町山智浩『非常に残念なオトコ』を語る

町山智浩『非常に残念なオトコ』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年2月6日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『非常に残念なオトコ』を紹介していました。

(石山蓮華)そして町山さん。今日は何の映画をご紹介いただけるんでしょうか?

(町山智浩)今日はね、すごい地味な映画なんですけど。『非常に残念なオトコ』っていうタイトルの映画なんですね。これね、アメリカ映画なんですけれども。監督がランドール・パークという人で。この人はね、韓国系のアメリカ人なんですけども。DCコミックスの映画化『アクアマン』にも、マーベルコミックスの映画化にも両方、出てるという。マーベルとDCにまたがるスーパースターになってしまったただお笑いの人なんですが。コメディアンなんですけども。この人が監督した映画でね。なぜ、これを紹介するかっていうとこれ、明日7日からAmazonプライムとかApple TVでデジタル配信されるんですよ。日本では。『非常に残念なオトコ』という映画がね。

で、これは日系人の、たぶん日系三世の男の子、ベンくんが映画監督になりたいなと思いながらズルズルとですね、地元のアート系の名画座の支配人としてダラダラ暮らしてるうちに、一緒に住んでいた日系人の女の子のミコちゃんっていう子が、なんかニューヨークに行って成功しそうになる。で、彼は非常に嫉妬してですね、ジタバタするというロマンチックコメディのような、そうでないような映画なんですが。これをなぜ、紹介するかというとこれ、うちの近所で撮影してるからです。

(でか美ちゃん)えっ、そうなんですね?

(石山蓮華)町山さんがお住まいのカリフォルニア州バークレーですか?

前半はカリフォルニア州バークレーが舞台

(町山智浩)そうです。バークレーで前半だけ撮影して、後半はその彼女をかけてベンくんがニューヨークに行くんですけれども。これね、原作者がね、エイドリアン・トミネという日系人の人なんですよ。漫画家で。その人がバークレーに住んでた頃のことをもとにして書いてあるんで。撮影してるカフェとかですね、いろんなところが出てくるんですけど。レストランとか。全部、僕が行っているところですよ。

(でか美ちゃん)聖地巡礼できちゃう!

(町山智浩)聖地でもないですけども。ただの喫茶店ですけども(笑)。

(石山蓮華)じゃあ、町山さんは普段、こんなところで原稿を書いてるのかなとかっていうのも……へー! ちょっと楽しみですね。

(町山智浩)そんなに楽しくはないですよ(笑)。

(でか美ちゃん)なんとなく想像ができるというかね。

(町山智浩)そうですね。町山が住んでいるバークレーってどんな街なの?っていう風に思う人はこれを見ると、ここですよというところで。一番びっくりしたのはね、その映画のメインタイトルの……これ、原題が『Shortcomings』っていうんですけども。『Shortcomings』っていうのは「欠点」っていう意味なんですけどね。その『Shortcomings』ってメインタイトルが出る画面があるじゃないですか。その画面はうちから歩いて30秒のところで撮影されていました。びっくりした!

(石山蓮華)ええっ? でも町山さん、そんな詳細にお家の場所がばれちゃって、大丈夫なんですか?

(町山智浩)いや、でも「30秒」って言ってもわかんないからね。びっくりしましたよ。「ええっ? ここなの?」って思って。

(石山蓮華)じゃあ、歩くたびに思い出しますね。

(町山智浩)そうなんですよ。まあ、そういう……どんなところで暮らしてるんだっていうのがわかる映画なんですけど。ただこれね、今アメリカですごくたくさん作られてる東アジア系……つまり中国人、日本人、韓国人ですね。の、アメリカでの生活についての映画が今、たくさん作られていて。一種、ブームになってるんですけど。一番最初のきっかけはね、『クレイジー・リッチ!』っていう、全部アメリカのアジア系の人だけでスタッフもキャストも固めて作ったミュージカルコメディが当たったんで。そこからアジア人映画ブームはずっと続いてるんですよ。アメリカはずっと。で、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』もそうでしたね。あれは香港系アメリカ人たちの生活でしたけども。あと、アニメだと『私ときどきレッサーパンダ』とかね。あれはトロントに住んでる中国系の人の話で。あとピクサーのアニメで『マイ・エレメント』。

(石山蓮華)昨年8月に紹介いただきましたね。

(町山智浩)あれはニューヨークのブルックリンでコンビニエンスストアを経営している韓国人の話を……あれ、韓国人が全部、炎として表現されるアニメでね。でも、やってることはただの韓国人の仕草とか、生活習慣通りなんですけども。で、オークワフィナっていう名前のコメディアンの人がいるんですよ。見たことあるかな?

(石山蓮華)あります。音楽もやってなかったでしたっけ?

(町山智浩)ラッパーだった人です。

(石山蓮華)そうですよね。俳優として結構、活躍されている。

(町山智浩)すごいいっぱい出てる人ですね。あの人が実際にブルックリンのコンビニエンスストアを経営していた韓国移民の娘なんですよ。

(石山蓮華)ああ、そうなんですか!

(町山智浩)はい。韓国系の人はね、80年代にみんなね、お金をたくさん貯めて、アメリカで酒屋、コンビニエンスストアを買ったんですよ。買うことによって、移民ができたんです。投資家ビザみたいのをもらえたんで。それでみんな来て、子供たちを大学に一生懸命入れて。今、みんなおじいさん、おばあさんになってるんですけど。そういうリアルな話がその『マイ・エレメント』とかに出てくるんですけれどもね。あとはだから『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』に出てきたみたいにコインランドリーを買った人たちもいっぱいいるんですよ。韓国人や香港人がね。香港はほら、中国に吸収されるっていうことで、一斉にみんな、貯金をはたいてアメリカやカナダに引っ越したんでね。

で、そういう人たちの息子や娘たちが今、映画を撮る時代になったんですよ。だからそういう作品がいっぱい出てきたんですよね。で、そういう映画の特徴というのはね、「中国人、韓国人、日本人は結構大変だ」っていう話なんですよ。どうしてか?っていうと、アメリカ人はそういう人たちはみんな、勉強がめちゃくちゃできて、ピアノとかバイオリンとかうまくて、医学部に行くか、弁護士になるか、コンピューターの技術者になると思っているんですよ。

(石山蓮華)えっ?

(でか美ちゃん)なんか、そういうアジア人、東アジア系の人に対するイメージが完全にあるんですね?

(町山智浩)そうなんですよ。優等生だと思い込んでるんですよ。

生きづらいアメリカの東アジア系の人々

(でか美ちゃん)だから私もちょっと、やっぱりアメリカとかの方々に「陽気なんだろうな」と思って接しちゃう時があって。そんなわけないじゃないですか。全員が全員。みたいな感じで、必要以上に「真面目」と思われてるのか?

(町山智浩)そうそうそうそう。そうなんですよ。だから『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』に出てくる娘は学校を落ちこぼれちゃって、無職で……っていうね。要するに、アジア人のステレオタイプ、期待されるアジア人像から落ちこぼれちゃったから、居場所がないっていう話なんですよ。で、親もそれを求めてるからね。だからよく言われるのは「アジア人の親は面倒くさくて。成績が全部Aじゃないと怒るんだけど。血液型がBだとしても怒る」みたいなことを言われてるんですよ。

(でか美ちゃん)ちょっとブラックジョークな(笑)。

(町山智浩)ジョークなんですけども。そういう中で、実はそんなことないじゃないですか。だからみんな、苦労をしてるんですよ。でも、このさっき言った『非常に残念なオトコ』ってどういう風に残念か?っていうと、まず「自分はアジア人だからモテない」って思い込んでるんですよ。

(でか美ちゃん)そうか。属性でモテないって思っているのか。

(町山智浩)そう。コンプレックスがすごく強くて。で、またアジア人の映画ブームが起こってることにも、自分がそれに乗り遅れちゃったから、イライラしてるんですよ。

(でか美ちゃん)すごいなんかメタ的な……。

(町山智浩)そうですね。これ、作ってる人たちがそうだからまた、すごいメタ的ですけどね。でも、アジア人の男ってたしかにアメリカにいろんな人種がいる中で、一番モテない属性なんですよ。

(石山蓮華)そうなんですか。あら。

(町山智浩)だから黒人っていうとセクシーとか、ラテン系っていうとセクシーってあるじゃない? 一番セクシーじゃないの。アジア系って。イメージとして。

(でか美ちゃん)そうか。真面目っていうのが先行してると、色気みたいなところからは遠くなっちゃうのか。

(町山智浩)そうなんですよ。モテない感がすごく強くて。それは前から言われるっていうよりは「自分たちはモテないんじゃないか」って思ってる部分も多くて。このベンくんはそうなんですよね。で、逆にアジア系の女性は一番モテるんですよ。これはもう、そういうなんというか、悪い言い方だと「アジアンフェチ」っていうのがいるんですよ。アジアンラバーとか。アジア人大好き男がいっぱいいるんですよ。世界中にいるんじゃない?

(でか美ちゃん)ちょっと癖っぽい感じですよね?

(町山智浩)そうそうそう。まあ、そういうエロいジジイとか、いっぱいいるんで。だからその中で、彼はすごくコンプレックスを持っちゃっていて。ベンくんは。で、なんか自分の恋人にもすごくいやらしい、いやらしいことばっかり言うわけですよ。で、どんどん嫌われていくというね、本当に情けない話で。『非常に残念なオトコ』の話なんですよ。

(でか美ちゃん)まさにタイトル通りなんですね。

(石山蓮華)そうですね。

(町山智浩)そうなんですよ。でも、その根本にあるのは彼は日系人なんですけど。三世ぐらいだから全く日本語がわからないんですよ。

(石山蓮華)なるほど!

(町山智浩)日系人の人たちは第二次大戦時に収容所に入れられて差別されたんで、日本文化を捨てたんですよ。だから三世ともなると日本語をしゃべれない人がほとんどなんですよ。それはもう、完全に文化的な虐殺だったんですね。アメリカによる。ただ、この彼女の方のミコちゃんは日本語ができるんですけど。だから日本文化から完全に切り離されてる人が多いんですよ。日系人って。かわいそうなんですけど。それなのにね、変な家父長制だけは引きずってるんですよ。だから、すごくその「男だから」っていうプライドばっかり強くて。それがまた、嫌われる原因になっているというね。

(でか美ちゃん)不思議な感じ、しますけどね。なんでそこを引き継いでいるんだろう?っていう。環境も違うのにね。

(町山智浩)これは中国人、韓国人、日本人、全部それ。男は家父長制を引きずっている。英語しかしゃべれなくても。

(石山蓮華)複雑なコンプレックスですね。

男は家父長制を引きずっている

(でか美ちゃん)なんか自分で自分に男性としての呪いみたいなのをかけちゃいますよね。それでコンプレックスもあるんだったら。

(町山智浩)そうなんですよ。これ、そういう話なんですよ。で、自分とのコンプレックスを克服するために異常に白人の女性とセックスしたがってるんですよ。

(でか美ちゃん)うわー、それは嫌だなー。

(町山智浩)いろんな意味で残念でしょう?

(石山蓮華)残念っていうか、大迷惑ですね。全方向に。

(でか美ちゃん)だし、属性で差別されたのが嫌だったはずなのに、属性で人を選ぶっていうのがちょっとね、いただけないですよね。

(石山蓮華)でもなんか、ありそうな話ですね。

(町山智浩)ありそうな話なんですよ。本当に。だからそういう意味でね、アメリカにいるアジア人の気持ちが何となくわかるのと、俺の家の近所を映っているっていうことでご紹介しました(笑)。

(でか美ちゃん)そこがやっぱりポイントですね。

(町山智浩)『非常に残念なオトコ』でした。

<書き起こしおわり>

町山智浩『フジヤマコットントン』を語る
町山智浩さんが2024年2月6日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『フジヤマコットントン』を紹介していました。
でか美ちゃん『非常に残念なオトコ』を語る
でか美ちゃんさんが2024年2月13日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『非常に残念なオトコ』について町山智浩さんと話していました。
タイトルとURLをコピーしました