきて。チャンバラトリオの人が出てきて血だらけになったりとか。そこにすごくこのマーティン・マクドナー監督は影響を受けてるみたいですね。

だからコントなのか、残酷アクションなのか、その両方でもあるみたいなことをやってくんですけども。ちょっとホラーみたいなところもあって。で、ずっとそのハの字眉毛のコリン・ファレルが困ってるんですけど。ただ、見てると「この話は一体何だろう?」って思うんですよ。

(赤江珠緒)たしかに。どういうことなの?っていうね。

(町山智浩)「一体、なんでこんな話をやってるんだろう?」って。狭い狭いアイランドの島でね、おっさん同士がいがみ合いをする話なわけですよ。で、これはね、よく見るとわかるようになっていて。この島から実はアイルランドの本土がよく見えるんですよ。海越しに、ずっと見えてるんですよ。アイルランド本土ではね。そこでは、爆発が起こってるんですよ。バーン! バーン!って。で、なんかものすごい銃声とかが聞こえてるんですよ。「ダダダダダダダダンッ!」みたいなね。何が起こってるのか?っていうと、この1928年っていうのはアイルランドで内戦が起こってたんですよ。

で、この内戦というのはまた非常に奇妙な戦争でね。アイルランドってずっと、イギリスに占領されて支配されたんですよね。長い間。まあ、領土だったんですけども。途中からアイルランドの人たちが独立戦争を起こして、イギリスと戦って独立したんですよ。で、独立したんですが、アイルランドって、その北の方にね、スコットランド系の人たちが入植した地域があって。北アイルランドと言われてるところなんですね。

そこは宗教が違うんですよ。プロテスタントなんですよ。イギリスと同じね。で、アイルランドはずっと昔からカトリックなんですよ。で、その北アイルランドだけイギリスに残したまま南アイルランドだけが独立するのか、それとも北も一緒にイギリスから切断して、アイルランドとして一括で独立するのかということで、独立戦争でイギリスから独立した後、どこまで独立するのか?ってことで、内戦になっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)うーん……。

(町山智浩)これはすごく奇妙な……要するにプロテスタントの人を込みでアイルランドになるのか、それともそれを切り離してアイルランドになるのかってことで争いが始まって。それでアイルランド人同士の殺し合いになるんですけども。その時の死者の数はイギリス相手の独立戦争の時よりも多いんですよ。

(赤江珠緒)なんか、何とも言えない事態になってしまってますね。それはね。

アイルランド内戦を象徴させる

(町山智浩)これは、そのことをこの2人のいがみ合いに象徴させてるんですよ。前に紹介した話があって。『パラレル・マザーズ』というスペイン映画を紹介したんですけども。覚えていますか? 今、日本でちょうど公開されてるんですけども。それは病院、産院でお母さんが赤ちゃんをすり替えられちゃう……まあ取り違えがあってね。その後、自分の本当の赤ちゃんが死んでしまったことを知ったんで、その取り違えを黙っていようとするっていう話なんですね。本当のことがバレると自分が途中まで育てた赤ちゃんを持っていかれちゃうからってことで。で、それは一体何の話だろう?って思ってたら、監督は「それはスペイン内戦の話なんだ」って。

スペインはずっと内戦があったんだけれども、途中で70年代の内戦が終わったんですね。そしたら、それそれから人々が仲良くするために内戦の間、スペイン人同士で殺し合ったことをなかったことにしようという法律ができたんです。だから、過去のことは追求しないということで今までやってきたんですけど、果たしてそれでいいのか?っていうことを描いたのが『パラレル・マザーズ』っていう映画だったんですけども。それをお母さんの話に象徴させてさせていたんですね。で、今回もアイルランドの内戦を2人のおっさんのいがみ合いに象徴させてるんですけど。

(赤江珠緒)そういうことか。この身も蓋もないおっさんのいがみ合いっていうのは、そういうことですか。

町山智浩『パラレル・マザーズ』を語る
町山智浩さんが2022年9月13日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『パラレル・マザーズ』について話していました。

(町山智浩)そういうことなんです。それがもう、殺し合いみたいなことんなっていっちゃうってことはとんでもないなということなんですけど。なぜ、それを現在やるのか? アイランドの内戦っていうのは1927年に終わっているんですよ。100年ぐらい前なんですよ。でも今、これをやるのは、世界中でこういうことが続いてるからです。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)今、僕はジョージア州にいるでしょう? ここは南北戦争で大激戦地だったところですよ。それは黒人の奴隷制度を維持しようとする南軍と、奴隷を解放しようとする北軍の間の戦争だったんですけども。この南北戦争での死者数っていうのは、アメリカの……アメリカって、ものすごい数の戦争してきていますけども。アメリカ最大の戦死者数なんですよ。南北戦争っていうのは。内戦の方が死者が多いんです。どの国も。だから内戦の方が憎しみがひどくなってくるんでしょうね。どうしてもね。

(赤江珠緒)そうね。本当、歴史上そうですね。一緒にそこに共存してきた人たちがね。

(町山智浩)朝鮮戦争を見てもそうですけども。だからね、今、アメリカで起こってることも一緒の内戦状態なんですよ。今ね、ジョージアに来てからテレビを見ると、日本で選挙のテレビコマーシャルって禁じられてるじゃないですか。

(赤江珠緒)限られたことしかできないですね。

(町山智浩)アメリカはね、ものすごいお金でコマーシャルを買い取って。今、もう選挙のコマーシャルしかないんですよね。ジョージアは。で、互いの候補者のあることないことを言いまくって。もう、ものすごいネガティブキャンペーンで。テレビを見てると心がどんどんどんどん荒んでくるような状態なんですよ。でも、もう本当にアメリカの選挙がこんなに激しく互いを攻撃するようになっていったのは、最近のことなんですよね。

(赤江珠緒)そうですか。

(町山智浩)で、どんどんどんどんひどくなっていって。特に今回、すごく問題になっているのはやっぱり中絶なんですよね。今まではそんなの、論争にならなかったのに、それを連邦最高裁がね、「各州に任せる」って言っちゃったもんだから、各州が全部、内戦状態ですよ。

(赤江珠緒)そうですよね。だって日本でもそのアメリカの中間選挙の状況とか、ニュースでね、そういうのが流れるんですけど。共和党側と民主党側の支持者の人たちのそういうインタビューコメントが流れても、お互いが絶対に理解し合えないだろうな、みたいなのが……どうやって折り合うんだろう?って思うぐらい、全くわかれちゃってますよね。

(町山智浩)わかれちゃってるんですよ。でも今までは別に、そんな中絶問題なんて論争になってなかったのに、論争にしちゃったんですね。連邦最高裁が「各州に任せるよ」と言ったから。それは、もうそうなりますよね。だからね、内戦状態っていうのはやっぱりある程度、作られるものだし。で、始まるとどこでももう泥沼になっちゃうんですよね。一歩も引けなくなっちゃって。妥協点とかじゃなくて、相手を潰すまでやるという風になりますから。なのでこの映画はね、笑わせるんですけど。見てるとケラケラ笑うんですけど、最後の方で結構ぞっとさせたりね。でも、現実よりもいい形で終わらせようとしたりね、いろいろ考えさせるところがあって。非常に素晴らしい映画になってますね。

(赤江珠緒)そうですか。『イニシェリン島の精霊』は来年1月27、日日本公開ということで。内戦の方が被害が大きいというのは、もう本当に皮肉な話ですよね。

(町山智浩)そうなんですね。

(赤江珠緒)はい、町山さん、ありがとうございました。また選挙結果なんかについても教えてください。

(町山智浩)はい。どうもでした。

『イニシェリン島の精霊』予告編

<書き起こしおわり>

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