町山智浩『行き止まりの世界に生まれて』を語る

町山智浩『行き止まりの世界に生まれて』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年8月11日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でドキュメンタリー映画『行き止まりの世界に生まれて』を紹介していました。

(町山智浩)今日はですね、9月4日から日本で公開される予定のドキュメンタリー映画で、日本語タイトルがね、『行き止まりの世界に生まれて』っていうタイトルの映画について紹介したいですが。これはアカデミー賞候補にもなった、結構すごいちゃんとした名作でしたね。2018年のアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされてます。で、この「行き止まりの世界」ってすごいタイトルですけども。舞台はですね、シカゴのちょっと外れたどこにあるロックフォードという小さい、人口15万人の街です。そこで育った3人のスケボー……スケートボード少年の人生を描くドキュメンタリーなんですけど。

これ、3人のうちの1人がこの映画の監督で。ビデオも自分で撮影しています。で、その3人のうちの1人はですね、ザックという白人の少年で。彼はちょっとリーダーっぽくてですね。いつも陽気でジョークばっかり言って。で、スケボーもすごくワイルドなんですね。それがザックくん。で、もう1人がキアという黒人の少年で。彼はすごくスケボーがテクニック的に上手くて。で、すごく明るくて人懐っこくて、いつもニコニコしています。彼もね。

で、この映画の撮影をしている人はビンくんという男の子なんですけども。彼はちょっとおとなしくて、痩せっぽちで、ちょっとなよなよとした風に見られてるんですけども、すごくスケボーが好きで。で、そのスケボーで撮影をするのって非常に危ないわけですよ。ビデオを持ったまま滑るから。昔ってGoProとかないんで。

(山里亮太)ああ、そうか……。

(町山智浩)だから、そういう勇気のあるカメラマンなんですけども。で、この3人って人種が違うんですよ。白人と黒人と……ビンくんはアジア人なんですよ。台湾から来た子なんですよ。子供の頃、5歳の時に。で、人種が全く違うんですけど、ものすごく仲が良くて。もう子供の、ガキの頃から。それでいつもスケボーパークで仲良くイチャイチャしてた3人組の男の子なんですね。

(赤江珠緒)キアくんは黒人少年ですもんね。

(町山智浩)そうですね。でも、このカメラマン、撮影をしていたらビンくんは子供の頃からビデオで自分たちのスケボーの映像を撮っていたんですけども。で、そのままカメラマンを目指してですね、シカゴで勉強をし始めるですよ。カメラマンとして修業をし始める。で、勉強もできたんで、大学にも行ったんですけども。で、彼自身の作品を作ろうってことになって、子供の頃からずっと撮った3人のビデオをまとめて1本の映画にしようとして出来上がったのがこの映画なんですね。『行き止まりの世界に生まれて』っていう。

で、そのためにまた故郷のロックフォードに帰って、大人になったらキアとザック、親友たちに会っていくんですね。そうするよね、彼らはどうも人生がうまく行ってないんですよ。もう結構いい歳、30近くなってるんですけど。まずそのリーダー格の白人のザックはそのお父さんが屋根職人でね、そのお父さんの下で働いて。それで結婚もして、奥さんもいて、子供も生まれるですけども。酒に溺れてですね、酒ばかり飲んで。それで離婚しちゃうんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、キアくんの方はスケボーがすごくうまくて。彼のお父さんも工務店を経営している大工の人だったんですけど。そのお父さんが死んじゃって、家庭が貧しくなって。それで彼も働かなきゃなんなくなって。でも何もスキルがないから、レストランで皿洗いをしてるんですよ。で、この先どうしたらいいか分からないってなっているのがキアくんで。それでビンくんも何か問題を抱えているんですけど、それはちょっと映画の最初の方で分からないんですね。最初、みんなが楽しくニコニコとイチャイチャしながらスケボーしてる姿しか出てこないので。

ただ、なんでこの3人ともなんかうまくいかないんだろう? なんでつらいんだろう?ってことに直面しなきゃならないっていう気持ちになっていくんですよ。これには理由があるだろうと。で、これタイトルが『行き止まりの世界に生まれて』っていうタイトルなんで、すごくこのロックフォードっていう街が貧しいっていうことは描写されるんですね。

で、アメリカの中でもその最も惨めな都市のランキングで3番目に惨めな都市に入ったりね。やっぱり失業者が多かったりして。犯罪が多いから危険な都市のランキングで8位に入ったりとかしてるんですけ。でもこれ、うちも入ってますけどね。僕の住んでるオークランドも危険な都市ランキングに(笑)。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですか。

(町山智浩)まあ、それはいつも話してる通り、そういうギャングランドなんでね。うちの周りは。うちの娘の通ってた学校のすぐ横のところで狙撃事件があったりしてるところなので。うちは。それが日常ですんで。うちはね。でも、まあそういうところなんですけど。ただね、この映画の中で出てくるセリフで「このロックフォードっていう街の若者たちは最低賃金15ドル以下で働いてるかわいそうな子たちなんだ」っていうのが出てくるんですね。ラジオの放送かなんかで。最低賃金15ドルって、日本円だと1600円ですよ。

(赤江珠緒)そうですよね。

(山里亮太)あれ? 日本はもうちょっと低いんじゃない?

(町山智浩)日本は遥かに低いですよ。(東京都の最低賃金:1013円、大阪府の最低賃金:964円)。どれだけ日本は貧しくなっちゃったんだ?っていうね。アメリカで最も惨めな街よりも時給が低くなっちゃって。どうするんだ?って思いますよね。

(町山智浩)だから、実はこの3人がうまく生きられないのは、時給の問題とか貧しさとはまた別の問題なんですね。これ、日本語タイトルの『行き止まりの世界に生まれて』というタイトルでちょっとミスリードされちゃうんですけども、実際は違うんですよ。で、それを自分たちに問い詰めていくんですね。そのカメラマンで監督のビンくんは。で、キアにカメラを向けながらこう言うんですよ。「どうしてこんなになっちゃったんだろう? 何でだと思う?」みたいに問い詰めると、「親父に殴られたからだ」ってキアくんが言うんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)「親父に虐待されたんだ」って言うんですね。彼、父親は大工さんだったんですけども、その下に弟子入りしてたんですけども。子供の頃から。でも、あまりにも殴られるんで、家出をしちゃってたんですよ。で、あとザックがいますけれども。「なんで離婚したの?」っていうことを追求していくと、その奥さんがね、「殴られたからだ」って言うんですよ。それで、ザックは奥さんを殴ってたんですね。で、ザックにそれも追求していくと、「まあ俺は暴力とか嫌いだけど、殴られなきゃいけない女もいるよな」っていうようなことを言うんですよ。

(赤江珠緒)うーん……。

(町山智浩)それで、「どうしてそういうことになったの? もしかして、親父さんに殴られてた?」って聞くと、「ああ、殴られてたよ」って。お母さんがいなくて、お父さんは屋根職人だったんですけど、彼はザックを殴ってたんですね。ちっちゃい頃から。で、そういうことを追求していくと、そのキアが逆にカメラを持っているそのビンくんに問い返すんですよ。「ビンも殴られてたじゃないか」って言うんですよ。で、実はこのビンくんのお母さんはアメリカで再婚して、白人の継父がビンくんにはいたわけですけど。ものすごい殴られていたんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

3人とも、幼い頃から父親に殴られていた

(町山智浩)3人とも幼い頃から父親に殴られることによって、家にいられなくて。それでスケボーパークにいつも来てたんですね。だから、行き場所のない3人の子供がそこで出会ったというのが実は真相だったんですよ。だから人種が違ってるんですよ。で、なんでスケボーだったのかっていう話になっていくんですけども。これ、元のタイトルがですね、『Minding the Gap』っていうんですね。原題が。これは「ギャップ(段差)に気をつけろ」っていう意味なんですよ。

(赤江珠緒)ふんふん。

(町山智浩)スケボーをやっていると、段差を集中してよく見てないと、そこでコケちゃうんですね。どんなにうまく滑っていても。で、それに常に集中してなきゃいけないんだ。その次に何が来るかを。だから、そうやってスケボーを滑ってると地面の状況に集中してるから、嫌なことを忘れられるんですって。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)これね、トニー・ホークという世界最高のスケボーのプロスケーターの方がいるんですけども。もうめちゃくちゃ有名で、ゲームとかにもなっている人ですけど。結構ベテランで、いい歳をしているんですが。彼がこの映画『Minding the Gap』を見て、「これは真実だ」っていう風に言ってるんですよ。「僕の周りのスケボーをやってたプロスケーターたちもみんなそういう問題を抱えてたんだ」って言っているんですよ。

これね、トニー・ホークっていう人はね、最も初期の80年代のそのスケボーのプロスケーターの生き残りなんですね。その他の人たちってみんな、人生が破滅しているんですよ。ほとんどが。麻薬とか、いろんなことで。家庭内暴力とかで。奥さんを殺した人もいますね。

(赤江珠緒)ええっ、そんなの? でも、その現実逃避に段差っていうのが?

(町山智浩)だから、スケボーに逃げていただけで、その逃げていた元の家に問題があったんだってことにたどりついていくんですよ。このドキュメンタリーは。で、そこでわかっていくのは、人種に関係なく父親が息子にものすごいプレッシャーをかけて。「男なんだろう? 男なんだろう?」って言いながら殴ってるという状況が見えてくるんですね。で、それはもうアメリカの問題じゃないわけですね。

人種が違うわけだから。それがいろんな人たちの人生を破壊してるんだってことが分かってくるんですよ。という、ただのスケボーのドキュメンタリーだと思って見たものが、非常にそのアメリカ全体、世界全体に広がる、それこそ人類全体に広がるような大きいテーマに向かっていくんですね。これは。

(赤江珠緒)共通のつまづきが、その家庭内の親子関係に……。

(町山智浩)子供の頃の親子関係にあった。それは「男なら」とか「男だろ!」っていうことだったんですよ。で、ここですごく思い出されるのは最近、そういう映画が世界中で連続して作られているんですよ。もうたまむすびで何度も紹介している映画で、たとえばこの間紹介した『はちどり』っていう韓国映画。90年代の女子中学生の話ですけども。あれも家庭内でその男だけが非常に優遇されて。「女はこうしろ」って言われて。それで女の人が働く場所とか、生き方が限定される韓国の状況を描いてましたけど。

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(町山智浩)それから、『82年生まれ、キム・ジヨン』っていうベストセラーもそういう内容でしたよね。

(赤江珠緒)うん。そうでしたね。

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(町山智浩)あと、アメリカ映画で僕、ちょっと前に紹介した映画で。今、もう日本で公開中なんですけども。『WAVES/ウェイブス』という映画があって。

(赤江珠緒)ああ、あの映像のきれいな。

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(町山智浩)そうです。主人公が高校のアマレスの選手で。父親からアマレスをすごく叩き込まれて。ただ、それで肩を壊しちゃって。その父親から「何だ……」って感じでがっかりしたみたいな感じになってしまって。それからどんどん、オピオイドという鎮痛剤中毒で溺れていってしまい、人生が崩壊していく話なんですけど。あれはその『WAVES/ウェイブス』っていう映画を作った監督のトレイ・エドワード・シュルツ自身に実際にあったことなんですよね。

で、父親から「男なんだろ! 強くなんなきゃダメだ!」とか言われて。で、壊れちゃった話なんですよ。だからこれ、国境とか人種に関係なく、恐らくもう本当に全世界をダメにしていく問題があるんだろうということですね。「男だろ」と「女だろ」っていうのは。だからそれに今の若い監督たちがもう真正面から向かっていってるんですね。全世界各地で。

(赤江珠緒)そうですね。

全世界的な問題として多くの作品が作られる

(町山智浩)日本は知らないですけど。どうしているのかは。でね、ちょうど僕ね、このへんの映画を見た時にですね、アメリカでベストセラーになった本がありまして。それとすごくよく似てるんでね、面白いなと思ったんですよ。それがね、ドナルド・トランプ夫の姪っ子のメアリーさんが書いた本なんですね。

(赤江珠緒)ああ、最近話題になりましたね。

(町山智浩)そう。すごいベストセラーになったんですけど。メアリー・トランプという、この人は心理学の博士号を持ってる人なんですね。で、この人が自分のおじさんであるドナルド・トランプについてで書いた本で。『Too Much and Never Enough』っていう。まあ「過ぎたるは及ばざるが如し」みたいな意味なんですけども。で、副題が『How My Family Created the World’s Most Dangerous Man』っていうね。「私の一族はいかにして世界で最も危険な男を作り上げたのか?」っていうタイトルなんですよ。

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(山里亮太)ほー!

(町山智浩)これね、姪っ子として家族の会議とかに出たんですね。トランプのお兄さんの娘さんなんですよ。で、一族は金持ちの大一族だから。しょっちゅうご飯を食べたりして会っているわけですけど。全員でね。そこで見たりしたドナルド・トランプの……なんていうか、おじさんを観察したことについて書いてるんですが。これね、トランプのお兄さんってね、アルコール中毒で死んでいるんですよ。だからこのメアリーさんのお父さんなんですけれども。それはどうしてか?っていうと、長男なのにそのトランプ家の不動産ビジネスを継ぎたくなかったんですね。彼は。

(赤江珠緒)はー。うんうん。

(町山智浩)彼はね、飛行機のパイロットになりたかったんですよ。で、実際にTWAという昔あったり航空会社のパイロット研修生になってるんですよ。ところが、それに対してトランプ一族は猛反対をして。「長男なんだからこの家を継がなきゃいけないんだ。この不動産ビジネスを継がなきゃいけないんだ」ってものすごいプレッシャーをかけたんですね。

で、特にこの弟であるそのドナルド・トランプが「お兄さんはダメだ。兄貴はダメだ。やる気がない。男らしくない!」って言って、すごくなじり続けたんですよ。「俺の方は全然できる! 俺の方が跡継ぎになる資格があるんだ!」って。言い続けたんですね。で、このお兄さんはそこでお酒を飲むようになって。そこでパイロットとしてはですね、クビになってしまって。で、このメアリーさんもいたんですけども、酒に溺れて。そのメアリーさんのお母さんと離婚して。

で、どんどんどんどん体を壊して、最終的に死んでしまったんですね。自分の夢を打ち砕かれて。で、そのことがこの本に書いてあるんですけど。これね、ドナルド・トランプについての本じゃなかったんですよ。読んでみたら。そのお父さんの話なんですよ。

(赤江珠緒)あ、そういうことか!

(町山智浩)このお父さんが一族で集まると子供たちに「男なんだから!」って。「男だったら絶対謝っちゃいけない」とか。「間違いを認めたら、それで男はおしまいだ」とかずっと言い続けていたんです。「とにかく勝たなきゃいけないんだ。世の中には勝つやつと負けるやつしかいないんだ」とか。そういうことばっかり言い続けたお父さんだったんですね。

(赤江珠緒)そういう環境で育っていたんだ……。

(町山智浩)そうなんですよ。でも、このお父さんの言うこともわかるんですよ。このお父さんのお父さん……つまり、ドナルド・トランプのお爺さんは、いろんなビジネスをしたんだけども、うまくいかなくて。最後は貧困の中で一銭もない状態で死んじゃったんですよ。

その時に、このトランプのお父さんはまだ子供だったんです。だから一生懸命働きながら学校に行って、ボロ屋を見つけてはそれを自分で大工さんとして直して。でmそれを高く転売するということで少しずつお金を稼いでいって、不動産王国を作った苦労人なんですよ。本当に裸一貫から。文字通り、裸一貫から。その病弱なお母さんを抱えて、中学生・高校生の頃から1人で働いて不動産帝国を作った、立身出世伝に出てくるような人なんですよ。だから自分の息子たちに「俺ができたのに、なんでお前らはできないんだ?」って言ってたんですね。

(赤江珠緒)はー! 親の心情としてはね。

(町山智浩)「なぜ、俺のようにできないんだ?」って。それが全てを破壊して、トランプ大統領のような人を作ってしまったんだという本でしたね。

(赤江珠緒)そう考えると、難しいですね。子育てって難しいって思っちゃうな。

(町山智浩)難しい。まあ、ダメ親父の方がよかったっていうね。ダメ親父の方がプレッシャーをかけない分、いいのかって思いましたけども。まあ、そういうことをいろいろ考えさせられる映画が『行き止まりの世界に生まれて』というドキュメンタリーで、9月4日から新宿シネマカリテ、渋谷ヒューマントラストシネマほかで公開です。

(赤江珠緒)なんか生きづらさのね、元々の種みたいなのは一番最初のコミュニティーに帰ってくるところがあるからね。難しいですね。

(町山智浩)親は良かれと思ってやったんですよ、それは。それもまた……。

(赤江珠緒)そうですね。そこね。うん。『行き止まりの世界に生まれて』は9月4日から新宿シネマカリテ、渋谷ヒューマントラストシネマほか、全国順次公開よねということです。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

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