宇多丸・高橋芳朗・渡辺志保 2000年代のヒップホップの劇的変化を語る

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 72
スポンサーリンク

宇多丸さん、高橋芳朗さん、DJ YANATAKEさん、渡辺志保さんがNHK FM『今日は一日”RAP”三昧』の中でラップ・ヒップホップの歴史を振り返り。2000年代のラップ・ヒップホップの劇的変化について話していました。

(宇多丸)といったあたりでこのコーナーはラップの歴史を紐解く第4部でございます。2000年代。90年代が終わってしまいましたね。2000年代に入りました。そしてガラリとね、またまたヒップホップが様相が変わってくる2000年代以降をお伝えしたいと思います。ここから先は、先ほどからコラムコーナー。収録できっちりとね、NHK講座的なしゃべりをやっていただいております渡辺志保さんです。

(渡辺志保)こんにちは。渡辺志保です。よろしくお願いします。

(高橋芳朗)よろしくお願いします。

(宇多丸)志保さん、助かりますよ。

(渡辺志保)とんでもございません。お招きいただきまして非常に光栄です。

(高橋芳朗)きれいな声でめっちゃハードなことを言っているという(笑)。

(渡辺志保)そうそうそう。1人で収録してしゃべったので、すごく難しい感じで。「SWAGです」とか(笑)。

(宇多丸)いいですよ。勉強になりますよね。

(渡辺志保)とんでもございません。恐縮です。よろしくお願いします。

(高橋芳朗)ちょっと、さっそく行っちゃいますかね。

(宇多丸)行っちゃいましょう。2000年代。

(高橋芳朗)いま、後ろでフージーズの『Fu-Gee-La』という曲がかかっていますが。このフージーズからの紅一点、ローリン・ヒルから行きましょうかね。

(宇多丸)あ、はいはい。

(高橋芳朗)グラミー賞で最優秀アルバム賞など5部門を受賞。ヒップホップでグラミーの主要部門をとったのって……。

(渡辺志保)あまりなくて。あとはアウトキャストが。

(高橋芳朗)この後にとりますけども。じゃあ、そのローリンの大ヒット曲を行ってみたいと思います。ローリン・ヒルで『Doo-Wop (That Thing)』。

スポンサーリンク

Lauryn Hill『Doo-Wop (That Thing)』

(高橋芳朗)はい。ローリン・ヒルで『Doo-Wop (That Thing)』。1998年の全米ナンバーワンヒット。

(宇多丸)でもなんか、すでに2000年代から始まるなにかの匂いが。

(DJ YANATAKE)僕がレコード屋さんで働いていた時にいちばん売れたのはこれかもしれないですね。

(高橋芳朗)ああ、本当?

(DJ YANATAKE)アルバムで『The Miseducation of Lauryn Hill』っていうのを、すっごい小さなレコード屋さんで。本当に小さいレコード屋さんだけど、イニシャルオーダーで初回に1000枚取ったの。そしたらこれ、入荷の日にダンボールが100箱届いたの(笑)。ダンボール100箱が全部ローリン・ヒルのアルバム。だけど、1週間たたないで売り切れました。

(渡辺志保)えっ、すごい勢い! 当時、だってローリンはね、日本のCMに出たりとか。安室奈美恵さんがすごい大ファンだということも公言していて。

(宇多丸)全方位的にローリン・ヒルを嫌いな人はいないっていう。全方位的に人気があったからっていうことですよね。さあ、この曲は98年ですけども、要は90年代末ぐらいから新しい時代の匂いがしだすということですよね。

(高橋芳朗)ラップのサウンドプロダクションに本当に劇的な方向転換が起こるわけですけども。

(宇多丸)またか!っていうね。

(高橋芳朗)脱サンプリングの動きが一気にここで加速していきます。スウィズ・ビーツだったりティンバランド、あとネプチューンズ、アーヴ・ゴッティみたいな新しいプロデューサーの出現によって、なんですかね?

(渡辺志保)「チキチキ系」みたいなね。

(高橋芳朗)そうそう! 当時、チキチキとか言われました。

(宇多丸)あの、要は我々、新しいサウンドに日本のヒップホップヘッズも戸惑っていて。「なんかチキチキしたやつだよ!」っつって。アハハハハッ!

(高橋芳朗)当時、どうですか? タケちゃんとかね、DJもやっていて、レコード店でも働いていて。

(DJ YANATAKE)でもやっぱり渋谷はどうしてもニューヨークのサンプリングの本当に根強い人気があって。

(宇多丸)サンプリングの美学がね。

(DJ YANATAKE)まあ、中でも新しいものをチェックしている人は貪欲に買いにきていた人もいたんですけども。やっぱり売れる枚数で言えば、まだまだ全然差があって。クラブDJもなんか挑戦する人もいるんだけど、やっぱりかけるとお客さんが盛り上がらないっていう。

(宇多丸)だって、いまだに言われるもん。そのうるさ型ヘッズから。「なんでサンプリングでやんないんすか!」みたいな。

(一同)アハハハハッ!

(宇多丸)「うるせえな、いつの話をしてんだよ、お前は!」っていうね。

(DJ YANATAKE)なんですけど、やっぱりそうしている間に、ビッグネームがやり始める。そういった中で、僕がいちばん覚えているのはTLC。R&Bですけども、そのサード・アルバム『Fanmail』から『Silly Ho』っていうシングルがいちばん最初のシングルとして出たんですね。

(高橋芳朗)『No Scrubs』の前ですもんね。

(DJ YANATAKE)はい。そうです。前に。その時に「あれっ?」ってなったんですよね。みんな、ビッグネームがこれをやるのは受け入れなきゃいけないっていう空気ができたのが完全にこの1曲で。この曲も出た時はそうでもなかったんだけど、DJたちががんばってこれをかけ始めたら、徐々に徐々にクラブでも盛り上がるようになっていって。で、これに近い曲も並べてかけられるようになっていったっていう、1個キーワードっていうかね。

(高橋芳朗)『Silly Ho』が1998年。で、アリーアの『Are You That Somebody』も1998年なんですよ。

(渡辺志保)ああ、あれは97じゃなくて98なんですね。

(高橋芳朗)だから、だんだんR&Bからチキチキ系が受け入れやすくなってきて。

(渡辺志保)それこそシェイクスピアのビートだったりね。

(宇多丸)そして98といえば……。

(高橋芳朗)ジェイ・Zの『Vol. 2… Hard Knock Life』。

(宇多丸)僕はね、これが決定打っていう感じがする。さっきのね、「受け入れざるを得ない」で言うと、このジェイ・Zの『Vol. 2… Hard Knock Life』で、これはもうジェイ・Zがここまで……しかもすごいかっこよかったから。これは結構なものでしょうと。

(高橋芳朗)まあティンバランド、スウィズ・ビーツ、アーヴ・ゴッティのね、曲が入っていて。『Jigga What, Jigga Who』とかね。『Money, Cash, Hoes』、『Can I Get A…』とかね。

(宇多丸)このへんね、こんなに曲の名前を挙げているのに聞かないんですか? そんなことをやっている暇は、ない?

(高橋芳朗)そうですね(笑)。まあジェイ・Zは後でもかかりますから。

(宇多丸)あ、かかるの? そうだよね。ジェイ・Zは息が長いからどこをかけるかで大変なんだよ。それで……。

(高橋芳朗)じゃあまずスウィズ・ビーツから行ってみましょうか。ニューヨーク出身で、ラフ・ライダーズというクルーを率いていました。DMXとかロックス、イヴみたいなヤンチャ者たちがいましたけども。この人はコルグのシンセサイザーのトライトンっていう機材を駆使してビートを作ったわけですね。

(宇多丸)これはずっと聞いてきて、90年代のサンプリングで温かいというか、ちょっとくもったような感じのサウンドに対して、まあガラリと変わった感じ。トライトン感が出るんじゃないでしょうか。

(高橋芳朗)じゃあ、行ってみましょうか。スウィズ・ビーツのプロデュース作品です。DMXで『Ruff Ryders’ Anthem』。

DMX『Ruff Ryders’ Anthem』

(宇多丸)はい。DMXで『Ruff Ryders’ Anthem』。1998年でございます。もうこの音の変わりようですよね。さっきまでのね、スモーキーでドローン、どよーんとしたあの音像に対して、なに? このバキバキ感。

(高橋芳朗)シャリシャリシャリシャリして。

(宇多丸)シャリシャリシャリシャリ、チキチキチキチキしちゃって。でもね、さっきたとえばいち早くUSのトレンドなんかに敏感なZEEBRAとかはさ、これをすぐに取り入れて『Mr.DYNAMITE.』のあの路線に行ったりとかね。

(渡辺志保)そうですね。実際にスウィズ・ビーツともプロデュースでやってらっしゃったりとかも。(『Let’s Get It Started feat.Swizz Beatz』)。

(宇多丸)そんな感じで、これはラフ・ライダーズのスウィズ・ビーツの感じ。

(高橋芳朗)じゃあ、もう1人のキーパーソンとしてティンバランド。この方はバージニア出身で、90年代の頭ぐらいにJodeciの周りから出てきたんですね。ミッシー・エリオットとかと一緒に。

(宇多丸)じゃあ、やっぱりR&B側からのインフリューエンスっていうか。

(高橋芳朗)それでさっきも名前を出しましたけども、アリーヤとかジェニュワインとかアッシャーとかのプロデュースを手がけて頭角を現してきた感じですかね。

(宇多丸)さあ、ティンバランド。すごく変態的なというか、すごく凝りに凝った音作りがね。ビートセンスとかね。

(渡辺志保)そうですね。パーカッションの使い方とかも全然、それこそサンプリングマインドとは真逆のビートの構築っていうかね。

(宇多丸)とんでもないですね。じゃあ、ぶっ飛んだ曲を聞いてもらいますかね。

(高橋芳朗)行きましょうか。

(宇多丸)じゃあ、これは志保さんに。

(渡辺志保)聞いていただきましょう。ティンバランドの相棒とも言われましたけども、女性プロデューサーでもありラッパーでもあるミッシー・エリオットの『Get Ur Freak On』。聞いてください。

Missy Elliott『Get Ur Freak On』

(宇多丸)はい。ミッシー・エリオットで『Get Ur Freak On』。

(高橋芳朗)色褪せないね。かっこいい!

(宇多丸)むしろ、いまっぽさすら全然あるぐらいだね。そして、実はようやく女性ラッパーがかけられたという。

(渡辺志保)そうですね。2000年に入ってからっていうことで。

(宇多丸)全然、いたんですよ。クイーン・ラティファも活躍していたし、MCライトとかね。

(高橋芳朗)ソルト・ン・ペパ。

(渡辺志保)レディー・オブ・レイジとかね。

(宇多丸)ロクサーヌ・シャンテとかね!

(高橋芳朗)フハハハハッ!

(宇多丸)いろいろいたんだけど、まあようやくかけられた。しかしまあ、変わった。2001年。

(渡辺志保)まあ変わった。ダイナミックになりましたよね。なんかね(笑)。

(宇多丸)音数が全体に整理されて。ミックスがちゃんとダイナミクスというか、大きい音でかけたりするのをちゃんと考えているような感じになって。要は、メジャー感あふれる作りになってきた。アメリカが景気がよくなってきたっていうのもあるんですかね?

(渡辺志保)あるんじゃないですか。で、私、前に何かで見たデータで、1998年ぐらいがアメリカでヒップホップのCDがすごく売れた年らしいんですよね。まあ、いまは色々とストリーミングとかあるんで違うと思うんですけども。それでたしかね、ギャング・スターの『Moment of Truth』とかがリリースされた年であり、ローリンがデビューした年なんですけど。たぶん、産業としてもやっぱりヒップホップがどんどんどんどんメジャーになっていって、どんどんこういう音の広がりとかラッパー、アーティストの広がりというのが出てきたことがすごく顕著なのかなっていう風に思いますね。

(宇多丸)もうメインストリームに完全になっていく時代ですもんね。

(高橋芳朗)制圧した感じです。

(宇多丸)さあ、ということでティンバランド。

(高橋芳朗)第三のキーパーソン。プロデューサーチームですけども、ネプチューンズですね。ファレル・ウィリアムスとチャド・ヒューゴのコンビのネプチューンズ。

(宇多丸)これはだって、いまだにもうバリバリ現役っていうか、トップ。

(高橋芳朗)重要アーティストです。これはティンバランドと同じバージニア出身で、ティンバランドとハイスクール時代にバンド組んでたりしていたんだよね。

(渡辺志保)そうみたいですね。

(宇多丸)すごいね!

(渡辺志保)かつ、共通のお師匠さんがテディ・ライリーということでね。

(宇多丸)テディ・ライリーの説明も一応しておいた方がいいんじゃないですか? ニュー・ジャック・スウィングというスタイルで80年代後半から90年代初頭にR&Bシーンとか……まあ、ヒップホップ・R&Bの架け橋の最重要プロデューサーですよね。

(高橋芳朗)そのテディ・ライリーの弟子として下積みした後、1998年ぐらいにノリエガの『Super Thug』。

(宇多丸)さっきちょっとかかってたね。

(高橋芳朗)後ろでかかっていましたけども。あれが結構当時クラブでめちゃめちゃ流行って。

(渡辺志保)イントロのヘリコプターの音がね。

(宇多丸)「ワッワッワッワッワッワワッ!」ですね。

(高橋芳朗)で、ネプチューンズは結構ブリトニー・スピアーズとかイン・シンクとかにもプロデュースをしていたりして。全然ポップフィールドにもガンガンにクロスオーバーしていったという。

(宇多丸)独特のコードセンスというのかな? まあ、すごく音楽的ですよね。心地いい感じがちゃんとあるから。というあたりで、いまだに全然。

(高橋芳朗)で、2002年にスター・トラックっていう自分のレーベルを作るんですけども、そのタイミングでクリプスという同じバージニア出身のラップデュオをデビューさせるわけなんですけど。その曲を行ってみましょうか。ネプチューンズのプロデュース作品でクリプス『Grindin’』です。

Clipse『Grindin’』

(宇多丸)はい。クリプスで『Grindin’』。

(高橋芳朗)2002年の作品ですね。

(渡辺志保)「I’m yo’ pusha♪」。

(高橋芳朗)かっこいいね!

(DJ YANATAKE)でも、このビートが出てきた時、結構びっくりしましたよね。この感じね。

(宇多丸)ネプチューンズ、でもこの頃は斬新なビートパターンだけど、後にファレルはもっと音楽的な方向にもどんどん進出したりして。ちゃんとプロデューサーというかアーティストとして成熟している感じが、ずっと付き合える感じで。

(渡辺志保)「ずっと付き合える感じ」。わかります。はい。

(宇多丸)いいなと思いますけどね。ということで、だいぶこれは流れが変わってきたという感じで。なにが変わったって、やっぱりヒップホップの聖地というか中心地は一応、言うてもニューヨークという。やっぱり生まれた場所ですし……っていうのはあるんだけど、なんかもう、完全に中心地が移っちゃったというか。これはもう2000年代ぐらいにははっきりしてきたという感じですよね。

(高橋芳朗)まあ、サウスの時代へと突入していくわけですね。

(渡辺志保)デフ・ジャム・サウスなんかもこの頃にできましたからね。

(高橋芳朗)そうね! デフ・ジャムの南部部門もできちゃった。だから結構ヒップホップ勢力図がかなり大きく。

(宇多丸)これはね、「ヒップホップ遷都」とか言うと問題になりますけども。

(高橋芳朗)アハハハハッ!

(宇多丸)遷都じゃないけど、まあだいぶね、ちょっとそういう感じになってきた。

(高橋芳朗)その中で台頭してきたのが、90年代後半あたりからですかね? ニューオリンズのマスター・P率いるノー・リミット。そして、同じニューオリンズのキャッシュ・マネー軍団。ジュヴナイル、B.G.、リル・ウェイン、マニー・フレッシュ、ビッグ・タイマーズとかね。まあタレントぞろいでしたけども。

(渡辺志保)いいですね。バウンシーな感じがやっぱり彼らのビートは全然違うという。

(高橋芳朗)ジャケットのギラギラ感!

(渡辺志保)ペン&ピクセルの。

(宇多丸)そうね。無駄にいろんなところがピカピカ光っていて。

(渡辺志保)そうそう。無駄に戦車がバーッ!っていたり。無駄にタワーが建っていたりするようなジャケットですけども。

(高橋芳朗)フハハハハッ!

(宇多丸)でも、実際にそういうね、昔の80年代の頃のラッパーのさ、リッチ自慢はあくまでもボーストっていうかさ。ホラだったのがもうこの頃になると本当に、大豪邸を本当に建てちゃうっていう。

(渡辺志保)そうそう。たぶん田舎、ローカルになればなるほど、ラップで一発当てて成功するっていう、その醍醐味っていうのが都会よりもローカルなところの方がよりダイナミックだったっていうか。

(宇多丸)田舎ならデカい家が建てられますからね!

(渡辺志保)そうそうそう!

(宇多丸)ニューヨークがそうはいきませんから。

(渡辺志保)そうそう。土地がたくさんあるので。わからないけど(笑)。

(宇多丸)じゃあ、そんなあたりで実際に聞いてみましょうか。

(高橋芳朗)じゃあ、志保ちゃん。

(渡辺志保)いいですか? これはいまだにやっぱり彼のこのフロウを真似する若手ラッパーが2017年、18年になっても後を絶たない、サウスの超名曲です。聞いてください。ジュヴナイル『Back That Thang Up feat. Mannie Fresh & Lil Wayne』。

Juvenile『Back That Thang Up feat. Mannie Fresh & Lil Wayne』

(高橋芳朗)はい。ジュヴナイル『Back That Thang Up feat. Mannie Fresh & Lil Wayne』。1998年。

(宇多丸)98年っていうけど、もういまの感じにつながる何かがやっぱり……。

(渡辺志保)そうですね。いま流行っているトラップビートみたいなものの原型になるサウスのビートかなと。

(宇多丸)トラップの話、数時間後にまたね、たっぷりお聞きいただくことになると思いますが。さらにじゃあ、行きましょう。

(高橋芳朗)アウトキャストですね。南部の主役といいますと。もう1993年にデビューして、すぐに成功をしていたんですけども。

(宇多丸)うん。

(高橋芳朗)まあ本格的にブレイクするのはこのへんのタイミングで。

(宇多丸)そう考えるとそうですよね。不思議なキャリアの上昇カーブだよね。

(高橋芳朗)で、ダンジョン・ファミリーを率いて、まあ変な人たちですよ。

(渡辺志保)変な人たちですね。

(高橋芳朗)まあ、すっごいPファンクとかの影響が強くて。もうグッディー・モブとかね。

(渡辺志保)結構彼らも生楽器を使った音なんかでね。あと、TLCの『Waterfalls』とかね、プロデュースを手掛けたりして。

(高橋芳朗)オーガナイズド・ノイズね。

(宇多丸)デカいな。ということで、アウトキャストから何を聞きましょうか。だっていろんな変な曲、いっぱいあるじゃん? もうラップじゃないじゃん! とかさ。

(高橋芳朗)アハハハハッ!

(宇多丸)全然あるわけじゃん?

(渡辺志保)めちゃめちゃタイトルが長かったりとかしますから。

(高橋芳朗)じゃあ、行ってみますか。これ、400万枚売れました4枚目のアルバム『Stankonia』から、これ全米ナンバーワンヒットです。聞いてください。アウトキャストで『Ms. Jackson』。

OutKast『Ms. Jackson』

(宇多丸)はい。アウトキャストで『Ms. Jackson』をお聞きいただきました。ねえ。最初の方の「ビートとラップしかありません」みたいなのに比べたら、なんて音楽的になったんだ!っていう気がしますね。

(高橋芳朗)そうですね。

(渡辺志保)「サビがありません」っていうところからね。

(DJ YANATAKE)ラップもすごい表情豊かなね。

(宇多丸)アウトキャストはいちばん引き出しがありますよ。それは。さすがですよ。さあ、そんな感じでアウトキャスト。アトランタが盛り上がってきました。

スポンサーリンク



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする