町山智浩『パラレル・マザーズ』を語る

町山智浩『パラレル・マザーズ』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年9月13日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『パラレル・マザーズ』について話していました。

(町山智浩)それで今日はスペイン映画の紹介なんですね。ちょっと珍しいんですが。11月3日に公開される予定の『パラレル・マザーズ』という非常に奇妙なタイトルの映画を紹介します。これ、『パラレル・マザーズ』って、「パラレル」は「並行している」っていうことで。その並行している状態で何人もの母親がいるっていうような意味のタイトルなんですね。『パラレル・マザーズ』っていうのは。だからマルチユニバース物か?って思うんですけど、そうじゃないんですが。

これ、監督は今、スペインの最高の監督と言われているペドロ・アルモドバル監督で。彼はすごく色使いのポップな……赤や青の原色を使って非常にポップな映画を作る人なんですけども。内容的には非常にメロドラマを撮る人ですね。で、主演は彼のお気に入りの女優さんのペネロペ・クルスさんですね。非常に美人の。

で、彼女はこれでアカデミー主演女優賞候補にもなってます。でですね、このペネロペ・クルスさんが演じるのはジャニスというもう一流の売れっ子写真家でですね、すごい大金持ちなんですけど。彼女が学者のアルトゥロという中年のおじさんと恋をして、妊娠するんですが、この学者には奥さんがいて、「結婚はできない」って言われちゃうんですね。

「でも、私は産みたい」っていうことで。お金もあるしね。で、シングルマザーとして彼の子供を産むんですよ。で、病院に行って、産院で出産する時に同じ日に出産する17歳の少女がいて。それはアナという子で。その子はやっぱりシングルマザーになるっていうことでね。それでお互い、シングルマザーってことで仲良くなって、同じ日に女の子の赤ちゃんが生まれるんですね。

で、ジャニスは自分の赤ちゃんにセシリアっていう名前をつけて。で、退院した後もアナに「また会いましょうね」って言って別れて、子供を育て始めるんですが。そこに一応、父親でアルトゥロが来るんですね。学者がね。すると、赤ちゃんの顔を見た途端にね、「俺の子じゃない」って言うんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)「肌が褐色じゃないか。これは違う。俺の子じゃない」って否定するんですよ。それでまあ、否定されちゃったもんだからジャニスさんは1人で育てていくんですけど。で、しばらくして……結構だいぶ経ってから、その少女アナと再会するんですね。で、彼女は家出をして、カフェでウェイトレスさんをやってるんですけども。「赤ちゃん、どうしたの?」って聞くと「ああ、死んじゃった」って言われるんですよ。で、すごい悲しそうにしているんで、家に連れ帰って慰めたりしてるんですけども。で、セシリアちゃんは順調に育ってるんで、その子をかわりに抱っこさせたりしてね。

で、アナは赤ちゃんが死んじゃったから、そのセシリアちゃんを抱いてすごく嬉しそうにしてるんで、2人はちょっと一緒に住み始めるんですよ。ところが、その17歳の少女アナは実はレズビアンだったんですね。で、ジャニスっていう中年の女性のカメラマンと愛し合うようなるんですよ。2人は同性愛関係になっていくんです。でも、何か違和感があるわけですよ。その赤ちゃんのことが。彼がね、「俺の子じゃない」って言ったことがね。で、自分とその赤ちゃん、セシリアのDNA検査をしてみるんですよ。すると、一致しないんですよ。

(赤江珠緒)うわっ!

(町山智浩)ジャニスの子じゃないんです。で、今は愛し合っているアナのDNAをこっそり取りまして、検査をしたら、彼女の子なんですよ。

(赤江珠緒)取り違えたっていうこと?

(町山智浩)取り違えなんですよ。で、アナの方に引き取られた自分の娘は実は死んじゃっているという。でも、もしそのことを言ったら、どうなるか? そうしたら、たぶんセシリアは取られちゃうだろう。もう育ててだいぶなるんで、それはできない。自分の娘のようなものだから。でも、アナのことも愛している。「どうしよう?」っていう話なんですよ。で、パラレル・マザーというのだからアナもお母さんだし、ジャニスもお母さんなんでパラレル・マザーなんですね。で、ものすごく複雑で、にっちもさっちも本当にいかない話になっちゃうんですけども。まあ、取り違え物だと是枝監督の『そして父になる』なんてのがありましたけどね。

(赤江珠緒)ああ、ありましたね。

(町山智浩)あれは超エリートのね、福山雅治さん。彼もすごい一流企業に勤めててね、高層マンションに住んでいて。それとしょぼしょぼのリリー・フランキーという2人の父親が、その子供が入れ替わっていて……っていう話でしたけど。あれは結構、社会の階級差みたいなことがテーマでしたけどもね。じゃあ、この『パラレル・マザーズ』という映画は一体何がテーマなのか?っていうことなんですが。これ、ちょっと僕は見終わった後、わからなかったんです。なんとなくはわかったんですが、はっきりとはわかんなくて。で、このアルモドバル監督のインタビューを読んだら、これはスペインの歴史を知らないと全くわからない映画なんだっていうことがわかったんですよ。

(赤江珠緒)ええっ、歴史を?

スペインの歴史を知らないと全くわからない映画

(町山智浩)歴史を知らないと、わからないんですよ。これね、このジャニスの赤ちゃんの父親であるそのアルトゥロという学者さんの仕事は法理学考古学者っていう非常に奇妙な仕事なんですよ。で、彼がやってるのは昔の人の死体からDNAを取り出して特定するっていう仕事なんですよ。で、何をやってるか?っていうと、スペインにはものすごくたくさんの無縁仏がいるそうなんですよ。

で、田舎の方に行って、荒野とかを掘るといっぱい人骨が出てくるそうなんです。その数は10万とか20万とかなんですって。で、それを発掘していって、そのDNAを……近所に住んでる人たちのDNAを全部取って、それと一致させて誰なのか?っていうことを調べていくっていう仕事をしてるんですよ。で、これは何でそんな状況になってるのか?っていうと……。

(赤江珠緒)たしかに。ちょっと珍しい仕事ですよね。

(町山智浩)ねえ。これ、実は1936年ぐらいから何年かの間にスペインで20万人近くが行方不明になってるんですよ。

(赤江珠緒)20万人も行方不明?

(町山智浩)そう。これは一体、何があったのか?っていうと、1936年にスペインで社会主義系の政党が選挙で勝利して、連立政権を作るんですね。民主政権を。で、その政権は、それまでのスペインというのは王家があって。それとカトリックがあって、軍隊があって。それらが結びついて、非常に政教分離が全くなされてない国だったそうなんですよ。で、女性には参政権がなかったり、中絶が絶対に禁止だったりしていて、非常に宗教的な政権だったらしいんですけど。

で、それに対して新しく1936年にできた政権はそうではなくて、普通の立憲主義の民主政権にしようということで。それでそれまでは、離婚も禁じられていたんですけども。その離婚もできるようにして、女性の参政権も法制化しようということを公約に掲げて政権を取ったんです。そしたらですね、カトリックのキリスト教会と王家。それと結び付いてる軍部がクーデターを起こしたんですよ。で、政権を奪い取って、そこからですね、その政権に味方した人とかカトリックの教会に反対してる人たちに対する大虐殺が始まったんですよ。

(赤江珠緒)ええっ! 怖い……。

(町山智浩)これね、すごい怖いんですが。フランコ将軍という人がクーデターを起こして軍事政権を作るんですけども。で、そこでまず、カトリックじゃない人たち……少数ですが、いるんですね。プロテスタントとか。あとは、反教会の自由主義の人とか民主主義者。あと社会主義者、共産主義者。それからカトリック翼賛体制に反対していたインテリ、大学教授、ジャーナリスト。

そういった人たちを片っ端から捕まえて、それらがみんな行方不明になっちゃうんです。それだけじゃなくてスペインの少数民族たちがいるんですね。ジプシー……まあ「ロマ」って呼ばれる人たちですね。この人たちはインドの方から来た人たちなんですけど。あと、ユダヤ系の人とかね。あと少数民族でバスクとかカタルーニャの人とかもいるわけですね。そういった人たちをもう、虐殺していったんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)これがね、その時は行方不明っていう形になっていて。で、たとえば「この村に政府に反対してるやつがいるだろう? 社会主義者がいるだろう?」とか言って。インテリの人とか、ジャーナリストとかは居場所がはっきりしてるから。そういう人たちのところに行って、その人たちを警察が連れていくと、もう帰ってこないっていうことが起きて。

(赤江珠緒)20万人も?

(町山智浩)そうなんですよ。もっと多いとも言われてるんですけど。もう途中からは「これはヤバい」っていうことでスペインから逃げ出した人がかなりいるんですね。で、この映画の中でもどんどん骨が出てくるんですよ。あっちこっちから。で、結局1975年にフランコ政権は崩壊するんですね。これはフランコ将軍自身が死んだからなんですけど。で、彼が死んだ途端にそのフランコ体制がなくなって、崩れていってスペインは民主化されていくんですね。それでじゃあ、そのフランコ政権の時に虐殺に加担した人たちをどうするか?っていう話になるんですよ。

(山里亮太)うんうん。

(町山智浩)まあ、それに協力した人たちがいっぱいいるっていうか、ほとんどの人は協力してるわけですよ。

(赤江珠緒)それだけの人を虐殺するとなるとね。

(町山智浩)じゃあ、その人たちを全部起訴して、犯罪者として罰していくのかどうか?っていうことで、スペインではすごい議論が始まるわけですね。これから民主化された国をやっていく上でどうするのか? 今までの罪を全部、洗いざらい調べてちゃんと罰していくのか? それは、しなかったんですよ。「それをやったら国がもうめちゃくちゃになるだろう。ああいう状況だったんだから、仕方がなかったんじゃないか」ってことで、それを許すという法律を作るんですね。1977年に恩赦法というものを作るんですよ。

これはフランコ独裁政権に加担して、密告したり、それに加担した人たちを無条件で許すという。で、「忘れましょう」って言うんですね。だからその協定を「忘却の協定」とも言うんですよ。だから骨がいくら出てきても、特定しないんですよ。そうするとでも、遺族はいっぱいいるわけですよね? たとえばお父さんが死んだかどうか、わかんないんですよ。行方不明のままなんですよ。「死んだだろう」っていう感じなんですよ。だから、お葬式もちゃんと出せないんですよ。っていうことが続いていて。そこで、この映画は作られてるんですけど。

一体なぜ、作ったか?っていうと、「特定しよう。DNA検査を徹底的にやっていって、亡くなってる人たちが誰なのか、全部探っていこう」という運動している人たちがいて。そちら側にアルモドバル監督が賛成をして作った映画なんですね。「これでやっと、遺族たちは遺骨を埋葬できる。それでどうなったのかがわかるじゃないか。だからこれをやりましょう」ってことなんですけど。でも、やっぱりそれに対して反対してる側もいるんですよ。もう普通に暮らしてる人たち。そこで一緒に暮らしていて今、隣人として暮らしてる人が、実はその人のおじさんを殺したかもしれないんですよ。

(赤江珠緒)そんな歴史がスペインに……。

(町山智浩)そう。前にインドネシアでそういうことがあったという話をしましたよね。

(赤江珠緒)大虐殺の話をね。

(町山智浩)大虐殺があって。デヴィ夫人も巻き込まれたインドネシアのクーデターで。あれもその後、ずっと「そのことはとりあえず問わないでおく」っていう風になっているんですよ。もう本当に普通の人たちがみんな、虐殺に参加したんですけど。でも、あれはドキュメンタリーでそれを暴いていく映画だったじゃないですか。これも非常に似たような感じなんですけども。

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(町山智浩)ただ、それをなんでこんな不思議な形の映画にしたのか?ってことですよね。

(赤江珠緒)本当ですね。取り違えみたいなところからね。

(町山智浩)インドネシアの映画はドキュメンタリーで、真正面から普通の人たちに「あなた、あの時に虐殺に参加したでしょう?」って聞いて回る映画でしたよね。

(赤江珠緒)そう。普通に村長さんとかに聞いて。「う、うん。いや……」みたいな。

(町山智浩)ものすごい直接的な内容だったんですけども。その殺された人の遺族とかがね。でも、この映画はそうじゃなくて、全然関係ないお母さん同士の子供の取り違え事件として描いてるんですよ。ただ、この主人公は「愛してる人と暮らしていくためには、自分が子供を取り違えてそのまま知らんぷりしていたっていう事実をちゃんと明らかにしない限り、これは一緒にやっていけないんだ」っていう話なんですよ。「過去を隠したままでは未来は作れないんだ」っていうことを言うために、たとえ話としてこの『パラレル・マザーズ』っていう話を作ってるんですよ。

これもね、スペイン独特で。スペインってね、フランコ政権下で独裁政権批判が許されなかったから、子供向けのおとぎ話みたいな話として映画を作って。そうすると、「映画化していいよ」って許可が出るわけですよ。でも実際はその政権批判であるという映画を作る技術ができたんですね。で、それが『ミツバチのささやき』という有名な映画がありまして。1973年作られた映画で。

フランケンシュタインの映画を見た女の子がフランケンシュタインを実在を信じるという子供向けのおとぎ話として作られているんですが。内容は完全に反フランコ政権の政治的な映画なんですよ。でもよく見ないとわからないようになっているんですね。で、そういうことをスペインはやってきたんで、そのやり方を使って作ったのがこの映画『パラレル・マザーズ』なんですけど。これは今、アメリカでもすごく問題になっていて。アメリカで中絶が禁止されたのはご存知ですか?

(赤江珠緒)はい。

アメリカの人工中絶禁止の最高裁判決

(町山智浩)あれ、どうしてそうなったかっていうと「中絶を禁止することを各州に任せる」っていうのは、最高裁で「合衆国憲法は中絶の権利を与えていない」という判決が出て。最高裁判事は9人いて、多数決で決めるんですが、そのうちの6人がカトリックなんですよ。でも、アメリカってカトリックは全人口のたった2割しかいないんです。

(赤江珠緒)そうなると、バランス悪いですね。

(町山智浩)その2割のカトリックの中でも、さらにそのわずか2割しか「中絶を禁止する」って言っているカトリックはいないんですよ。アメリカに。全人口のたった4%くらいしかいない中絶反対派のカトリックが、今の最高裁判事の70%を占めているんですよ。だから異常な状態なんです。だからこれはひとつの宗教が政治に絡むといかに恐ろしいことがあるのか?っていうことと、あとはやっぱりその過去を埋葬したところで、国は未来には進めないんだってことなんですよ。という映画が『パラレル・マザーズ』なんですね。

(赤江珠緒)これはでも、たしかにスペインのその歴史を知らないと……そうですね。

(町山智浩)これ、映画会社の宣伝のサイトを見ても、全くわかってないです。

(赤江珠緒)そうですか。じゃあ、町山さんの解説を聞いた上で見ていただきたいなと思います。『パラレル・マザーズ』は11月3日から、こちら日本で公開されます。

<書き起こしおわり>

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