町山智浩 ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界を語る

町山智浩 ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界を語る アフター6ジャンクション

(町山智浩)ただね、『Nebraska』の前にね、『Nebraska』はドロドロなんですけども。大ヒットしたんだけども、僕がものすごくショックを受けた歌が『The River』っていう歌なんですよ。じゃあ、聞いてください。

Bruce Springsteen『The River』

(宇多丸)はい。『The River』でした。

(町山智浩)この歌もね、実話を元にしているんですけど。これはスプリングスティーンの妹さんが結婚した相手の立場で歌ってるんですよ。で、労働者の男性と結婚したんですけども、どういう歌詞かといいますと……それは彼が「俺」なんですね。「俺がメリーに会った時、彼女はまだ17歳だった。俺はメリーを妊娠させちまって、俺の19の誕生日に俺は労働組合に入って彼女と結婚した。結婚式をしたのは市役所で、立ち会い人は判事だった。婚礼の花束もウエディングドレスもなかった。俺は建設現場で働いたけど、景気が悪くて仕事は少なかった。

生活はどんどん厳しくなっていったけど、俺は何も考えないようにして。メリーも何も気にしないふりをした。でも、俺のあの夜を思い出すんだ。結婚した日の夜、俺とメリーは2人で車を借りてあの川に行ったんだ。月明かりの下でメリーの小麦色の肌が濡れて光っていた。堤防の上で俺は横になってメリーを抱き寄せて彼女の息づかいを感じた。あの夜の思い出がいまは呪いのように俺を苦しめる。決して叶わない夢は嘘っぱちだというのか。あの夜の思い出は俺をいまも川に誘う。でも、その川の水は干上がっているんだ」っていう歌詞なんです。これ、すごい歌詞でね。もう詩きであり物語でありブルースですよね。

(宇多丸)さっきの『Glory Days』ともちょっと通じるような、やっぱりその人生のいちばんいい瞬間っていうのは一瞬で、それは思い出の中にあるんだけど……宝物かもしんないけど、同時に呪いでもあるっていうような。

(町山智浩)そうなんですよ。結婚式の夜の、これは初夜ですよね。奥さんと一緒に川に行って2人で裸で……その時の思い出だけが人生で最高で。その後、何もいいことがない。でも、そのいちばん楽しかった絶頂の思い出が、いまはその後何もいいことがないから呪いのように自分を苦しめてるんだっていう。

(宇多丸)しかも、その川に行ってみたら干上がっていたっていう、なんちゅうことを言うんだよ!っていう。

(町山智浩)これ、またライブで歌うブルース・スプリングスティーンは完全にこの自分の義理の弟になりきって。もうすっごい、涙が出てくるような世界をそこに作り上げるんですよね。これはすごいですよ。同時に社会的でもあるし。同時にアメリカの不況の問題だったり、労働者たちの仕事がどんどん奪われていく。まあトランプ大統領が彼らの支持を集めてますけれども。そういったことまで含めて、全てを描いてるんですね。

(宇多丸)なるほど! それで、今回のその映画もスプリングスティーンの歌詞がちょいちょい出てくるという?

(町山智浩)歌詞がいっぱい出てきて。すごく面白いのはポップな考え方じゃなくて、この主人公はパキスタン系のイギリス人で貧乏で苦労してるんで、歌詞の意味がストレートに彼には全部伝わってくるんですよ。他の人たちはみんな聞いてても何とも思わないけど、彼にだけはそれが伝わってくるというところもすごくて。だからそれを書くことによって、そのブルース・スプリングスティーン論で認められて、彼は大学に行く奨学金を得て、実際にそこから脱出することができるんですよ。で、いまはジャーナリストとして活躍してるんです。で、スプリングスティーンがロックでその町を脱出したように、彼はその文学によって脱出していくんですよね。

(宇多丸)いやー、しかしね、ブルース・スプリングスティーン。なんかその曲調は『The River』とか『Nebraska』みたいにある程度歌詞と一致していればいいけども。このアイロニーはやっぱりね……だってアメリカ人もそんなわかっていないんだったらますますね。

(町山智浩)で、さっきお話があってさすがだな!って思ったんですけども。「これってアニマルズの『朝日のあたる家(The House of the Rising Sun)』じゃないか?」っていう話があったじゃないですか。『朝日のあたる家』っていうのはトラディショナルソングで、誰が歌ったのかわからないんですけども。あれは刑務所に入った 男が刑務所で労役をしながら「俺みたいになるなよ。グレるんじゃねえぞ」って歌っている歌で、あれがロックのすごく名曲になってるんですけど。「そこから始まってる」っていう風にはっきりとブルース・スプリングスティーンは言っています。

(宇多丸)ああ、なるほど!

(町山智浩)「こういうのを歌ってもいいんだ。犯罪者の立場で歌ってもいいんだ」っていう。日本はいま、犯罪者の立場で歌われている歌って全然ないね。

(駒田健吾)いまはないですね。

(宇多丸)まあ、ラッパーはありまけど(笑)。

(町山智浩)ラッパーはあるか(笑)。日本は昔、『ざんげの値打ちもない』っていう歌がまさにそうでしたね。あれは男を刺して刑務所に入った女性の立場から歌っていますよね。

(宇多丸)でも、歌って本当はもっと、映画もそうだし、小説もそうであるように、別に正しいことを……メッセージをトータルとして見せればあれかもしれないけども。正しいお話とかさ、正しい登場人物を語るだけのものじゃないはずなのにね。

(町山智浩)そうなんですよ。痛みや苦しみを歌うものもね、ロックなんでね。ロックだけじゃなくて歌謡曲でも全部そうですけども。

(宇多丸)それとか、理不尽とかね。それこそかならず世の中にある不条理とか邪悪でもいいですけども。当然、それもあるものなのに……っていうのはありますよね。

『明日なき暴走(Born to Run)』

(町山智浩)だから『明日なき暴走(Born to Run)』っていう歌はこれ、アレンジがものすごくキラキラしてるんですよ。でもこれ、『Born to Run』の「Run」って「暴走」なのか?っていうと実はそうじゃなくて。歌詞を聞くとかなり違うんですね。これ、ざっといま歌詞を言いますと、「俺は昼間は汗水流して働いて、アメリカンドリームが逃げていく街で働いて。夜になれば『自殺マシーン』というバイクに乗っかって金持ちどもが住む住宅街を駆け抜けるんだよ」っていう、ものすごいヤケクソな歌なんですよね。

「この町は俺を殺そうとしているんだ。ここは若いうちに逃げ出さなきゃいけねえんだ。だって俺たちみたいなチンピラっていうのは逃げ出すために生まれてきたんだ」っていう歌詞なんですよ。「Run」っていうのは「逃げること」なんですよ。

(宇多丸)「逃走」なんだ。

(町山智浩)逃走なんですよ。で、これはスプリングスティーン自身が「貧しい労働者の街から逃げ出さなきゃ!」と思って作った歌なんですよね。だから今度の映画の『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト』でもこれがその街から逃げるということで歌われているんですけども。物理的にとか地理的にその街から逃げるということではなくて、その境遇。閉じ込められてる状態から逃げるっていうことでもあると思うんですよね。

(宇多丸)まあね、普遍的でありつつ、その時を切り取るとなぜか時代を超えて通じちゃうっていうのがすごいですね。

(町山智浩)すごいですね。

(宇多丸)いやー、ということで……あと、駒田さんのロック知識がね、すごいですよ。ナイスサポートですよ!

(駒田健吾)いやいや、でもさらに深くなってすごい今日、楽しかったです。いろんなことが知れて。

(宇多丸)今回も町山さん、素晴らしかったです。最高でした。ということで映画『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト』は来年、日本公開予定ということです。

『BLINDED BY THE LIGHT』予告編

(宇多丸)町山さんからお知らせごと、ありますか?

(町山智浩)はい。本が出ました。週刊文春でずっと連載をしているものがもう500回になるんですよ。『言霊USA』っていう連載なんですが。それがまた1年分が新刊になりまして。『アメリカ炎上通信 言霊USA XXL』という本なんですが。XXLは「超特大」という意味で本の大きさが物理的にデカいっていうことなんですが(笑)。

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(宇多丸)フフフ(笑)。

(町山智浩)これが9月27日(金)に文藝春秋から発売されますので、今日はアトロクリスナーのみなさま5名様にこの本をプレゼントさせていただきます。

(宇多丸)ありがとうございます!

<書き起こしおわり>

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