高橋芳朗 BLACKPINK『Born Pink』を語る

高橋芳朗 BLACKPINK『Born Pink』を語る アフター6ジャンクション

高橋芳朗さんが2022年9月27日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でBLACKPINKのニューアルバム『Born Pink』について話していました。

(宇多丸)ということで前半はBLACKPINKのニューアルバム『Born Pink』について。そして後半はニューリリースの中から芳朗さんピックアップの曲を聞いていきます。ちなみに『Born Pink』、宇垣さんはもうめちゃくちゃ愛聴しているということで。僕は逆に聞けてないんで、今日の解説でいろいろと勉強してこうと思いますんで、よろしくお願いします。

(高橋芳朗)よろしくお願いします。じゃあ、早速始めさせていただきますけれども。BLACKPINKのニューアルバム『Born Pink』から現状、2曲シングルがカットされてるんですね。アルバムに先行して8月19日に公開された『Pink Venom』。これは全米チャート初登場22位を記録しています。で、アルバムと同日にミュージックビデオが公開された『Shut Down』。これは全米チャート初登場25位をマークしておりますけれども。

この2曲のシングルに言えるのはですね、歌詞は従来通り英語と韓国語のミックス。やや英語多めのバランスみたいな感じなんですけど。今までのシングル曲と比べると、ヒップホップ色、ラップ色が強いですね。歌よりもラップが前に出てる印象があって。で、これって去年にリードラッパーのリサがソロとして成功を収めたことを受けてのシフトとも言えるんじゃないかなと思うんですね。

(宇垣美里)『LALISA』。

(高橋芳朗)うん。『LALISA』。そうです。

(高橋芳朗)で、彼女は先月、アメリカのニュージャージーで開催されたMTVビデオミュージックアワードで、最優秀K-POP賞を受賞してるんですよ。で、このカテゴリーって2019年に開設されて、去年までの3年はずっとBTSが取ってたんですね。で、今回リサはBTSとかTWICEを抑えてソロアーティストとして初めてウィナーになったんですけど。だからもうソロでもアメリカでそのぐらいの存在感があるっていうところですよね。

だから今回のBLACKPINKのカムバックに当たってのシングルは、そういうリサがより映える曲作りを推し進めていったところもあるんじゃないかなと思います。なんでそのへんをちょっと踏まえて、まずは先行シングルの『Pink Venom』から聞いてもらいたいんですけど。「ピンクの毒を食らえ!」みたいな、ボースティングというか、自己賛美の曲ですね。で、「ヒップホップ色が強い」っていうのは単にラップが前に出てるわけじゃなくて、ヒップホップ好きの耳を引きつける心憎い仕掛けが随所に施されてるので。

(宇多丸)なるほど。ヒップホップIQ高めの。

(高橋芳朗)そうですね。詳しくは曲を聞いてから解説したいと思います。BLACKPINKで『Pink Venom』です。

BLACKPINK『Pink Venom』

(高橋芳朗)BLACKPINK『Pink Venom』を聞いていただいております。

(宇多丸)今、ミュージックビデオを見ながら聞いていたけども。なんかすごい、めちゃくちゃデカいセットとかが何個も何個も使われていて。どんだけ金をかけてるんだよ?っていう。

(高橋芳朗)とんでもない額、かけてるでしょうね。

(宇多丸)勝負曲なんだね。勝負曲にして、めちゃくちゃドープっていうかさ。「ドープ」って言いたくなるようなヒップホップチューンだね。

(高橋芳朗)そう。バースがすごいアグレッシブで。サビのかわいさが逆に不気味っていうか、なんか怖いぐらいなんですけど。で、さっき言った「ヒップホップ好きの耳を引きつける仕掛け」っていうと、まず冒頭の掴みですね。ジェニーのラップで曲がスタートするんですけれども。BLACKPINKのカムバックの第一声として、彼女がどんな言葉を発してるか?っていうと、これがノトーリアス・B.I.G.。1997年にわずか2枚のアルバムを残して凶弾に倒れたレジェンドラッパーのノトーリアス・B.I.G.。通称ビギーの遺作に収録されてる『Kick in the Door』の有名なフレーズの引用なんですね。「Kick in the door, wavin’ the .44」っていうラインなんですけども。ちょっと聞いてみてもらえますか?

(宇多丸)今のサビのところね。

(高橋芳朗)はい。今の部分なんですけども。

(宇多丸)これが1997年。ビギーのセカンド・アルバムに入っている『Kick in the Door』という曲のサビの部分。

(高橋芳朗)じゃあ続けて今のノトーリアス・B.I.G.のラインを引用したジェニーのラップ、改めて聞いてみてください。

(高橋芳朗)わかりますかね?

(宇多丸)だからアメリカである程度の年齢じゃないけども。ヒップホップを聞いてるような人だったらわかるわけですよね?

(高橋芳朗)そうですね。で、ノトーリアス・B.I.G.の『Kick in the Door』のフレーズ。「Kick in the door, wavin’ the .44」っていうのは「ドアを蹴破って44口径の銃を振り回す」みたいな、ちょっとバイオレンスな歌詞なんですけども。この一節をジェニーがどうアレンジして引用してるかっていうと「Kick in the door, waving the coco」なんですね。「ドアを蹴り破ってココを振り回す、ココを見せつける」みたいな意味なんですけども。

(宇垣美里)「ココ」?

「Kick in the door, waving the coco」

(高橋芳朗)要はこれ、「BLACKPINKのお出ましだ!」みたいなニュアンスなんですけれども。そのビギーの「.44」から置き換えたそのジェニーの「ココ」が何を意味してるのかっていうと……ココ・シャネルですね。ジェニーって2018年から今に至るまで、ずっとシャネルのアンバサダーを務めているんですよ。だから彼女って全身シャネルで決めてることも多いんですけど。そのあたりも踏まえた、カマしですよね。

(宇垣美里)ああ、なるほど!

(高橋芳朗)BLACKPINKはメンバー全員がハイブランドのアンバサダーを務めているんですね。

(宇垣美里)「ミュージックビデオの中でもめちゃめちゃハイブランドの服、着とるやん!」って思いながら見ていました(笑)。

(高橋芳朗)リサがセリーヌとブルガリ。ロゼがサンローランとティファニー。で、ジスがディオールとカルティエとか。だから、こういう自分たちの格の違いをそのノトーリアス・B.I.G.の有名なフレーズを使ってカムバックの最初のアップでバシッと言い切ってるのがかっこいいなと思います。そういうところですね。

(宇垣美里)かっこいい!

(宇多丸)しかもそのヒップホップの歴史を踏まえてるというかね。

(高橋芳朗)そうなんですよ。で、このジェニーの次はリサが登場するんですけど。彼女のラップもまずリアーナの『Pon de Replay』っていうデビューヒットの引用で曲を始めて。50セントの『P.I.M.P.』の引用で締めくくってるんですよ。


(高橋芳朗)だからこういう要所要所での……まあリアーナはR&Bですけど。ヒップホップクラシックの引用が今回のBLACKPINKのラップモードといいますか。ヒップホップモードを強調することになってるなっていう感じはありますね。他にもね、ナズとかメソッド・マンといった90年代に活躍したラッパーたちを連想させるフレーズもちらほらあったりして。さらに……。

(宇多丸)途中でなんかね、ちょっとGファンク風なと言いますか。ありますよね。

(高橋芳朗)ヒップホップ好きとして見逃せないのは、その最初のサビを通過した後のセカンドバースですね。現行のトレンドのヒップホップのトラックから突然、1990年代のヒップホップシーンを席巻したGファンクと呼ばれるサウンドに切り替わるんですよ。

(宇多丸)なんかピロピロピロピロ言い出しましたよ?

(高橋芳朗)Gファンクって、ドクター・ドレーというヒップホップ史上で最も成功したプロデューサーが生み出した、1990年代にアメリカ西海岸のヒップホップシーンで大流行したサウンドで。ちょっと聞き比べてみたいんですけど。典型的なGファンクサウンドを聞いてもらいましょうか。 はいドクター・ドレーが1992年にリリースした名盤『The Chronic』からオープニングの『The Chronic (Intro)』を聞いてください。

(高橋芳朗)この、さっき宇多丸さんが言ってたピーヒャラピーヒャラ言っているキーボードがGファンクのシグネチャーで。

(宇多丸)元はね、『Funky Worm』っていうオハイオ・プレイヤーズの曲なんだけども。これをもっとメロウにしてたりするのがGファンクの特徴ですけど。まあ、ピロピロピロピロ言ってるっていう。

(高橋芳朗)じゃあ、続けて『Pink Venom』の該当部分を聞いてもらいましょうか。サビの後半からGファンクに切り替える流れの部分です。どうぞ。

(高橋芳朗)ここですね。

(宇多丸)これはサンプルとかじゃなくて、それ風のトラックっていうことですか?

(高橋芳朗)そういうことですね。

(宇多丸)でも1曲の中にどれだけヒップホップ記号が入ってるか?っていうことだよね。

(高橋芳朗)そうなんですよ。これまでのBLACKPINKの曲だったらトラップとEDMのコンボみたいなところがあったと思うんですけど。ここでGファンクを持ってくるあたりに……。

(宇多丸)なんかさっきから90年代、2000年代ヒップホップっていう感じですね。

(高橋芳朗)だからこういうあたりに今回の彼女たちのラップモードを強く印象づける要素が打ち出されてるなっていう感じもしますし。やっぱりリサが引き立つ曲構成ではあるかなっていう気もしますね。

(宇多丸)たしかにね。強めのラップが引き立ちますよね。めっちゃ上手かったよ。かっこよかった、すごい。文句なしにかっこいい。

(高橋芳朗)かっこいいよね。ここのリサのバースにも「Masked up and I’m still in CELINE」っていう。「マスクをつけてからずっとセリーヌを身にまとってる」っていうフレーズがあって。リサって2020年からセリーヌのアンバサダーを務めているから。たぶん「マスクをつけてから」っていうのは「パンデミックになってからずっとセリーヌをやってるんだ」っていう。

(宇多丸)この2年のことを「マスクをつけてから」って表現してるわけよね。うまいね!

(高橋芳朗)めちゃくちゃかっこいいです。

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