町山智浩『哀れなるものたち』を語る

町山智浩『哀れなるものたち』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年1月23日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『哀れなるものたち』を紹介していました。

(町山智浩)今日、お話したいのはこれも一般公開が今週の金曜日からの映画で。アカデミー賞の主演女優賞候補と言われてる映画です。これは『哀れなるものたち』という。『Poor Things』という原題なんですが。これね、フランケンシュタインの女性版です。で、エマ・ストーンという女優さんがいて、『ラ・ラ・ランド』でアカデミー主演女優賞を取った人ですね。同じぐらいの歳じゃないですか? 石山さんたちと。

(石山蓮華)エマ・ストーンさん、私が32歳なので3つ違いですかね。

(でか美ちゃん)私も3つ、4つ違いぐらいですね。

(町山智浩)そうですね。彼女の方がちょっと上ですけども。で、彼女が2回目のアカデミー賞を取るんじゃないか?って言われてるんですよ。この『哀れなるものたち』で。で、彼女は演じるのは人造人間です。で、『フランケンシュタイン』っていう元の話は、死体をフランケンシュタイン博士がくっつけて、蘇らせて、新しい命を作ったっていう話。それが『フランケンシュタイン』なんですけども。これはね、女性なんですよ。それがエマ・ストーンが演じるベラという人造人間で。脳のところに入ってるのは、赤ちゃんの脳みそが入ってるんです。体は30代の女性なんですが、心は赤ちゃんなんですね。で、最初は赤ちゃんの歩き方なんですよ。歩き方さえもよくわからないから、よちよち歩きなんですね。で、言葉も最初はたどたどしくて。

それで食べ物とかも初めて食べるものばっかりだから、すごく嬉しくてしょうがないっていうね。赤ちゃんってね、最初ね、食べ物を食べる時に超喜ぶんですよ。味というものを初めて体験するから。「うわー!」みたいな感じなんですけど、そういう感じでご飯を食べて。で、そのベラさんが成長していく物語なんですけれども。彼女はですね、男の方のフランケンシュタインと同じで、すごく勉強をするんですよ。『フランケンシュタイン』っていう原作は、そのフランケンシュタイン博士に作られた怪物がすごく読書家で。いっぱい本を読んで、ものすごく勉強するんですよ。それと同じで、彼女もすごく本を読んだり、いろんなことをして勉強していくんですけど。そのうちに、お父さん代わりの博士の家から出たいって思うようになるんですよ。「世の中を見たい」って。

ところが、お父さん……ベラを作った科学者で、ウィレム・デフォーが演じる博士なんですが。彼は「いや、世の中っていうのは酷いところだから、外に出ない方がいいよ」って言うんですね。で、箱入り娘みたいにして「かわいい、かわいい」って育てようとする。ところが、彼女は彼女に目をつけたスケベ親父がいまして。マーク・ラファロ演じるスケベなおっさんに見初められて、2人で駆け落ちしてヨーロッパに行って、いろんな冒険をするという話なんですね。

『フランケンシュタイン』の作者、メアリー・シェリー

(町山智浩)で、これがちょっと面白いのは『フランケンシュタイン』という小説を書いた人がいまして。メアリー・シェリーという女性なんですけど。これ、18歳の時に書いたんですよ。あの小説を。まあ、天才少女だったんですけど。その彼女のお父さんがウィリアム・ゴドウィンという人なんですね。で、この映画のベラを作る科学者の名前がゴドウィンで、同じ名前になってるんですよ。だからこの『哀れなるものたち』における人造人間ベラは『フランケンシュタイン』の原作者メアリー・シェリーの人生と重ね合わされているんですね。で、彼女もすごい箱入り娘として育てられたんですけど、シェリーというちょっとイケメンの詩人と駆け落ちして、家を飛び出しちゃったんですよ。

(でか美ちゃん)本当にまんまだ。

(町山智浩)まんまなんですよ。それでヨーロッパでいろいろな体験をして、その中でフランケンシュタインの城というのが実際にありまして。そこに行って『フランケンシュタイン』っていう話を思いつくんですけど。で、このメアリー・シェリーという人は世界最初のいわゆるサイエンスフィクション(SF)を書いた1人なんですけど。『フランケンシュタイン』がそうですね。そのお父さんのウィリアム・ゴドウィンって人は、アナーキーとか、アナキズムって言われる「無政府主義」というのを最初に考えついた人なんですよ。

(でか美ちゃん)へー! なんかすごい親子ですね。

(町山智浩)すごい親子なんですよ。政府というものがあると、どうしてもそれは腐敗して、悪いことをする。権力者というものは。だから、政府なんていうものはない方がいいから、政府のない社会っていうものは作れないだろうか?ってことを考えた人が、このウィリアム・ゴドウィンなんですね。しかもね、このメアリー・シェリーのお母さんという人がいまして。このお母さんはメアリー・シェリーを産んですぐに亡くなっちゃうんですけど。メアリー・ウルストンクラフトという人で。この人はフェミニズムの創始者と言われてる人です。この人が書いた本は『女性の権利の擁護』という、女性の権利についてのほとんど初めての本なんですよ。だから『フランケンシュタイン』を作ったメアリー・シェリーはアナキズムの元祖とフェミニズムの元祖との間に生まれてるんです。

(でか美ちゃん)とんでもない家族だ。すごい。いろんなものを世に生み出して。

(町山智浩)特にね、お母さんのメアリー・ウルストンクラフトという人は貧しい人たちの権利っていうものがその当時はまだ、なかった時代で。フランス革命が起こって、貧しい人たちが立ち上がったということを知って……彼女はイギリス人だったんですけど。ものすごく興奮して。「フランス革命に参加しなきゃ!」って、フランスに行っているんですよ。で、その頃、またすごいのはメアリー・シェリーさんは「結婚というものはくだらないんだ」って言って、結婚の外の恋愛っていうものを試してみようっていうことで。

それで、『哀れなるものたち』のベラはスケベ親父に連れられて、ヨーロッパに行くんですけれども。そのスケベ親父よりもどんどん頭がよくなっちゃって、彼女は彼を捨てるんですよ。で、そこからね、自由恋愛というか、自由セックスというかですね、そういったものを試していくんですよ。そのへんがね、すごく今、この映画に関して論争があって。その部分というのは本当に女性の自由なのかどうか?っていうことで、この映画に関してですね、アメリカでも議論を呼んでるんですけども。

後半は『ファニー・ヒル』に

(町山智浩)その部分はまた別の小説を元にしてるんですよ。それはね、1748年にイギリスで出版された『ファニー・ヒル』という小説がありまして。その部分を……この映画、後半はですね、『ファニー・ヒル』になってくるんですけども。それはね、その頃の18世紀のイギリスっていうのは女性は性において、完全に客体として、受動的な存在として見られてたんですよ。あと、女性の仕事というのは主婦以外はほとんどなくて。結婚できなかったから、当時は娼婦になるしかなかったんですね。まあ、それぐらいひどい時代だったんですけども。その中で、ファニー・ヒルという貧しい女の子が孤児で。娼婦のところに売られちゃうんですね。

ところが、そこで本当だったら男性たちにひどい搾取を受けるんですけど、彼女はものすごく頭が良くて、元気で明るいので。その男たちの陰謀を次々と覆して、どんどんどんどん彼女は幸せになっていくっていう話なんですよ。で、最後は本当に愛する人と結ばれて、幸せな家庭を築くという。「そんな話になるの?」っていうね、すごいヘンテコな話が『ファニー・ヒル』で。これはね、当時もう発禁になって、大変なセンセーションになったんですね。「こんな本は許されない!」って。女性が自由に生を謳歌するなんて、許されないっていう時代だったんですよ。

それを現代に甦らせたのが今回の『哀れなるものたち』という映画で。まあ、聞くと『フランケンシュタイン』で、しかもフリーセックスなんてとんでもないな!って思うんですけども……ものすごくかわいい映画になってるんですよ。

(石山蓮華)なんかビジュアルもすごく素敵ですね。

(町山智浩)そうなんですよ。一応、舞台は「19世紀ヨーロッパ」ってなってるんですけど、実際の19世紀ヨーロッパじゃなくて。スチームパンクと言われる、蒸気機関が現在のテクノロジーまで発達したような、ありえない世界になっていて。おとぎ話みたいですよ。

(でか美ちゃん)いろんなところを原作というか。『フランケンシュタイン』だったり『ファニー・ヒル』なんかを元にしつつ、やっぱりちゃんとフィクションとして見やすくしてくれてるんでしょうね。いろんな部分を。

(町山智浩)それはそうなんですが、エマ・ストーンが丸出しで頑張ってるんで。「ここまでやらなくてもいいのに」と思いましたよ。

(でか美ちゃん)だって結構、日本でCMが流れてるんですよ。めちゃくちゃおしゃれ映画の感じで流してますよ?

(町山智浩)それがね、本当におしゃれでかわいいんだけど、丸出しなんですよ。

(でか美ちゃん)へー。楽しみだな。

(石山蓮華)これはすごい見たいですね。

(でか美ちゃん)解説を聞いて、全くイメージ変わりましたもん。CMで見ていたイメージと。

(町山智浩)ああ、そうですか。これ、CMで見ていくとね、「ここまで見せちゃうの?」っていうね。結構、みんなびっくりすると思いますよ。

(石山蓮華)なんかイメージとして、『ニンフォマニアック』とか、ああいう……。

(町山智浩)あそこまですごくはないです(笑)。あそこまでひどくはないです。安心してください。あんなにひどくはないです。

(石山蓮華)じゃあ、安心して見ます。

(町山智浩)これ、論争になっていて。これはいいのか、悪いのか?ってもう本当に真っ二つにわかれているんで。そのベラの冒険に関してですね、ぜひ、ご感想を聞きたいと思います。

(石山蓮華)今日は今週、26日(金)公開される映画『哀れなるものたち』をご紹介いただきました。町山さん、本当にありがとうございました。

(町山智浩)どうもありがとうございました。

『哀れなるものたち』予告編

<書き起こしおわり>

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