宮藤官九郎さんが2023年3月1日放送のTBSラジオ『パンサー向井の#ふらっと』に出演。中村勘三郎さんが勘九郎時代に同じ「かんくろう」を名乗る者として挨拶をした話をしていました。
(向井慧)じゃあ、まずひとつ目のお土産話、よろしいでしょうか?
(宮藤官九郎)さっきもちょっと話しましたが、歌舞伎俳優のメンタリティについて。
(向井慧)メンタリティ……さっき、「モンスター」みたいなお話もありましたけども。
(三田寛子)でも歌舞伎役者に一番愛されてるんじゃないですか?
(宮藤官九郎)いや、そんな……そんな風に言っていただけるのは嬉しいですけども。
(三田寛子)もう大人気ですけども。でも私、伺いたかったんですけども。うちは親戚だからお兄ちゃま……勘三郎を襲名する前が「勘九郎」って名前でずっと皆さんに愛され続けてらして。で、初めて私が拝見したのは、兄が出てた2005年からのコクーンの『ニンゲン御破産』。あの時、お出になっていましたよね?
(宮藤官九郎)はいはい。僕も出ていました。
(三田寛子)で、「ああ、あの人も『かんくろう』っていう名前なんだ」って思って。それはなんか、由来があったんですか?
(宮藤官九郎)由来はね、たぶん特にないんですよ。で、僕もうちの主宰の松尾スズキさんに「官九郎」って名前をつけられたけど。なんか今さら、その理由を聞くのもな……なんて。
(三田寛子)ああ、松尾さんがパッとつけられたんですね?
(宮藤官九郎)「でもまあいいや」って思って、官九郎を名乗っているとそのうち遭遇するようになっちゃって。
(三田寛子)そうですよね(笑)。だって『ニンゲン御破産』の時にお兄ちゃまが出てらして。
(宮藤官九郎)で、挨拶をする時に「すいません。僕も『かんくろう』なんですけど。僕の『かんくろう』はそんなに『かんくろう』じゃないんで。あんまり気にしないでください」っていう……。
(三田寛子)アハハハハハハハハッ!
(宮藤官九郎)そしたら「俺、勘三郎になるから。ちょっとさ、宮藤くんも一緒に『官三郎』になろうよ」って言われて。「えっ、俺が官三郎になってもしょうがなくないですか? 特に験を担ぐでもないですし……俺、もうちょっと官九郎、やらしてもらっていいですかね?」なんつって。
一緒に「かんざぶろう」になろう
(宮藤官九郎)そしたら勘三郎になったら今度、勘太郎くんが官九郎になったじゃないですか。
(三田寛子)だって『いだてん』の時に勘九郎・官九郎で(笑)。
(宮藤官九郎)「うわっ、かんくろうが2人いる! 勘九郎と官九郎だ!」みたいに。だからこう、そこが聴きたいところでもあるんですけども。僕、だってたぶん最初にお仕事をした時、旦那さんが橋之助さんだったんですけども。今、息子さんが橋之助さんでしょう?
(三田寛子)そう。襲名するとみんな○代目△△って継いでいって名前が変わるから。そういうのって、外から見ていてどうですか?
(宮藤官九郎)外から見ていたら、もうぐっちゃぐちゃですよ(笑)。
(三田寛子)ぐっちゃぐちゃ(笑)。
(宮藤官九郎)だから、お互いには絶対に本名で呼び合うじゃないですか。
(向井慧)ああ、なるほど!
(三田寛子)そうですね。その歌舞伎の中では。
(宮藤官九郎)そう。「タカちゃん」とか「○○ちゃん」とかって。下の名前で呼ぶんですよ。すると誰のことを言っているのかがわかんないんですよ。
(三田寛子)そうかー!(笑)。
(宮藤官九郎)「えっ、今誰のことを言っている?」みたいな。「いやさ、タカちゃんがさ……」「タカちゃんって誰だっけ?」みたいな(笑)。あれ、大変ですよね。
(三田寛子)みんな、だから生まれたらもうそこにいて。みんなもう、一緒に公私共にというか、ほとんど親戚みたいな感じだから。
(宮藤官九郎)そうなんですよ。ほとんど親戚でやっている集団に演出家っていうことで呼ばれて行っても、それって昨日今日の関係じゃないですから。見てると、俺がちょっと考えてたら、「じゃあさ、ここをこうしてさ、こうしてさ。君、こっちから出てきなよ」っつって。それでできちゃうんですよね。
(向井慧)その時に「あれ? ちょっとそうじゃないな」って思う時とか、ないんですか? 「そっちに行かないでほしいな」とか。
(宮藤官九郎)ああ、あるけど……それって親戚でやってるやつじゃないですか。「親戚の決まりって、あるんだろうな」みたいな。「この家の決まりでやってんだろうから」って。
(三田寛子)歌舞伎の場合は本当に、古典とかは演出家はみんな、役者自身なので。こうやって新作歌舞伎でやっていただくと、そこでまたいろんな発見もあるんですけど。みんな、それぞれの主張もね、きっとあって大変だったとは思いますけど。
普段は自分で演出をしている歌舞伎役者たち
(宮藤官九郎)普段、演出家がいないところで、親戚だけでやってるやつだから。「じゃあさ、こうして、こうして」「そこ、やりづらいな。じゃあ、こうするわ。こうするわ」って。それでできたものを「どうですか?」って魅せられて。「はい……」って(笑)。
(向井慧)「外から言うのもな……」っていう感じになってきちゃう?
(宮藤官九郎)「そうかなと思ってました」みたいな。「あれ?」みたいな。
(三田寛子)でも、それこそ中村座の時はコロナの問題とかで、急に配役を変えたり、中止になったり。いろんなことがあったじゃないですか。その対応もね、ちゃんとリーダーシップを取ってやってくださって。
(向井慧)じゃあメンタリティで言うと、やっぱりそういうところ?
(宮藤官九郎)そうですね。早いですよね。それで、その出来上がっていくのも早いし。コロナの時もそうでしたけど。何日かしたら、もう代役で主演の人が変わってたりとか。で、コロナが明けたらその元の人に戻ってたりとか。俺が見に行ったやつも、たしかそうでした。8人ぐらい代役だっつって、やってたりとかして。それって、でも別にコロナの前からやってたんですよね?
(三田寛子)もうね、できて当たり前なんです。特に古典なんかは常に、全部頭に入っていて。急に代役が回ってきた時にできなきゃ「もう、お前は歌舞伎役者、やめろ」って言われるから。常にいろんなセリフを、もうちっちゃい時から、子供たちは覚えてます。
(向井慧)だから宮藤さんと書かれてるお芝居でそういう代役がゴロゴロってことは、なかなか難しいですもんね。
(宮藤官九郎)そうなんですよね。
<書き起こしおわり>