(高橋芳朗)これで無料のミックステープとかストリーミングとかで活動するアーティストが当たり前になってきたんですけど、完全にそれで商品として自分の作品を出さないでやりぬく人がいよいよ出てくるんです。
(宇多丸)一度も売らない?
(高橋芳朗)はい。それが2013年。さっきのエイサップ・ロッキー『Peso』は2011年なんですが、2013年に『Acid Rap』でブレイクしたチャンス・ザ・ラッパー。
(宇多丸)チャンス・ザ・ラッパー。ねえ。
(高橋芳朗)シカゴのラッパーになりますね。
(宇多丸)すごいですね。
(高橋芳朗)本当にいま言った通り、無料ダウンロードとかストリーミング配信だけで自分の作品をリリースし続けて。
(宇多丸)だから本当にさ、昔の定義で言ったら、「それってアマチュアじゃないの?」みたいなさ。
(高橋芳朗)うんうん。たしかにね。
(宇多丸)みたいなことになっちゃんだけど……。
(DJ YANATAKE)でも、2017年中頃の記録ですけど、いちばん稼いだラッパーランキングみたいなのの3位とか4位とかに入っているぐらい。それはアップルとの独占契約の契約金とか、どっかの企業のCMの契約金とかが莫大なぐらい、人気者になっていて。
(宇多丸)だからやっぱり、音源1枚売ってナンボとか、そういうことではなく。
(DJ YANATAKE)もうバズッて人気が出さえすれば、もう企業が寄ってくるみたいな。
(宇多丸)なるほど。すごい新しい感じの成功のモデルというか。
(渡辺志保)チャンス・ザ・ラッパーは結構チャリティー活動とかにも熱心で。地元の学校に寄付したりとか、そういったこともしていますし。新しいタイプのロールモデルという感じがすごいしますよね。
(高橋芳朗)で、いよいよ、彼はグラミー賞の規程を変えちゃったんですよね。
(渡辺志保)そうそう。去年ね。
(宇多丸)グラミーは、これまでの規程は?
(高橋芳朗)いままではアメリカにおいて一般的な流通形態で商業的にリリースされたもの。だから、お金を取るもの。有料で売り出されて購入できる作品じゃないと……。
(宇多丸)まあ、ある意味当然だけどね。
(高橋芳朗)そうじゃないと評価の対象にならなかったんですよ。でもチャンス・ザ・ラッパーはビルボード誌とかに広告を打って、「なんとか俺もノミネート対象にしてくれよ!」って。
(宇多丸)「これは有料だ!」と。「ある意味!」っていう。
(高橋芳朗)フフフ(笑)。
(宇多丸)っていうか、要は音楽の流通の仕方なんて、ある意味時代によって変わるわけじゃない。音源を買って……っていうのが音楽の歴史全体から見たらものすごく特殊な時代かもしれないし。だから当然、見直したりするのはアリだと思いますけどね。ということで、グラミーで最優秀新人賞を受賞してしまった。
(高橋芳朗)そうですね。ストリーム時代のヒーローって言っていいと思いますけどね。
(宇多丸)ちなみにさ、チャンスくんっていくつなの?
(渡辺志保)まだ25才以下ですね。
(宇多丸)おおー、なるほど。さすが新世代でございます。
(高橋芳朗)お父さんがオバマの上院議員時代の代理人だったんだよね。
(渡辺志保)そうそう。シカゴでね。
(宇多丸)ぬーなー! 24才で、ねえ。……1000円くれないかな?
(高橋・渡辺)フハハハハッ!
(高橋芳朗)いや、くれると思いますよ(笑)。
(宇多丸)合間合間でこれが入ってきますけども。だいぶ疲れてきた証拠でございます。
(高橋芳朗)時代的には飛ぶんですけど、一昨年リリースされたチャンス・ザ・ラッパーの『Coloring Book』というアルバムから1曲、紹介したいと思います。チャンス・ザ・ラッパー『No Problem ft. 2 Chainz & Lil Wayne』。
Chance The Rapper『No Problem ft. 2 Chainz & Lil Wayne』
(宇多丸)チャンス・ザ・ラッパー。上がりますね。やっぱり。
(高橋芳朗)チャンス・ザ・ラッパー『No Problem ft. 2 Chainz & Lil Wayne』。2016年の作品でした。
(DJ YANATAKE)これ、もう1年以上クラブでかかり続けていて。かかったらみんなもう大合唱。いまだにね。
(渡辺志保)爆発してますね。
(高橋芳朗)なんか楽しいもんね!
(渡辺志保)楽しい。ハッピー。
(宇多丸)あのさ、ノリやすいよ。上がりますよ。カップリフティングですよ。はい。チャンス・ザ・ラッパー。名前がすごいね。チャンス・ザ・ラッパーって……。なんちゅう名前なんだよ!(笑)。
(高橋芳朗)アハハハハッ!
(宇多丸)いいですよね。で、どんどんどんどんと、かっこいいのロールモデルというかあり方がどんどん変わってきているという。これ、もういまもさ、別にヒップホップ、ラップに限らず、意識の変化というか。ちょっと前だったらなんとなく、なあなあでなってきたことがもう無しよっていう。まあ、ワインスタインショックとかもそうだけど。
(高橋芳朗)うんうん。
(宇多丸)どんどんどんどん変わってきている。それがヒップホップが反映しているというか。
(高橋芳朗)そうですね。まあ、ヒップホップの価値観とかルールがすっごい変わったなって思う象徴的な出来事が、LGBTを容認するような機運がグンと高まって。
(宇多丸)これは本当に、全く褒められたもんじゃない話……さっきから言っているようにヒップホップ、ザ・マッチョ。ザ・マチズモ文化ですよ。だからこそ、女性蔑視的なリリックとかも、もうある種必要悪として。
(渡辺志保)まあまあ、容認されてきたというか。
(宇多丸)そして、ホモフォビア。「ホモみたいな……」って言ったり。これはひとつのポーズというかスタイルとして。っていうか、そうじゃないと、こっちがいじめられちゃうみたいな。まあ、誰とは言いませんが日本のラッパーと僕はよく、それですっごいケンカになっていたので。「そういうことをアメリカのラッパーとかが言うから」って……「そんなこと、言うものじゃないよ! まともな常識人が言ったらバカだと思われるよ?」って言ったら、そういうのでケンカになったりしていたんですけども。そういう人は、さあこの時代の変化にどう感じるのか!?
(一同)アハハハハッ!
(渡辺志保)まあ、そうですね。聞いてみたいところですね。
(宇多丸)要は、LGBTを容認するというか、そういうことをちゃんと意識高く歌うアーティストが増えてきたということで。
(高橋芳朗)そうですね。やっぱり2012年にオバマ大統領がアメリカの大統領としてはじめて、同性婚への支持を表明したことを受けて、オッド・フューチャーに所属しているR&Bシンガーのフランク・オーシャンがカミングアウトしたんですよね。で、これをビヨンセとかジェイ・Zとか、あとはヒップホップ外ですけどもレディ・ガガとかも一気に支持をして。それでヒップホップの世界でも、LGBTを認めていこうじゃないかというのが一気に高まったという。
(渡辺志保)まあ、それが普通になっていった感じですよね。
(高橋芳朗)そうですね。でも、カニエ・ウェストみたいな、セレブ界隈で活動をしていたりとか、あとはエイサップ・ロッキーみたいなファッション業界に食い込んでいる人からすれば、ホモフォビアとかもう言ってられないんだよね。
(宇多丸)周りはね、特にファッション業界なんか。
(高橋芳朗)うんうん。
(宇多丸)で、それを象徴するようなアーティスト、楽曲、作品が。
(高橋芳朗)では、聞いてみましょう。
(宇多丸)これはグラミーでも?
(高橋芳朗)賞を受賞していますね。ワシントン州シアトルから出てきた……。
(宇多丸)やっぱり土地がもう全然ね。まずもう、すごい。「シアトルか!」っていう。
(高橋芳朗)はい。白人ヒップホップデュオ、マックルモア&ライアン・ルイスで『Same Love』です。
MACKLEMORE & RYAN LEWIS『SAME LOVE feat. MARY LAMBERT』
(宇多丸)はい。マックルモア&ライアン・ルイスで『Same Love』を聞いていただいております。
(高橋芳朗)グラミー賞でパフォーマンスした時はマドンナが出てきて『Open Your Heart』を歌ってね。
(渡辺志保)そうですね。あと、クイーン・ラティファもこの時に出てきて。
(高橋芳朗)感動的でしたけども。ちょっと、どんなことを歌っているのか、ほんの一部分ですけども、言いますね。「もし俺がゲイだったら、ヒップホップに嫌われていただろう。YouTubeのコメント欄には毎日のように『なんだよ、ゲイみてえだな』なんて書き込まれる。ヒップホップは抑圧から生まれた文化なはずなのに、俺たちは同性愛者を受け入れようとしない。みんなは相手を罵倒する時、『ホモ野郎』なんて言うけど、ヒップホップの世界ではそんな最低な言葉を使っても誰も気に留めやしない」。これはかなりやっぱり勇気のいるリリックだと思います。
(宇多丸)まさに僕がさっき言った、いままでのヒップホップの体質みたいなのを結構真正面から批判して。しかもそれがきっちり評価される時代になったということだと思いますけども。
(高橋芳朗)で、LGBTみたいな話でいうと、たとえばオッド・フューチャーはフランク・オーシャンもそうだけど、シド。
(渡辺志保)ああ、シド・ザ・キッド。
(高橋芳朗)シンガーですけども、彼女もレズビアンだったり。あと、最近タイラーもなんか15才の時に男の子に恋をしていたって告白していたり。
(渡辺志保)新しいアルバム『Flower Boy』の中でそういうリリックがあったりとか。
(高橋芳朗)すごい多様性のあるクルーだなって感じなんだけど。
(宇多丸)本当だね。
(渡辺志保)あと、裏でかかっているヤング・M.A.。彼女もね、ニューヨーク出身の女性ラッパーですけど。彼女は体は女。だけども、中身は男性の心を持ったっていう、そういうラッパーですね。
(宇多丸)ああ、なるほど。
(渡辺志保)でも、そういうアーティストたちが普通に活動するようなシーンですし。チャンス・ザ・ラッパーもお兄さんが同性愛者だということをカミングアウトしていたり。
(宇多丸)それはそうなんですよ。だからね、非常に健全な形になったのと同時に、長年ヒップホップシーンを見てきた者としてはもうね、アメリカの……だから音源とかアーティストの作品の変化もさることながら、やっぱりここまでちゃんと進化したか!っていう。そこは結構根深くて、あまりにも根深くて、難しいのかな?って思っていたら……いやいや、もう全然。大したもんですね。
(渡辺志保)そうですね。受容をしながら進化、変化していくっていうのはすごいヒップホップの強いところかなっていう風に思いますね。
(宇多丸)素晴らしいことだと思います。だからそれこそ『ムーンライト』のあの感じなんかもそういう時代の変化みたいなものを反映しての作品だっていう感じがしましたね。さあ、そして?
(高橋芳朗)社会情勢を反映しているという意味では、2014年の夏にミズーリ州ファーガソンの事件(白人警官が丸腰の黒人少年を射殺した事件9を発端に……まあ、ずっとあったことではあるんですけども。
(宇多丸)そうですよね。それこそね、ちょっと触れる時間がなかったけど、92年にはLA暴動があって。あれはロドニー・キング殴打事件。まさにそういうブルータル・ポリスというか。そういう問題があったわけだから。
(高橋芳朗)ポリス・ハラスメントという、白人警官による無抵抗の黒人の殺害事件みたいなのが多発して。そういう中で、新しい公民権運動などとも言われた差別撤廃の「Black Lives Matter(黒人の命だって大切だ)」っていうムーブメントが全米各地で勃発して。まあ、こうした動きを後押しするメッセージソングがバンバンに出るようになると。
(渡辺志保)はい。
(宇多丸)ひさぶさにね、要するにヒップホップが割と政治的なというか、意識が高いといいますか、コンシャスな感じのことって、結構パブリック・エネミーの時代以降、ずっと廃れていたというか。割とワルでひどいことを歌うっていう感じが流行っていたんだけど、また再びコンシャスなラップの時代になってきたという。
(高橋芳朗)その時のデモのシュプレヒコールで使われたのがケンドリック・ラマー。コンプトンから出てきたケンドリック・ラマーの『Alright』という曲だったんですよ。
Chants of @kendricklamar's "Alright" echoes down 7th street downtown. #JusticeOrElse pic.twitter.com/f1R62P0bIi
— The Hilltop (@TheHilltopHU) 2015年10月10日
(宇多丸)これがすごい。コンプトンから出てきたケンドリック・ラマー。もう、すごいですね。まさにギャングスタ・ラップのN.W.A.の出身地。もう「意識高いとか知ったことか!」っていうようなグループから来た……N.W.A.の『ストレイト・アウタ・コンプトン』で描かれるN.W.A.像は微妙に現在のポリス・ハラスメントの時代にちょっと……コンシャスなグループにちょっとだけズラして描かれている。味付けされているというあたりもね、面白かったですよね。
(高橋芳朗)でも、コンプトンのイメージを上手く使いましたよね。アルバムも『Good Kid, M.A.A.D City(イカれた街から出てきた優等生)』って。
(渡辺志保)ケンドリック・ラマーのアルバムタイトルがその『Good Kid, M.A.A.D City』ということで。
(宇多丸)そして、その『Alright』が入っているのが『To Pimp A Butterfly』という、これはもうとてつもない……。
(高橋芳朗)破格の傑作でしたね。
(渡辺志保)ねえ。それこそロバート・グラスパーとかサンダーキャットとか、そういうジャズシーンも。サウンド的にもすごくクロスオーバーしていますし。作り込み方が半端ないという。
(宇多丸)テーマがね。内省的というか、自分の中で突き詰めて。最後にそれがガッと昇華する感とか、公正が見事で。
(渡辺志保)本当に一人芝居を聞いているような感じだったりもするので。
(高橋芳朗)うんうん。
(宇多丸)あと2パックとの仮想共演とか。
(渡辺志保)いちばん最後にね。
(宇多丸)そういうこと、やるかね?っていうことまでやっていて、面白いですよね。
(DJ YANATAKE)あと、これはあれですね。日本でも配信、ダウンロード販売では日本でも1位になったんで。
(渡辺志保)それだけ多くの方に聞かれたと。
(宇多丸)このケンドリック・ラマーのアルバムは、日本人にも聞きやすい。音楽的にも聞きやすいところがあるというか。豊かなアルバムなので。
(高橋芳朗)なんか黒人音楽史を俯瞰するような感じもありましたね。
(渡辺志保)ファンクの要素であったり、ジャズとかね。
(宇多丸)じゃあ、聞きますか。
(高橋芳朗)ケンドリック・ラマーの傑作『To Pimp A Butterfly』から『Alright』です。
Kendrick Lamar『Alright』
(宇多丸)はい。ケンドリック・ラマー『Alright』を聞いていただきました。これ、サビではね、「we gon’ be alright」って。明るい感じのことを言ってるようなサビだけど、バースで言っていることは全然大丈夫じゃねえよ!っていう。
(高橋芳朗)うんうん
(渡辺志保)そうなんですよね。だからもう、「警察たちは俺らが道でのたれ死ぬのを見たいんだろ?(Nigga, and we hate po-po Wanna kill us dead in the street fo sho’)」っていう、そういうことを言っていたりとか。あと、サビの部分も「gon’ be」は「going to be」で未来のことを表しますから。
(宇多丸)「いつかきっと大丈夫になる」っていう。
(渡辺志保)そうそう。だから「いまは大丈夫じゃない」っていうことをケンドリックは歌っているんですよね。
Kendrick?Lamar ? Alright @kendricklamar https://t.co/DTqUlpzytg
ケンドリック・ラマー『Alright』歌詞— みやーんZZ (@miyearnzz) 2018年2月10日
(宇多丸)だから実はすごく重層的というか。すごく複雑だし。アルバム全体なんかさらにそうだけど、本当にめちゃくちゃ知的なと言うか。そういう作品ですよね。ぜひぜひ、そうね。最近の作品とかであんまり慣れていない、ヒップホップをこれから聞こうっていう人とかは『To Pimp A Butterfly』とか。
(高橋芳朗)おすすめですね。
(渡辺志保)あと本当にに初っ端に(『HUMBLE.』を)流していただいてましたけどもね。彼の最新アルバム『DAMN.』なんかもすごくいいので。もともとケンドリックは2パックにすごく影響を受けたということで。で、その2パックはシェイクスピアにすごく大きな影響を受けたりもしていますから。いろいろとね、重ねて聞くと面白い発見があるかなと思います。
(宇多丸)はい。
(高橋芳朗)これ、ファレル・ウィリアムスがプロデュースなんですよね。
(宇多丸)ああ、これファレルですか? まいったな、ファレルはいいんだよ。ファレルはいつもいいんですよ。
(渡辺志保)『Super Thug』を流していたのが遠い昔のようですね(笑)。
(高橋芳朗)アハハハハッ!
(宇多丸)そう。だからね、映画『ドリーム(Hidden Figures)』。あれの音楽もファレルで。そうですよ。『Super Thug』のプロデューサーでもあるファレル。こんな意識高い系アーティストになるか!っていうね。
(高橋芳朗)テディ・ライリーの弟子がね。
(渡辺志保)あれはね、舞台も自分の故郷であるバージニア州でしたからね。
(宇多丸)素晴らしい映画でございます。さあ、そんな話をしている場合じゃないですよ。どんどん、大急ぎで。