町山智浩 ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界を語る

町山智浩 ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界を語る アフター6ジャンクション

(町山智浩)だってトランプの応援演説に僕、仕事で行くんですけども。その時にかかるやつはローリング・ストーンズの『Brown Sugar』とかですよ。『Brown Sugar』って黒人女性のことで、「黒人女性とのセックスは最高だぜ、イエーイ!」っていう。で、ご主人さまが奴隷を鞭打って「イエーイ!」みたいな歌詞で。そんな歌を大統領のトランプが流しているんですよ?(笑)。

(宇多丸)だからさっきの『悪魔を憐れむ歌』じゃないけども、メタ的な目で見るとぴったりだよ、お前!っていうことだけども(笑)。

(町山智浩)だって『悪魔を憐れむ歌』なんて「ケネディ暗殺の裏にも俺がいたぜ!」っていう歌詞で(笑)。トランプ、それ流しているの。で、みんなそれを聞いて「トランプ万歳!」ってやっていて。「ケネディ暗殺の裏にも俺がいたぜ。サタンだぜ」って……お前ら、なんなんだよ?(笑)。

(宇多丸)そういう人がゴリゴリの原理主義だったりするんですからね。

(町山智浩)だから本当にすごいなと思って。もうみんなバカ!

(宇多丸)みんなバカ(笑)。ちなみにこれ、『Glory Days』は1番はその昔の同級生の話で。その後にどんどん、そういう昔の栄光を……?

(町山智浩)そうなんですよ。2番は女の子の歌で。「高校時代、学園の女王でみんなの憧れだった女の子がいるんだけども、変な男と結婚しても殴られて離婚して、子供抱えて貧乏で……」っていう歌なの。そんなのばっかりですよ。

(宇多丸)それこそ3番のお父さんの話なんて、さっきうかがったのだと本当にブルース・スプリングスティーン自身のお父さんの話に近い感じかなって。

(町山智浩)これ、3番は歌わない場合も多いんですよ。あまりにも暗いんで。というのは3番は「自分のお父さんはずっと自動車工場とかで働いていたけども、ロクなことがなくてクビにされたり酷い目にあってきて……」っていう歌詞ですよね。で、そこでは「親父にはグローリーデイズすらなかったぜ」っていうことなんで、歌わない時もあるんですよ。こんな絶望的な歌ですよ!

(宇多丸)だからこの曲調がおかしいでしょ、ボス!

(町山智浩)これがまた皮肉でいいんですよ。これがやっぱり黒澤明監督がよく使っていた手ですね。黒澤明監督は非常に暴力的なシーンだったり絶望的なシーンに明るい音楽をかけるんですよ。楽しい音楽やきれいな音楽を。

(宇多丸)『野良犬』とかね。

(町山智浩)『野良犬』とかでピアノの練習曲が流れる……背景から聞こえるところで刑事と犯人が血みどろの死闘を繰り返してるとか。それもお花畑の中でね。そういう、それは対位法っていうんですけども。全く対立するものをぶつけるというやり方を黒澤明監督はよくやってたんですけども。その方式をブルース・スプリングスティーンはやってるんだなと思いますね。

(宇多丸)わかっていくとすごい味わい深いけど、アイロニーってなかなか伝わない……。

(町山智浩)伝わらないんだ。アイロニーは本当に伝わらないんだ。

(宇多丸)じゃあ、曲にどんどん行きましょうかね。

(町山智浩)で、それがなかなかわからなかったんですけれども、僕が最初にものすごい衝撃を受けた……要するに、ブルース・スプリングスティーンのはっきりとファンだったかというと、そうでもなかったし。佐野元春の『アンジェリーナ』の方を『明日なき暴走』よりもいっぱい聞いてるような人だったんですね(笑)。

(宇多丸)うんうん。

(町山智浩)でも、これはちょっとすごすぎるぞと思ったのが1982年。僕が大学の2年生ぐらいの時に発売された『Nebraska』というアルバムがありまして。それがそれまでの楽しい曲に暗い歌詞を乗せるというようなやり方ではなくて……「それまで」というかその後もそうだったんですけども。これは完全にストレートにブルース・スプリングスティーン自身のすごく暗い本質的な部分をそのまま歌った、ギター1本でバックなしで。楽しい曲じゃなくて、歌詞通りに歌うアルバムなんですよ。その『Nebraska』からの表題曲、アルバムタイトル曲の『Nebraska』を聞いてください。

Bruce Springsteen『Nebraska』

(宇多丸)はい。『Nebraska』を聞いていただきたいております。

(町山智浩)この歌はですね、実際にそのネブラスカ州で1957年かな? 実際にあったチャールズ・スタークウェザー事件という事件について歌った歌なんです。で、どういう歌詞かというと、「あの子は自分の家の前庭の芝生でバトンを回してバトントワリングの練習してたな。俺はあの子と一緒に車を飛ばしてね、何の罪もない人たちを10人ばかり殺したんです。41口径のショットガンの銃身切り詰めたやつでね」って。ネブラスカのリンカーンっていう街からバッドランズっていう荒野があるんですけども。「バッドランズを抜けてワイオミングに行く間、行きずりの人たちを片っ端から殺しました」っていう歌なんですよ。

(宇多丸)壮絶……。

(町山智浩)実際にあった事件です。これはチャールズ・スタークウェザーという19歳の男の子が「あの子」って言われてる女の子と仲良くなって、その女の子のお父さん、お母さん、妹を全部皆殺しにして、銃を持って車で移動しながら殺しの旅をしたんです。この事件はものすごく有名な事件で、テレンス・マリック監督『地獄の逃避行』という映画にもなってます。で、その『地獄の逃避行』を見たブルース・スプリングスティーンがこの歌詞を書いたんですね。

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で、この事件はその他にもいろんな映画になっていて。たとえば『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の発端部はこの話をそのまま映像にしていますね。で、この歌っていうのは歌詞がすごくて。このスタークウェザーが電気椅子にかけられる時に、いわゆる教誨師という……牧師さんが「最後の懺悔はありますか」って聞くじゃないですか。その牧師さんに向かって語ってる言葉がそのまま歌になっているんですよ。

(宇多丸)うんうん。

(町山智浩)だからこれは全部「です・ます」調で話してるのは、その牧師さんに言ってるんですよ。「何か言い残すことありませんか? 罪を悔いることありませんか?」って聞かれた彼が、その自分のやったことを牧師さんに話してんですね。で、「たくさん殺したけれども、牧師さん。俺は自分がやったことをちっとも後悔なんかしてないんですよ。だって俺たちはちょっとの間だけだけど、たしかに楽しんだから」って言うんですよ。それで「陪審員は俺のことをはみ出し者だと言った。俺の魂は空っぽだと言った。どうしてあんなことをするのかわからないと言った。でもね、牧師さん。この世にはただ意味もなくひどいことってのがあるんですよ」っていう歌詞なんですよ。ものすごいゾッとするような歌詞なんですよ。

(駒田健吾)怖いですね……。

(町山智浩)怖いんだけれども、その向こうには本当に……ネブラスカってはっきり言うと何もないところなんですよ。バッドランズっていうのは完全な荒野で、あの『スターシップ・トゥルーパーズ』の宇宙のシーン、別の惑星のシーンを撮っているところです。そのぐらい、もう岩山が続いてるところで。この『Nebraska』っというアルバムのジャケットは本当に荒野の写真がそのまま写されてるんですよ。走ってる車のから撮影した。この歌詞の中に描かれてることっていうのは本当にアメリカの真ん中、中西部あたりの田舎に育つと、はっきり言って殺し以外何も楽しいことがないんじゃないの?っていうような、恐ろしい絶望的な歌詞なんですよ。

(宇多丸)なるほど。精神が荒廃してきちゃう。

(町山智浩)で、スプリングスティーンがこの歌を歌ってるのは、基本的にもともとこういう歌を歌う伝統がアメリカには昔からあるんですよ。マーダー・ブルースと言われているもので。ブルースで実際に殺人とかをした人たちが刑務所で歌うんですよ。自分のやったことを。それが基本的なマーダー・ブルースの伝統で。それを拾ったのがジョニー・キャッシュで、それを商業的にヒットさせたりしたんですけども。その伝統の上に乗っかって歌っているんですね。で、スプリングスティーンのこの『Nebraska』っていうのはひとつのアルバム全部がこういう曲ばっかりなんです。

(宇多丸)ああ、そうなんですね。

マーダー・ブルースの伝統

(町山智浩)真っ暗な部屋で歌詞カードを見ながらこの曲をずーっと聞いていると、すごい気持ちになってくるんですよ。もう頭の中にアメリカの荒野が浮かんで。なにもない荒野をショットガンを持ったまま車で走っていく自分みたいな。どんな自分だ?っていうね。ものすごいものを、アメリカにも行ったことのないまだ19かハタチの自分はまるで憑依するみたいな気持ちになってね。

(宇多丸)アルバムごと、本当にニューシネマみたいな感じですね。

(町山智浩)すごいんですよ。これに影響されてショーン・ペンは『インディアン・ランナー』っていう映画を作っているぐらいですよ。

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だから非常に映像的なんですよ。ブルース・スプリングスティーンの音楽って。もちろん、映画に影響されたってもあるんですけども。もうひとつはこの歌の歌詞の中に出てくる、「俺のことをはみ出し者だと言った」とかね、「この世にはただ意味もなくひどいことがあるんだぜ」っていうのは実はフラナリー・オコナーというアメリカの南部作家の『善人はなかなかいない』短編小説がありまして、そこから拾ってるんです。

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(宇多丸)なるほど。

(町山智浩)で、フラナリー・オコナーの小説っていうのは田舎で突然起こる暴力を描いてるんですね。それで『スリー・ビルボード』っていう映画はフラナリー・オコナーの影響で、フラナリー・オコナーの世界をそのまま映像化したものと言われてるんですけど。

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だからスプリングスティーンというのは非常にアメリカの暗い文学みたいなものをロックの世界に持ってきた人なんですね。

(宇多丸)なるほど。それをしかも82年だから、『Dancing In the Dark』とか『Born in the U.S.A.』の前にやっているということなんですね。

(町山智浩)前にやっているんです。これは本当に衝撃だったですね。だからね、僕が思うのはエミネムってブルース・スプリングスティーンみたいなものだなって。彼もデトロイトの工業が荒廃したいわゆるラストベルトの白人で。父親との葛藤があって、母親との葛藤があって。その中から「仕事がない」という話だと、苦労した話。

(宇多丸)それこそマーダー・ブルースめいたものとかね。

(町山智浩)そう。殺人の歌を歌う。ブルース・スプリングスティーンがなければエミネムは出てこなかったのかな?っていう気もするぐらい、非常に僕は近いものを感じますね。

(宇多丸)なるほど。いやー、『Nebraska』がそんな作品世界だったなんて、知らなかったです。すごいわ。

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