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武田砂鉄『わかりやすさの罪』を語る

武田砂鉄『わかりやすさの罪』を語る ACTION
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武田砂鉄さんが2020年7月3日放送のTBSラジオ『ACTION』の中で自身の著書『わかりやすさの罪』について話していました。

(武田砂鉄)私、来週7日に久しぶりに本を出すことになりまして。この『わかりやすさの罪』という本なんですけど。なかなか読み直したら面白い本だなと思いまして。

(幸坂理加)あら、ご自分で?

(武田砂鉄)それでこれ、どういう本かを説明する前にですね、本が完成するとどんな本でもお世話になった人に献本をするんですよね。なので、編集者にその住所のリストを送るんですけど。そしたらその編集者から「幸坂さんにもお送りしたいです。私、幸坂さんに憧れているんです」ってういメールが返ってきたので思わず「どのあたりでしょうか?」っていう風にメールを返したんですよね。

(幸坂理加)えっ、わかっていらっしゃらない?

(武田砂鉄)いや、わからなかったんで。全然思ったこともなかったので、一応聞いてみようってことでメールをしたら、返ってきたんですね。読み上げますけれども。僕と同じ年ぐらいの世代の女性なんですけどね。担当編集が。「私の会話は現実でも比喩的にも相手が打つピンポン玉を激しく打ち返したと思ったら天井に当たって、それが自分の頭に降ってくるという感じがありますので(現実に体育の授業中に起きました)。なので幸坂さんに憧れています」っていうことが返ってきたんですね。つまり、「幸坂さんの会話する力がすごい」っていうことだと思うんですけど。

(幸坂理加)嬉しい!

(武田砂鉄)でも僕の分析だとやっぱり幸坂さんの会話力っていうのは「ピンポン玉を思いっきり打ったら隣りの卓球台に入って得点になっちゃった」って感じの僕のイメージなんですよね。

(幸坂理加)おおっ、ミラクル!

(武田砂鉄)「でも、それって会話力って言えるのかな?」っていうね。

(幸坂理加)ああ、点数にはならないか。

(武田砂鉄)点数にはならないですね。打ったら隣の卓球台にコロンって入ったっていうイメージなんで。この編集者の方が言っているその憧れっていうのがいまいちちょっと、まだ分からないままなんですけれども。なので、今日持ってきたんで差し上げることにしますけども。

(幸坂理加)ありがとうございます!

(武田砂鉄)この『わかりやすさの罪』という本、どういう本かと言いますと、今はとにかくこの「わかりやすい」っていうことが重要視されるような社会になりまして。書店に行くと「すぐにわかる」とかね、「30分でわかる」とか「一気にわかる」みたいな本が並んでますけど。もちろん「わかる」っていうことはすごく重要なことではあるんですけど、ものすごく早い速度でわかった気になると、どうしてもそこから本当はこぼれてくるものとか示されてないものに目が行かなくなってしまうということを僕はよく思ってまして。「納得してもらう」とか「共感してもらう」っていうのは大事なことなんですけども。そればかりが優先されるのはどうなのかな?っていう風に思うんですよ。

(幸坂理加)でも、そうやって検索しちゃいます。ネットとかでも。「香港 デモ わかりやすく」とか。

(武田砂鉄)でしょう? まあ、それもひとつの要素としては大事なんですけども。僕なんかも「ワイドショーのコメンテーターをやってください」とか、たまに言われるんですけど。何でやらないのか?っていうと、あれってやっぱり「手短にお願いします」っていうものじゃないですか。そういう姿勢だから嫌で。ラジオをこういう風に楽しくやらせてもらってるのは結構長々と話ができるというところもあって。

「手短に説明する」っていうのは聞こえはいいんですけど、これは「あれこれ説明しないで済ます」っていうことでもあったりするので。やっぱりどんなことでも本当はね、10分でも20分でも、それで話しても伝わらないことばっかりなのに。「これでわかるはず」って言われるとなんかね、わかった気になるんだけど。その端的な説明っていうのが上手ければ上手いほど、「よく物事のことをわかってる人だ」っていう風に思われがちなんだけども。

でもそれってただ、「お口に合うサイズにカットするのが上手い」っていうだけで、全体像を把握できてるわけじゃないんだよなっていう風に僕なんかはいつも思うんですよね。で、この出来上がった本を自分で読んでみると、「いや、いちいち面倒くさいやつだな」って思うんですよ。だけど、この「いちいち面倒くさくないとヤバい」っていう気持ちも僕の中にはどうしてもあって。

なんか今、「面倒くさいことはやめてくれ」とか「わかりやすくよろしく」みたいなこと言われることばかりになって。あちこちから提供される「わかりやすさ」みたいなものから離れて、自分で考えることを徹底する。そのためにどうしたらいいか?っていうことを考えた本なんですけど。

(幸坂理加)はい。

「わかりやすさ」が飛び交う現代社会

(武田砂鉄)まあ、このコロナ禍の中でいろいろ政治の世界、いろんなスローガンの数々、たくさん飛び交っているじゃないですか。毎日のように新しい緑のパネルっていうのをなぜか見てますけど。そういう知事がいらしたりとか。総理大臣は自分で決めた経済対策を「空前絶後」とか「世界最大級」って自画自賛したりして。このコロナという未知のウイルスを怖がってる世の中で、僕たちの目の前に「わかりやすさ」っていうのが非常に飛び交ってるなっていう風に思うんですね。

政治もメディアもうとにかく「わかりやすさ」っていうのを意識してるんで。そうすると徐々に受け取る方が「もうわかりやすくないと受け付けませんよ」っていう感じの態度になってくるっていうところがあって。「そういうことだったのか」っていう風に思わせるのって大事だけど、「本当にそういうことだけなんですか?」っていう風に疑わないと、個々人が大きなものに翻弄されちゃうなって思ってまして。

この本の中にはですね、このラジオでさまざまなゲストに聞いた話というのも随所に盛り込んでまして。番組が始まってすぐ、東海テレビのプロデューサーの阿武野勝彦さんっていう方がいらして。阿武野さんはあの『ヤクザと憲法』とか『人生フルーツ』とか『さよならテレビ』とかを手がけたドキュメンタリー映画のプロデューサーですけど。阿武野さんが印象的なことを言っていて。

「作品を作る上で心がけているのは同情に落とし込んではいけない。わかりやすく作ろうとしない」っていうことをおっしゃっていて。これ、「作品を見た同僚から『わかりやすかったよ』って言われるとショックを受けるんだ。むしろ『何が言いたいかわからない』って言われるとこの作品は当たったと思う」という風におっしゃっていたんですけども。

これ、驚いたんですけどね。「わからない」って言われたら、普通は怖がると思うんですけど。「わからない」って言われると「よし!」って思うという。で、阿武野さんは「わかりやすいことは別に価値の高いことじゃないんだ。むしろそれは『心に届かなかった』ということじゃないか?」っておっしゃっていて。まあ、「すぐにわからなくてもいい状態に置いていく。この人間の能力が大事なんだ」ということをおっしゃっていたんですね。

で、この「わかりやすさ」という点でですね、このラジオとテレビっていうのを比較していたのが久米宏さんという方で。久米さんの本の『久米宏です。』という本を読み返していたら、久米さんが「テレビのニュースでは美しい文章でも格好いい文章でもなく、聞いてわかりやすい文章を心がけていた。たとえば『ゴミを投棄した』ではなくて『投げ捨てる』。『回想する』を『思い出す』。『成り行きが注目される』なんて言葉は日常では使わない言葉なんだから『どうなるんでしょう』でいいんだ」ってことをおっしゃっていたんですね。

で、「テレビでは自分が生きたというよりも演じたという感覚が近い。一方でラジオでは自分が出演している時間の中で自分が生きたという実感がある」という風にお書きになっていて。「なぜならば、ラジオの聞き手は積極的だからだ。テレビの視聴者は受動的だからだ。ラジオには緩やかな共同体のような感覚がある。だからラジオでは10人のうち2人しかわからない話をしても許される」と書いているんですね。つまり、「わからないことをわかろうと試みる姿勢っていうのが話す方にも聞いてくださっている方にもある」という風におっしゃっているんですね。

「それがラジオの親しさを生んでいるんだ」ってことを書いていたんですけども。つまり、すぐに「わかった」という風に共感に急ぐんじゃなくて、「わからないからわかりたい」っていうこのお互いの欲求がいい感じというか、親しい関係を築きあげるということをお書きになっていたんですね。

で、この自分の本の中ではですね、このラジオとテレビの伝わり方の違いの具体例として、あるエピソードを盛り込んでいるんですけれども。それがこの番組のゲストにお越し下さったフォーリンラブのバービーさんのお話で。この番組の中でね、女性芸人として抱えている葛藤をじっくりと語ってくださって。これ、あちこちでいろいろ反響を呼んだんですけど。

その話の軸になったのが、バービーさんの自虐の話で。バービーさんは「自虐するっていうのは誰かをバカにしてるっていう気持ちがあるからこそ、そういう気持ちが生まれてくるんだ。『全ての人は平等ですよ』とかって言ってる割に、その自虐の物差しが許されるっていうのはおかしいな」っていうことを自問されていたんですけど。

「だからこそ、自虐と慎重に付き合っていきたい」という風にこのラジオでおっしゃっていて。まあ僕たちがよくテレビで女性芸人に対する、割と抑圧的な映像ばっかり見せられてますけど。その中のことを、その中にいるご自身が分析されたっていうのがね、大きな勇気を感じたわけですけど。

武田砂鉄 フォーリンラブ・バービーインタビュー書き起こし
お笑いコンビ「フォーリンラブ」のバービーさんがTBSラジオ『ACTION』に出演。武田砂鉄さん、幸坂理加さんと本やファッション、ジェンダーとお笑いなどについて話していました。

まあ、このちょっとした盛り上がりを嗅ぎつけた、ある他局のワイドショーがこのバービーさんのここのラジオで話したことを取り上げたんですね。そしたら、そのテレビを見ていたらですね、テロップ部分に「バービー自虐ネタ封印」っていう風に出たんですね。

(幸坂理加)そういうことを言ってるんじゃないんですよね。

(武田砂鉄)ねえ。全然違いますよね。で、VTRの振りの時に、その内容を紹介するアナウンサーが「いわゆる『定番のネタを封印する』と、その理由が反響を呼んでいます」っていう風に言ったんですよ。で、これは驚いたんですけど。バービーさんはひと言たりとも「封印」なんてことは言ってないんですよね。で、ラジオのインタビューの模様を紹介するVTRが流れて。それが終わったらアナウンサーが再び、「いや、芸人さんがネタを封印するってすごい覚悟ですね」って言うんですよ。別にそんなことは言ってないんですよね。

で、バービーさんはその後にTwitterで「なんだか嫌な予感がしたんだよなあ。いくら懸命に説明しても、欲しい言葉だけを拾いたいんだね。『自虐ネタを封印』って、私言いました?」という風に書かれていたんですけど。

端的にね、わかりやすく説明しようとすると、こういうことが起きるんですよね。で、この目の前にわかりにくいものがあって、なんでわかりにくいかって言ったらそれはパッと見でわかんないからですよね。全体像が見えないわけですよ。そのためには凝視したり、後ろに回ってみたり、突っ込んでみたり、持ち上げてみたり。いろんな作用で全体像らしきものを見てくっていうことが必要になってくるんですけど。

「わかりやすさ」の追求で起きること

でも最近、なんかそんなにあれこれやってたらダメっていう感じの……すぐに「見取り図とか取扱説明書を用意しなさい」っていう感じで求められることが多いので。そうすると用意してる間にその人が考えてることが削り取られちゃうということが多いと思うんですよね。だからそういう「わかりやすさ」に走るとですね、さっきのバービーさんのように発言していない内容が浮上してきたりするんで。この「わかりやすさ」に走る社会の危うさについてですね、しつこく考察した本なんでございます。

(幸坂理加)はい!

(武田砂鉄)というわけでですね、明日13時からバービーさんの新番組『週末ノオト』がスタートということで。そっちの宣伝じゃなくて、こっちの本の宣伝をしなきゃいけないですね。『わかりやすさの罪』という本が来週7日、発売でございますので。

(幸坂理加)はい。朝日新聞出版からですね。

(武田砂鉄)皆様、読んでください。長々と宣伝させていただきました。ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

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