町山智浩 映画『22 July』を語る

町山智浩 映画『22 July』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でトロント映画祭で見たばかりの映画『22 July』を紹介。2011年にノルウェーで実際に起きた70人以上の高校生を1人の男が殺したテロ事件を描いたNetflix映画について話していました。

(町山智浩)いま、カナダで行われているトロント映画祭に来ていまして。そこでいま見たばっかりの……数時間前に見た映画があまりにも衝撃的だったので。ちょっと急遽予定を変更させていただいて。すいません。その話をさせていただこうかと。

(赤江珠緒)ああ、『search/サーチ』じゃなくて、いま町山さんが仕入れたというか、見た映画が。

町山智浩『search/サーチ』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で行方不明になった16歳の娘を探す父親を描いた映画『search/サーチ』を紹介していました。

(町山智浩)いま見たところなんですけども。この映画は『7月22日』というタイトルの映画なんですね。英語タイトルは『22 July』ですね。これは2011年7月22日を意味していまして、ノルウェーの首都オスロの近郊、ちょっと離れたところにある島にいた子供たちが銃撃によって70人以上が殺された事件の映画化なんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? これ、じゃあ実際にあったことですか?

(町山智浩)実際にあったことですね。簡単に説明をしますと、2011年7月22日にノルウェーの首都オスロのまず政府市庁舎のビルが爆破されるんですよ。政府のビルが。で、爆破されたところで警察とかがそこに集中して、政府の機関がそこに集中している間に実はそっちはおとりで、そこからしばらく離れたところにあるウトヤ島という島がありまして。その島に集まっていた100人以上の子供がそこに乗り込んできた1人の男によって、その60人以上が射殺されるという事態になったんですよ。

(赤江珠緒)えっ、ひどすぎる……。

(町山智浩)つまり、市庁舎を爆破しているから全政府機関がそこに集中しているわけですよ。警察とかが。その間に、その島に行ってキャンプをしていた子供たちを皆殺しにしようとしたんですよ。

(赤江珠緒)それは、1人の人物の犯行なんですか?

(町山智浩)たった1人なんですよ。これ、たった1人による大量殺人の世界的な記録になっていますね。で、この映画はあまりにもすさまじいので、この事件自体を映画化するなということで、ノルウェーを中心に2万人以上の人が署名運動をしたって言われている映画で。もう大変な論議を呼んでいるんですよ。で、見ましたら本当に全部をモロに見せちゃうんで、ちょっとびっくりしましたね。

(山里亮太)モロに見せちゃう?

(町山智浩)何もかもを。事件から犯人が最終的に判決を受けるまでを全部見せるという映画なんですよ。で、すさまじいシーンもそのまま見せますということですごいことになっていまして。これ、監督はポール・グリーングラスというイギリス人の監督なんですね。この人はもっとも有名なのは『ボーン・アイデンティティー』シリーズを撮ったことで有名ですね。ジェイソン・ボーンという元スパイでマット・デイモン演じる殺人マシーンみたいな男がCIAと戦う話なんですけども。あれの二作目と三作目を撮ってそれで非常に有名になった人なんですけども。この人、もともとはドキュメンタリータッチの、ドキュメンタリーのように見えるんだけども劇映画で、実際にあった事件を映画化するという方がこの人の本職なんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、この人が作った映画は『ユナイテッド93』っていう映画がありまして。それはユナイテッド航空機が911テロの時……つまり、2001年9月11日のテロの時、ハイジャックされたんですが。そこで乗客たちがハイジャッカーたちに対して立ち向かって、その飛行機を人が死なないような場所に墜落させたという事件がありましたね。その時に機上から携帯かなにかで家族に連絡をしたんでテロリストたちに乗客が立ち向かったことがわかっているんですけども。その機内でなにがあったかっていうことを再現というか描いてみせた映画が『ユナイテッド93』だったんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)あと、ポール・グリーングラス監督の映画ではもう1本、『キャプテン・フィリップス』っていう映画があって。これはソマリアの海賊に……。

(赤江珠緒)ああーっ、町山さんにも紹介していただきましたよね?

(町山智浩)そうそう。ハイジャックされた貨物船の船長をトム・ハンクスが演じているんですけども。いったいどういうような形で最終的に助かったのか?っていうのをきっちりと描いていくという。その事件が結構有名になっているのに、実際に現場で何が起きているのかを知らないことが多いんですよね。大抵は。で、それをすごい緻密な取材で、実際にはこうだったっていうのを現場にカメラがあるようにして撮影していくというやり方を取っている人がこのポール・グリーングラス監督なんですけども。

(赤江珠緒)なるほど。小説で言うと吉村昭さんみたいですね。

(町山智浩)吉村昭さんもそうですよね。だから、ドキュメンタリーというかルポルタージュみたいなものですけども。それを実際にそのカメラと俳優で演じさせるというところが小説とかなり違うところではあるんですけども。これがこのノルウェーの大テロ事件なので、最初はその犯人が爆弾を作るところから始まるんですね。ブレイビクという32歳の男なんですけども。これがまたショックで、農薬と自動車のオイルだけで爆弾は簡単にできちゃうんですよ。自宅で。

(赤江珠緒)ええっ!

(町山智浩)ただ、世界中のどこの国でも法律で農薬をたくさん買うことは許されないんですよ。爆薬を作ることができるから。ただ、買う方法がありまして……「大農場を経営している」っていうことにすればいいんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)それで大量の爆薬を作って、バンに載せて。それで市庁舎ビルの下に行って爆発させるんですけど、ノルウェーがね、ちょっとこれも信じられないんですけども。市庁舎ビルの真下にそんな不審者の自動車をぴったり横付けしても何も言われないっていうのがノルウェーがその頃、テロに対してゆるかったことがよくわかるんですけども。で、市庁舎ビルはもうめちゃめちゃになっちゃうんですけども。その間に彼は警察の制服を着て、島に行くんですね。ちっちゃい島なんですけども。まあ、リゾート地なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、そのリゾート地に子供たちがもう700人ぐらい集まっているんですね。高校生なんですけども。ティーンエージャーの高校生が。で、それを殺しに行くことがこの犯人ブレイビクの目的だったんですよ。

(赤江珠緒)動機はなんなんですか?

動機は「移民が嫌い」

(町山智浩)動機はね、「移民が嫌い」っていうことなんですよ。ノルウェーとかスウェーデンは近年すごく移民を受け入れていて、アラブ系とかアフリカ系の人がかなりいるんですよ。難民の人とか。で、その人たちを受け入れると、ノルウェーの白人の文化が破壊されてしまうという風にその犯人は考えてというか、これは途中で出てくるんですけども、インターネットでそういうのをみているうちにそういう気持ちに取り憑かれていった男なんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、いわゆるはっきりいってネット右翼、ネトウヨなんですよ。で、たった1人で……友達が全然いなかったらしいんですよ。それで、ただネットを探すと爆弾の作り方とかがいっぱい出てくるんですね。それを見て爆弾を作って。それでそのウトヤ島っていう島ではノルウェーのリベラル左派の政治団体、政党の労働党というのがありまして。そこが移民の受け入れてに積極的な党なんですよ。そこの若者たち、青年部のキャンプが行われていたんですね。

(赤江珠緒)ああ、そういうことか。

(町山智浩)で、その時の首相のストルテンベルグという総理大臣、いちばん偉い人はもともとその青年キャンプの体験者で、さっき言った労働党の人なんですよ。だから、この政権に対する彼の戦いだったということなんですね。で、その警察官の格好をしてボートで島に渡って。その島には橋がないんですよ。だから完全に周りから隔離されている状態なんですね。で、そこには子供しかいないわけですよ。全く武装していない。そこに行って、もう700人の子供たちに対して銃撃を加えて、まあ大変な……100人以上の重軽傷者と全部で70人以上の死者を出したという事件なんですよ。

(赤江珠緒)うーん……。

(町山智浩)これがまた、曖昧にではなくて子供たちのところにカメラが寄り添って、逃げていくところとかを手持ちカメラで追いかける感じになっていますから、すさまじい迫力と恐怖なんですよ。で、撃たれて銃弾が体に当たるところも全部見せていますから。これはやっぱり……実際にノルウェーの人たちが出てやっているですね。俳優さんもみんなそっちの人たちなんですよ。だから非常に賛否両論を呼んでいるようです。ただね、それは前半なんですよ。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)後半、この犯人は警察が来たらあっさりと逮捕されるんですよ。で、なぜかというと裁判になったら裁判で自己弁護をすることによって自分の右翼的な思想を世間に対して発することができるからなんですよ。まあ、殺す時もそうなんですけども、「リベラルは皆殺しだ!」とか言いながら殺すんですけども。

(赤江珠緒)ひどい……。

(町山智浩)それを裁判で言えるからということであっさりと逮捕されて裁判になるんですけども。その時、弁護士を指定するんですね。日本でもそうですけど、犯罪者であっても弁護をされる権利、人権がありますので弁護士を雇うんですが、その弁護士は人権弁護士なんです。ここでひとつの皮肉というか。要するに人権を訴えている人たちは人権を侵害する人の人権をも守るのかどうか?っていう問題がここで出てくるんですよ。

(赤江珠緒)本当、そうですね。

(町山智浩)その弁護士は実際に人権を守るがゆえに、ネオナチとか非常に右翼的な発言の自由も認めるべきだという弁護を行ったことが過去にあるんですよ。だから雇われるんですけど、本人はものすごい人権弁護士なんですよ。で、徹底的に「人権を守れ!」って言っているから、「じゃあ俺の人権も守ってくれ!」っていう風に彼から指定されちゃうんですよ。

(山里亮太)なるほど。

(町山智浩)で、ものすごいその弁護士が苦しむんですよ。家族とか子供とかもいるんですけど、その子供は学校から追い出されちゃうし、家には嫌がらせの電話がかかってくるし。「ナチの仲間か!」とか言われて大変なことになってしまうんですけど。ただ、この映画の本当の主人公は彼らではないんですよ。これがまたすごいのは。

(赤江珠緒)うん。

映画の本当の主人公

(町山智浩)この映画の本当の主人公はですね、ここで撃たれた1人の男の子なんですよ。高校生なんです。で、彼は全身5ヶ所も撃たれるんですよ。で、腕と足と頭を撃たれちゃうんですよ。で、頭は半分吹き飛ばされちゃうんですよ。で、目玉もなくなっちゃうし。脳もやられてしまうんですけども、奇跡的に生き残るんですね。で、手術の末に生き残って。ただ、頭の中の弾丸の破片だけはどうしても取り出せなかったので、いつその破片が脳の大事な部分を傷つけて死ぬかもしれないという時限爆弾を抱えながらもリハビリを行っていくんですよ。

(山里亮太)うーん……。

(町山智浩)で、その間にすごく彼は苦しむんですよね。だって高校生でこれから人生いろいろあると思っていたら、手足をやられてしまって。しかも、頭には爆弾を抱え、片目もないんですよ。で、もう家族に当たり散らしたり、自殺を図ったり。いろんなことをしながらも彼が戦っていくその彼の戦いのドラマになっているですよ。その高校生の。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、途中から彼が闘って生き抜いていくことがその犯人に対する最高の復讐なんだということにだんだんだんだんなっていくんですね。

(赤江珠緒)へー! いや、それは厳しい戦いだな、本当に。

(町山智浩)そう。ものすごい厳しい戦いで、ものすごいハードな映画なんですよ。とにかくこの犯人はそれこそ何十人も殺した後、取り調べを受ける時に「あの、取り調べ中に悪いんだけども。俺、いま指をちょっとケガしたんで。これ、痛くてしょうがないんだ。ばい菌が入るとよくないから治療をしてくれないか?」って言うんですよ。

(赤江珠緒)うわー……。

(町山智浩)もう100人近い人を殺した後、自分は指をちょっとケガしたからって「痛い、痛い」って言うんですよ。「甘ったれるんじゃねえよ、この野郎!」っていうね。

(赤江珠緒)うん。本当ですよ。なんだ、それ?

(町山智浩)もう映画館の観客全員の殺意がそこでブワーッと上がる感じっていうのがあったんですけど。でも、裁判とかの記録通りに再現しているんで、実際にそういうことはあったんですね。いやー、これはだからすごいんでね、ちょっとびっくりしたんですが。ネットフリックスの映画なんですけども。だから、どういう形で公開されるかはまだわからないですね。劇場なのかネットフリックスで配信なのか。ただ、やっぱり最高の復讐っていうものはありますので。最後に。それをとにかく待ちながら、地獄のような2時間に耐えながら見る映画なんですけども。すさまじいパワーの映画でしたね。

(赤江珠緒)へー!

(山里亮太)これはちょっとね、見ておきたいですね。

<書き起こしおわり>

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