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赤江珠緒 自由で活発な子供時代を語る

赤江珠緒 自由で活発な子供時代を語るたまむすび
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赤江珠緒さんがTBSラジオ『たまむすび』のコーナー、『その筋の話』の中で自身のこれまでを振り返り。自由で活発だった子供時代の話をしていました。

(小林悠)では、赤江さんのあらすじとその筋をご紹介しましょう。1975年、兵庫県のお生まれで現在40才です。97年、朝日放送に入社。次の年には女性アナウンサーとして初めて、全国高校野球選手権大会のラジオ実況中継を担当。2003年にはテレビ朝日『スーパーモーニング』の司会に抜擢され、今年の9月25日にご卒業されるまでの12年以上、朝の顔を務められた赤江さん。その活躍はテレビだけにとどまらず、ラジオでは『たまむすび』のパーソナリティーとして日々笑いを届けてくれる、当番組のとにかく明るい部分をご担当されております。

(赤江珠緒)はい(笑)。

(小林悠)そして、金曜たまむすび調べでは、赤江珠緒さんのその筋は、その1。自由闊達な珠ちゃんの通信簿は『注意散漫』の文字がヘビーローテーションの筋。その2。アナウンサーを視野に入れていた修行時代。なんでもやりますサンテレビガールの筋。その3。放送局からの独立は植木屋さんになるための布石?の筋。その4。結婚はモーグルだ!勢いに任せればオールOKの筋。

(赤江珠緒)(笑)

(小林悠)その5。私はサザエになりたい。ラジオパーソナリティー赤江珠緒の筋。その6。この週末は2時間ぶっ通しで赤江祭りの筋と6本の筋があります。

(玉袋筋太郎)もう厳選ですよ、厳選。

(小林悠)もう泣く泣くね、諦めた筋もあるぐらいですから。

(玉袋筋太郎)どっから行きますかね?どの筋から?

(小林悠)やはり、1から順々にほぐして、最後、あそこをギュッと。

(赤江珠緒)あそこをギュッと?あらー!ドキドキしたー!

(玉袋筋太郎)怖い怖い。ギュッとされちゃうよね。

(小林悠)(笑)。『注意散漫』の文字がヘビーローテーションだったということで。

(赤江珠緒)ああ、そうですね。まあ本当に、なんて言うんですか?関西で言うところの『いらんことしい』って言われている子供でした。『やるなよ』って言われる前にまずやっているみたいな。『それをさわっちゃ・・・あーっ!触ってる!』みたいな子供だったらしくて。

(玉袋筋太郎)(笑)

(赤江珠緒)で、そうですね。私、姉と弟がいまして。いま、朝の連ドラで『あさが来た』っていま、ありますけども。あの、ちょうど兄弟構成が一緒で。で、私真ん中で。上の姉がちょっとしっかり者で。弟は割と気が利く、女の子だったらよかったのにねって言われるようなちょっと優しめの男の子で。で、私がいちばんいらんことをして。怒られてばっかりいる。もう本当に怒られました。親に。

親に怒られてばかりの子供

(玉袋筋太郎)これ!その芸風がいまも変わってないってことだね。うん。

(赤江珠緒)(笑)

(玉袋筋太郎)芸風、小学生から芸風じゃないんだけどさ。ちっちゃい頃から。

(赤江珠緒)もう本当。だから親に、『私のこと、嫌いなん?』って言うぐらい。『私だけ、嫌いなん?お母さん』っていうぐらい、怒られてばっかりいて。まあ、でもよく考えたら本当にあの、悪いことばっかりしてましね。

(小林悠)なにをしてました?

(赤江珠緒)たとえばね、小学校ぐらいの時は、飼育小屋のウサギをね、出して廊下でレースしてみたいと思ってレースしたり・・・

(玉袋筋太郎)やるねえ!

(小林悠)でもそれ、玉さんと同じようなことしてますね(笑)。

(玉袋筋太郎)やってることはね。うん。

(赤江珠緒)そうそう。とか、あと、『屋上の上から靴飛ばしをしたら、どんだけ飛んで楽しいんだろう?』と思って。バーン!って靴飛ばし。そりゃ、怒られますわな。

(小林悠)どこ落ちたんだろう?大丈夫だったかしら?

(赤江珠緒)そういうこととか。あの、理科実験室でお化け屋敷ごっこをしちゃってちょっとボヤ騒ぎになるとか(笑)。

(玉袋筋太郎)赤江の血かな?俺もやっぱ小学校の屋上から給食に出たゆで玉子を全部集めて隣の家に投げ込んだりとか・・・

(小林悠)ちょっと!(笑)。

(赤江珠緒)いや、玉さんと小学校時代一緒だったら、ぜったいに同じような遊びをして。『うわーっ、にげろー!』みたいなことをやっている・・・

(玉袋筋太郎)だって小学校退学になりそうになってっからね。俺ね(笑)。小学校は退学にならないよ、普通。

(赤江珠緒)トットちゃんぐらいでね。

(玉袋筋太郎)トットちゃん!トットちゃんよ。いや、でも赤江さんね、何事も注意散漫で、右脳と左脳のバランスがおかしいと言われたことがあると。

(赤江珠緒)そうですね。

(玉袋筋太郎)右脳と左脳が(笑)。

(小林悠)どなたに?

(赤江珠緒)これも・・・母親ですかね。だからなんか、『それを片付けなさい』とか言われて『うん。はいはい』って言いながらもう、それを持って、今度それに興味が出だして違うことをやってしまうとか。もうカバンを置いて、そのままどこか、学校に行くとか。

(小林悠)(笑)

(玉袋筋太郎)長嶋茂雄だよ、もう。チョーさんレベルだね、それ。

(赤江珠緒)だったんで、もう本当、大丈夫か?っていう感じですね。で、妙にエネルギーが有り余っているんで、もう悪いことばっかりするんで、父親にある時ね、『もう珠緒、お前そんなにエネルギーが余っているんだったら、とにかく公園で走れ!お父さんが見ておくから、走れ!』って言われて。で、もうこっちも意地になっているんで、5年生ぐらいだったかな?ずーっと夕方ね、ずーっと走るわけですよ。

(小林悠)うん。

(赤江珠緒)で、もう50周ぐらい走るわけですよ。で、その頃本当に体力があるから。で、親も『止めろ』とも言えないし。なんか妙な親子がずーっと公園を(笑)。

(小林悠)トレーニングかな?と思いますよね。

(玉袋筋太郎)親子鷹っつーのはあるけど、親子馬鹿っていう・・・

(小林悠)(笑)

(赤江珠緒)そういうね、もうなんかエネルギーが有り余っちゃっているような子供でした。

(小林悠)すごい!それでなにかスポーツを実際にやって、そっちの方でがんばってみようみたいにはならなかったですか?

(赤江珠緒)やってましたよ。やっぱり柔道をやらされたりして。

(玉袋筋太郎)柔道!?(笑)。

(赤江珠緒)はい。弟がナヨナヨしてね、弱かったんで。女の子ばっかり姉弟育てるんで父親が『柔道をやらせる』って言って。その時に『ついでにお前もやれ』って言われたら、『弟より素質がある』って言われて(笑)。

(小林・玉袋)(笑)

(赤江珠緒)『足腰丈夫だから、このままいけばいいです』みたいに先生に言われて。

(玉袋筋太郎)下手したらヤワラちゃんクラスになっていた可能性も。

(赤江珠緒)『辞めないでください』って言われて。でもね、だんだんすり足になってきちゃって。柔道をやっていると。それでなんか父親が習わせたはいいんだけど、『ちょっと女の子ですごいガニ股だし、すり足だし。もう、辞めさせます』とか言った時に『弟くんは辞めていいけど、ちょっと珠緒ちゃんは続けてほしい』みたいに言われるぐらい、そのへんはありましたね。

(玉袋筋太郎)続けてたら大変だよ。

(小林悠)ですよね。

度重なる転勤で人間不信になる

(赤江珠緒)でもね、それはもう小学校時代とか、怖いもの知らずでしたけどね。中学ぐらいになった時は、転勤族でもあったんで。転校生を繰り返したりして。すごく人間不信になっていた時代とかもありましたよ。

(玉袋筋太郎)まあ、プレッシャーかかるよね。転校って。

(小林悠)1からね、人間関係やり直しですから。

(赤江珠緒)だから、昔からね、ポエムみたいな。詩を書くのが好きな子供でね。

(小林悠)小学生時代からですか?

(赤江珠緒)なんかね、いまだに持っているんですけど。

(小林悠)ポエム集が?

(玉袋筋太郎)出しましょう!

(赤江珠緒)いや、ぜったいに出さない!もう十何冊、なんかこうね、その子供の頃に書いているやつを昨日見たらね、『私は人間不信だ』みたいな書いている時、ありましたよ(笑)。

(玉袋筋太郎)それを、だから精神科医の人に見せて分析してもらおう。当時の赤江さんを。うん。

(赤江珠緒)だから人間関係に悩んでいたのは人生において、あの12、3才ぐらいの時。中学生ぐらいで引っ越した時のあそこがいちばん悩んだと思いますね。

(玉袋筋太郎)ああ、転校。

(小林悠)だって思春期っていうだけで難しいのに。

(玉袋筋太郎)そうだよ。好きだった男の子もいただろうし。その子とも別れなきゃ行けないし。

(赤江珠緒)そうそう。で、なんか自分である程度築き上げていたものとかが、また1からになったりとかするので。なりましたね。

(小林悠)それがただ、アナウンサーになって、たとえば初対面の人と距離を詰める、関係性を作るのにすごく役立ったりとかしたんじゃないですか?

(赤江珠緒)そうですね。だから本当にもう、自分だけで小学校時代生きていたみたいな。周りが見えてなかったのが、急に人に見られる、第三者の目っていうか。自分ってどう見られているんだ?みたいなのが、自分は変わってないんだけど周りの環境が変わると自分の評価って変わったりするじゃないですか。

(小林悠)ええ。

(赤江珠緒)場所によって。だからどう見られているか?っていうのは逆にすごく気になりだして。そこでいろいろ思い悩んで悩んで、それこそ玉さんが言っていた啓発本?

(玉袋筋太郎)ああ、自己啓発本。

(赤江珠緒)とかを読み漁っているような中学時代とかありましたもんね。

(小林悠)悩んでいたんですね。

(赤江珠緒)でも1周まわって、もういいや!みたいになって(笑)。

(玉袋筋太郎)ずーっともう、赤江さんなんか沈まぬ太陽みたいに。ずーっと照り続ける太陽のように思っていたけど。そういう不信な時期もあったんだね。うん。

(赤江珠緒)あったあった。悶々としてた時代とか、ありましたよ(笑)。

(小林悠)悶々とって、違うこと想像しちゃいますけど(笑)。

(玉袋筋太郎)まあでも、中学時代に陸上部。高校時代ハンドボール部と。

(小林悠)活発ですね。

(赤江珠緒)運動はやってましたね。たしかに。

(玉袋筋太郎)運動やっとかないと、その有り余るエネルギーが変な方向に行っちゃうから、やっぱりやっているわけだ。こりゃもう柔道の精神で言うところの精力善用ってやつですよ。

(赤江珠緒)そう!もう親がそういう感じだったんですよ。運動させておかないとって。止めたらなにをしでかすかわからないって(笑)。

(玉袋筋太郎)精力を悪用するようになっちゃうからね。年頃になるとね。そういう馬鹿野郎もいたからね。周りにね。俺なんか。うん。

<書き起こしおわり>


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