町山智浩さんが2025年7月22日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『KNEECAP ニーキャップ』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今週はですね、北アイルランドの映画ですね。8月1日金曜日に日本公開される映画で『KNEECAP ニーキャップ』を紹介します。音楽、どうぞ!
(曲が流れる)
(町山智浩)はい。これがニーキャップというヒップホップ、ラップグループの歌なんですけれども。かっこいいんですが、英語が一応、ちょっと入ってはいるんですが、まったく何を言ってるか、わからないんです。最初のところだけ英語なんですが、それ以外とかほとんどね、これがアイルランド語なんですね。このニーキャップというグループは北アイルランドでアイルランド語でラップをするグループとして世界的なヒットしているという実在のグループですが。彼らがバンドを結成した時の話を自伝的に本人たちが演じている映画なんですよ。ややこしいですね。ドキュメンタリーじゃないんです。お芝居です。
本人たちが本人の役でやってますね。このバンド、彼らはもともとはドラッグディーラーだったんですけど。それがなんでヒップホップをやるようになったかっていうのを本人たちが演じている映画です。ちゃんと芝居ができてるんで、びっくりしましたけど。ド素人なんですが。でね、これね、ニーキャップというのはどういう意味かというと膝のところにあるお皿がありますよね。そのことなんですけれども。これはその北アイルランドでアイルランド共和国軍というですね、民族闘争をしているグループが敵とか裏切り者に対する制裁としてですね、拳銃で膝を撃ち抜くという処刑をやってるんですよ。
それをそのグループ名にしてるんですね。でもこれ、コメディですから! これ、ものすごい面白いコメディです。本当に。でもね、グループ名が怖いんですよ。で、これはどうしてそういうことになってるかというと、やっぱり北アイルランドというところが、まあ大変なところなんで。この間、僕も行きましたけど。北アイルランドというのはアイルランドという島の北の端っこのところなんですけれども。アイルランドはずっとイギリスに占領されていた植民地だったんですね。300年ぐらい、占領されていたんですよ。ヘンリー8世が占領したのか。で、それが1930年代に独立……1920年ぐらいから独立戦争して、最終的に独立したんですが。北アイルランドだけイギリスに残っちゃったんですよ。
どうしてかというと、北アイルランドにはイギリスの北の方にスコットランドというのがあるんですが。そこの人たちがすごく近いんで。船でちょっと渡るともうすぐ、アイルランドに着いちゃうんで。スコットランドからたくさん北アイルランドに入植しまして。移民しまして。その人たちが人口の半分ぐらい、北アイルランドにはいるんで。だからイギリスに残っちゃったんですよ。で、それからずっとですね、そのアイルランド系の人たちとスコットランド系の人たちが内戦をしていたんですね。北アイルランドでは。
内戦が続いていた北アイルランド
(町山智浩)それで以前、紹介した映画『ぼくたちの哲学教室』は小学校でね、学校の先生。エルヴィス・プレスリーが大好きなね、ロックンロールの先生がアイルランド系の子たちとその激しい内戦の話をしていく話だったんですけど。僕はあの学校の周りも全部、回ってきました。どういうところかというと、そのアイルランド系の住民がいるところとスコットランド……イギリス系の住民がいるところの間には、巨大な壁があるんですよ。
これね、昔、ベルリンにあった東西ベルリンの壁みたいな感じですね。今、イスラエルのガザにありますけど。イスラエル人とパレスチナ人を隔てる壁。でも、この北アイルランドのベルファストの壁って、あまり知られてないと思いますよ。これはね、どうして壁があるの?って聞いたんですけど。高い壁を作らないと、火炎瓶とかを投げ込んでくるからなんです。手榴弾とか火炎瓶とかロケット弾とかを打ち込んでくるから。それが防げないくらい高い壁を立てなければならなかったんです。それが今もあってね。まあ、すごいところですよ。で、なんというか1960年代から北アイルランドにおけるスコットランド系とアイルランド系の闘争で死んだ人が3500人ですからね。非常に短い期間なんで、まあ殺し合いが延々と続いて。で、特にイギリス側がそこを支配しているからスコットランド系の人たちを支援して、警察とか軍でアイルランド系住民の虐殺をやって。それでアイルランド系住民が今度はゲリラ闘争をして、爆弾闘争とかでそれに対する報復をしたんで。
まあ大変なことになったんですが。そこでただ、絶対に撃ってはいけないものっていうのがあるんです。絶対に攻撃してはいけないものっていうのが存在するんですよ。タクシーです。タクシーの運転手は自分で行く先を選べないから。で、スコットランド系の人も、アイルランド系の人もいるわけですよ。でも、お客さんはどこに行くか、わかんないですよ。お客は選べないから。そうしたら、彼らを攻撃したらそれは卑怯だろうということで、「タクシーだけは絶対に攻撃しない」っていう協定が結ばれたんですよ。
この問題は「観光客はタクシーに乗ればどこにでも行ける」ってことなんですよ。だから僕はそのタクシーに乗って回ったんですよ。その壁に入ったり、出たりができるわけですよ。本来は夜になるとその壁の間にゲートがあるんですか。ゲートも閉じちゃうんですよ。行き来ができないにようになるんです。すごいところですよ。で、そのアイルランド側の人たちはアイルランド共和軍(IRA)って言うんですが。要するに、彼らはアイルランド共和国の一部になりたいと思ってるから。イギリスじゃなくて。で、自分たちを共和軍という風に名乗って非常に激しい闘争したんです。で、その博物館も行きまして。
そうすると、もうすごい死者のリストですよ。ずっと。闘争で死んだ人たちの。それと、実際に使われた銃とか爆弾とかが全部、展示されていて。すごいところでしたけど。ずっと、1990年代に停戦をしまして。そこからは死者は出てないです。で、今はもう本当にアイルランド側の人も……北アイルランド政府っていうのがあるんですよ。これね、北アイルランドっていうのは一応、北アイルランドっていう国なんですよ。一種の。スコットランドみたいな感じで首相がいるんですよ。これ、面白い。イギリスっていうのは連合王国なんでは、いくつもの違う国が……スコットランドって国も入ってるし、ウェールズっていう国もあって、イングランドもあって。それで北アイルランドっていう国もあるんですよ。
で、今その北アイランドの主張はアイルランド系の人なんで一応、うまくやってはいるんですけど。で、そういうすさまじい歴史の中で出てきたヒップホップグループ、ラップグループのお笑い映画です。「これ、お笑いになるの?」っていう(笑)。で、彼らはリアルですよ。アメリカのギャングスターとかが言ってるのより、こっちは本物ですよ。大変な世界ですから。内戦ですからね。で、彼らはその内戦が終わってから生まれた子たちなんですけどね。このニーキャップの人たちは。で、彼らが歌っているのはアイルランド語という言葉で、これはいわゆるケルト民族の……ケルト民族っていうのがいまして。もともとイギリスの先住民だったんですが。ケルト民族が使っていたゲール語と言われる言葉なんですね。
で、これは実はスコットランドの人たちも同じ言葉を使ってるんですよ。ほとんど同じ。方言みたいなもの。スコットランド人もケルト人です。彼ら、バラバラになったけど、実は同じ民族ですよ。それが内戦してるんですよ。これ、意味がないんですよ。これは、先住民のケルト人がイギリス全土に住んでたんですけど、そこにアングロサクソンっていうゲルマン系の人たちが上陸して、支配しちゃったんですよ。イングランド部を。で、ケルト人をそのスコットランド、ウェールズ、アイルランドに分割しちゃったんですね。分断しまして。で、その後にスコットランドはイングランドの下に入って、王の家系も合併するんですね。スコットランド王家とイギリス王家が。で、スコットランドはイギリス側になっちゃうんですよ。で、スコットランド王の血は現在のイギリス王家も継いでるんですね。だからその民族的にも文化的にも全く同じケルト人なのに、政治的理由で分断されてるんですよ。
それとイギリス王家に入ったんで、プロテスタントになってるんです。スコットランド側は。これ、宗教闘争でもあって。でも、本当は同じ民族なんですよ。で、英語っていうのをみんな、使ってるんだけど。北アイルランドでは公用語は英語なんだけれども。「いや、俺たちは本当のケルト語、ゲール語、アイルランド語を使うんだ! それが民族闘争なんだ!」ってことでヒップホップをするんですね。それでラップを歌うという話なんですけれども。
でもこれね、彼らが最初に作ったそのアイルランド語の歌っていうのがあるんですが。これがね、今ちょっとかけてもらえるかな? 『C.E.A.R.T.A』っていう曲ですね。はい。
KNEECAP『C.E.A.R.T.A』
(町山智浩)これね、本当に何を言ってるか、わからないんですよ。すごい言葉なんですけど。これね、なんでこれが大きなことになったかっていうか、ラップになったかというと彼らは最初ドラッグディーラーをやってたんですけど。それで警察に捕まったときに「黙秘権を行使する」っつってアイルランド語しかしゃべらなかったんですよ。で、その時に「アイルランド語を学校で教えよう」っていう運動をしていた学校の先生がいまして。でも、アイルランド語の教科書っていうのが「彼は市場に豚を売りに行きました」とかね、「芋を畑に植えました」とか、いつの時代の教科書なんだよ?っていう内容なんですよ。アイルランド語の教科書は。でも、これじゃ子供が全然覚えようとしない。母国語なのに。
でも、ヒップホップだったらみんな、アイルランド語に興味を持つんじゃないか?ってことでこのチンピラのドラッグディーラーたちとラップグループを組んで。それでその学校の先生がDJとしてバックトラックも作って。それで、これを始めたらめちゃくちゃ受けたっていう。でも、最初はうまくいかないですよ。この学校の先生は顔を出せないから覆面をかぶってるんですよ(笑)。最初はダメだったみたいですけどね。でね、まあすごい歌をガンガン出して。それで一番政治的な歌がね、『Get Your Brits Out』っていう歌があるんですけど。ちょっとそれ、かけてもらえますか?
KNEECAP『Get Your Brits Out』
(町山智浩)この歌がすごいのはね、「イギリスのやつらを叩き出せ!」っていう歌なんですよ。その時は北アイルランドの首相とか、要するに政治家たちが全部イギリス系……まあスコットランド系ですね。が、支配していて。で、警察なんかも上の方が全部スコットランド系で、アイルランド系を弾圧してるって状態だったんで。それに対して「イギリスのやつらを叩き出せ!」って歌を歌っていて。これ、全部政治家の名前とか実名で全部、出てくるんですよ。その時の首相の名前とか。これ、日本のラッパーは絶対やらないね。
で、これはね、すごかったんですけど。ただ、こういう風に聞いてるとニーキャップッっていうのはすごくアイルランド民族主義でね、国を分断して……スコットランド、イギリス系のやつを叩き出せって言ってる右翼的なグループのように聞こえるんですよ。でもね、この映画はそうじゃないんですよ。ここがすごいんですけど。モグリーっていう名前のラッパーがいるんですよ。このニーキャップの。彼の恋人はイギリス人なんです。スコットランド系なんです。で、エッチするんですけど。互いに「このカトリック野郎!」とか言いながらせめあっているんですけど(笑)。プレイしてるんですよ。でね、「このアイルランド野郎!」とか「このスコット野郎!」とかね、「このイギリス野郎!」とか言いながらやって2人、終わった後にね、「すごいよかったよね……」とかって言っているんですよ(笑)。
これはだからまあ、「出ていけ」とかそんなんじゃなくて。「やっぱり本当は仲良くできるんじゃない?」ってことですよね。だからこの映画、すごい大スターでマイケル・ファスベンダーが出演してるんですよ。これ、そのラッパーのお父さんの役なんですけど。アイルランド側の伝説的な闘士の役で出てきます。マイケル・ファスベンダーってハリウッド俳優ですけどこの人、実は北アイルランド人です。お母さんが北アイルランド出身です。で、アイルランド語もしゃべれます。劇中でしゃべってます。ゲール語を。で、もう伝説的テロリストとしてみんなに尊敬されてるんですけど。この映画の中でね、すごくその息子たちとかお母さんとかが出てきていうのは「あんたは英雄気取りで、そうやって民族闘争をやってたけれども、家庭はほったらかしじゃないの?」って言うんですよ。だから、そういうところですごく、民族闘争とかそういったことを礼賛してるというわけではないんですよ。結局、そういうのも超えて仲良くした方がいいんじゃないの?っていうこともあるんで。そこもね、思ったよりもすごく頭のいい人たちなんだなというのがわかるんですよ。
で、今ね、このニーキャップが世界的な大問題になってるんです。彼ら、ガザを支援しているからなんです。イスラエルによるガザの攻撃に対して、あらゆるコンサートやあらゆる場で反対を表明してるんですよ。『スーパーマン』と同じですけど。で、放送禁止になったり……イギリスでは一応、イスラエルを支援してるんで。イギリス政府は。だから彼らをテロリストとして捜査して……ひどいでしょう? 彼ら、テロリストではないんですよ。でも、テロリスト指定して。それはまあ、取り下げましたけど。「テロリストじゃねえよ」って言われて。ただ、それぐらい政府と戦ってるんですよ。今。
この中でそのマイケル・ファスベンダーが言うんですね。「お前ら子供たち、西部劇を見ろ。ただ、西部劇を見る時は必ずインディアン側の気持ちで見ろ」って言うんですよ。「彼らは占領された先住民なんだ。俺たちアイルランド人もそうなんだ」って言うんですね。で、そこから来てるからもともとパレスチナの人たちがイスラエルに住んでいたのに。彼らが先住民なのにイスラエルに占領されて、もう絶滅させられようとしているっていう。そしたら、アイルランドの人たちはやっぱり戦いますよ。そっち側につきますよ。同じ境遇なんだもん。
でも、イギリス政府は完全にイスラエル側を支援してるんで。っていうか、イスラエルっていう国ができたのはイギリスの責任なんで。歴史的に。まあだからすごいところで戦ってるんですけど。ニーキャップは。でも、基本的にお笑いなので。そういう難しい話では全然なくて、ずっと笑って見ていますけど。この映画はね。そこも含めてね、まあすごく厳しい問題を笑って見せるという……『スーパーマン』もそうでしたけどね。ここはね、日本はまだまだかなというね。一番きつい問題、一番難しい問題を笑かしてみせるというのはね、もうちょっと日本の人たちも頑張ってくれないかな?っていう。歌とか映画とかみんな、そうですが。お笑いも含めてね。そう思いましたね。