町山智浩さんが2025年8月19日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でイギリス映画『バード ここから羽ばたく』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はイギリス映画を紹介します。これね、もうすぐ公開。9月5日から公開されるイギリス映画『バード ここから羽ばたく』という映画をご紹介します。
(曲が流れる)
(町山智浩)ものすごいパンクロックがかかったんですけども。『バード』という映画はイギリスのロンドンのちょっと南にあるケント州というところが舞台で。かつては炭鉱とか鉄鋼で栄えたところなんですけど、今はすごく景気が悪くて非常に貧困のところなんですね。そこで暮らすえ12歳の女の子ベイリーちゃんという子の物語です。
で、まあこれがすげえ貧乏なんだ。ものすごい貧乏で。貧困層向けの公営住宅に父親と一緒に暮らしてるんですけど……その公営住宅がゴミ溜め。こういう公営住宅のゴミ溜めな感じって、その共有部分ね。廊下とか階段。そこにゴミが溜まっているんですよね。あれを見ると「もうダメだ」という気持ちになっちゃいますね。で、12歳の子なんですけど、そこでもうやっぱりやる気がないんですよ。すごく辛いですよね。こういうところで。
だってその後、どうなるかわかんないから。で、周りも暴力的な環境で。腹違いのお兄ちゃんがいて。そのお兄ちゃんの友達たちはもうやることがないからということで、町で威張ったり、奥さんを殴ってるっていう評判のやつらの家に突入してリンチしたりして遊んでるんですけど。
もうめちゃくちゃなんですけど。でね、お母さんは別に暮らしていて。まあ離婚したんですね。で、お母さんの方は男をとっかえひっかえで。そこにね、自分の幼い妹や弟が3人、お母さんと一緒にまだ残ってるんですけど。お母さんはもう全然、ベッドから出ないで。酒を飲んで、セックスしてですね。で、子供たち……妹たちはご飯も食べさせてもらえない。
で、それだけならいいんだけど大抵、よくあるパターンでそういうお母さんがくわえ込む男が妹たちに暴力を振るっているんですよ。でも、これはこの監督のアンドレア・アーノルドさんの体験なんです。この人ね、僕より1つ上なんですよ。だから64歳か。ですけど、本当にそういう育ちをした人なんですね。お父さんもお母さんも10代で彼女を産んで。で、4人兄弟の長女で、ヤングケアラーですね。子供たちの面倒を見て、弟たちの面倒を見て育った人で。本当にそのケントの貧困層向けの公営住宅で育った人がこのアンドレア・アーノルドさんなんですよ。
監督アンドレア・アーノルドの実体験に基づく
(町山智浩)この人、すごいのはね、それで16の時に家出をするんですよ。家出して、ダンス学校に行ってダンサーになるんですよ。それでね、テレビ番組の子供番組のダンサーとして18ぐらいの時にテレビのオーディションに受かるんですけど。彼女、しゃべりがうまかったんで司会に抜擢されたんですよ。10代で。それで完全にお金が得られて独立できて。で、彼女は学校に入り直して勉強をしたっていう人なんですよ。すごいですね。日本の学校制度って1回、落ちこぼれるとなかなか元に戻れないところがよくないんですけど。アメリカとかヨーロッパのいいところは学校制度から落ちこぼれた人がまた、学校に入れるんですよね。入り直せるんですよ。
そこがいいところなんですけど。まあ、セカンドチャンスがあるんですね。で、そういう非常にこう……なんていうか見ているとヒリヒリするような。もうヒリヒリと心が痛くなるような映画がこの『バード』なんですけども。ただ、ちょっと不思議な映画になっていくんですよ。これね、彼女のお父さんがバリー・コーガンという俳優さんなんですよ。この人、映画ファンだったらみんな、見たことのある顔なんですよ。写真があるんですけど。この人、この顔で32歳です。
子供にしか見えないんですけど。彼、ものすごい童顔で、実際に少年役とかやってるんですけど。この人がね、お父さんなんですがカエルを持っていくんです。ヒキガエルを。で、まあろくに仕事してないんですけど。それで全身に入れ墨が入ってるし、顔にもムカデの入れ墨が入ってるんですけど。で、そのベイリーという12歳の女の子に「このカエルが手に入ったから、もう食うには困らないぞ!」って言うんですよ。で、「なんでやん?」と思うんですけど……これね、コロラドリバーヒキガエルという実在のカエルで。体のイボイボから幻覚剤が出るんですよ。
アメリカ産なんですけどね。で、すごい即効性の幻覚剤で。要するに、このカエルを食べようとしてくわえるとイボから汁が出て。それをくわえた人っていうか、くわえた生き物は幻覚を見るんでそれで口を離すっていう仕組みになってるそうなんですよ。すげえなと思うんですけど(笑)。で、それが手に入ったから「幻覚剤で大金持ちだ!」とか言ってるんですけど。バカじゃないかって思うんですけども(笑)。そこからなんかね、この映画は変な映画になっていくんですよ。
でね、そのベイリーちゃんが辛いところで苦しんでいると、そこにバードと名乗る、自分のことを鳥と名乗る男が現れるんですよ。で、彼は鳥みたいな長いコートを着ていて。で、鳥みたいにビルのてっぺんの角っこに立ってたりするんですよ。高層ビルの。何者か、全然わからないんですよ。そこからこの非常に厳しいリアリズムの『バード』という映画はおとぎ話のようになっていくんですよ。
これ、実はこの監督の特徴でもあって。いつも厳しい貧困の現実を描いているんですけど、動物がそういった子供たちの守り神として出てくるんですよ。で、このベイリーちゃんも辛くしているんですけど。いつも辛い思いをしてるんですけど、そうすると鳥が飛んできたりね。ある手紙を届けたいという時に、カラスが飛んできてその手紙を届けてくれたりするんですよ。
ディズニー映画と同じ構造
(町山智浩)これはこの人の映画の特徴なんですが。このアンドレア・アーノルドさんの。これね、実はすごくとんでもないような感じがするんですが、実はすごくディズニー映画なんですよ。たとえばシンデレラはものすごいじめられてるわけじゃないですか。貧困でね。で、虐待されているんですけど、彼女のことをネズミが助けるでしょう? 白雪姫は母親にものすごい虐待されているわけですよね。というか、母親に殺されそうになるわけですね。森の中に置き去りにされた時、森の生き物たちが彼女の味方をするでしょう? ディズニー映画って必ずそうなってるんですよ。だからあれは人間界と動物界をそういう風に比べてるんですよね。
だからこの映画はね、そういう実際にそういう生活をして、そういう苦難を経てきたアンドレア・アーノルドさん自身の体験で。彼女のことを本当に動物が助けてくれたそうです。この人ね、動物があまりにも好きなんで『Cow』という1頭の牛をずっと追いかけたドキュメンタリー映画まで作ってる人なんですよ。乳牛が主役の映画。というね、これ最初はものすごいきついんですけど、すごく救われる映画なんですよ。
で、やっぱりこういう目に遭ってる人って、世界中にいるじゃないですか。こういう子供たちって。でもそこを生き抜いてきた本人の映画なんで。まあきついところもありますが、ものすごく救いになる映画だと思いますよ。
これ、さっきから後ろでかかってる音楽ってコールドプレイの『Yellow』とかね、ブラーの『The Universal』とかがかかっているんですけども。
(町山智浩)これ、この映画『バード』の中で何度も歌われてる歌なんですけど。どの歌もね、実はすごい辛い中で希望を持つことを歌ってるんですよ。で、あんまりネタを割っちゃうとあれなんですけど、この入れ墨だらけのひどい父親も、入れ墨をよく見るとムカデとかがいるんですが、いっぱい虫とか動物の入れ墨が入っているんです。そういうね、『動物界』っていう映画を前に紹介しましたけども。それともつながってくる映画なんで。あっと驚く展開になるので、これ以上は言えません。はい。
ただね、最後は「ああーっ!」ていう展開なんで。「そういう映画!?」みたいな……。でもね、見る人は最後は笑顔で終わります。