吉田豪さんが2021年12月6日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中で伊藤彰彦さんの著書『最後の角川春樹』を紹介していました。
(宇多丸)本日は吉田さんが選ぶ2021年ベストタレント本。まずは1冊目のご紹介、お願いします!
(吉田豪)はい。伊藤彰彦著『最後の角川春樹』。
(宇多丸)さあ、ということで『最後の角川春樹』、どんな本なのか熊崎さんからご紹介、お願いします。
(熊崎風斗)はい。簡単にご紹介させていただきます。毎日新聞出版から11月に発売されたこの本は映画史を研究してきた伊藤彰彦氏が角川春樹氏の40時間のインタビューを行いまして、激動の全人生をまとめた1冊となっております。角川春樹氏は1942年生まれ。編集者、詩人、映画監督、角川春樹事務所社長。独創的なメディアミックスを行い、一時代を築きました。
(宇多丸)はい、ということで僕もこれ、まだ途中なんです。まだ第2章の途中ぐらいなんですけど、まあものすごいスピードで読み進めてしまうというか。
(吉田豪)すさまじい取材力ですよね。
(宇多丸)この伊藤彰彦さんという方がまず素晴らしいですよね。
(吉田豪)恐ろしくなるレベルで調べすぎてるんですよ。
(宇多丸)吉田さんがそう思うんだ?
(吉田豪)思いますよ。
(宇多丸)吉田さんってだって、もうとにかく調べ上げてね。
(吉田豪)そして角川さんも何度も取材をしているし、ここも僕、信頼関係を作ってますよ。でもやっぱりそのレベルじゃないですよ。
(宇多丸)へー! そうなんだ!
(熊崎風斗)吉田さんをもってしても?
(吉田豪)僕は偏った知識ですからね。
(宇多丸)ああ、まあ吉田さんの取材傾向っていうのもあるけども。
(吉田豪)僕は角川さんのいわゆる無頼な部分ばっかりを拾うタイプなんで。
(宇多丸)逆にこの伊藤さん、まえがきでもおっしゃってるけど。そういう無頼だったりとか、すごいぶっとんだカリスマみたいなところと、なんていうか出版人であったりとか、映画人であったりとか、そういう業績の部分みたいなところをすごくクールに切り分けて、と言うのかな?
角川春樹の全方面が載っている
(吉田豪)なんか全方面、きちんとちゃんと載ってるんですよね。それがすごくて。どうしてもやっぱり角川春樹本って角川映画の人としての本ばかりなんですよね。で、ごく一部、逮捕された無頼な人としての本もあって。あと俳句の人。だから、あんまり触れられないその角川書店の人としての部分とか、そういう部分もきちんと拾って。
(宇多丸)出版人として。
(吉田豪)そうなんですよね。スピリチュアル要素がちょっと薄いぐらいで、ほぼ全方位拾ってるんですよ。
(宇多丸)あと、その生い立ちでお父様との関係とか、お爺さんの影響をすごく受けていたりとか。そういうのも「ああ、なるほど。ルーツ、こういうことか!」みたいなのもね。
(吉田豪)そこ自体は結構普通に語っている部分ではあるんですけど、違うのが普通にその故郷の富山にまで行って。で、米問屋とかが多いのを見て。先祖が米問屋をやっていたから、そこでいろいろと大変なことが起きた時に……。
(宇多丸)米一揆が起きた時に。
(吉田豪)そう。絶対にやられたんじゃないか、みたいな確認をしたら、「うちは元々、使用人とかに優しくしていたから。うちだけをやられなかった」っていう。
(宇多丸)差別にもすごく、あれしてあげたっていうね。
(吉田豪)で、それですごいのが「地元の新聞とかを確認した結果、たしかに角川家はやられてなかった」みたいな。
(宇多丸)「○○というところがやられたみたいですね」「そうそう。そこがやられたから、うちは儲かったんだ」みたいな(笑)。ええっ?っていう(笑)。
(吉田豪)すさまじい調査力なんですよ。「なに、これ?」っていう。だから角川さんのリアクションが「よくぞ聞いてくれました!」とか「それは知らなかった」とか、そういうのが多くて。
(宇多丸)「そこでこの人の名前を出しますか」みたいなね。伊藤さんって、あれですね。映画本で言うと『映画の奈落: 北陸代理戦争事件』とか。
(吉田豪)恐ろしい……要はヤクザ映画を発端として殺人事件が起きたっていう。
(宇多丸)映画を現実が模倣していくというかね。そんな事件ですよね。あと松方弘樹さんの評伝であるとか。
(吉田豪)この2冊で知られる人なんですが。映画本をほとんど読まない僕がこの人の本は全部読んでるんですよ。偶然。
(宇多丸)まあ、吉田さん領域とも重なるけども。でも吉田さんから見てそれって本当すごさが伝わりますね。
(吉田豪)そうなんですよ。で、やり取りのすさまじさ、ちょっと1個だけ読んでみますね。森田芳光さんの『家族ゲーム』の話をしているパートがあるんですけども。
(宇多丸)俺、まだここまで行ってない。
著者と角川春樹のすさまじいやり取り
(吉田豪)第3章なんですけども。角川さんの発言です。「森田の才能にびっくりしたのはやはり『家族ゲーム』でした。最終日に有楽町のスバル座で見て、都市生活者の明るさと虚ろさがサリンジャーの『フラニーとゾーイー』みたいだなと」っていうのに対して「『フラニーとゾーイー』はエコとスノッブがはびこる……」みたいな感じで説明して。「角川さんが初めて文庫化しました」まで入れて。で、「『家族ゲーム』を見てサリンジャーが描いたアメリカ東部の大学がある町の住人たちのことを思い出しましたね。それにラストの食卓の横移動には驚きました。私がその後、『天と地と』の撮影を前田米造さんにお願いするのは、彼が『家族ゲーム』のキャメラマンだったからですよ」という。これに対して「前田キャラキャメラマンは角川さんのことを森田芳光のお兄さんと表したそうですね」「それは知らなかった」みたいな。このやり取りのレベル、何?っていう(笑)。
(宇多丸)たしかにその文学面もね、ちゃんと押さえてるし。映画文脈も当然押さえているし、みたいな。
(吉田豪)で、直接取材して得た情報もいっぱい持っていて。
(宇多丸)そうだよね。前田さんのその発言なんか僕、知らなかったからな。
(吉田豪)すさまじいんですよ。
(宇多丸)そうかそうか。だからやっぱりあとたとえば「悪党とは……」みたいな説明で。ちゃんと歴史的背景も踏まえた説明がね。あと、南北朝の話になったらやっぱりきっちり南北朝の説明もできるみたいなね。
(吉田豪)基本、だから元々質問のリストとかを送って。角川さんサイドも調べてくれてたみたいな感じだから、このレベルのやり取りができたみたいなことみたいなんですけど。それにしたって、これはありえないじゃないですか。
(宇多丸)でもやっぱり、その角川さんっていうのの複合的なっていうのかな? 映画人であり、出版人であり、俳人であり、カリスマであり、その全てであるような。なんかそれをやるにやっぱりこれぐらい全方位的知識とか、下調べがいるってことなんですね。やっぱりね。
(吉田豪)僕はだから角川さんとは相当、一時は仲良くなり。家族のパーティーにも1回、呼ばれたこともあったりして。僕、ほぼ絶縁状態にあった娘さんのインタビューをしたら、娘さん……角川慶子さん。Kei-Teeさんっていうアイドル活動をされていた方で。僕はその音楽活動が好きだったんで取材に行ったら、お父さんの話はNGかと思ったら全部話してくれた上に「会ってみたい」って言っていたから、角川さんの取材をした時に「娘さんが会いたがっていますよ」って言ったら「会ってもいいぞ」っていう話になって。だから2人の対談を組んで、繋いで……とか。
(宇多丸)親子のリユニオンまで?
(吉田豪)そうなんですよ。で、その親子が食事する場に僕も呼ばれて行ったり。
(宇多丸)吉田さんの懐系はね、ありますよ。
(吉田豪)謎の活動をしていた時期もあったんですけど。いやいや、さすがでした。
(宇多丸)でも、吉田さんのそれも大事だし。それも一次資料としてあるわけだから。
(吉田豪)そうなんですよ。僕も明らかに偏った情報をラジオで一時期ね、角川さん取材するたびに角川さんが木剣っていうものすごい重い木の刀を振るのがだんだん、その回数が増えていくんですよ。会う度に「今は毎日1万何回振っている」とか。そういうのの報告を毎回するわけなんですけど(笑)。やっぱりそういう風にだいぶ偏ってたんですね(笑)。
(宇多丸)でも、それも大事だから(笑)。逆にそれは伊藤さんは「その無頼なカリスマみたいなイメージが先立っているが……」って。それ、吉田さんのせいじゃないか?っていうね(笑)。
(吉田豪)たぶんスピリチュアル部分とかを落としてるのは、それは僕が相当広めたからだと思うんですよ。
(宇多丸)だし、それはあるからね。逆にね、吉田さんの本にね。
(吉田豪)超常現象を起こす角川春樹部分を全然拾ってないのはたぶんそういうことなんですね(笑)。
(宇多丸)あと、そこは切り分けて……というね。だから、新鮮でした。たしかにその違う面から光も当たるし。おっしゃる通り、伊藤さんのその博識ぶりというか、そのラインびっくりしちゃうし。
出版人としての角川春樹のすごさ
(吉田豪)出版人としての角川春樹のすごいなと思った話が、後半。第6章で『みをつくし料理帖』っていう本を400万部を売るためにどういう工夫をしたのか?っていうエピソード。それで衝撃を受けたんですよ。「通常は新人の作家の第一作で1万5000部刷るというのは破格なんですが、この場合は5万部刷ってるんです。それも5000部ずつ、初版、2刷り、3刷りと奥付表記を変えましたねそれをいっぺんに印刷したんです」っていう。
(宇多丸)えっ? それってつまり……?
(吉田豪)「なぜ、そんなことをなさったんですか?」「『この本は版を重ねて売れている』と読者に思い込ませるためです」っていう(笑)。
(宇多丸)いやいやいや……。
(吉田豪)絶対にやっちゃいけないことなんですよ、これ(笑)。
(宇多丸)それを、堂々と?(笑)。
(吉田豪)堂々と。
(宇多丸)詐術じゃないですか、完璧に(笑)。
(吉田豪)フハハハハハハハハッ! 「実は最初から何刷りにもなっているんですね」って言っていて(笑)。
(宇多丸)「○刷出来!」なんて。
(吉田豪)つい最近でもこんなことをやってるっていう(笑)。
(宇多丸)だからでも、「やれることは何でもやる」っていうかね、打てる手は何でも打つっていうかね。そんなイズムだし。あと、コジンスキー『異端の鳥』を最初に文庫で出したのが角川さんだとか。こういうのとかも……。
(吉田豪)そう。あんまり編集者としての評価ってされなかったから、そこをものすごいちゃんと調べて評価してあげていて。いい仕事、してますよ。
(宇多丸)ねえ。だからすごい……密度がすごい本だから、あっという間に読み進められちゃうというか。
(吉田豪)個人的にちょっとすごい面白かったポイント、読んでいいですか? 相米慎二監督と『セーラー服と機関銃』で組んで。あれも大ヒットしたのになぜ、その後は組まなかったのか?っていう理由を聞いたら、角川さんが「相米は腕のある監督です。しかし薬師丸のことを『お前』と呼ぶんです。年下の女性に対して上から目線でものを言う相米を私は正直、好きではありませんでした。私も薬師丸のことをプライベートでは『ひろ子』と呼ぶことはあります。けれどオフィシャルな場では1人のプロの女優としてきちんと接して、決して呼び捨てにすることはしません。そんなこともあり、距離を置いたのです」みたいなことを言ってるんですけど……「私は決して呼び捨てにしません」って言いながら、ずっと「薬師丸」と呼んでいるんですよ(笑)。
(宇多丸)まあ、ねえ(笑)。
(吉田豪)そして「相米」と呼び……っていう(笑)。
(宇多丸)まあ、だから見出してるからね。それはね。
(吉田豪)プライベートでは「ひろ子」と呼ぶことはあるけど、表では「薬師丸」と呼んで呼び捨てにはしないんだ……えっ?っていう(笑)。
(宇多丸)まあ、でも相米さんのああいうしごき演出みたいなね。それがね。
(吉田豪)今となってはたぶんアウトだろうと言われるレベルのね。
(宇多丸)あったんじゃないですかね。思うところがね(笑)。俺、だからここから自分もよくわかっているフィールドに入ってくるんで。めちゃめちゃ楽しみなんですよ。
(吉田豪)ぜひ、じっくり読んでください。
(宇多丸)あと、『人間の証明』。やっぱりお母さんへの思いがあって……みたいなところとかね、すごいグッと来てしまいましたね。ということで今、玉さんに激押しされて。玉袋筋太郎さんも激読み中。伊藤彰彦さんの『最後の角川春樹』。これをまずは1冊目、ベストタレントの方にお勧めいただきました。
<書き起こしおわり>