町山智浩『ビヨンド・ユートピア 脱北』を語る

町山智浩『ビヨンド・ユートピア 脱北』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年1月16日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』について話していました。

(町山智浩)で、今日紹介するのは世界で一番酷い国の話ですね。北朝鮮ですよ。『ビヨンド・ユートピア 脱北』というドキュメンタリー映画で、これはアメリカ映画です。アメリカのスタッフが……女性監督なんですけれども。マドレーヌ・ギャビンさんという人が北朝鮮から逃げてくる人っていうのはいっぱいいるんですけども。それを全部、「どうやって逃げるのか?」っていうのを撮った映像というものは、存在しないんですよね。で、それを撮ろうってことになった映画がこの『ビヨンド・ユートピア』です。で、「脱北」というのは北朝鮮を脱出する人のことですね。脱北者。

では、どうやって撮影するか?っていうことが大変なんですけども。これね、韓国にキム・ソンウンさんという牧師さんがいて。その人が今まで、1000人以上の人を北朝鮮から脱出させて、韓国で助けてきたという人なんですよ。で、その人のことを知った監督のマドレーヌ・ギャビンさんが「今度、助ける時になんとか撮影をしてくれないか?」っていうことで、撮影が始まるんですけども。

まず最初に、北朝鮮から韓国に逃げる時にはどうしたらいいか?っていうことなんですが。北朝鮮と韓国って、南北で隣同士ですよね? で、38度線っていう、緯度38度のところに軍事境界線があるんですけども。昔は、そこを抜けることができたんですよ。ところが今はそこを抜けることは、ほとんど不可能なんですよ。ものすごい両軍の軍事的な拠点なんで。2000万個以上の地雷が埋まってるのかな? 200万だっけな? 忘れた。1ケタ違うけども。とにかく、地雷の数が多すぎてもう、そこを通り抜けることはできないんですね。じゃあ、どうするか?っていうと、北朝鮮の上は中国なんで。その中国と北朝鮮の国境っていうのは、川なんですよ。豆満江っていう。その川を渡って、中国に抜けるっていう方法しかないんですね。現在では。

で、まずこれ、脱出させる家族が出てくるんですけど。北朝鮮に住んでいた、ロウさんという一家が中国に脱出するんですね。で、実はこの牧師さんのところに電話が突然かかってくるんですよ。で、「この家族を中国で保護した」って中国人からかかってくんですよ。「もし彼らを生かしたいんだったら、金をよこせ」って。

(石山蓮華)ええっ? もう、それはまた人質みたいな状態ってことですか?

(町山智浩)人質なんですよ。「もし金をよこさないんだったら、彼らは中国政府の警察に売る」っていう。そうすると、北朝鮮に送り返されちゃうんですね。で、中国政府に渡すと、1万5000人民元をもらえるらしいんですよ。

(石山蓮華)1万5000人民元?

(町山智浩)これね、映画の中でね、その地方……北朝鮮との国境地帯の中国の平均年収の半分ぐらいらしいんですよ。

(石山蓮華)うわー、大金ですね。

金を渡さないと、北朝鮮に強制送還

(町山智浩)だから、それ以上を渡さないとならないの。で、まずそのロウ一家というのは一体誰だろう?っていうことになるんですよ。その牧師さんの方で。そうして探すと、北朝鮮から逃げてきた人たちのグループの中に、その一家のお兄さんがいたんですね。で、そのお兄さんが前に北朝鮮を脱出したんで、北朝鮮に残された親戚はみんな、追放者リストというのに入れられるらしいんですよ。で、追放っていうのはどこに追放するのか?っていうと、北朝鮮の山奥に追放されるんですね。収容所があって、そこで強制労働させられるんですけども。それがまた、どういう強制労働か?っていうと、たとえば炭鉱での強制労働だと、最初はつるはしとかを持って石炭を掘らされるんだと思って行ってみると、北朝鮮はお金がないんで、つるはしもないんですよ。

(でか美ちゃん)えっ、じゃあ、なにでやるんですか?

(町山智浩)素手で凍った石炭を掘らされるんですよ。

(でか美ちゃん)ええっ?

(町山智浩)そういうすごいところなんで、まあほとんどが死んじゃうんですね。

(でか美ちゃん)そうですよね。もう、労働っていうか、拷問に近いですね。

(町山智浩)そうなんですよ。で、元々最初にそのロウさんが脱出してきた経過っていうのは、北朝鮮ではちょっとでも政府の悪口を言ったりすると、それが密告されて……点数になるんで、密告するやつがいるんですよ。で、密告をされて。たとえば新聞紙をね、丸めてタバコにしたりして。で、その新聞紙に金正恩さんの写真が印刷されていたりすると、不敬罪っていうことで逮捕されちゃうんですよ。で、ちょっとでも「最近、生活が大変だよね」とか言っていると、それでもう逮捕なんですよ。

(石山蓮華)ええっ?

(でか美ちゃん)愚痴も許されない?

(町山智浩)で、逮捕されると今度は「お前はスパイだろう?」ってやられるんですよ。で、拷問されて痛いから「はい、スパイです」って言うと、もう今度はスパイになっちゃうんですよ。だから、もう脱出するしかないんですよ。一旦、そういう風に疑われ始めたら。だから脱出したんですけども。そうすると、家族が今度は向こうで人質に取られる形で収容所に送られちゃうんで。で、そのロウさん一家が脱出して、中国でそういうのを見つける、人間狩りをしている連中がいるので。それに捕まって……で、その彼らは牧師さんを知っているんですね。もう、1000人も逃していますから。「あいつに言えば、お金をくれる」ってことで、電話をしてきたんです。

で、この映画はね、最初から最後までこのロウ一家が出しする過程を撮っているんですけど。最初の方は、その中国の脱北者ブローカーの映像なんですよ。要するに、証拠品として人質の映像を送ってくるんで、それが使われてるんですよ。すごい怖いんですよ。

(でか美ちゃん)すごい作品ですね。

(町山智浩)すごいんですよ。結構ギリギリのところを攻めているんで。で、まずどうしようか?ってことになって。お金を渡しても、大抵持ってかれちゃうんですって。詐欺みたいなものだから。で、彼らも売られちゃう。じゃあ、どうするか?ってことで、この先に脱北したお兄さんを中国に送り込むんですよ。

(石山蓮華)えっ、結構危険ですよね?

(町山智浩)ものすごい危険なんですよ。でもそれ以外、できないんですね。その逃がし屋と言われているブローカーは大抵、信用できないんですよ。で、特に問題なのは、娘さんがいるんですよ。ちっちゃい子が。3歳の女の子と、5歳ぐらいの女の子の2人がいるんですが。それは、人身売買される可能性がある。

(石山蓮華)うわあ……。

(町山智浩)女の子だから。特に中国の奥地の方って、一人っ子政策をずっとしてたんで男しかいない村がいっぱいあるんですね。そこに嫁として売られるだろうと。だからもう、そのお兄さんが行って彼らを守るしかないんですね。お金をすごい持たされるんですよ。で、そのお金は牧師さんがみんなから寄付で集めているんです。で、そのお兄さんが彼ら、ロウ一家に同行して中国を抜けるんですが、その後にベトナムに入っていくんですね。これ、中国からベトナム。ベトナムから、その隣の国のラオス。で、そのラオスをさらに越えてタイまで行かないと韓国には来れないんですよ。

(石山蓮華)グルーッと回ってくるんですね。

(町山智浩)12000キロだって。

(でか美ちゃん)想像を絶する回り道だ。

中国→ベトナム→ラオス→タイ→韓国

(町山智浩)韓国が一番近いのに。で、それは中国政府が北朝鮮に全部、見つけた脱北者を送るってことになってるんで。それとベトナムとラオスも一応、社会主義国なんで。北朝鮮と国交があるんで、そこでも見つかったら、送られちゃうんですよ。で、中国からの飛行機に乗っても、韓国には行けないんですよ。すごく厳しいんで。そういう脱北者がいるんじゃないか?っていうチェック入るんで。だから、陸路で移動しなきゃなんないんですね。

(石山蓮華)ずっと? ええっ?

(町山智浩)飛行機に乗れるところもあるんですけど、そのへんも微妙で。このお兄さんが行って、飛行機に乗せるんですけども、韓国には来れないんですよ。で、ベトナムに入るんですよ。で、ベトナムで、リレー形式で。今度はそのアメリカの女性の監督と牧師さんがそこで、彼らをキャッチするんですけども。どうしてか? 中国から行けばいいじゃないかって思うんですけど、この牧師さんは中国で指名手配されてるんですよ。

(でか美ちゃん)ああ、手伝っているからですか? 手助けしてるから。

(町山智浩)そうなんです。仲間の1人がね、北朝鮮政府に捕まって、拷問されて、彼の名前を言っちゃったんですね。で、中国にはもう入国できないんですよ。でね、なぜこの牧師さんがずっと、こういう1000人以上の人を北朝鮮から脱出させてるか?っていうとですね、この人が初めて脱出させた人は、奥さんなんですよ。

(石山蓮華)元々、北朝鮮にいらした方なんですか?

(町山智浩)違うんですよ。これね、このキム牧師はね、元々はキリスト教の布教のために中国を回ってたんですよ。で、北朝鮮と中国の国境地帯に行って、布教をしていたら、そこに北朝鮮の政府の軍人だった奥さんがいて。偶然、そこで会ったんですね。そして、2人が恋に落ちちゃったんですよ。で、このカメラの人、監督が奥さんに「どうしてこの牧師さんを好きになったんですか?」って聞いたら「太ってたから。ぽっちゃりしていたから」って言うんでうしょ。なぜか? 北朝鮮では食べ物がないから、ぽっちゃりした人を見たことがなかったんですよ。ぽっちゃりしてる人は金親子だけだった。金正日と金正恩の親子以外の男性で太ってる人を見たことがなかったんです。彼女は。で、「その2人を尊敬しろ。その2人は神だ」って言われて育ったから、この牧師さんを見て、神だと思っちゃったんですよ。

(でか美ちゃん)「かっこいい!」ってなっちゃうのか。

(石山蓮華)そういうことか。

(でか美ちゃん)なんか、脱北をする状況に追いやるというか、そういう国を作った人を尊敬して、「素敵だ」という風に刷り込まれて。それで、キム牧師と出会っているってなんかすごく、複雑な気持ちになりますよね。

(町山智浩)複雑なね。ここ、笑うところかな?って思いましたよ。僕、見ていて。

(でか美ちゃん)たしかに。なんかね、最初聞いてたら本当に韓国の映画みたいな話だな、みたいな。国境を越えた愛みたいな、ロマンチックな話かなと思ったら、全然現実でしたね。

(石山蓮華)なんか、どう捉えていいのかわからないけれど、これが本当のことかっていう感じがしました。

(町山智浩)で、この奥さんを韓国に連れてこようってことで、どうしようか?っていろいろ考えて。それが、最初の体験なんですよ。この牧師さんにとっての。

(でか美ちゃん)でも、そこから自分の愛する人だけにとどまらず、ここまで1000人に協力してきたって、すごいですね。

(町山智浩)はい。それってさっき言ったみたいに脱北者がいると、脱北者の家族が北朝鮮で迫害されるから。また、その人も助けなきゃなんないということで、芋づる式に助けていくっていう形らしいんですよね。それで今までに1000人以上助けたんですけども。この牧師さんにはキリスト教徒としての信念があってやっているんですが。その2人の間に息子さんが生まれて。息子さんもまだ若いのに、この脱出作戦に参加するんですよ。ところが、息子さんは脱出作戦中に事故で亡くなっちゃうんですよ。

(でか美ちゃん)そうか……。

(町山智浩)それは本当につらそうでしたね。それでも、やめないんですよ。このキム牧師は。今ももう、命がけでやってるんですけど。で、またベトナムに行くと、ベトナムとラオスの間って実は……ラオスってものすごい山岳地帯なんですよ。ジャングルなんですけど。そこを越えるしかないんですね。国境を正式に超えることはできないから。で、それも10時間以上、山の中を歩かなきゃなんないんですけど。このね、ロウ一家には1人、80過ぎのおばあちゃんがいるんですよ。

(石山蓮華)ええっ? おばあちゃんに山登りを?

(町山智浩)そう。道がないんですよ。ジャングルで。しかも、ものすごい険しい山でね。しかも3歳の女の子と、5歳の女の子がいるんですよ。ほとんどこれ、不可能に近いんですよ。しかもそれを案内するブローカー。この北朝鮮から脱出する人たちを案内するブローカーのほとんどがね、金目当てなんですよ。人道的にやってるわけじゃなくて、儲かるからやってるんで、全然信用ができなくて。ジャングルの途中で「もっと金を出さないと、本当の道を教えないよ」とかやってくるんですよ。

(石山蓮華)ええっ? 頭痛くなりますね。

(でか美ちゃん)「人の心、あるの?」って思っちゃいますけどね。だって、目の前で見てるわけじゃないですか。その家族を。

(町山智浩)そうなんですよ。子供とか、泣いてるんですよ。だから全く信用ができないんですよ。だから本当に怖いの。どこに連れて行かれるのかも、わからないんですよ。で、また今度、ラオスに入るじゃないですか。ラオスに入ると今度、タイに抜ければ何とかなるんです。ところが、タイとラオスの間にはメコン川という川があるんですよ。ものすごい大きい川ですね。で、タイは一応アメリカ側の国なんですね。韓国とか日本とかと同じで。ただ、メコン川とラオスの国境線っていうのは、あの有名な黄金の三角地帯というですね、アヘンの密売をしてる山岳民族がいっぱいいるところで。そこの川っていうのは、麻薬を運んでるところなんですよ。だから国境警備隊は怪しい船は撃ってくるんですよ。ものすごい危険なの。

(でか美ちゃん)でももう、そこしかないんですもんね。

(町山智浩)そこ以外にないんですよ。というね、冒険映画みたいな感じの内容なんですね。もう次から次に、「まだ試練があるの?」みたい感じで、すさまじいんですけども。ただね、これ逃げている間ずっと、おばあちゃんとその子供たちは「逃げたくない」って言うんですよ。

(石山蓮華)えっ? 「北朝鮮に帰ろう」って言うんですか?

(町山智浩)それは、そういう風に教えられてるからなんですね。

(でか美ちゃん)そうか。「いい国だぞ」って教えられていますもんね。

「逃げたくない」と言うおばあちゃんと子供たち

(町山智浩)「世界一のいい国なんだ」っていうので。で、他の国がいいっていう噂とか、写真とかも出回ったりするんですけど。「それはフェイクなんだ」って言われてるんですね。「北朝鮮ほどいい国は他にないんだから、逃げてもしょうがない」というのと、「逃げると殺す」っていう風に言われてるから。要するに、近所の人とか次々と消えていく世界なんで。ちょっとでも政府に逆らうと、殺されると思ってるから逃げてる間も「嫌だ、逃げたくない、逃げたくない」って言っているんですよ。でね、ベトナムのホテルでね、水道の蛇口をひねると、お湯が出てくるんですよ。それでみんな、びっくりするんすよ。家族全員で。北朝鮮、水とか出ないんですよ。大変なんですよ。お米を研いだとぎ汁なんかも、北朝鮮の人は全部飲んでるんで。水が貴重なんで。雪が降ってない時は水が全然ないんですよ。非常に乾燥していて。あと、子供にお菓子をあげるんですけど。ちっちゃい子はなんだかわかんないんですよ。お菓子を見たこともなければ、食べたこともないから。

(石山蓮華)「お菓子だ!」ともならないんですね?

(町山智浩)ならない。喜ばないの。「なにこれ? なに?」ってなって。これ、すごいんですよ。で、おばあちゃんにね、「本当のことを言って。北朝鮮って、どういうところ? 北朝鮮政府って、どう?」って聞くと「素晴らしいです!」って言うんですよ。「いや、本当のことを言っていいんだよ?」って言っても「素晴らしいです!」としか言わないんですよ。そういう風に、もう完全に洗脳されてるから。ただ、そのおばあちゃんが言うのは「あなたたち、撮影してくれる人はアメリカ人ですよね? すごく優しいですね。でもずっと、私は『アメリカ人は人殺しの鬼だ』と教わってきたんで、何が何だかわからないです」って言うんですよ。

(石山蓮華)切ないな……。

(町山智浩)もうすごいきついんですけど。で、「学校では何を教えられてたの?」って聞くと、北朝鮮は学校で勉強なんかろくに教えないで、ずっとマスゲームの練習ばかりさせられてるとかね。その金親子を称えるためのマスゲーム以外の勉強は子供たち、何も教わってないんで。だから、生産性も何もないですよ。何もできない人ばっかりが次々と生み出されるんですよ。踊り以外なにもできない。まあ、すごいんでね。とにかく、これは凄まじい映画。もうすぐ……今週公開かな?

(石山蓮華)先週の1月12日より公開中です。

(町山智浩)とにかくね、何が大事か?っていうと、自由に政府を批判することができることが一番大事なんですね。それができないと、こうなっちゃうんですよ。

(石山蓮華)ちょっと他人事じゃないような気がして、怖いですし。しっかり、ちょっと心してみようと思います。今日は公開中の映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

『ビヨンド・ユートピア 脱北』予告

<書き起こしおわり>

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