鳥嶋和彦 面白い漫画を作るコマ割りの極意を語る

鳥嶋和彦 面白い漫画を作るコマ割りの極意を語る アフター6ジャンクション

(鳥嶋和彦)でね、漫画家が書いてきた絵コンテとか漫画をチェックする編集者が、なぜコマが終わるのか。三つのアングルがなぜあるのか。どういう風にすればわかりやすく構成できるのかってことがわかっていれば、打ち合わせの時にそれをちゃんと教えることができて。それで漫画家が次から、それまで見よう見まねで書いてた漫画を論理的に書くようすることができるようになる。そうすると何がいいか?っていうと、迷った時に漫画家さんが自分で判断できるようなる。

(宇多丸)「ロジカルに並ぶならこうだな」って。「ちょっとこれはどうしていいかわかんないけど、まあロジカルに考えればこうあるべきだ」とかが見えてくる。これ、でも鳥山さんは研究の結果、それを導き出した。今まで、その鳥嶋さんに前の編集者とか……ちばさんはだから、それを要するに漫画家ご本人が計算をしてやられていたわけですけど。その前までは、そこまでメソッド化してやっている人はいなくて?

(鳥嶋和彦)おそらく、わかってる人はいたと思うんだけれども。たぶん、外に行ったり教えたりってことはしてこなかったね。

(宇多丸)秘伝(笑)。

(鳥嶋和彦)でね、時々思うんですけども。トキワ荘っていう、手塚さんを中心にいろんな作家さん。赤塚さんとか石森さんとか、いろんな作家さんが集まってたのは、手塚さんが今のコマ割りの要するに元祖で。ディズニーのアニメを見て「この動きを紙に移すにはどうすればいいのか?」っていうことで、今のコマ割りができてるんですよね。たぶんその手塚さんの発明とか技術を、周りにいて教わったり見たり盗んだりしたかったから集まったと。

(宇多丸)当然、めちゃくちゃ研究もしたでしょうし。やっぱり複数の仲間たちがいて、お互いにおそらく批評し合ったりもしたでしょうから。そういうところである意味、編集者的な、第三者的な目線を入れながら作っていった。腕を磨いていったっていう人たちだから。

(鳥嶋和彦)だから彼らからすると、どんどんその新しい技術、新しいものをやりたくて、試して、読者の反響があって。毎日が楽しくてしょうがなかったんじゃないかと。

(宇多丸)なるほどね。でもそういう、客観的な目線とフィードバックでより良くなっていくみたいな、この回転をある意味、人為的にというか、システム的にできるのは漫画編集者。というか、やるべきなのが漫画編集者ということですね。

(鳥嶋和彦)そうそう。だから僕はよく言うんですけどね。打ち合わせの時、絵コンテを読む時に1コマ1コマ、じっくり見る編集はダメなんですよ。

(宇内梨沙)ああ、パッと見開きで見た時に。

(宇多丸)だから原稿を渡されて、持ち込みの原稿を見ている時に「チャッチャ、チャッチャと見やがって、この野郎!」って思うかもしれないけれども。でも、それは漫画の読み方というか。

(鳥嶋和彦)そう。読者が読むスピードで読んで、引っかかるところが直しのポイントで。

(宇内梨沙)「読みにくいな」ってなったポイントなんだ。

(宇多丸)それこそ止まっちゃって、1個前のページを見ているようでは……そこが、実はっていうことですね。

(鳥嶋和彦)だからよく漫画家さんに言うのは「細かいことは気にしないで、流れとか読者が読みにくいところを気にして直してほしい」っていう。で、必ず僕は言うんですけどね。「面白くても1週間。つまらなくても1週間」なんですよ。だから、あんまり細かいことにこだわって完璧を目指すと、1週間で書く原稿に8日、9日とかかっちゃうと2日間、次のところに食い込んじゃうんですよ。すると、次の原稿を書く時に5日しかなくなる。

(宇多丸)後ろに、後ろに負担がかかってきちゃう。未来に負担がかかってきちゃう。

(鳥嶋和彦)だから読者はパッパッと読んで、面白かったかどうかを瞬間的に判断していくから、1週間は覚えていてくれないよと。

(宇多丸)この本でも結構、なかなか割り切ったことが書かれていて。「週刊連載だから。総合的に見ると辻褄が合わないところがいっぱいあるんだけど、それでいいんだ」っていう、結構思い切りのいい……。

(鳥嶋和彦)それで言うとね、読者の反響を聞きながら作家はストーリーを変えてくわけです。こういう漫画は日本だけなんですよ。海外の漫画は、アメリカもフランスもあるんですけど。もうページも決まっていて、話数も決まっていて。全部話を決めてから書いていく。だから、ライブ感がないんです。

(宇多丸)そうか。それこそ『ドラゴンボール』だって、最初から路線を変えて、そこから人気ってことですもんね。でもその「路線を変えて」っていうけど、それまでやってきたこととか、元々持っていた「これ、いいと思うんだけどな」っていうアイディアを捨てるって、なかなか、ねえ。

(鳥嶋和彦)でもね、読者が読んでくれない。アンケートの反響がないってことは、これを3週、4週続けられると何が起きるか? 飛ばされちゃうんです。

(宇多丸)終わる。

(鳥嶋和彦)僕ね、電車の中で……今はあんまり読んでいる人、いないんですけど。ある漫画が人気が低迷していて。僕の担当漫画がね。で、「この回から面白くなる」っていうところで自信があって。で、その読んでいる人がちょうど僕の担当していた漫画に差し掛かったんですけど……その読者はそれを飛ばしたんですよ。

(宇多丸)ああーっ!

(宇内梨沙)読んでくれない。

(鳥嶋和彦)だから、その手前のところで目を止めさせるとか、どうこうしておかなきゃいけなかった。だから「今週から、ここから面白くなるよ」っていうのは通用しないんだっっていう。

(宇多丸)ああ、なるほどね。そうか。「先週、つまらなかったから飛ばそう」になりますもんね。それはね。

(宇内梨沙)もうすぐに、即テコ入れしなきゃいけないんだ。

(宇多丸)読者は冷酷だけど、でもそのシビアさというのがやっぱり……っていうことですもんね。僕、あれで言うとジャンプに入られて知らなかったんですけども。最初に『ドーベルマン刑事』をやられて。で、やはりある種テコ入れでそこから人気回復を果たしたっていう。

『ドーベルマン刑事』の人気回復

(鳥嶋和彦)後から聞くと、実は僕は仕事ができない、サボっていた新入社員だったんで。「まあ、『ドーベルマン』はあと数ヶ月で終わるから、鳥嶋にやらせておけばいいや」っていう、そんな感じだったみたいです。

(宇多丸)ああ、そうですか。でも僕は楽しく読んでたけどな。

(鳥嶋和彦)でね、ある時に沙樹ちゃんっていう新人婦警さんが出てくる回があって。僕、ずっと平松(伸二)さん、絵は上手いんだけど。いつもね、キャラクターが同じような顔ばっかりなんですよ。男も女もみんな、細面で美男美女ばっかりで、バリエーションがないんです。ところが、その新人婦警さん、僕が原作を見た時に浮かんだイメージは「かわいい」だったんで。やっぱり今までの平松さんの絵じゃないイメージだったんだけど、平松さんのイメージの絵で上がってきちゃった。で、コンテも下絵も完成原稿も上がって。

(宇多丸)ああ、か。原作は武論尊さんだから。

(鳥嶋和彦)それで「違うな」と思って、編集部に持って帰って、机の前でね、ちょっとしばらく原稿を見ていて。「ああ、これは入稿したくないな」って思って。で、やっぱり違うから、平松さんに「直してほしい」と。

(宇多丸)すごい。その、なんかさぼってばっかりと思われていた社員にしては、なかなか攻めた行動を。

(鳥嶋和彦)でね、たぶん「どう直してほしい?」って言われるだろうからっていうことで『明星』があって。そこに読者によるタレントの人気アンケートがあったの。で、その1位が、僕はよく知らなかったんだけど、榊原郁恵さんっていう人で。当時、まだあんまり一般的に知られてなくて。で、「この子が一番イメージに近い」っていうことで、その『明星』のページをベリベリッと破って平松さんのところに持っていって。

(宇多丸)たしかに。いわゆる美人タイプというよりは。

(鳥嶋和彦)でね、事情を話して。「原稿、こういうことだからぜひ直してくれないか?」って。で、「わかりました。鳥嶋さん、どういう風なイメージなんですか?」って言うから、その『明星』を見せて話をして。で、平松さんにいくつかスケッチを書いてもらって。「これで」って言って。で、彼はアシスタントを全部帰した後だったから1人で徹夜して直してくれたの。

(宇多丸)へー! 平松さんもすごいですね。その、嫌な顔もせずに。

(鳥嶋和彦)で、その回の原稿が……『ドーベルマン』ってそれまで10何位とかだったのが、その回でいきなり5位になって。

(宇多丸)おおーっ! やっぱり新ヒロインがすごく?

(鳥嶋和彦)で、それを武論尊さんに伝えたら、武論尊さんがすごく喜んでくれて。上がっていた原作を「鳥嶋くん、この原作は使わないから」って。その婦警さん、沙樹ちゃんの出てくる回に切り替えてくれて。それで3位、1位になって。それで初めて僕はね、編集者が具体的にどういう風に漫画に関わって、読者に影響を与えることができるかっていう体験をして。「この仕事って意外と面白いかも」って思うきっかけになったのが、それだったんですね。

(宇多丸)なるほどね。でもそこでやっぱり、その鳥嶋さんもグイグイ行くのが……もちろんそれが編集者の仕事なんだけど。「これはちょっと」ってできるのがすごいですよね。

(鳥嶋和彦)いや、やっぱりそこで言わないと、ずっと悔いが残るっていう風に思ったんでね。ただ、そこに至るまで平松さんと普通に「お願い」って話をするまで、数ヶ月かかっているんです。それまでの前の編集者って、平松さんの初代担当ってやっぱり新人の時の平松さんの担当をやっているからある種、教える立場で。平松さんが物を言えないという間柄で。で、僕は引き継ぎなんで、彼とちゃんと日常会話ができるところまで持っていきたかったんですよ。

(宇多丸)なるほど。

(鳥嶋和彦)で、その下準備があったんで、ようやくそれが言えるようになったんです。

平松伸二と日常会話ができる状態になっていた

(宇多丸)これってだから、やっぱり編集者と漫画を実際に書く人との信頼関係っていうか。そこがないとまずは、お互いに思ったこと言えないと。

(鳥嶋和彦)だから僕は今でもそうなんですけどね。1時間、作家さんと打ち合わせの時間を取るんですけど、絵コンテに関しての話は10分か15分で終わるんですよ。で、残りは雑談なんですよ。で、今、作家さんが何に興味を持っているか。どういうことを考えてるか。これをやっぱり雑談で引き出しておいて。たとえば、ある映画を見たとするじゃないですか。それを2人が、編集と作家がそれを見ていれば、それについての感想だったら自分の絵コンテじゃないから、無責任に話ができるし。「ここのシーン、面白いよね」「ここはつまらないよね」っていうのが共有イメージであれば、次の打ち合わせの時に「ほら、あの映画のあのシーン」って言えば一発で伝わるんです。

(宇多丸)まさに、桂正和さんとの話で。ジョン・ヒューズのプロデュースの『プリティ・イン・ピンク』を見せたら、そのハワード・ドゥイッチのやっているジョン・ヒューズの『恋しくて』の方にはまって。あと、『電影少女』ってちょっと『ときめきサイエンス』の感じもあるかなっていう。だからジョン・ヒューズ映画の話をしてて、そういうのが生まれることもあるみたいなことですもんね。

(鳥嶋和彦)だからやっぱり、『電影少女』の時は『ウイングマン』の後、桂さんがずっと漫画をヒットさせることができなくてね。で、僕は彼に次のも書いてほしかった時に、空っぽだったんですね。で、やっぱり雑談をするまで材料がないと、話ができないんで。だからその映画をいろいろ見てもらって、『電影少女』の元になる、男っぽいボーイッシュな少女のキャラクターがねっていう風の彼の中で引っかかりが出てくるまで2、3ヶ月かかったんですよ。

(宇多丸)『恋しくて』の主人公みたいな感じっていうところがやっぱりビビッと来たってことですもんね。面白いですね、これね。で、じゃあその漫画の編集者のすべきというか、読みやすい漫画のある意味、極意というか、構造を見極めた中で、ちょっと鳥山明先生の話も伺いたいんですが。鳥山さんという才能を最初に発見された時って、覚えていらっしゃいますか?

<書き起こしおわり>

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元週刊少年ジャンプの編集長、鳥嶋和彦さんが2023年7月27日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。宇多丸さんと鳥山明さんとの出会いや『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』制作秘話、そしてトップ漫画家となるまでの道のりを話していました。

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