町山智浩 ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界を語る

町山智浩 ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界を語る アフター6ジャンクション

(中略)

(宇多丸)これ、町山さん。ブルース・スプリングスティーンってどういう人なのか。僕らはね、80年代の音楽とか聞いてるからわかったけど、いまの人とかひょっとしたらもうどういう人かわからなくなっているんじゃないかと。

(町山智浩)わからないでしょうね。この人は70年前の今日ですね、アメリカのニュージャージーというところに生まれたんですが。ニュージャージーっていうのはニューヨークのすぐ隣なんですけれども、工場とかゴミ処理場とかがあって。まあ、労働者の街なんですね。決して豊かではなくて。イタリア系とかオランダ系とかの移民が多くて。そういうところで、その労働者の息子としてスプリングスティーンは生まれました。お父さんはスクールバスの運転手とかをやったり、工場で働いたりしてたんですけども。

まあ、あまり仕事の 低収入は良くなくて。ほとんどお母さんが働いていたという。で、スプリングスティーン自身も初めて買ったギターはお母さんに買ってもらったもので。お父さんではなくて。で、またスプリングスティーンはあまりにも……街で大きくなるとみんなそこの工場で働く。それで自分も親父みたいになるのかと絶望的な気持ちになって、バイクで街の中を駆け回ってたんですけど。そしたらコケまして。

(宇多丸)例の、さっきの徴兵検査に引っかかったという。

(町山智浩)そうなんです。脳を非常に強く打って、ベトナム戦争に行けなかったんですよ。それもまた親父さんがですね、「お前は男としては一人前じゃない」みたいな感じで精神的にものすごい虐待をして。それで父親を憎んで憎んで、父親のところから出ていくという形で。そのことも『Independence Day』って歌でそのまま歌ってるんですけども。そこから、ロックバンドとしての道を探っていくという人なんですね。

で、この人自身が爆発的に売れたのはですね、『明日なき暴走(Born to Run)』という歌なんですよ。それはそれこそ日本のミュージシャンにものすごく影響を与えた歌で。それこそ泉谷しげるから佐野元春から中村あゆみ。もういろんな人がパ……「パ」と言いそうになりましが、影響を受けました。

多くのミュージシャンに影響を与えた『明日なき暴走』

(宇多丸)「パ」(笑)。パッと影響を受けた!

(町山智浩)もう大変な影響を受けて。この人たちはとにかく『明日なき暴走』がなければなかったですね。泉谷しげるさんはもともといらしたんですけども、『明日なき暴走』の影響を受けて曲を変えたんですけども。佐野元春さんなんかはもう本当にそのまま……。

(宇多丸)まあね、佐野さんの曲は影響が明確に見えますから。

(町山智浩)だから80年代の日本のロック・ポップは完全に『明日なき暴走』によって作られたと言っていいんですが。ただ、歌詞の世界がそのまま近かったのは泉谷しげるさんぐらいなんですね。他はみんなね、曲の感じだけだったですからね。で、『明日なき暴走』っていうのはさっき言ったみたいバイクで駆け回っていた頃の歌なんですよ。あ、そうだ。尾崎豊さんも影響を受けていましたね。「盗んだバイクで走り出す」っていうのを実際にやってブルース・スプリングスティーンはコケたんですけども。

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まあ、そういった歌を歌っていた人なんですけども。1984年にボーンインザUSAでそれが国民歌のようになりまして。歌詞が誤解されたまま。それで日本で大コンサートツアーをやりまして、僕はその時に行きまして。代々木オリンピックプールで見ましたけれども。で、もう誰も彼もがそのボーンインザUSAを歌うという。日本人がみんなで拳を振り上げて「アメリカに生まれた♪」って歌って……「お前、生まれてねえだろ!」って思いましたけども(笑)。

(宇多丸)まあ、しょうがないじゃないですか(笑)。

(町山智浩)で、非常にマッチョなイメージがついていたんですけども。最近はそのブッシュ政権によるイラク戦争に反対したり、トランプ政権に反対したりですね、非常にその労働者の立場からアメリカの貧しい人たちの生活を歌い、彼らの立場に立って政治的な発言とかもしていますね。

(宇多丸)そのマッチョな感じっていうのは服装とか。そのなんかGジャンをカットオフした感じっていうか。それもやっぱり「労働者の側にいるよ」っていう感じの?

(町山智浩)そうですね。スプリングスティーン本人は父親にそういうことを言われ続けたので。それがトラウマになっていて「男らしくなければ……」っていうことであんな格好をしていたんで。「いま考えると恥ずかしい」って言ってるんですよ。

(宇多丸)ああ、そうなんだ! へー! 最近は普通にシャツ姿ですもんね。

(町山智浩)最近は普通なんですよね。

(宇多丸)ということで、どんどんと曲を聞きながら歌詞を解説していただくという感じなのですが。

(町山智浩)そのね、『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト』という映画でパキスタン系イギリス人のその少年がですね、もう本当に工場で働くしかないし、父親もろくに働かないで威張ってる。「俺はもうこの街で埋もれていくのか」と思ってる時に初めて聞くブルース・スプリングスティーンの歌が『Dancing In the Dark』という歌なんですよ。その『Dancing In the Dark』をお聞きください。

Bruce Springsteen『Dancing In the Dark』

(町山智浩)はい。これは『Dancing In the Dark(暗闇で踊る)』という歌なんですけど。これ歌詞がね、「俺は夕暮れに起きてロクに口もきかずに夜通し働いて、朝方やっと家に帰ってきてベッドに潜り込むだけの毎日だ。とにかくひたすら疲れて自分にうんざりだ。誰かの助けが必要なんだ。俺は炎すら燃やせない。燃やす火花も出ないんだよ。俺は他人に使われるだけの拳銃さ。俺は暗闇の中で踊ってるようなもんなんだ」っていう。

(宇多丸)そんな暗い歌なの!?

(町山智浩)暗い歌なんですよ!

(駒田健吾)『蟹工船』みたいな……。

(町山智浩)でも、この曲はメジャーコードだから全然明るい曲調で(笑)。

(宇多丸)さっきのボーンインザUSAもそうですよね。メジャーコードだし、ボーンインザUSAはスタジアムロック的なビート感とか。あと、ビデオもブライアン・デ・パルマが監督してキャッチーに、これ、楽しそうに踊っているじゃないですか。

(町山智浩)そうそう。そでニコニコして歌っているし。ドラムにこれ、ゲートを使っているでしょう?

(宇多丸)当時、80年代にブームだったね。「ターンッ♪」って。

(町山智浩)そうそう。ダンサブルだから楽しく聞こえるんだけど、歌詞がもうドヨーンとした歌詞なんですよ。本当にもう、「働いて働いてどうしようもなくて、暗闇の中でもがいているだけさ」っていう歌なんですよね。で、これがその映画『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト』の主人公にぴったり来るんですよ。これ、歌詞の後半で「俺はこんな暗闇の中でイスに座って何かを書いてるのに耐えられないんだ。動き出したいんだ」って言うんですよね。で、彼は結局そこで「ブルース・スプリングスティーンの歌詞に俺は勇気づけられた」っていうことを書き始めるんですよ。ロックジャーナリズムを始めるんですね、この主人公は。

(宇多丸)ああ、なるほど。

(町山智浩)その時、1987年なんですけども。ちょうどイギリスではサッチャー政権で、ものすごく労働者、組合に対する弾圧であるとかリストラであるとかで、会社の中で人員削減が進んでいくんですよ。サッチャーの新自由主義経済によって。それで主人公のお父さんはリストラされちゃうしね。しかもそのサッチャー政権がすごく愛国主義を盛り上げたんで。フォークランド戦争をやったりね。

それでイギリス国内でものすごく右翼が台頭していくんですよ。で、そのナショナルフロントといわれる白人至上主義団体がパキスタン系とかインド系の人たちに対して外国人排斥運動を……まあ、彼らは外国人じゃないんですけども。国籍を持っていたりするんですけども。異民族の排斥運動をやらかして。その主人公たちも暴力にあうんですよね。

そのどん底の中で、そのブルース・スプリングスティーンの歌う歌に感化されて、「俺はこの社会の問題であるとかをはっきりと訴えていかなきゃならないんだ! ブルース・スプリングスティーンはそれを歌ってるじゃないか!」ということで物書きとして目覚めていくんですよ。この主人公が。そういう話なんですよね。

(宇多丸)まさにでも、状況も87年のイギリスは80年代半ば前のアメリカに似ているっていうことなんですよね。

(町山智浩)そうです。レーガン政権における組合の崩壊であったり人員削減だったりするのと一致してて。しかもそれが現代、いま公開されてそれがトランプ政権だったりイギリスのブレグジットなんかとも関連してきて。すごく……。

(駒田健吾)そうか。トランプとボリス・ジョンソンのコンビとレーガンとサッチャーのコンビが……。

(町山智浩)そう。同じなんですよ! さすがですね!

(宇多丸)さすが駒田さん。フーッ!

(町山智浩)駒田さん! フーッ!

(宇多丸)フハハハハハハッ! ナイスパートナー!(笑)。

(町山智浩)まさにその通りの映画だったんですよ。だから、いま作られるべき映画だしっていうことで。非常にタイムリーだしね。

(宇多丸)うんうん。なるほどね。でもね、その全然違う環境で作られた人の言葉が、すごいミクロな視点だったはずの言葉がマクロな力を持つって本当にね、こういうロックもそうだし、ヒップホップもそうだし。いちばん根本に持つ力っていうか、美しいところだと思いますね。

(町山智浩)宇多丸さん、そういうの好きですよね。もう外国の全然関係ない人たちが自分たちの身近について歌ってる歌を日本とか聞いて、それに目覚めさせられるっていう。典型的な宇多丸さんが好きなパターンだなと思って(笑)。

(宇多丸)アハハハハハハッ! ありがとうございます(笑)。いや、すごい。『Dancing In the Dark』はとにかくビデオのイメージとかも含めて……じゃあなんであのビデオなんだよ!っていうね(笑)。

アメリカ人も勘違いしている歌詞問題

(町山智浩)ねえ。ブライアン・デ・パルマが監督しているんですけどね。ただね、このアメリカ人も勘違いしてるんですよ。曲の感じで。でね、アメリカで僕、野球を見に行くんですけど。野球を見に行くとかならずかかる歌っていうのがあるんですよ。みんなで歌うんですよ。それでいちばんよくかかるのはクイーンの『We Will Rock You』ですね。あれも「ドンドン、パンッ!」っていうのをみんなでやるんですよ。あと、もうひとつはジョン・フォガティの『Centerfield』っていう歌ですね。

(駒田健吾)あの本の真ん中に元カノが……っていう?

(町山智浩)違う違う違う! あれはJ・ガイルズ・バンド! それは『Centerfold』です。『Centerfield』は野球のセンターのこと。『Centerfold』は雑誌の折り込みのヌード写真のことです!

(駒田健吾)そうか(笑)。英語勘違い(笑)。


(町山智浩)いや、ナイスな勘違いですよ! で、『Centerfield』っていう歌は「俺はセンターだから、いまここでメンバーを交代して俺をセンターとして出してくれ!」っていう歌なんです。野球の歌なんですけども。それともうひとつ、野球に行くとかならずかかるのがブルース・スプリングスティーンの『Glory Days』っていう歌なんですね。これを全員で歌うんですよ。こうやって踊りながら。じゃあちょっと、この『Glory Days』を聞いてください。

Bruce Springsteen『Glory Days』

(町山智浩)これ、わかるでしょう? スタジアムの……。

(宇多丸)ノリやすいもんね。ビールを持ってこうやって。画が浮かびますよ。

(町山智浩)こうやってやるんですよ。スタジアム全部で。僕、オークランドに住んでいるんでオークランドA’sの試合を見るんですよ。オークランドA’sって全然お客さんが入っていないんで、いきなりその日に行っても席が取れるっていう。フラッと行って見れるっていう昔の川崎球場みたいなもんなんですけども。古い話ですが(笑)。

(宇多丸)フハハハハハハッ!

(町山智浩)川崎球場ってすごいんですよ。外野のところ、芝生みたいになっていて。七輪で肉を焼いて食っていたり……(笑)。

(宇多丸)フフフ、それは都市伝説でしょ!


(町山智浩)ホームランが飛んできても、ポトンと落ちてゴロゴロ……って転がっても誰も拾いに行かないみたいな(笑)。まあ、そういう話ですけども。A’sもそういうところなんですが(笑)。それでこういうのをみんなで歌って踊っているんですけども。この『Glory Days』、歌詞が全然そういうないようじゃないんですよ。これね、「あいつは高校時代、野球部のエースだった。本当にすごい球を投げてバッターをキリキリ舞いさせていたものさ。最近、あいつと街道沿いの酒場で会ったんだよ。俺はあいつと2人で座ってちょっと飲んだ。でもあいつは同じ話を繰り返すばかりなんだ。栄光の日々は過ぎ去っちまった。栄光の日々なんて女の子のウィンクぐらいあっという間なものさ。栄光の日々なんてな」っていう。

(宇多丸)全然違う……(笑)。苦い!

(町山智浩)そう。高校時代、野球のヒーローだった男が社会に出てみたら何の役にも立たなくて。毎日飲んだくれてて。で、過去の栄光ばっかり思い返してるっていう歌詞なんですよ。

(宇多丸)侘しい!

(町山智浩)超侘しいんだけど、なぜそれをみんなで楽しく歌って踊ってるんだ?っていう(笑)。

(宇多丸)ちょっと! ボス!

(町山智浩)っていうか、アメリカ人は歌詞をわかっているはずなのに……。

(宇多丸)歌って踊って……なんなら歌っているんじゃないですか?

(町山智浩)この歌詞を歌って、全員で合唱をしているんだけども。その歌詞の暗さっていうものが全然、心に沁みていないっていう(笑)。

(宇多丸)『探偵ナイトスクープ』のオープニングの曲がさ、「ベッドの周りに~♪」って全然中身と合ってないよ!っていう。ああいう感じかな?(笑)。

(町山智浩)それね、すげえあって。さっきJ・ガイルズ・バンドの『Centerfold』っていう曲の話をしたじゃないですか。あれ、日本では『堕ちた天使』っていうタイトルになっているじゃないですか。あれ、どういう歌詞かっていうと、「エロ本を買ったらそこのエログラビアで出てた子が俺の高校時代の憧れの女の子だった。あの頃はあの子は天使みたいだったけれども、いまはこうやって股を開いてるんだ」っていう歌詞なんですよ。だから『堕ちた天使』なんですけども。それをベッキーちゃんがね、CMでCMソングに使ってたんですよ。で、俺はその段階で「ヤベえ!」って思ったら……『堕ちた天使』になりました(笑)。

(宇多丸)古いし!(笑)。

(町山智浩)でもさ、ベッキーも英語の歌詞はわかっているはずなのに。ベッキー、そこで「すいません、これ、ちょっと私は……この歌詞やめてほしいんですけど!」ってなんで言わなかったのか?っていう。

(宇多丸)うーん。やっぱり意外と英語圏でもそのアバウトな感じがあるってことなのかな?

(町山智浩)そう。だからよく、日本の人がテレビのコマーシャルで使う曲が俺はおかしいって言っているんですけども。

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(駒田健吾)あと、スポーツ番組を見ていてもグリーン・デイの『American Idiot』を野球のいいシーンで使ったりするんですけど。あれ、完全にアメリカをディスっている曲で。それをメジャーリーグのところで流したりしていて。僕、スポーツの人に言ったことがあるんですよ。「あれ、考えて使った方がいいですよ」って。

(町山智浩)あれは「メディアに踊らされて戦争とかをやらかすアメリカのバカにはなりたくないぜ」っていう歌詞なんですよ。

(宇多丸)それをメディアが流しているという……ナイスパートナー!

(町山智浩)ナイス拾いですね!(笑)。だからね、俺、アメリカ人ですらそうだから、これはどうしようもないなって思っていて。昔は「日本のコマーシャルソングはおかしいよ!」って言っていたんですけども、みんなおかしいから。アメリカ人も。

(宇多丸)でも、なんならそのところを歌っているぐらいの感じですよね。なのに……。

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