鳥嶋和彦『クロノ・トリガー』とVジャンプを語る

鳥嶋和彦『クロノ・トリガー』とVジャンプを語る アフター6ジャンクション

元週刊少年ジャンプ編集長の鳥嶋和彦さんが2021年11月18日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』にゲスト出演。傑作RPG『クロノ・トリガー』とVジャンプについて話していました。

(渡辺範明)で、ここで今回のようやく本題である『クロノ・トリガー』の話になるんですけど。『クロノ・トリガー』はまさにそういう感じで、Vジャンプ誌上で最初に鳥山先生のイメージビジュアルをイラストとして見せていくっていうところから始まってますよね? それにターゲットを絞ってゲームを構成していくっていう、割と今のこのハリウッド映画とかの作り方にちょっと近いなって思うんですけど。それを提案されたのも鳥嶋さんですか?

(鳥嶋和彦)まあ、坂口と話をして。それをもう1歩、押し進めようと。坂口さんおよび、当時スクウェアは「鳥山さんの自由な発想と絵がほしい。こちらが『こういうものを書いてくれ』っていうのではやっぱり発想が飛ばないから。おおよその『こういうシーンです』っていうラフな文字情報を読んでもらって。それで発想するものを自由に書いてもらって。それに向かってゲームを作りますから」っていう。

(宇多丸)ハリウッド映画で言うところのイメージボードみたいな。なるほど。

(鳥嶋和彦)だからだからそういう意味では当時、鳥山さんの本当にベストの絵ですよね。ご本人には悪いけど、今はあの絵は絶対に描けない。

(渡辺範明)まあ、でもそのイメージをすごく広げてくれる絵ですもんね。『クロノ・トリガー』のプロジェクト自体は言いだしっぺっていう意味だと、どなたになるんですか?

(鳥嶋和彦)ええとね、これを言うとエニックスの悪口になるから……。

(渡辺範明)それをお聞きしたいんですよ(笑)。

(鳥嶋和彦)あの、ドラクエ1、2、3が出て、やっぱりもう堀井さん、世間で非常に優秀なゲームクリエイター……ある種天才だってわかって。ところが4、5っていう風になっていった時に、やっぱりドラクエが行き詰まっていくんですよね。ゲームとして。僕から見るとね。で、なんだろうな? 堀井さんがやっぱり成功体験から抜け出せていない。自分のゲームの成功に囚われている感じが僕はして。で、本来ならそこに、漫画で言えば漫画編集がいて。そこでやっぱり話をして、新しい方向性を切り開いたり、壁を突破しなきゃいけないんですよね。アシストして。そういう意味で言うと、僕はドラクエのプロデューサーの千田さんに実は散々言ったんですよ。

ドラクエシリーズの行き詰まり

(鳥嶋和彦)「エニックスは本当の意味で堀井さんを理解していないし、大切にしてない」と。で、今の話をしたんですよ。「このままでは堀井さんの才能の無駄遣いになる」って。それを千田さんに話しても馬耳東風で。千田さんは馬は育てたけど、やっぱり編集者とか作家を育てられなかった人だから。そういう意味で、堀井さんに新しい可能性を切り開いてほしかったんだよ。となった時に、シナリオはやっぱり堀井さん、一流だから。プログラムとかビジュアルに関して、やっぱり当時一番作り込んでいてうまいところ……それはスクウェアだ。坂口のところだよねって。

(宇内梨沙)うわーっ! FFに行くんだ。

(鳥嶋和彦)で、鳥山さんももう中世の物語だけの1、2、3じゃないものを描きたい。いろんなキャラを描きたい。悪いやつとか、メカとかね。っていう話をしたら坂口が「うちとやるんだったらそれ、描けますよ」ってなって。だからそういう意味で言うとクロノはロボットも出てくるし、怪獣も出てくるし、いろんなものが出てるじゃないですか。これはドラクエではやれないものだから。という話をしていて。もう一方では僕のね、野心じゃなくて邪心もありますから。

(宇多丸)邪心(笑)。

(鳥嶋和彦)やっぱりVジャンプで新しい1本を立ち上げて、新しい名刺を作りたいと。ドラクエとかFFはやっぱり週刊少年ジャンプでやっているものだから。だからクロノっていうのをVジャンプでメインでやれば新しい旗が立つから。で、「ドラクエ+FF=ナンバーワン」っていうね、そういうあおりで予定稿を用意して。で、千田さんにもファックス送ったら「勘弁してくれ」っていうのが来たんだけど。もうお構いなしに。「もう出ちゃったものだから」って。

(宇多丸)えっ、そんな順番でいいんですか?(笑)。

(鳥嶋和彦)その手前で話したんだけどやっぱりね、OKしてもらえなかったから。もう強行突破です。

(宇多丸)それはすごいな(笑)。

(鳥嶋和彦)まあ、いざとなったら「ドラクエから鳥山さんを引く」っていう言葉はここまで用意してたんですよね。

(宇多丸)うわーっ!

(渡辺範明)僕、今日実は1個、一番お聞きしたかったことがあって。ここの段階の話なんですけど。当時、エニックスって開発チームを持っていなかったじゃないですか。で、全部外注でやってますよね? なので、やろうと思えばスクウェアとエニックスの合同のプロジェクトとして『クロノ・トリガー』をやることもできただろうなと思うし。鳥嶋さんがそれを思いつかないはずはないんだけど。で、その方が絶対に千田さんに対しても角が立たないじゃないですか。

(鳥嶋和彦)あのね、簡単に言うとね、社長の福嶋さんがケチで、千田さんがすごく用心深いから、そういう話は通らない。したこと、あるもん。

(渡辺範明)ああ、そうなんですね!

(鳥嶋和彦)一方のスクウェアは坂口はオープンマインドだし。経営も「当たればいいや」っていう考え方でいい加減だから。スクウェアは。イケイケどんどんだから。だからやっぱりどっちに話をして振ったら実現するか?って言ったら……。

(渡辺範明)そっちの方が実現のルートとして早かったということですね。

(鳥嶋和彦)だから僕は僕なりに……まあ千田さんが聞いてるかどうかわかんないけど。僕なりに理を尽くして説明したとは思いますよ。

(渡辺範明)そうですか。僕、実はこの件に関して1個、仮説を持ってきたんですけど。もしかして、鳥嶋さんはスクウェアと坂口さんのチームをドラクエとかエニックスと並ぶライバルに育てるためにエニックスを外したんじゃないかな?って思っていたんですけど。そういうところはないんですか?

(鳥嶋和彦)いやいや、そこまで深い考えは当時の若造の僕には無理ですよ。単純に、少年ジャンプ的に言うとね、やっぱり悟空を立てるためにはピッコロとかベジータが必要なんですよ。だからライバルを立てたかったんですよ。で、言うとやっぱりね、最初に戻りますけど。最大限、堀井さんを追い込んで、才能を発揮してほしかった。それだけの才能だって僕は見込んでいたから。

(渡辺範明)なるほど。「堀井さんのため」という側面がかなりあったということなんですね。

(鳥嶋和彦)やっぱりね、堀井さん。ライター時代に僕ね、堀井さんの天才性を痛感したのは、いろんな記事を彼と取材してやったんですけどね。「シーラカンスを食べる」から始まって、いろんなものをね。ところが堀井さんね、なかなか原稿を書かないんですよ。さっきも話しましたけど夜8時に来て、10時まで何にもしないでこうやってね、紙くず散らばしたりして、何もしない。ところが10時ぐらいになるとムクッて原稿を書き始めるんですよね。そうすると1時間ぐらいでほぼ書き終わるんです。書き上がった原稿、ほぼ直しがないんですよ。それもすごくわかりやすい文章で、すごく的確に情報を伝えるんでね。

(渡辺範明)なるほど。ドラクエのシナリオは本当にそうですもんね。

(鳥嶋和彦)で、ドラクエもやっぱり堀井さん自身が言ってましたけど。作りながら自分で紹介記事を書いて、読者の反応を見てそれをゲームにフィードバックする。だからすごくユーザーと一緒に進んでいたゲームなんですよね。たぶん日本では唯一じゃないですかね?

(渡辺範明)お客さんとコミュニケションしながら作るってことですよね。

(鳥嶋和彦)だからそういう意味ではあれをオンタイムで見てた子供たちはすごく勉強になったし、ワクワクしたんじゃないかな?っていう。

(宇多丸)これは堀井さんに限らずですけど。一般論としてその才能を引き出す時に、やっぱり編集者的な視点から見て、なにか圧をかけたり……「ここをもっと出せよ」みたいなのをやるのが才能を引き出すためにやっぱり必要だっていう風に鳥嶋さんはお考えということですか?

(鳥嶋和彦)基本的には才能がある人って僕はやっぱり愛する人ですから。僕からするとね。やっぱり愛するが故に厳しくですから。やっぱり優しくしても、愛は育まれないから。厳しくしてはじめてその本質がわかるから。

(宇多丸)やっぱりギュッと圧をかけてグッと出るものがほしい。必要だってことですかね?

(鳥嶋和彦)で、好きなんで、やっぱりいいところが見えるんですよね。だからそこはやっぱり全部ほしいんです。

(宇多丸)「本当はこれを出せるのにな」っていうのを見て、歯がゆかったんですね。

(鳥嶋和彦)だから僕はよくインタビューで言うんですけどね。書きたいものと書けるものは違う。書きたいものは憧れでコピーで。本来、本人の中にある、眠っているものを引き出す。これが僕は本人の原点だと思うんですね。オリジン。で、原点的なものが僕はオリジナルだと思うんです。オリジナルっていう言葉はそこにあるんじゃないかなと。

本人の中にある、眠っているものを引き出す

(宇多丸)なるほど。これはすごいですよね。書きたいことっていうのはだいたいその人の元々ある手札だから。それは大したことなくてっていうのは面白い。すいません。邪魔しちゃって。

(鳥嶋和彦)それで言うと、まあ話はちょっと続けると。これで終わりにしますけど。鳥山さんも「実は女の子は描きたくない」とかね。「少年漫画だから嫌だ」って言っていて。で、たまたまに出てきた『Dr.スランプ』の第1話のアラレ。発明品で第1話に登場したんですけど、第2話では消えているんですよ。発明品だから。で、「この子すごくいいのに、何で出さないの?」って言ったら「いやいやいやいや」「この子を主人公にしようよ」「嫌だ。少年漫画だから女の子、描きたくない」って。

それで賭けをして。女の子が主人公の漫画を読み切りでひとつ、書いてもらって。「アンケートが3位以内だったら僕の言うことを聞いて。4位以下だったら君の言う通りでいいから」って。で、『ギャル刑事トマト』っていう読み切りを描いてもらって、3位だったんですよ。で、アラレを主人公にしてもらって。だけど鳥山さんも頑固だから、タイトルだけが『Dr.スランプ』で、則巻千兵衛のままなんですよ。

(宇多丸)ああ、そういうことなんだ!(笑)。

(渡辺範明)アニメだけですもんね。「アラレちゃん」ってついているのは。

(宇多丸)なるほど! こっちの話もすいません(笑)。

(渡辺範明)あと、もう1個お聞きしたかったのがですね、『クロノ・トリガー』に関して言うと、『クロノ・トリガー』あってあれだけ評判がよくって、名作と言われるゲームになったわけですけど。にもかかわらず、たとえばその『クロノ・トリガー』自体をアニメ化したりとか、コミック化したりとか、シリーズ化っていうことがあんまりされてないじゃないですか。続編でスクウェアとしては『クロノ・クロス』っていう続編が1本あるんですけど。たとえば『クロノ・トリガー2』みたいな形のものを鳥嶋さんのプロジェクトとしてやりたいなと思ったことはないんですか?

(鳥嶋和彦)なかったね。

(渡辺範明)ああ、そうですか。

(鳥嶋和彦)やっぱりあれで完結した感じがあるからな。すごくやっぱり、何だろうな? ある種、満足感のいくゲームだよね。でもこれね、僕はやっぱり坂口に感謝したいのは、当時坂口はサポートで。メインでこのゲームを作ったわけじゃないんですよ。当然、FFをやってるから。で、他の信頼するスタッフが作っていて途中のロムができて。それを名古屋に、鳥山さんに途中のを見せに行くっていうんで。

僕は新幹線で行って、鳥山さんに見せる直前に坂口から電話がかかってきて。「鳥嶋さん、鳥山さんにあれ、見せましたか?」「いや、まだ。これからだけど」「悪いけど、それを見せないでまんま持って帰ってきてもらえますか?」っていうのがあって。「なんで?」って……僕もそれ、わかってたんだけど。出来がイマイチだったのよ。で、坂口は「今日から僕がこれ、テコ入れに入って。泊まりでやります」って言って。

(渡辺範明)そうか。スイッチが入ったわけですね。

(鳥嶋和彦)で、その時にね、「ああ、こいつは信用できるやつだな」と思って。それで一気に彼をはじめとするメインが入って今のクロノになったんですよね。

(渡辺範明)それはもう、その時1回しかできないものだという?

(鳥嶋和彦)そうだと思います。で、たぶんあと堀井さんが関わっているから。これはマニアなら分かると思うんですけど。スクウェアのゲームで唯一、主人公がしゃべらないゲームがこの『クロノ・トリガー』なんですよ。ドラクエは主人公がしゃべんないですけど、スクウェアのはみんな、最初からしゃべるじゃない? 主人公が。音声でもね、坂口さんのところのFFは最初からしゃべってるし。ところが、クロノはしゃべらないんですよね。堀井さんが関わっているから。読者が主人公になって冒険をしていくゲームだから、主人公はしゃべらないっていう。それが堀井さんの哲学だったから。

(渡辺範明)特殊な位置付けのタイトルですよね。なんかその続編が出てないっていう……まあ、『クロノ・クロス』っていうのはあるんですけど。『クロノ・トリガー2』『3』みたいな形でシリーズ化してないってこと自体が今、『クロノ・トリガー』が特別な1本になっていることの大きな要因じゃないかなと思ってたんですよ。

(鳥嶋和彦)そう言われるとね、なんでやらなかったんでしょうね?(笑)。やればいいのにね(笑)。

(渡辺範明)それが本当に不思議というか。実はその鳥嶋さんのお仕事の中で、この件に限らないんですけど。鳥嶋さんがやったことっていうのは語られることが多いと思うんですけど。鳥嶋さんがやらないことっていうのに、なんかちょっと秘密があるような気がしていて。その『クロノ・トリガー』で言うとシリーズ化しないとか……。

なぜ『クロノ・トリガー』をシリーズ化しなかったのか?

(鳥嶋和彦)ああ、たぶんね、今思い出した。たぶん少年ジャンプの部数が落ち始めて。僕が3ヶ月断ったけどダメで、少年ジャンプに戻されたんだ。

(渡辺範明)ああ、そのタイミングで。Vジャンプを完全に離れなきゃいけなくなった。

(鳥嶋和彦)そう。で、関われなかったんだね。たぶんそれだな。

(渡辺範明)じゃ、あそれがなかったらやっていたかもしれない?

(鳥嶋和彦)うん。集英社のある種の利益は戻ったけど、未来が失われたね。その時にね。

(一同)アハハハハハハハハッ!

(鳥嶋和彦)本当、『クロノ・トリガー』じゃないけど、あの時に戻ってね……まあ、その時の社長はバカだったね。本当に(笑)。

(宇多丸)まあ、それがあって少年ジャンプは救われたんだからね。

(渡辺範明)そこで『ONE PIECE』が生まれるわけですからね。で、そのVジャンプにもし、鳥嶋さんがそのままいらっしゃったらっていう未来にも興味あるんですけど。このVジャンプって……まあ『クロノ・トリガー』はVジャンプのためにいわば作られたっていうところがあると思うんですが。

(鳥嶋和彦)というよりもね、そこの漫画×アニメ×ゲームになってると思うんですけど。ひとつのモニターで全部見れる時代が来ると思ってたんで。そこに向けて準備したかったんですよ。

(渡辺範明)この表紙に書いてある……これ、Vジャンプの創刊号なんですけど。「ゲーム×アニメ×漫画=ブイジャンプ」って書いてあるんですけども。

(鳥嶋和彦)そう。だから「V」は「バーチャル」ですから。

(渡辺範明)バーチャルジャンプですよね。

(鳥嶋和彦)だからそれで言うと、会社のお金を使って、お金を稼ぎながら、ひとつのモニターに全部映る時代に向けて才能を集めたかったんですよ。だからVジャンプは本来、こんなに長く続けるつもりはなかったの。5年か7年ぐらいやって、そこで集めた人材を元に、そういうところに向かって新しいことをやりたかった。

(渡辺範明)ああ、なるほど。

(宇多丸)でも、そのビジョンが実現するのってつい最近じゃないですか?

(鳥嶋和彦)でも実は坂口がいた、まだスクエニになる前のスクウェアと集英社が合弁会社作って、ジャンプを配信するっていう……。

(渡辺範明)ああ、プレイオンラインの時ですね。

(鳥嶋和彦)そこまで行ったんですよ。でも坂口さんが映画でお金を使い過ぎて、会社が傾いちゃって。その構想はパアになっちゃった。本当に坂口、そこは恨んでるんだけども。

(宇多丸)歴史のいたずらが……。

(渡辺範明)その時は鳥嶋さんが編集長でいらっしゃったんですよね。ジャンプは。

(鳥嶋和彦)まあ今だからもう時効で言っていいと思うけど。月曜日発売のジャンプを金曜日の深夜、土曜日になる12時に配信するっていう。

(渡辺範明)プレイオンラインで。

(鳥嶋和彦)っていうところまで行ってたんですよ。

(渡辺範明)なるほど。そうか。その構想はVジャンプの時の鳥嶋さんの未来像ともかなり一致していたわけですね?

(鳥嶋和彦)そうそう。

(渡辺範明)そうか。それはだからやっぱりね、あちらを立てればこちらが……っていうかね。歴史にIFはないけども。

(鳥嶋和彦)だから、やっぱりあれですね。お金が関わる、組織が関わるところって本当にいろんな事情で予定外のことが起きるから難しいですね。やっぱり、それはたぶんどんな新しいこともみんなそうだと思うけど。構想だけではね。そういう意味じゃあ、力不足でしたね。

(渡辺範明)でもそれは運命のいたずらもあると思うんですけど。鳥嶋さんの……たとえばまあ僕の中で勝手につながっていた話としては、その『クロノ・トリガー』に続編を作らなかったっていうこともそうなんですけど。たとえば『ドラゴンクエスト』に関しても座組を作るところまではやって、その後の開発そのものには関わらないとか。で、『クロノ・トリガー』もそうですよね。その座組を作って、その後は……だから集英社をその開発の座組の中に入れることだって、やろうと思えばできるのに。でも、それはやらないじゃないですか。それはなんでなんですか?

(鳥嶋和彦)ああー、めんどくさかったからじゃない? なぜかって言うと、僕はユーザーとして遊ぶことが好きなんで。どういう風にできるかっていうのはおおよそ興味はあるから、途中の取材はしてますけど。やっぱりね、そういう途中で口を挟むとだいたいろくなことはないんですよね。漫画作品もそうですけど。ネームまでOKしたら、あとは漫画家に任せた方がいいものができる。編集はあるところから入っちゃうと、頭でっかちなんですよ。理屈ではできるんだけど、本来の体温がなくなるんですよ。っていうのがそこまでの経験則で分かってたんで、それはやるべきじゃないっていう。あと、サラリーマン的に言うと、会社を入れると自分の決定じゃないところで決定されると……すごく人間が関わると、それが厄介なの。会社の政治が入ってくるから。だからできるだけ面倒くさい人は外しておくっていうね。

(渡辺範明)集英社内の政治を持ち込まないようにしていたってことなんですね。なるほど。

(宇多丸)先ほど、でも才能を引き出す上での編集的な圧だったりっていうところと、一旦それを引き出したら引くっていう、その見極めっていうんですかね? コントロールしたくなっちゃいそうなもんだと思うんだけど。

(鳥嶋和彦)あの、ものすごく嫌な言い方、していいですか? 僕、編集としてすごく才能があるって途中で気が付いたんで。1人の人に関わっているともったいないなって(笑)。だから、いろんな人に会って、いろんな人を世の中に出したい。今でもその気持ちがあるんですけどね。だから、やっぱりひとつのものにずっと関わっていると……今、手にボトルを持ってますけどね。これを持っていると、次の何かが来た時に、それが持てない。そうすると、これを捨てるしかないんですよね。そうしないと、次の物がつかめない。という時のために持ってる時に「これを一生懸命、世の中に出して。パッと手離れをよくするっていう風にやりたいな」と思っていたんで。

(宇内梨沙)すぐに手放していきたい。

(鳥嶋和彦)だから漫画家の人も打ち合わせで目の前の作品をよくするだけじゃなくて、どうすればよくなるかっていう考え方を身に付けてもらう。打ち合わせの中で。そうすれば、僕が離れても次の担当とすぐやっていけるっていう。

(渡辺範明)答え自体を渡すのではなくて、考え方を渡すっていう。

(鳥嶋和彦)そう。

(宇多丸)考え方。

答え自体を渡すのではなくて、考え方を渡す

(鳥嶋和彦)だからよくスタッフに言ってたのは「1年後は誰でも先を見て仕事できる。3年後、5年を見て仕事をして」って。そうしないと本当の編集者じゃないし。編集者の仕事って僕、よく言うんですけど。編集者の3つある。ディレクションとマネジメントとプロデュース。ディレクションっていうのは目の前の絵コンテを見ながらどう面白くするか? マネジメントっていうのは作家の原稿料、税金の管理、アシスタントの手配。締め切りのどうこうとか。

でも一番難しいのはプロデュース。漫画家は週刊連載を描いていると、枯れていくじゃないですか。その一方で、やっぱりインプットをして。最後まで枯れないようにする。で、次の作品を当てられるように。やっぱり3年後、5年後を見ながら作家を豊かにしていく。だから1時間の打ち合わせの30分は目の前の打ち合わせ。30分は雑談っていうのを心がけてやってましたね。

(渡辺範明)まあ、その栄養を供給していくっていうか。それが堀井さんに対しての『クロノ・トリガー』もそういうものだったってことですかね。

(鳥嶋和彦)とにかくね、刺激を与えたかったんですよ。エニックスができないから。

(渡辺範明)でもそれはまあ逆にスクウェアにとってもきっと刺激になったんですね。

(鳥嶋和彦)だと思いますよ。だから非常に助かったのは、その話を実現した大きな要素はやっぱり堀井さんに好奇心があって、新しいことに向かっていこうっていう気持ちがあったのと、やっぱり坂口が懐が広いから。面白いってことに対して前のめりで応じてくれて、社内を説得しくれたんですよね。だからやっぱりね、この2人にはスケールが大きかったですね。だから言い出しっぺは僕だけど、この2人が才能とスケールがあったからできたということですよ。

(渡辺範明)いや、なんか前から不思議だなと思ってたんですけど。僕、子供の頃やっぱり『クロノ・トリガー』って堀井さんがシナリオをやってると思ってたんですよ。でも、堀井さんは実際その初期のプロットにかかわっているだけで、一言一句のセリフを書いているわけではないと思うんですけど。で、まあ実際はそのスクウェア社内のチームでシナリオとかイベント作成をやってるはずなのに、なんか全体の触り心地としてはやっぱりドラクエ的なわかりやすさとか、触り心地のよさがあって。

あたかも最終的に堀井さんがバランス調整まで関わったかのような作品になっているのが、やっぱりこれってその座組の力というか、コンセプト立てをすることによってみんながその方向に向かって動いていくっていう。これが本当にその、考え方を提示するプロデューサーっていうのの真髄がそこにあるんじゃないかなと。

(鳥嶋和彦)それで言うとね、当時ファミコンからスーファミになった時に容量が増えて。ゲーム業界、ゲームソフトが全体的にビジュアル重視になって。今と同じですよね。それである種のゲーム性が失われていって、面白くなくなっていったんですよね。ファミコンの時は本当にクソゲーも出たけど、面白いゲームもあって、すごく楽しかったんですよ。「えっ、こんなゲームもあるの?」って。だけどスーパーファミコンになって、資本の時代になって。やっぱりそうは行かなくなった時に、やっぱりドラクエとFFはたしかによくできていて面白いんだけど、業界全体がなんかね、楽しくなかったんです。新しいものが出てこなくて。

だから、ちょうどハリウッド映画がつまらない時と同じですよ。2、3ばっかり。ナンバリングタイトルばっかりで新しいタイトルが立たないと、ワクワクしてないじゃないですか。だからやっぱり新しいことをやりたかったんですよ。当時ね、たぶんね、そうそう。ルーカスとスピルバーグがドリームワークスっていう会社を作ったのもその頃だと思うんですよね。そういうのもあって、やっぱりドリームワークスをゲームでやりたいなと思ったんですよ。

(宇多丸)なるほど!

(渡辺範明)「ドリームプロジェクト」っていうチーム名ですもんね。『クロノ・トリガー』を作ったのって。なんか、僕が小学校ぐらいの頃にファミ通かなんかの記事で、「未来のゲームはこんな感じになる」みたいな……まあちょっとバカ記事みたいなやつなんですけど。『ファイナルクエスト』っていう『ドラゴンクエスト』と『ファイナルファンタジー』を合わせたみたいなものが未来のRPGとして語られていたりとかして。要は、そういう願望ってもうずっとみんなにあったんだと思うんですよ。で、そういうみんながなんとなく「こういうのがあったらいいな」って思っているものを実際に形にするっていうのって、なんかコンセプトとしてすごく強いじゃないですか。で、なんかそういう……それって究極の企画法だなと思うんですけど。

(鳥嶋和彦)まあ、だから子供っぽいですよね。一番いいのを集めたら、いいのができるっていう発想ってまさしく小学生の発想だけど。

(渡辺範明)最強+最強=もっと最強みたいな。

(鳥嶋和彦)でも、それが実現できたのは関わった人たちの才能、スケール、タイミングが良かったんでしょうね。だからもう1回やろうと思っても、できないですよ。

(宇多丸)本当、鳥嶋さんの思い切りっていうか。「やっちゃえ!」っていうところですよね。普通の順番じゃないっていうか。それができたっていうのは……。

(鳥嶋和彦)やっぱり、そうですね。この仕事をやってて面白いのは、いつも思うのは、誰よりも最初に面白いものを見たいってあるじゃないですか。作り手側にいると。それがね、ワクワクするんですよ。

(渡辺範明)なんか「ワクワク」っていうことをすごいおっしゃいますもんね。『クロノ・トリガー』で、それでだからスクウェアがある意味1個、一段引っ張り上げられたというか。そういうのがあって。で、実際にその後、FFとドラクエのライバル関係で言うと、ずっとFFがドラクエに対して追う立場だったのが、FF7の時にその販売本数が逆転するっていうのはちょうど、その『クロノ・トリガー』の後であるんですけど。なんかこれが無関係じゃないんじゃないかなって。

(鳥嶋和彦)そこはね、僕は坂口およびスクウェアのすごさだと思うのは、いつも新しい才能が出てくるんですよ。で、FFのナンバリングが次になった時に、僕らプレゼンで「今度、こういう方向で行く」っていうのをスクウェアに説明を聞きに行くじゃないですか。そうすると、坂口がかならずね、その時の新しい天才を紹介してくれるんですよ。

(渡辺範明)ああ、人として。

いつも新しい才能が出てくるスクウェアとFF

(鳥嶋和彦)「鳥嶋さんね、今回の天才、こいつです!」って。で、北瀬さんとかね、キャラクターデザイナーの野村さんとかを紹介してくれるわけ。だからそのへんがね、やっぱりスクウェアってうまいなって。そこは堀井さん、ずっと1人じゃないですか。それはそれの手触り感はすごいんだけど。そこがね、逆に言うと苦しさなんですよ。

(渡辺範明)ドラクエはちょっと伝統芸能みたいな世界に入ってますもんね。

(鳥嶋和彦)だからそういうところがね、歯がゆかったんですよ。本来、それはエニックスが、プロデューサーの千田さんがやることですよ。これをやらないから。やれないから。

(渡辺範明)千田さんっていうのはエニックスのプロデューサーの全ての源流のような方なので、ちょっとコメントしづらいところがあるんですけれども(笑)。

(鳥嶋和彦)だから僕はやっぱりね、結果一緒になってしまったことに一番がっかりしたよね。だって、ライバルが一緒になったら新しいものが出てこないもん。

(宇多丸)いやー、ということでちょっとお時間が来てしまいましたが。渡辺さん、まず今回、どうですか? 聞きたいことっていうのは一通り、行けましたか?

(渡辺範明)僕は勝手な仮説として、鳥嶋さんがスクウェアをエニックスおよびドラクエのライバルとして育てるために堀井さんと鳥山先生を『クロノ・トリガー』で連れてきて。で、スクウェアを育てて、業界自体を面白くしようとしたんじゃないかと思ってたんですよね。で、実際その後に合併してスクエニができた時に、スクエニが合併したことによってゲーム日本のゲーム業界がつまんなくなったじゃないかとおっしゃっていたのもそこに繋がるんじゃないかなと思っていたんですけど。

まあ、さっきのお話ではそういう意図ではなかったいうというのもありましたが。でも実際、鳥嶋さんがゲーム業界を……要はプロデューサーとしてコンテンツのプロデュースでVジャンプみたいなメディアのプロデュースとか、あるシリーズのプロデュースとかっていうことを超えて。業界自体を面白くするみたいな。

(宇多丸)活性化させて。二大政党制じゃないけどね。

(渡辺範明)そんなモチベーションで動かれているということが……。

(鳥嶋和彦)だからいつも僕、迷う時にはかならず思うんですよ。「子供から見て一番ワクワクドキドキするものってなんだろうな?」って。僕ら、いつも思うのはやっぱり子供の100円玉で支えられているビジネスなんでね。一番大事なのは子供の視点、目線なんですよ。彼らを裏切ったら僕らの仕事はもう終わりです。

(宇多丸)でも、それをキープするのっていうのがまた難しいんじゃないでしょうか?

(鳥嶋和彦)うん。だから面白いんですよ。一番厳しいユーザーだから。

(宇多丸)そうですよね。忖度ゼロですもんね。なるほど。ということで、お時間が来てしまいました。最後にぜひ、ちょっと鳥嶋さんからお知らせことももちろんいただきたいですし。聞いてる中にはいろんなクリエイター……ゲームに限らずですけど。ゲーム、漫画いろいろありますけど。クリエイター志望の人もいると思うんで。なんかそういう人にちょっと、ビシッとメッセージなどもいただけるとうれしいかなと思うんですが。

(鳥嶋和彦)メッセージね……まず、いつまでも頭の中の傑作にかけずりあっていないで、形にして、駄作にしてください。で、傑作から駄作に至る過程を埋めるのが実際の仕事だと思うんでね。頭の中にある限りは永久に世の中に出ないです。だから形にしてもらえば、誰かの目に止まって、絶対良くなります。

(宇多丸)それを良くしていく道筋もできますもんね。まずは手を動かせと。

(鳥嶋和彦)そう。

(宇多丸)渡辺さん、最後に。

(渡辺範明)僕は本当に鳥嶋さんと比べるべくもない、まだ全然ひよっこなんですけども。プロデューサーとしてっていうところでの精神の……なんか鳥嶋さんにそのエッセンスみたいなものをお聞きしたいなと思ってたんですけど。なんか、わかったような、わからないような……(笑)。

(宇多丸)ねえ。この時間では。でも、なんか僕らは、ラジオスタッフとしてもたぶん示唆はすごいあったかなと思うんですけどね。ということで、本当にお時間が来てしまいました。「国産RPGクロニクル」特別編。本日は鳥嶋和彦さん生インタビュー。渡辺範明さんにお願いしました。お二人、ありがとうございました。鳥嶋さん、ありがとうございます。

(鳥嶋和彦)はい。

(宇多丸)渡辺さん、お疲れさまでした。

(渡辺範明)ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

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