町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でドラマ『わたし、定時で帰ります。』を紹介。日本社会の抱える労働問題などとあわせて話していました。
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(町山智浩)今日は映画ではなく、日本のテレビドラマ。それも今日の夜に日本で放送されるTBSのドラマ『わたし、定時で帰ります。』についてお話をさせてください。
(赤江珠緒)はい。
(町山智浩)このドラマ『わたし、定時で帰ります。』って、本当にタイトルがそのまんまなんですけども。これは吉高由里子さんが演じるヒロインがかならず6時の定時に会社を出るということを貫くっていう非常にシンプルなコンセプトなんですね。
(山里亮太)タイトルで全てがわかりますね。
(町山智浩)タイトルでわかるんですよ(笑)。
(赤江珠緒)しかもその会社はWEB制作会社ですから、なかなか6時では終わらない会社ですよね?
(町山智浩)そうなんですね。WEB制作会社を描いたドラマだと『獣になれない私たち』っていうドラマがありましたね。あれもそうだったですね。
(赤江珠緒)そうだ! 新垣結衣ちゃんの。
(町山智浩)あとはその前にも野木亜紀子がやっていたドラマで……今回の『わたし、定時で帰ります。』は野木さんの作品ではないんですけども、『逃げるは恥だが役に立つ』っていうのもあれもそういう話だったですね。だから実際にいま、日本のそういった職場がどういうことになっているのか?っていうのがひとつの大きな問題になっているということなんですよね。次々にそういうドラマが作られるというのは。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)で、この『わたし、定時で帰ります。』はこれ、実際にそういった経験をした朱野帰子さんという方の実体験をもとにした原作なんですね。
(赤江珠緒)ふーん!
(町山智浩)だから非常にリアルなんですけども。これ、あのニューヨーク・タイムズが19日付けの紙面でこのドラマを取り上げたんですよ。
(赤江珠緒)へー!
ニューヨーク・タイムズが取り上げる
(町山智浩)その記事の中で僕のTwitterでの発言も引用されているんですが。なぜ、これがアメリカのメディアがこの『わたし、定時で帰ります。』に驚いたのかっていうと、「なんで定時で帰るだけでドラマになるの?」っていうことなんですよ。
The TV show “I Will Not Work Overtime, Period!” has struck a chord in Japan, a country known for an dangerously intense, at times deadly, work ethic https://t.co/Pve98VqKvh
— The New York Times (@nytimes) 2019年6月18日
(山里亮太)ああー、「それぐらい、当たり前だろ?」っていうことなんですね。
(町山智浩)「定時って帰っていい時間なんだから、帰らなきゃいけないんじゃないの?」っていう。
(赤江珠緒)そうか! アメリカからすると、そうか! うん。
(町山智浩)「なんで?」っていうことなんですよ。「これがヒーローになっちゃうの? おかしいんじゃないの?」っていうことなんですね。
(山里亮太)そういう話題のなり方なんだ。
(町山智浩)僕はだから、いま娘もカミさんも働いているんですけども……あ、娘も19ですけども、もう働いているんですよ。IT系で。時給3000円ですからそれこそ月収60万円ですけども。19で。でも、かならず5時帰りですよ、もう。
(赤江珠緒)5時終わり?
(町山智浩)5時で終わりですよ。それで年収とかは日本とは桁違いなので、だからいかに日本が効率が悪いのか?っていうことなんですけども。で、この主人公、吉高由里子さんが演じる東山結衣という女性は定時で帰るということで非常に後ろめたいだでじゃなく、「ちゃんと働いてるの?」みたいに思われたり、言われたりもしているんですよ。でも、いちばん効率のいい仕事の仕方をしているんですよね。定時で帰るために。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)ところが、彼女1人が定時で帰ろうとして帰るというだけでは終わらないんですよ。実際には。その職場には他にもいっぱい人がいるわけですよね。たとえば、このドラマの中ではシシド・カフカさんが演じている三谷という同僚の女性が出てきて。彼女は絶対にそれが許せないんですよ。「みんなは働いているのに、なんで1人だけ帰れるの?」って。そういう圧が日本の会社にはあるんですよね。僕もサラリーマンの時、そうだったですけど。「みんなが働いているから自分だけ帰れない」っていうのがあるんですよ。
(赤江珠緒)ああー。
(町山智浩)そうすると、なんか後ろめたいから会社にいたりするんですよ。
(赤江珠緒)わかる! それはサラリーマンの時、そうでしたね。うん。
(町山智浩)ねえ。で、あともう1人、内田有紀さんが演じるお母さんになった女性が働いているんですね。それで内田有紀さんはものすごいがむしゃらに働いているんですよ。このドラマの中で。それはなぜか?っていうと、働く母親に対するプレッシャーっていうのが日本の会社にはいっぱいあるんですよ。「子育てに専念すべきだ。会社なんか辞めるべきだろ」みたいなことをじわじわと周りの人たちが言ったりするんですよ。
(赤江珠緒)うーん。
(町山智浩)あと、「大きなプロジェクトとか企画を任すことは赤ちゃんがいる人にはできないよね」って言ったりするんですよ。「いつ赤ちゃんが熱を出したりするかわからないからね」って。で、逆に「お子さんがいるから帰った方がいいんじゃない?」って言ったりして、逆の圧がかかってくるんで。それに対して「そうじゃない。普通に働けるんだ!」っていう風に。なぜなら、この内田さんが言うんですけど、「男に子供ができたからって、仕事は変わらないでしょう? なんで女性に子供ができただけで『それじゃ無理だ』とか言うの? おかしいでしょう?」って。だから、それに対して戦うためにがんばりすぎてどんどん自分を追い詰めていっちゃうんですよ。内田有紀さんは。
(赤江珠緒)うーん……。
(町山智浩)ああ、2人とももしかしてこれ、ご覧になってないね?
(赤江珠緒)うんうん。
(山里亮太)見ていないんですよ。
日本の歴史にとって大事なドラマ
(町山智浩)そうですか。もう本当にね、これいま恋愛ドラマとかいろんなのがありますけども。これは日本の歴史にとってものすごく大事なドラマですよ! というのは、あとでその理由を説明しますけども。で、この吉高由里子さんには婚約者がいたんですよ。それを向井理さんが演じているんですけども、彼はこの会社の上司なんですね。管理職で。で、彼はなんでも仕事ができるんですよ。WEB制作会社で。で、障害対応からエンジニアリングもできるし、なんでもできるんですよ。で、かならず人を絶対に責めないんですよ。それで中で起こるトラブルとかを全部解決しちゃう男なんですよ。ところが、それがよくないんですよ。
(山里亮太)えっ? 完璧な感じなのに?
(町山智浩)彼、ずっと1人で残業をしているんですよ。で、人手が足りない部分とかを全部彼が残業で埋め合わせちゃうから、職場自体の根本的な問題の解決にはならないんですよ。
(赤江珠緒)ああ、そうか!
(町山智浩)彼1人が背負っちゃうから。で、彼がそういう人なんで。この向井理さんの役は元体育会系なんですね。それで前に働いていたところで働きすぎて過労死寸前まで行っちゃっているんですよ。
(赤江珠緒)ああーっ! うわっ、でもどの人のケースもどの職場にもありがちなというか。なるほど、いまそれぞれわかるなって聞いていて思いましたね。
(町山智浩)ねえ。で、吉高さんは「こんな人とは一緒にいられない!」っていうことで別れて別の彼氏と婚約したんですね。でも、この向井理さん演じる種田さんは吉高さんのことが忘れられなくて。で、その会社で1人で縁の下の力持ちをやり続けているんですよ。
(赤江珠緒)ふーん!
(町山智浩)で、吉高さんの下に今度入ってくる新人が泉澤祐希さんが演じているんですけども。この新人の男の子は逆に「いまってどこの会社も、特にWEB系ってすごい人手不足じゃん?」って言っているんですよ。「だから俺、転職すればいいんだ」っていう気持ちで仕事に全然真剣じゃないんですよ。バカにしているんですよ。で、なんかちょっと怒られると「あ、僕辞めます」って言うんですよ。
(赤江珠緒)うんうんうん。
(町山智浩)「辞めようかな? どこでも就職できるし、いま転職楽だし」って言って、全然やる気がないんですよ。
(赤江珠緒)はー!
(町山智浩)そういう人もいる。そんな中で彼女自身、吉高さん演じるヒロイン自身も1回、過労死をしそうになったことがあるんですよ。で、お父さんは家庭を全く顧みずに仕事ばっかりしていた人で、それによって家庭はめちゃくちゃだったんですね。だからその経験があるから、絶対に自分はもう定時で帰るんだ。そうしないと人生が壊れてしまうからって。で、その婚約者と結婚をすることを非常に真剣に考えて働いているんですけど、やっぱり自分1人で帰ることができなくなってくるんですよ。
(赤江珠緒)うんうん。まあ、チームプレーだったりしますしね。
(町山智浩)そうそう。プレッシャーもあるし。シシド・カフカさん演じる三谷さんっていう人がとにかく風邪をひいてもなんでも会社に来ちゃうんですよ。でもそれって会社にとってもよくないですよね? で、彼女の方が先にいるから、そのシシド・カフカさんを休ませないとならないんですよ。だから自分が休むためには他の人も休ませなきゃいけないし、自分が定時で帰るためには他の人も定時で帰さないとならないっていうことで、1人1人の「仕事のためだったら自分の生活を犠牲にする」っていうようにマインドセットされた洗脳を解いていくっていう話になっているんですよ。
(赤江珠緒)はー! なるほどな。
「仕事のためだったら自分の生活を犠牲にする」という洗脳
(町山智浩)だからそれも「こうしちゃいけない」とか「こうするべきだ!」とか、そういうのではなくて、はっきり言うと1人1人を抱きしめて、「自分のことをまず考えなよ」って言うんですよ。「自分がいちばん大事でしょう? 私みたいになったら大変よ。私、死にそうになったんだから」っていう風にやっていくんですけど、それがまたなかなか難しくて。このシシド・カフカさんはいわゆる就職氷河期に就職活動を経験した人なんですよ。で、就職氷河期っていうのは1990年代の終わりから2010年ぐらいまで続いたんですけども。その頃って仕事が全然なかったから「仕事がないから死ぬ気でやらないといけないんだ!」って洗脳されてしまっていて、なかなかそれが解けないんんですよ。シシド・カフカさんは。
(赤江珠緒)うんうん。誰に言われるでもなく、自分で自分の中にハードルだったり枠っていうのが人間ってありますもんね。
(町山智浩)そうなんですよ。だからこれでわかってくるのは日本の会社がそういうことをやらせているっていうんじゃないんですよ。この会社自体はそんなにブラックな会社ではないんですよ。ただ、1人1人がそういう風に思ってしまっているんですよ。
(赤江珠緒)そうですね。「これが正しい」とか「これをしなければいけない」っていう思い込みみたいなのっていっぱい持っていますよね。実は大人になると。
(町山智浩)そうなんですよ。内田有紀さんもそうだし。「母親として仕事を辞めさせようとするプレッシャーと戦わなきゃいけないんだ!」とか。向井理さんは「俺みたいに体力があるやつはがんばればいいんだ」とか思っていて。でも、「それってなんかおかしいよ?」って言っていくのが吉高さんなんですよ。「なんかみんな、勘違いしていない?」っていうことなんですね。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)ところが、そこに敵として出てくるのがユースケ・サンタマリアなんですよ。このユースケ・サンタマリアがね、すごく一見非常に理解がありそうな上司の役なんですね。管理職なんですけども。で、「いやー、みんな。一緒に飲みに行こうよ!」とかって言っている、すごくフレンドリーな感じなんですよ。ところが、こいつが最悪なんですよ。このユースケ・サンタマリアが。
(山里亮太)ほう。
(町山智浩)なにかというと、言っていることが古いんですよ。「がんばればなんとなる!」とかね、「やる気が大事だよ!」とかね、やる気ハラスメントなんですよ。根性論なんですよ。で、この人に教育されたのが向井理くんなんですね。で、もともと体育会系のそういう体質……テレビ局でもいっぱい体育会系の人、いるんですけども。どこの会社にもいて、体育会系っていうのは会社にとってすごく便利な兵隊になるから、みんなどこの会社も体育会系を取りたがるんですけど、体育会系の人たちがその嫌な体育会系のノリっていうのを作っていっちゃうんですよね。「がんばればいいんだ! お前、がんばりが足りないよ! 根性がないんだよ! 徹夜すればいいじゃないか」って。それでどんどんめちゃくちゃにしていくんですよ。
(赤江珠緒)難しいな。でもこれ、日本社会ってそういうので、たしかにいままで来ていたところがありますもんね。
(町山智浩)いままで来ていて。で、またこのユースケ・サンタマリア、仕事を受注する時に「赤字覚悟でやらせていただきます!」ってやっちゃうんですよ。で、無茶な条件の仕事を受けちゃうんですよ。これはいっぱい、いろんな会社がやっていることで、要するに「そこで仕事を受けることでつながりができるから、その次の仕事も取れるだろう」っていうことで一発目の仕事を非常に無理な条件で受けるっていうことがあるんですよ。
(赤江珠緒)うんうんうん。
(町山智浩)でも、はっきり言ってそれはもう全然仕事ではないんですよ。儲からないんですよ。時給計算をすると。で、時給計算をして全然おかしな仕事をサービス残業でこなしていくっていうことを繰り返していくから、もうボロボロになっていくんですね。で、これはね、外国人の人、ニューヨーク・タイムズの人が見てびっくりしたっていうのは、やはりびっくりするような内容なんですよ。
(赤江珠緒)でもみんなが5時とか6時に帰れているっていうそのアメリカって……みんなの意識が全く違うんですね。
(町山智浩)全く違うんですよ。だから、「なにやってんの?」っていう感じなんですよ。外国人が見ればね。で、それを吉高さんが1回死にそうになった経験でみんなに「定時に帰ろうよ!」ってやるんですけど、今度は「えっ、定時に帰ってもなにもやることがないよ?」ってなるんですよ。みんな。
(赤江珠緒)フフフ、そっちの悩みもあるのか!
仕事優先の生活の弊害
(町山智浩)そう。考えたこともなかった。だからそれこそ、恋も何もできないんですよ。僕、映画を紹介していますけども、映画なんか見れないですよね。そんな生活をしていたら。だから映画とか本とかが売れなくなるのもしょうがないし。本当にこれね、原作の中にこういう文章があって。「定時で仕事を終えて、大事な人と会って、ゆっくり休んで、美味しいものを食べて……そういう生活をみんなが送れるようにしたいと思った」って書いてあるんですよ。
(赤江珠緒)はー、うんうん。
(町山智浩)これ、当たり前じゃねえの?
(赤江珠緒)たしかに。
(町山智浩)これがいま、「夢」なんですよ。これ、おかしいじゃないですか。地獄だろ?っていう話なんですよ。ただ、吉高さんがやっているからフワフワッとしたあのゆるふわな感じなんで全然厳しい話にはならないんですよ。(モノマネで)「きみー、やった方がいいと思うよー?」みたいな感じなんですよ(笑)。あの吉高トークなんでフワフワなんですけどね。すごくハッピーで幸せなドラマになっているんですけど、描かれていることは恐ろしいことなんですよ。
(赤江珠緒)すごい長年続いてきた日本の社会の文化みたいなものにすごく向き合っているんですね。
(町山智浩)そう。だってそんなことをしていたら、本も読めない。友達とも会えない。恋もできない。映画も見れない。そんなんじゃあ、人としての心とかクリエイティビティーとかその人の人生もどんどん、ただ痩せていくだけで。それじゃあいいものなんかは生み出せるはずもないし、いい仕事なんかできるはずもないんですよ。
(赤江珠緒)うん。そうか……。