(渡辺志保)で、一連のディス曲とアンサー曲がバーッと出てるわけですけど。私は個人的にこの『Meet the Grahams』に一番やられたっていうか、背筋が凍る感じだったんですよね。どんな曲になってるかというと、まず『Meet the Grahams』っていうタイトル。「グラハム」っていうのはドレイクの名字なんですよね。お父さんも有名なミュージシャンで。お父さんはメンフィス出身のブラックのアメリカ人。そしてお母さんはカナダのトロント生まれのユダヤ系の白人女性なんですよね。で、『Meet the Grahams』って、『ミート・ザ・ペアレンツ』っていう映画なんかもありますけれども。「グラハム家に挨拶しに行く」とか「これがグラハム一家ですよ」みたいなノリのタイトルになっております。で、この曲はバース四つで構成されてまして。最初のバースはドレイクの息子のアドニスくんに捧げるバース。そして二つ目のバースはドレイクの母親のサンドラさんに捧げるバース。そして、これがすごいんだけど三つ目のバースはドレイクにどうやら女の子の隠し子がいる。しかもそろそろ12歳になる娘さんということで。そのドレイクの隠し子である娘さんに捧げたバース。そして最後の四つ目のバースはドレイク本人へ捧げるバースっていうことで。それぞれ問いかける対象が変わってるんですよね。1、2、3、4と。
で、最初はアドニスくんへのラップで始まるわけなんですけど。「いやー、あんな男が父親で本当に君はかわいそうだよ」っていうようなことをラップしていて。「君のパパがなんにも教えてくれないから、俺がいろんなことを教えてあげるね」っていうようなことをつらつらとラップをしているという。で、すごく皮肉なのが「you a Black man」という風にアドニスくんに呼びかけてる。「君は黒人の男性なんだろう」って。で、アドニスくんって、さっきも言ったけど、めっちゃいろんな写真とか動画が出ているから。それを見て、その方がどう感じるかわかんないけど。やっぱり、肌の色はめちゃめちゃ明るいわけですよね。なのでたぶん彼、アドニスくんのことを見て「この子はブラックの子供だね」って思う方は少ないんではないだろうかと思うんですね。それで「ドレイクは『Nワードを使うのはやめろ』って言われてもやめないから。君は黒人の子供なんだね」っていうような感じのことをちょっと皮肉を込めて、アドニスくんに対して「you a Black man」っていう風に呼びかけている。
で、最初のバースの最後はですね、「Can’t understand me right now? Just play this when you eighteen」っていう風に締めていて。「僕の言ってることがわかんなかったら、18歳になったらまたこの曲を聞いてね」っていう優しい……優しいけど、背筋が凍るような呼びかけで終わっている。そしてそのバース2はサンドラさん、お母様に捧げていて。「あなたは大変な最低の人間を育てましたね」っていうような感じのことをラップしていて。「あなたの息子のドレイクさんは黒人の女性のことを嫌っているし、必要以上に性的な存在として黒人女性のことを扱っている(He hates Black women, hypersexualizes ‘em with kinks of a nympho fetish)」というようなことをラップしているわけなんですよ。なので、この曲のまたひとつの主題というのが、ドレイクがいかに女性に対して、特に黒人女性に対してひどい扱いをしてきたかっていうようなことであるとか。『euphoria』の時もそうなんですけれども。なんていうか、「未成年の女の子に手出してきたプレデター」みたいな感じでケンドリックはドレイクのことをずっと表現しているんですよね。
ドレイクの11歳になる女の子の隠し子疑惑
(渡辺志保)で、さっきもちょっと言ったバース3なんですけれども。ここで11歳の誕生日を迎えたドレイクの隠し子の女の子に対してラップしている。で、この曲が出た後、さすがにドレイクがストーリーズで「いやいや、俺にはもう隠し子なんていない。もしいて、それを見つけた人がいたら、俺はもうラップをやめます」みたいなことを宣言というか、公にはしているんですけれども。かつて、プシャ・Tが2018年に『The Story of Adidon』という曲を出して。その曲でめちゃめちゃドレイクのことをディスったんですよ。その曲の中で「ドレイクに隠し子がいる」っていうことをプシャ・Tが暴露したんですよね。
その後、ドレイクはしょうがないからそれを認めて、それでアドニスくんと一緒に写真を撮ったりとかするようになったんですけれども。この「ディス曲で自分の子供の存在を暴露される」っていうこと……なので今回、ケンドリックがやったことは2018年にプシャ・Tがやったことと同じ文脈というか、脚本ということになります。もし、この女の子の隠し子がさらにいるっていうことが嘘だとしても、私はこの三つ目のバースはひとつのストーリーテリングのようなラップになっているので。これはこれで非常に完成度が高いバースなのかなという風に感じました。
(渡辺志保)で、どんなことをラップしてるかっていうと「君も一緒にパパと『Frozen(アナと雪の女王)』を見たかったよね。11歳の誕生日にはパパが一緒に来て、詩を読んでほしかったよね。でもその代わり、パパは君と一緒にいない間、南国でセックスやドラッグを楽しんでいたんだよ。最低だよね。そんなパパ、いらないよね」みたいなことをラップしている。で、この曲の一番最後、バースの中でドレイクに対してケンドリックがラップしているわけですけれども。
ここで「子供を巻き込むつもりはなかったけれども、お前が俺の家族の名前を出したから、俺は豹変したんだぞ」というようなことをラップしております。っていうのも、さっきも述べたけれどもドレイクが出した曲の中で、ケンドリックのパートナーのホイットニーさんの名前を出したわけですから。「お前が引き金を引いたんだぞ?」というようなねことをラップしております。で、一連のディス曲、ないしはアンサー曲においてケンドリック・ラマーが本当に最後のラインっていうのをめちゃめちゃ大事にしてるんだなっていう風に思うんですけれども。
この『Meet the Grahams』という曲においてはですね、「You lied about the only artist that can offer you some help F*ck a rap battle, this a long life battle with yourself」っていうことを言っていて。「お前を助けてやろうと思ったのに嘘をつかれた」っていう風にケンドリックは言っていて。「ラップバトルなんてクソだ。これは一生続くお前とのバトルだ」っていうことをケンドリックは最後にラップしておりまして。本当にドレイクのことをどこまでも追いかけて、嫌いだと。お前に対して憎しみを抱いているぞっていう。
(DJ YANATAKE)すごい嫌いだよね。本当に。
(渡辺志保)すごい嫌いだよねっていう風に思いましたね。
Kendrick Lamar『Meet the Grahams』
渡辺」で、この『Meet the Grahams』をリリースした次の日。日本時間でいうと5月5日、こどもの日の10時前ぐらいでしたかね? さらにケンドリック・ラマーは『Not Like Us』というね曲を出しまして。さらにそこでもドレイクのことを攻撃しています。で、さっきお話した『Meet the Grahams』のビートはThe Alchemistがプロデュースをしているんですけれども。かつ、これまでの『euphoria』とか『6:16 in LA』とかもそうなんだけど。結構、いわゆるサンプリングビートで。別になんかめちゃめちゃ攻撃的な猛々しいビートってわけではなかったんだが。『euphoria』は途中でビートチェンジしますけれども。
でもこの『Not Like Us』では今度、マスタードさんを引っ張っていらっしゃったんですよね。たぶんその「お前らがダンスしたい曲がほしいんだったら、俺がここでダンスチューンを作ってやるよ」みたいな感じで作った曲なのかなという風に思ったんですけども。『Not Like Us』も非常にすごい出来になっていて。最初にマスタードのビートって必ず「Mustard on the beat, ho!」ってYGがかつて、吹き込んだマスタードの曲のシグニチャーのタグが流れるわけなんですけれども。最初にイントロでそのタグが流れた後に、わざわざケンドリック・ラマーは「Mustard on the beat, ho!」って繰り返してるんですよね。「この曲はマスタードのビートだぜ」っていうことを強調しているんですよね。
で、マスタードも西海岸を代表するプロデューサーだし。なんせ、この「Mustard on the beat, ho!」のシグニチャーのタグは元々、YGが吹き込んだもの。YGの声なわけですよね。で、この前の『Family Matters』ではドレイクはYGを自分の味方につけたようにラップをしていたんだけれども。「いやいや、何を言ってるの? YGもマスタードも俺側だから」みたいな感じでここでケンドリック・ラマーが『Not Like Us』の曲をスタートするっていう構成になっております。で、この『Not Like Us』の曲のアートワークも実際のドレイクのトロントにある豪邸の写真が使われているんですけども。そこに赤い人物の影が書いてあるピンがパパパッて刺さってる。これって、その性加害者、性犯罪の加害者を意味するピンだそうなんですね。なんでドレイクの家には、なんていうかレイプ犯がたくさんいるみたいなことを示したアートワークになっております。ここでもひたすらね、「お前のことが嫌いなんだ」っていうようなことをラップしているんですけども。私が非常に大事だなって思ったのは、この曲もすごい長くて。バース4まであるんだけど。
この曲の四つ目のバースではアトランタのことをラップしてるんですよね。で、『Family Matters』でドレイクが「奴隷でも解放したいのかよ? アクティビストさんよ」みたいな感じで茶化したところをさらに、ここでケンドリック・ラマーがきちんと答えていて。「昔々、俺たちはチェーン(鎖)に繋がれていたんだ。しかも俺らはいまだに奴隷と呼ばれることもあって、苦しんでいるんだ」って。で、「Atlanta was the Mecca, buildin’ railroads and trains」って言っていて。アトランタって元々、公民権運動の時もそうですけれども。南北戦争前の、本当に奴隷制がまだ敷かれていた時代もそうなんですけど。アトランタってやっぱりそこにおいてもメッカ。その中心地となる場所だったんですね。で、アトランタから「地下鉄道(Underground Railroad)」。奴隷が逃げるのを手助けするための組織が作られていたりとか。さらにもっと言うと、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアがそこで生まれたりとかっていうようなこともあって、そういうことをラップしている。アトランタの歴史、ブラックアメリカンの歴史をここで彼がラップしてくれている。
そこで「The settlers was usin’ town folk to make ‘em richer」っていうことで。「そこに外からやってきた人がその街の人間たちを使って、さらに自分たちがリッチになるために利用した」っていうようなことを言っているんですけども。これは、そのアトランタの奴隷制の歴史にプラスして、ドレイクたちのことを言っていて。「よそ者が来て、街に元々いた人間を利用して金儲けに使ったんだろう」というようなことをここで揶揄しているわけですよね。そこでそういう歴史があるんだけれども。「Fast-forward, 2024, you got the same agenda(時代を2024年まで早送りししてみよう。お前も同じことをしているじゃねえか)」っていうことをここでケンドリックさんが言っているんですね。で、「ちょっと金がほしくなったら、お前はアトランタに走って向かうんだろう? ちょっとお前、わかんないんだったら俺がここでブレークダウンしてやるよ」って言っていて。
「this the real n*gga challenge」っていう風に言ってて。ここも、これまでドレイクの曲ってたくさんミームになったりとか、「◯◯チャレンジ」っていうムーブメントを生んできたと思うんだけども。それを逆手にとって「じゃあ、これはリアルNワードチャレンジだ。お前にはできないだろう?」というような感じでラップしているんですね。で、ここからがすごいんだけど。フューチャー、リル・ベイビー、21サヴェージ、クエヴォ、2チェインズたちの名前を出しながら「ドレイクが間違ってるぞ」っていうようなことをずっとラップしているんですね。
Kendrick Lamar『Not Like Us』
(渡辺志保)で、これまで私はそのケンドリック・ラマーって本当に個人的にドレイクのことが嫌いなんだな。だからこんなに執拗に攻撃するんだなって思っていたんだけど。この『Not Like Us』を聞いて、やっぱりその、みんなでドレイクのことを排除したいというか。ドレイクってやっぱりここ数年のアメリカのヒップホップシーンにおいては、常にやっぱりよそ者……カナダ出身の、半分白人の、元子役の。それでリル・ウェインに拾われたラッパーみたいな。
で、たとえばJ・コールもバイレイシャルだし。今回の論争には出てこないけどロジックもバイレイシャルで。そのことを自分で苦しんでるっていう風にラップしてきたわけなんですけれども。たとえばJ・コールに関しては、ケンドリックはそういうことは言わないわけですよね。「バイレイシャルなんだろう」っていうことは。というのは、やっぱりドレイクはその自分がバイレイシャルであって、かつカナダ出身であるっていうようなことも利用して。彼はずっと「culture vulture」って言われてきたぐらい、旬のトレンドをどんどんパクパクッて食べて、自分のものにしちゃうみたいな。それで、たとえばD.R.A.M.とか。あとはILOVEMAKONNENっていうようなアーティストがかつて、いましたけれども。そういう、サウス出身。アトランタ出身のアーティストたちもドレイクに利用されて、搾取されて。その後のキャリアがもう終わってしまったみたいなアーティストがちょいちょいいるわけですよね。
で、この一連の問題で私がタイムラインで見かけて「ああ、たしかに」と思ったんだけど。ヒューストン出身のKirko Bangzっていうラッパーがいて。彼もすごく『Drank In My Cup』っていう曲が流行ったんだけど。そのフロウをドレイクがパクッて、それが自分の生み出したフロウみたいな感じでその後、曲を出していて。なので、そのヒューストンの地元のアーティストも怒ってるし。「もう1回、Kirko Bangzをちゃんと正当に評価しなきゃいけないじゃないか」みたいなポストがいくつかありまして。
「culture vulture」と言われてきたドレイク
(渡辺志保)でね、Xで見たポストだけど。「アトランタの皆さん、ヒューストンの皆さんも同じこと思ってますよ」みたいな。ドレイクって結構最初、ヒューストンに……このへんも話す長くなるんだけど、ヒューストンの大物、超OGのJ Princeっていう人がいますけども。J Princeが結構、ドレイクののことをかばっているというか、面倒を見ていたんですよね。で、最初っていうか、今もそうだけど。結構ドレイクはですね、ヒューストンの文化に関しても自分の作品に取り入れたりしてるわけなんですけれども。アトランタの文化を使って銭を稼ぐ。ヒューストンの文化を使って銭を稼ぐ。で、たとえばドレイクってロンドンに行ってスケプタとかね、ギグスとかとも一緒に曲をやっていましたけれども。別にそれもなんか、彼らと永続的にずっと手を取り合って一緒にやってるわけじゃなくて。たぶんその時、一瞬だけ彼らのエッセンスっていうか、カルチャーがほしくて、ちょっとつまみ食いしましたみたいな感じなんじゃないか、というようなことも言われておりまして。
なので、なんかそういう、だからこそドレイクってあそこまでのメガスターになったわけですけれども。やっぱりそういう姿勢を気に食わないな思っているラッパーが……ここで「リアルな」って言っていいか、わかんないけど。かつ、そのアメリカの黒人として育ってきたラッパーの人たちっていうのはやはり、そこに対して面白くないのかなって。
(DJ YANATAKE)そう思うんだね。それは難しい問題だな。もうなんかさ、日本語ラップとかもね、そういう話になっちゃうもんね。