高橋芳朗 BTS『Permission to Dance』を語る

高橋芳朗 BTS『Permission to Dance』を語る アフター6ジャンクション

高橋芳朗さんが2021年7月26日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。BTS『Permission to Dance』について、宇多丸さん、宇内梨沙さんと話していました。

(宇多丸)今回はなんでしょうか?

(高橋芳朗)今回はですね、韓国のボーイズグループ、BTSが7月9日にリリースした新曲。先週の全米チャートで初登場1位を記録した『Permission to Dance』について洋楽的観点から解説したいと思います。

(宇多丸)もう新曲っていう感じですけども。

(高橋芳朗)5月にこのコーナーで取り上げた『Butter』がリリースからずっと7週連続で全米1位だったんですね。

(宇多丸)そうだよね。まだ全然人気がある感じが続く中ですよね。

(高橋芳朗)で、『Butter』とバトンタッチするような格好で今回、取り上げる『Permission to Dance』が初登場1位を取っているっていう。

(宇多丸)やっぱりさ、『Dynamite』『Butter』というね、これはおさらいするかもしれないけど。ヨシくんの解説を聞いて非常に周到なカードの切り方……要するに全米1位を取ってという流れ、ありますけど。やっぱりそれはもちろん2枚でカードが終わるわけじゃなくて。当然3の矢、4の矢という計画がきっちりあるというかね。

(高橋芳朗)非常にコンセプチュアルなプロジェクトだと思います。じゃあ、早速まず聞いてみますかね。BTSの新曲です『Permission to Dance』、聞いてください。

BTS『Permission to Dance』

(高橋芳朗)はい。BTS『Permission to Dance』を聞いていただいております。

(宇多丸)これまたすごいストレートな陽性ポップスチューンっていうかね。

(高橋芳朗)そうですね。BTS史上でも最もポップなんじゃないかっていう感じがしますね。

(宇多丸)ちょっと僕……この後のお話がどのぐらいになっていうか、わかんないけど。前回の80’sリバイバルのいろんなね変遷の話を聞いてきたけど。そのデュア・リパとかのちょっと振り切った80’sポップ感みたいなのともちょっとシンクロを感じるかな。80’sって言ってもディスコとか、ああいうブギー的なもんじゃなくて、たとえばこれだと『I Wanna Dance With Somebody』とかさ。

(高橋芳朗)ああ、ホイットニー・ヒューストンのその『すてきなSomebody』を引き合いに出している人もいますね。

(宇多丸)みたいな……別に完全に似ているわけじゃない。ただサビがね、「I wanna dance」から来るからちょっと連想もするし。感じ? 超明るい感じみたいなのがね。

(高橋芳朗)割と僕なんかはワン・ダイレクションみたいな正統派のボーイバンドみたいな感じもすごいししたね。

(宇多丸)音だけ聞く限りではいわゆるK-POP感みたいなのはわからないもんね。ということで、この曲が実は周到な計算で……っていうことなんですね。

(高橋芳朗)そうですね。この後にじっくり解説していきたいと思います。

(中略)

(宇多丸)そんな感じで前半はBTSが7月9日にリリースした新曲『Permission to Dance』……「ダンスする許可」みたいなことですけども。こちらの解説、お願いします。

(高橋芳朗)はい。この『Permission to Dance』って去年の8月の『Dynamite』。あと今年5月。この間紹介した『Butter』に続くにBTSとって3曲目の完全英語詞の曲なんですね。で、『Butter』のCDリリースにあたって、カップリング曲として制作されたっていう経緯があって。

(宇多丸)ああ、そうなんだ。へー!

(高橋芳朗)メインのソングライティングにはイギリスのシンガーソングライター。今やもうスーパースターですけど。エド・シーランが。

(宇多丸)エド・シーランだ! なるほど。

コロナ禍の世界に希望や元気を届けたい

(高橋芳朗)彼が参加しています。BTSがこのパンデミック以降にリリースしたシングルって、基本そのコロナ禍の世界に希望や元気を届けたいっていう大きなテーマがあるんですね。特に『Dynamite』と去年の暮れの『Life Goes On』はそういう要素をすごい強く打ち出してたんですけど。今回の『Permission to Dance』もそのコンセプトを継承する曲と言っていいと思います。で、タイトルは今、宇多丸さんが言ったように「ダンスをする許可」っていう意味で。サビでは「’Cause we don’t need permission to dance」。「私たちが踊るのに許可なんていらないんだから」っていう風に歌っっているんですけども。

メンバーのジミン曰く、「コロナ禍で厳しい日々が続いていますが、ダンスだけは誰の許可もなく踊っていいだ。そんなメッセージを込めた曲です」という風にコメントをしています。ただこの曲は『Dynamite』とか『Life Goes On』よりももう1歩、踏み込んでいて。アフターコロナっていうか、そのパンデミック収束後の世界も視野に入れてるんですね。これ、ミュージックビデオを見てもらえばわかりやすいと思うんですけど。まず、そのミュージックビデオ公開前のティーザーでは冒頭でメンバーのシュガががですね、雑誌を読んでるシーンから始まるんですけど。その雑誌の表紙にはこんな見出しがおどってるんですよ。「2022 THE BIGGINING OF THE NEW ERA BYE BYE COVID-19(2022年、新時代が始まる さよなら、コロナウイルス)」と。

(宇内梨沙)本当だ!

(高橋芳朗)で、ビデオ本編でもクライマックスになるともう人種や世代を超えた世界中の人々がマスクを外して曲に合わせて踊り出すんですね。歌詞を見ると「The wait is over The time is now so let’s do it right(もう待ち続ける日々はおしまいなんだ 今がその時 さあ、前に進もう)」なんていうようなんていうフレーズもあるんですけども。ミュージックビデオを見れば、『Dynamite』とか『Life Goes On』よりも強く「このパンデミックを一緒に乗り越えていこう」っていう風に訴えかけてる歌であることがよくわかるんじゃないかなと思います。で、今このタイミングでBTSが英語曲でこういうメッセージの曲を作った背景には、欧米だともうワクチン接種が進んで、パンデミックの収束がちょっと現実味を帯びてきた。長いトンネルの向こうにちょっと光が見えてきたっていう。

(宇多丸)まあ、本当のところちょっとわかんないけどね。いろいろと変異株とかもあったりするからわかんないけども……まあ、わかる。今までの全くどうしていいかわからないのとはちょっと違うわけだよね。

(高橋芳朗)もちろん、まだ予断を許さないところもあると思うんですけど。アメリカだともう大型の音楽フェスが再開してんですよね。で、この週末も23日から25日かけて、マイアミで『Rolling Loud』っていう世界最大規模のヒップホップフェスが開催されてて。3日間で10数万人は動員してるんですよ。これ、週末にSNSに動画がいっぱい上がってましたけど。もう客席はすし詰めで、みんなマスクしてないんですよね。

(宇多丸)うんうん。

(高橋芳朗)1ヶ月前、6月20日はフー・ファイターズがニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンでフルハウスの公演を開催して成功させてたり。あとローリング・ストーンズが9月から全米ツアーを行うことがもう決定してたりしてます。ミック・ジャガーとか、今日でちょうど78歳の誕生日なんですけども。

(宇多丸)たしかに。高齢者はね。

(高橋芳朗)そういうストーンズももうツアーを再開する。だから、こういう調子でもこの夏、秋ぐらいからフェスとコンサートツアーが一気に再開されるんですけど。こういう流れを汲んで、結構アフターコロナみたいなことをテーマにして歌うポップミュージックもちらほら出てきてるんですよ。で、その先手を打ったビッグネームの作品として紹介したいのがですね、ロードが6月10日にリリースした新曲『Solar Power』っていう曲です。ちょっとかけてもらえますかね?

(高橋芳朗)ロードはですね、2013年に16歳でデビューしていきなりグラミー賞の最優秀楽曲賞を受賞したニュージーランド出身のシンガーソングライターなんですけど。『Solar Power』ってもうタイトルからして解放感があるんですけど。歌詞でも結構ストレートにコロナ後を歌っていて。サビではこんな風に歌っています。「流した涙は忘れよう。もう過ぎたことだから。今は新たな気持ち。あなたも一緒に来るでしょう?」っていう風に呼びかけてるんですね。で、この曲はロードの4年ぶりの新曲ということも相まって、結構なインパクトがあったんですよ。ロードはこの曲について「みんなのこの夏のテーマソングになってほしい」という風にコメントしているんですね。彼女の母国のニュージーランドもコロナ対策が割と成功して。

(宇多丸)あそこはビシッとやったからね。

(高橋芳朗)それで数万人規模のフェスティバルコンサートが行われていたりするような状態だったりするから、そういう背景もあると思うんですけど。で、BTSの『Permission to Dance』はこういう流れの中でリリースされた曲なんですけど。さっき説明したみたいに今、聞いてもらってるロードの『Solar Power』以上にコロナ後を強く意識させる曲になっているんですね。

(宇多丸)曲調そのものの陽気さがもう、さらに。

(高橋芳朗)そうそうそう。だから最初に……リリースの2日前か。7月7日に最初にティーザー公開された時はここまで直接的にコロナ後の世界を打ち出してきたことにちょっとびっくりしたんですけど。あと、それと当時にびっくりしたのが曲のポップさですよね。ティーザーだとね、サビの部分だけが流れたんですけど。それだけでもこれは間違いなくBTSの歴史で一番ポップな曲。一番敷居の低い曲になるだろうなっていうのは思って。さっきも言ったみたいに割と初期のワン・ダイレクションを彷彿とさせるような健全なポップソングというか。ある意味、ボーイバンド然とした曲になるんだろうなって思っていて。で、曲の全貌が明らかになった後も、基本的なその最初の印象はそんなに変わらなかったんですけど。でも、ありきたりなダンスポップとはちょっとひと味違うなと思ったんですね。

やっぱりそこはソングライターとして参加しているエド・シーランの魅力というか。彼の持ち味がうまく生かされてるなと思うんですね。特に個人的にこの『Permission to Dance』のキモになっているエド・シーラン力みたいなのが一番発揮されている部分は、曲のAメロ。最初のバースからサビ前のパートの部分だと思っていて。ちょっと、その該当部分だけ改めて聞いてもらってもいいですか?

エド・シーランの力

(高橋芳朗)はい。だいたいこのぐらいのところなんですけども。この部分の歌詞をちょっと読みますね。「若かった頃のことを思うと心がドラムのように脈打って、抑える術もなく高鳴っていく。何もかもがうまくいかない時は、一緒にエルトン・ジョンの歌を歌えばいい。そうすれば、まだ始まったばかりだって気持ちになれるから。夜が冷え込んできて、自分が遅れを取ってると思ったら、あの瞬間を思い描こう。自分自身をしっかり見つめて。そしてこう叫ぶんだ。踊りたいんだって」と。それでサビに入っていくんですけど。

要はこの優しいメロディーも、この歌詞にしても、結構寄り添ってる感じがすごい強いんですね。このパンデミックの長期化によって疲弊した人たちへ、ものすごく優しく寄り添ってるメロディーであり、歌詞だなと思っていて。「何もかもがうまくいかない時は一緒にエルトン・ジョンの歌を歌えばいい」っていうフレーズなんかは、キャメロン・クロウの映画『あの頃ペニー・レインと』の『Tiny Dancer』を大合唱するあの有名なシーンを連想させてグッと来たりもするんですけども。

(宇多丸)なるほど、なるほど。

(高橋芳朗)で、この寄り添い方がエド・シーランならではの良さだと思うんですね。まあ、シンガーソングライター的な良さと言ってもいいかもしれないけど。

(宇多丸)こう、パーソナルな寄り添い方っていうのかな?

(高橋芳朗)まさにその通りです。で、今でこそエド・シーランって流行のサウンドを積極的に取り入れるポップスター然としているところがあるけど。そもそも彼ってラップ的なフロウを交えた等身大の語り口で日常の喜怒哀楽を歌うスタイルでリスナーの共感を集めてきた、割とヒップホップマナーのフォークシンガーだったんですね。そういう彼の本来の良さがこの冒頭の部分に結構わかりやすく現われているかなと。これ、実際にエド・シーランの曲と聞き比べてもらえばよく分かると思うので、1曲サンプルとして紹介したいんですけど。2011年リリースのデビューアルバム収録の『U.N.I.』っていう曲なんですけども。この曲ね、大学に進学するか、音楽の道に進むかで意見が分かれてガールフレンドと別れることになったエドの実体験に基づいた結構切ない曲で。

(宇多丸)パーソナルだなー。

(高橋芳朗)この『U.N.I.』っていうのも「You And I(君と僕)」の意味でもあるし、「University(大学)」の意味もあって。

(宇内梨沙)なるほど(笑)。

(宇多丸)上手いんだかなんだかっていう。

(高橋芳朗)この曲、曲調こそアコースティックなんですけど、ラップと歌の境界線を行くようなボーカルだったり、あとは飾り気のないメロディーとか。あとサビに向けての構成とか。結構、『Permission to Dance』と重なるところがあると思うので、ちょっと聞いてみてください。エド・シーランで『U.N.I.』です。

(高橋芳朗)はい。エド・シーランで『U.N.I.』を聞いていただいております。。

(宇多丸)これなんか、もうラップだよね。これね。

(高橋芳朗)そうですね。だからさっき、『Permission to Dance』がちょっとありきたりのダンス・ポップとは違うって言ったのは、このへんの感覚が入っている点なのかなって思っていて。で、エド・シーランに端を発する現行のイギリス人シンガーソングライターのモードが結構反映されてると思うんですね。代表的な例だとそのコーナーでも何度か取り上げてるあのレックス・オレンジ・カウンティ。『Permission to Dance』リリース直前にBTSのメンバーのジミンが公開した「1人でいる時に聞く曲のプレイリスト」にまさにレックス・オレンジ・カウンティの『A Song About Being Sad』っていう曲が入っていて。「なるほどな」と思ったんですけど。

(高橋芳朗)レックス・オレンジ・カウンティってエド・シーランの影響もすごい受けていて。ライブで彼の曲をカバーしていたり。まさにラップ調のボーカルとうだつの上がらない日常をつづった歌詞がもうトレードマークになってるんですよね。タイラー・ザ・クリエイターにフックアップされて、彼とコラボしていたりしてましたけども。で、さっき聞いてもらったその『Permission to Dance』の冒頭部分にはこのレックス・オレンジ・カウンティみも結構あるので。また聞き比べてみたいと思います。これ、ジミンちゃんが選んだのとはまた別の曲で。「僕の人生、10点満点で何点かな?」っていう風なことを歌っている曲なんですけどね。ちょっと聞いてください。レックス・オレンジ・カウンティで『10/10』です。

Rex Orange County『10/10』

(高橋芳朗)はい。レックス・オレンジ・カウンティで『10/10』を聞いてもらっています。なんとなくね、通底するところがあるんじゃないかと思うんですけども。やっぱりこういう疲労感にスッと寄り添うようなエド・シーラン、レックス・オレンジ・カウンティのラインの現行UKシンガーソングライター的なセンスが落としこまれてる、その冒頭部分がやっぱり『Permission to Dance』のキモなんじゃないかなって思うんですよね。で、この部分にまた、その歌心のあるラップが持ち味のRMをキャスティングしてるのも絶妙というか。

このエド・シーラン的なボーカルスタイルを生かそうとしてるのかなって気がするんですけど。で、同じコロナ禍の世界を元気づけることをテーマにした曲でも、『Dynamite』が割とそのダンスフロアからリスナーに「おいでよ!」って呼びかけるような曲だとするならば、『Permission to Dance』は一旦、リスナーの隣に座って話を聞いてくれた上で、「じゃあ、踊りに行こうよ」って手を引っ張ってダンスフロアに連れ出してくれるような曲って言えるんじゃないかなという風に思います。

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