町山智浩さんが2023年10月31日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ぼくは君たちを憎まないことにした』について話していました。
(町山智浩)ということで今日はね、ちょっとまた重いっていうか、結構大変な映画なんですけども。『ぼくは君たちを憎まないことにした』というタイトルのフランス映画です。で、来週11月10日に公開なんですが、テロについての映画なんですよ。でね、今だからテレビで毎日、アメリカでやっているのがパレスチナでイスラエルに対してテロを起こしたのがハマスという過激派グループで。
それに対してイスラエルが報復としてですね、パレスチナ人の人たちが住んでいる壁の中にガザ地区っていうのがあって。壁に押し込められてるんですけど。パレスチナの人たちは、イスラエルの国の中でね。で、そこにもう毎日のようにミサイルを撃ち込んでるんですね。イスラエル軍が。で、子供がどんどん死んでいって……要するに、子供も奥さんもみんな、その壁の中にいるんで。ミサイルを撃ち込めば、必然的に子供が死んじゃうんですよね。
(石山蓮華)うーん……。
(町山智浩)で、もう3000人ぐらい子供が亡くなってるらしいんですよ。
(キニマンス塚本ニキ)もう、やだ……。
(町山智浩)で、最初はハマスが1000何百人かのイスラエル人をテロで殺したんですけど。もうそれを遥かに上回る報復を受けていて。で、壁の中だから、逃げ場がないんですよ。
(石山蓮華)それは本当にひどいですよね。
(キニマンス塚本ニキ)人道違反、もう戦争犯罪ですよ……。
(町山智浩)そうなんですよ。土曜日にね、サンフランシスコで反対のデモがあったんで、僕も行ったんですけども……やっぱり反対してる人たちはイスラエルに親戚も住んでるようなユダヤ系の人たちも反対してるんですよ。とにかくこれはナチスドイツ人によってユダヤ人の虐殺というものがあったんですけど、それと同じことをパレスチナ人に対してやっていいのか?っていうね。で、パレスチナの人たちはイスラエルの人を虐殺はしてない……まあ、ちょっとはテロでしましたけども。
(石山蓮華)その規模は違いますよね。
(町山智浩)規模が違うんですよね。あと、逃げ場はないんでね。ガザ地区というのは収容所と同じなんで。で、イスラエルは元々、パレスチナの人たちが住んでたところだしね。だから、本当にユダヤ系の人たちもものすごく怒っていて。でも、止まらない状態なんですよね。で、ちょうどね、この『ぼくは君たちを憎まないことにした』っていう映画は偶然、今公開されるんですけれども。2015年にフランスであった同時多発テロで奥さんを殺されてしまった男の話なんですね。
2015年・フランス同時多発テロ
(キニマンス塚本ニキ)実話なんですね?
(町山智浩)実話なんです。これがまた非常に見ていてつらいのは、主人公はなんか映画批評かなんかを家でやっている人なんですよ。
(石山蓮華)なんだか近いところがありますね。町山さんと。
(町山智浩)そう。家でパソコンでなんか打って原稿を書いてる人なんですけど。これ、実在の人でアントワーヌ・レリスという人で。1980年生まれなんですけども。で、奥さんはテレビとか映画とかCMとかのヘアメイクをやってる人なんですね。エレーヌさんっていう人で。旦那がずっと家で原稿を書いてる間、奥さんは勤めに出ていて。で、息子がいて。1歳ちょっとの息子さんがいて。その息子の面倒は旦那さんが見てるっていう。「うちと同じじゃないか!」と思いましたけども(笑)。昔のね。だからね、すごく共感しながら見ていたんですけども。それが2015年11月13日にこの奥さんがロック好きの友達と一緒に、アメリカのロックバンドのコンサートを見に行くんですよ。で、どうもこの旦那の方はロックがそんなに好きじゃないみたいで。子供の面倒を見て、家で留守番してるんですね。ところが、何かよくわからない通知が携帯に入ってくるんですよ。「あれ? どうしたのかな?」と思ってると、もうサイレンが鳴りまくるわけですね。パリで。言うの忘れましたけど、これパリが舞台なんですね。
で、「何が起こったんだ?」っていうことでテレビをつけたら、サッカー場で無差別射撃が始まるんですよ。で、「大変なことになってる!」と思っていると、奥さんが行ったコンサート会場でも銃撃があったらしいということで。それで慌てて外に出ると、もう戒厳令状態になっていて、警察とか軍隊が出ていて、身動きが取れないし。それで、奥さんがどこの病院にいるかもわからないんですよ。で、生きてるか、死んでるかもわからないっていうのでパリ中を駆けずり回るんですけど。でも、結局見つからなくて。それで翌日までこの旦那さん、アントワーヌは悶々としてるんですね。それで結局、連絡があって。奥さんが撃たれて、コンサート会場で亡くなったことを知るんですけども。これね、原作がその時の苦しんだ状況……12日間苦しんだことを書き綴った本が出ていまして。それの映画化なんですね。
(キニマンス塚本ニキ)エッセイを元に映画化されたっていう感じですか?
(町山智浩)そうです。ただね、このテロがめちゃくちゃでね。130人、死んでいるんですね。爆弾も使ってるし。カフェとかレストランまで、複数の犯人が無差別銃撃しています。で、特にそのコンサート会場では89人も亡くなってるんですよ。
(キニマンス塚本ニキ)そのテロの犯人っていうのは、わかったんですか?
(町山智浩)犯人は後からわかります。そのコンサート会場での犯人は警官隊に射殺されるんですけども、主犯格の人は後から捕まるんですね。ベルギーかな? で、いわゆるIS(イスラム国)の一員だと言ってる連中なんですね。で、この旦那さん、アントワーヌは奥さん殺されて、のたうち回るんですね。もうとにかく、つらくて。で、もうその苦しい日々がずっと描かれるのがこの映画なんですよ。
(石山蓮華)なかなか重い映画ですね。
(町山智浩)はい。要するに、奥さんが出かけていって、そのまま亡くなってるから、家に奥さんの歯ブラシとかがあるんですよ。洗面台に。それを見ただけで、もう彼は立っていられなくなっちゃうんですよ。
(石山蓮華)そうですね。
(キニマンス塚本ニキ)だって普通に「遊びに行ってくるね」ってある日、出ていって、それで亡くなったなんて……。
(町山智浩)もう、たまらないわけですよ。奥さんの痕跡が部屋中にあるんですよ。で、洗濯物のかごを開けると、奥さんが脱いだ下着があるわけですよ。洗う前の。で、もうそれをもう抱きしめて、のたうち回るんですよ。この旦那さんが。で、ものすごい憎しみがね、止まらなくなっていって。で、ちょっと外へ出ると、パリはご存知の通り、アフリカ系の人とか、フランスは元々アルジェリアを占領してたことがあるんで、アルジェリア系の人もいっぱいいるわけですね。で、そういう人たちを見るだけでものすごい憎しみの目で見つめちゃうんですよ。主人公は。
「こいつらじゃねえのか? お前らじゃないのか?」みたいな。それでもう、どうしようもなくなっていくんですけども。とうとう、彼は奥さんの遺体確認をするんですね。すると奥さんは体を撃たれたんですけど、顔は生きてた時のように美しいまま亡くなってるんですね。それを見て、主人公少しほっとするんですよ。で、この旦那さんはフェイスブックに書き込みをするんですね。それが、タイトルになってるようにテロリストに向けての手紙でね。「君たちは僕の一番愛する人を奪った。でも、僕は君たちを憎まないことに決めたんだ」という手紙を書くんですね。フェイスブックに。
(石山蓮華)すごいことを書きますね。
(町山智浩)それは「もう憎しみに屈することが嫌なんだ。僕が君たちを憎んだら、君たちの思うツボだから。僕は君たちが望んだように憎しみの塊になって、何の罪もないアフリカ系の人たちやイスラム系の人たちを憎しみの目で見たりもした。でも、そういう君たちの企みには乗らないんだ。君たちに対する自分の戦いというのは、息子を幸せに育てることだ。息子が幸せになることで、君らは負けるんだ。僕と息子の繋がりは、世界中のどんな軍隊よりも強いんだ」っていう風に書くんですね。
フェイスブックに「僕は君たちを憎まないことに決めた」と投稿
(石山蓮華)なんかすごく人格者というか……なんか、そんなことを思える人がいるんだっていうのが。
(キニマンス塚本ニキ)でも最初はやっぱり、もう怒りとか悔しさとか、そういうものに苛まれていたんだけれども。でも、これじゃいけないなって何かで気づいたんでしょうね。
(町山智浩)だからたぶん、自分があまりにもつらいから。この憎しみと悲しみにとらわれたままだと生きていけないから。俺はそれに負けないんだっていう宣言みたいな感じなんですね。
(石山蓮華)自分に言い聞かせてるんですね。
(町山智浩)そうなんですよ。だから最初、それこそすごい人格者みたいな感じでマスコミに取り上げられて。「この人は素晴らしい。憎しみを越えてく聖人なんだ」みたいな扱いを受けるんですけども、全然そうじゃなくて。「そうなったらいいな」っていうことをこの人は書いてるだけなんで。
(石山蓮華)切ないですね。
(キニマンス塚本ニキ)その「憎まないことにした」っていうのは「許す」っていうことと、必ずしも繋がらないと思うんですけど。そういう……まさに今ね、さっきパレスチナ・イスラムのお話をされましたけども。私たちが直接、体験していなくても、いろんなところでこの憎まないとか、許すかどうかっていうテーマって本当に世界中で溢れてますよね。
(町山智浩)そうなんですよ。で、また憎んでね、相手に対して報復をするということをすると、まさに彼ら、テロリストが望んでる戦争状態に突入していくわけですよね。するともう、それは連中の思うツボなんですよ。だから彼はそうならないように……って思うんですけど、そう簡単にはできないですよね。で、やっぱりずっとイライラしっぱなしですよ。もう。叫んで、泣いて、のたうち回って、ジタバタして。で、一番つらいのは息子なんですよ。まだ1歳ちょっとだから、言葉もちゃんとしゃべれないですよ。で、「ママが帰ってこない」っていうことが、わからないんですよ。で、絵本を読んであげるんですね。このお父さん、アントワーヌが。そうすると、その息子が絵本を払って。「ママ! ママ!」って言うんですよ。「パパじゃなくて、ママが読んで!」って言うんですよ。「ママ、どうしたの!?」って言うんですよ。で、一応説明しますよ? 「ママはちょっと、あることで帰れなくなったんだ。もう帰ってこないんだよ」って言っても、1歳半の息子がそんなことわからないですよ。
(石山蓮華)わからないですよね……。
(町山智浩)それで「ママ! ママ! ママ!」って言って。そうすると、この旦那もイライラしてね。やっぱり息子に怒鳴っちゃうんですよ。しかもね、これすごく僕が身につまされたというか。家で子供と一緒に奥さんを待ってると、奥さんが帰ってくる音がすると、子供はドアに向かって走っていくんですよ。で、この息子が何度も繰り返すんですよ。「ママだ!」って。でも、ドアは開かないんですよ。これはつらかった……。
(キニマンス塚本ニキ)なんかもう、話を聞いただけで泣きそうになってきます。つらすぎる……。
(石山蓮華)この状況からどうやってこの映画は進んでいくんだろうと思っちゃいますね。
(町山智浩)これね、とにかく途中で僕はハッと気づいたんですけど。「あれ? この1歳半の赤ちゃん、演技してる」と思ったんですよ。
(石山蓮華)ああ、そうですよね。子役さんが出るってことですよね。
(町山智浩)そう。「ママ! ママ!」とか言ったりね、泣いたりしてるんですけど。これ、芝居ですよね? これ、ちょっとびっくりしたんでインタビューを見たら、監督がオーディションで発見した当時、3歳の女の子が息子さんを演じていて。それで、その場面場面の状況や心理を理解して、演技してるんだって言ってんですよ。これ、ちょっとすごいんで。
(石山蓮華)天才ですね!
(町山智浩)これ、ゾーエ・イオリオちゃんっていう子なんですけども。これはちょっと、とんでもない天才が現れたと思いましたね。
(キニマンス塚本ニキ)まだでもこれぐらいの歳だったら、男の子も女の子も、まあそんなに見た目は変わらないっていう。そうなんだ。
(町山智浩)でも演技、できないですよ。3歳では。
(石山蓮華)ねえ。3歳で「泣いてください」で泣けないですよね。
(町山智浩)普通、泣けないですよ。だって、パパじゃない人をパパって呼んで、抱きついてって、できないですよ。それ。
(キニマンス塚本ニキ)たしかに。この年齢の子役ってあんまり見ることないですよね。
(町山智浩)演技できないからですよ。普通、3歳って。だからこの子にはちょっとびっくりした。
(石山蓮華)いや、ちょっとこれはぜひ、劇場で見たいですね。
(キニマンス塚本ニキ)ティッシュ、持っていった方がいいですかね。
(町山智浩)そうですね。僕はもう、見ながらずっと泣いてましたけども。でもこれはね、今ちょうど公開されることになったんですけど。本当に今ね、パレスチナで起こっていること、イスラエルで起こってることはやっぱりね、もう本当につらくても、この憎しみとか怒りを越えていかないと、いつまでたっても終わらないんですよね。今ね、後ろでかかったのはオアシスですよ。
(キニマンス塚本ニキ)ああ、そうですね。『Don’t Look Back In Anger』ですね。
(町山智浩)「怒りを込めて振り返るな」っていう歌なんですけど。「終わんないよ」っていうことでね。これは映画の中には出てこないんですけど、僕が勝手に選曲しました(笑)。
(キニマンス塚本ニキ)ありがとうございます(笑)。
(石山蓮華)なんかすごくいいところで入ってきて。「うっ、町山さんが今回、泣かせに来ているんだろうか?」とも思ってしまいました(笑)。
(町山智浩)すいませんでした(笑)。
(キニマンス塚本ニキ)誰かがその連鎖を断ち切らなきゃいけないっていうことですよね。つらいことだけれど。
(石山蓮華)ちょっと、この作品を見て考えていきましょう。今日は来週、11月10日(金)に公開される映画『ぼくは君たちを憎まないことにした』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
『ぼくは君たちを憎まないことにした』予告
本日の町山さん紹介 #こねくと
>2015年のパリ同時多発テロ事件で最愛の妻を失ったアントワーヌ・レリスが、事件発生から2週間の出来事をつづった世界的ベストセラーを映画化。ぼくは君たちを憎まないことにした https://t.co/I3cOfjq5XI pic.twitter.com/BJPOV3e9mr
— もりかわゆうき (@Yu_Mori) October 31, 2023
<書き起こしおわり>