武田砂鉄さんが2020年5月22日放送のTBSラジオ『ACTION』の中で新型コロナウイルス感染拡大、緊急事態下に安倍政権が発している「言葉」について話していました。
(武田砂鉄)今週、ある本を読みまして。作家で劇作家の井上ひさしさんという方の本を読みました。井上さんは2010年にお亡くなりになって、今年が没後10年ということで。全3巻で発掘エッセイコレクションというのが岩波書店から出てまして。その第1巻が『社会とことば』っていうタイトルなんですけど。『社会とことば』ってのは僕にとって非常に興味を引かれるタイトルなんですけれども。
この中に1996年に書かれた原稿でですね、当時は橋本龍太郎内閣なんですけど。その新しい閣僚の記者会見を見たという上での文章がありまして。それぞれの閣僚がその省庁が抱えている問題をいろいろ述べた後で、その記者会見の締めくくりの言葉が4つの型に分かれているということを井上さんが仰っていて。その4つがですね「○○と理解しております」「○○と重く受け止めております」「○○と心得ております」「○○と認識しております」という。そこに対して、「そのいろんな問題点に対して就任中にどういう風にしたいのですか?」っていうように聞くと「精査して最善を尽くします」「○○することで最善を期したい」ばかりだったという。
その上で井上さんは「枠からはみ出た言葉づかいをしないと現実には追いつけない」っていう風にお書きになってるんですけど。これを書かれたのが1996年で、それが書かれていた雑誌は週刊文春なんですけれども。25年前から本当に同じことを政治家っていうのは話してるんだなっていう風に改めて気付きましたけれども。今週、その週刊文春でですね、東京高検の黒川検事長の賭け麻雀っていうのが報じられまして、辞任することになりまして。訓告不処分ということで辞表を提出されたですけれども。
安倍さん、昨日の夕方に記者団に対して、その黒川さんを任命したことについて「最終的には内閣として決定するので、総理大臣として当然責任がある。ご批判は真摯に受け止めたい」という風に述べました。あるいは「検察庁法改正案を取り下げる意思はないですか?」っていう風に聞かれて「公務員全体の制度改革にあたっては国民の皆様の意見に耳を傾けることが不可欠。国民の皆様の理解なくして前に進めることはできないだろう」という風にしまして。「しっかり検討していく必要がある」っていう風に続けたんですよね。これはもう井上さんが指摘してたような言葉のオンパレードなんですね。
(幸坂理加)そうですね。
(武田砂鉄)「ご批判は真摯に受け止めたいと思っている」とか「と、承知している」とか「皆様のご意見に耳を傾ける」とか。「総理大臣として当然責任はある。ご批判は真摯に受け止めたいと思ってる」っていうのは、なんか不思議な言葉ですよね。とにかく「受け止める」のよ。どんな球でも受け止めるんで。でもキャッチャーだったらこれはベストナインものだと思うんですけど。
(幸坂理加)名キャッチャーですね。
(武田砂鉄)安倍さんってキャッチャーじゃなくて、本来仕事としてはピッチャーだからね。だからこの「最終的には内閣として決定するので総理大臣として当然責任がある。ご批判は真摯に受け止めたいと思ってる」っていうのは、これは「決定をするので私に責任があって受け止める」って言っているというのはこれ、矛盾するんだけど。「自分はピッチャーです。なので真摯にキャッチャーします」と言っているような不思議な感じがあって。僕はこれ、小学校の時にやったことがあるんですよ。少年野球っていうか、結構野球が好きだったんで。あのキャッチボールでボールを壁当てして、その帰ってきたボールをかがんでキャッチャーの役目も果たすっていうのをやってたんですけど。
(幸坂理加)器用ですね。
1人キャッチボール状態
(武田砂鉄)あれはね、切ないんですよ。誰も相手がいないから(笑)。虚しいんだけど……でもまあつまり、相手がいない言葉なんだなっていう風にどうしても思っちゃうところがあって。政治家の言葉って往々にしてこういう1人キャッチボールみたいになりがちなところがありまして。以前に僕、同じような原稿を書いたなと思っていろいろ遡ってみたら、戦後70年に合わせて、安倍談話というのが発表されて。その時に頻繁に使わた言葉は何だったのか?っていうのを調べたことがあったんですけど。その時にはね、「胸に刻む」っていう言葉をたくさん使ってたんですね。
具体的に言うと「アジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸を刻み」とか「歴史の教訓を深く胸に刻み」とか。「戦時下、女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去をこの胸に刻み続けます」とかね、6回も胸に刻んでいたっていうことを書いたんですけども。まあ、とにかく胸に刻むんだけど……「胸に刻む」って別に何の具体性もないっていうところがあって。「受け止める」っていうその1人キャッチボール感もちょっと似てるなという風に思ったんですよね。
昨日、法務大臣の森雅子さんが会見で「賭博罪」っていう言い方を使いましたけれども。まあ今回の件は本当に刑事責任もありうる問題なので。検察官っていうのはね、起訴や不起訴にする権限を持っているんで。「これを見逃しましょう」っていうことになっちゃうと、今後同じような事件が起きた時にも起訴をできなくなっちゃう可能性もあるで。あとはまあ今回、国家公務員法の解釈を変えることで黒川さんの定年延長をしたわけですけども。こういう異例な事態というのをまた、これを逃してしまうことでもう1回、作ることにもあるので。
あとは昨日、その黒川さんがコメントを出して。「報道は一部事実と異なることもありますが」っていう言い方をしていて。これもよく聞かれる言葉なんだけれど。だとしたら、どこがどう違うのか?っていうのも具体的に言及すべきじゃないかなと思って。これも結構セコい言葉づかいだなって思うんですよね。今回の彼の異例の定年延長措置っていうのは黒川さんについて「余人をもって代えがたい」っていう風に言って行ったんですよね。「余人をもって代えがたい」ってこれ、なかなかすごい言葉ですよ? 「どうしてもあなたでなければダメなんです!」っていう、もうプロポーズクラスの言葉なんですけども。
だとしたら、どうしてそういう特別な措置をしたのか?っていうことは別に今回のこれで終わりにするんじゃなくて、事細かに言っていかないといけないだろうという。で、こういう閣僚の不祥事があるたびに「任命責任」という言葉を安倍さんはじめとして使うんだけれど、その責任を果たしたことっていうのはいまだにありませんで。
「もとより任命責任は総理大臣たる私にあり…」第2次政権発足後に49回も発言。なぜ首相は「任命失敗」を繰り返すのでしょう?https://t.co/1I9PqegyhL
— 毎日新聞 (@mainichi) November 4, 2019
この数ヶ月、総理とかその周辺が頻繁に使っている言葉は何か?っていうのをいろいろ調べます、僕が気になるのは「歯を食いしばる」っていう言葉をね、よく使っている。しかもこれ、自分が使ってるんじゃなくて「皆さんが歯を食いしばってるのを知ってますよ」っていう言い方をよく使われているんですけれども。
「歯を食いしばる」
具体的に引っ張ると、3月28日。「中小・小規模事業者の皆さんからは、正に死活問題であるとの悲痛な声がある一方で、歯を食いしばって、この試練を耐え抜くよう頑張っていくという決意も伺うことができました」。
令和2年3月28日 安倍内閣総理大臣記者会見 | 令和2年 | 総理の演説・記者会見など | https://t.co/k0YW0Ba17z
「中小・小規模事業者の皆さんからは、正に死活問題であるとの悲痛な声がある一方で、歯を食いしばって、この試練を耐え抜くよう頑張っていくという決意も伺うことができました。」— みやーんZZ (@miyearnzz) May 22, 2020
4月7日。「今、歯を食いしばって頑張っておられる皆さんこそ、日本の底力です」。
令和2年4月7日 新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣記者会見 | 令和2年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ https://t.co/Gdb1LaarSZ
「今、歯を食いしばって頑張っておられる皆さんこそ、日本の底力です。」— みやーんZZ (@miyearnzz) May 22, 2020
4月30日。「この厳しい状況の中で歯を食いしばって頑張っておられる皆様へのこうした支援を一日も早くお届けし、事業や雇用を必ずや守り抜いていきたいと考えています」。
令和2年4月30日 令和2年度補正予算成立及び緊急事態宣言の延長についての会見 | 令和2年 | 総理の一日 | https://t.co/YTmLwwHffs
「この厳しい状況の中で歯を食いしばって頑張っておられる皆様へのこうした支援を一日も早くお届けし、事業や雇用を必ずや守り抜いていきたいと考えています。」— みやーんZZ (@miyearnzz) May 22, 2020
そして昨日、5月22日。「商売をやっておられる皆様は、売上げが激減するなど大変厳しい状況の下で、歯を食いしばって、頑張っておられます」っていう。これ、2ヶ月も3ヶ月も歯を食いしばっていますからね。
令和2年5月21日 緊急事態宣言の一部解除等についての会見 | 令和2年 | 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ https://t.co/Qunj0v40iF
「商売をやっておられる皆様は、売上げが激減するなど大変厳しい状況の下で、歯を食いしばって、頑張っておられます」— みやーんZZ (@miyearnzz) May 22, 2020
(幸坂理加)血が出ちゃう。
(武田砂鉄)血は出るわ、歯は折れるわっていう感じで。いつになったら具体的な補償が出るのか?っていうので頭を悩ませている事業者というのがね、この番組にもいろいろとメールをいただいたりしますけども。でも「歯を食いしばる」っていうのはその当事者が泣く泣く使う言葉であって、外から判断するという言葉じゃないわけですよね。ここでもその1人キャッチボール感がすごい出てるなという感じがするんですよね。
あと、今週明らかになったのは困窮する学生に最大20万円の現金を給付するっていう案について、文部科学省が「外国人留学生については成績上位3割程度にする」っていう要件を設けたことが明らかになって。これ、文科省が共同通信の記事によると、「いずれ母国に帰る留学生が多い中、日本に将来貢献するような有為な人材に限る要件を定めた」っていう。
東京新聞:現金給付、留学生は上位3割限定 文科省、成績で日本人学生と差:社会(TOKYO Web) https://t.co/71yt52Qv46
— みやーんZZ (@miyearnzz) May 22, 2020
「有為」っていうのはつまり「能力がある」とか「役に立つ」という意味ですけれども。この「役に立つ人にだけお金を払います」ってなかなかひどくないですか?って思うんですけれど。まあ、この井上ひさしさんがここに書かれていた「枠からはみ出した言葉遣いをしないと現実には追いつけない」という言葉ってなかなか重くて。でも、その現実っていうのは僕ら自分たちが暮らしている現実で。そこに向けられた言葉ってのを僕らは欲しているんだけども、なかなかそこが出てこない。
で、最近、僕たちに向けられているのは「気の緩み」っていう言葉で、西村経済産業大臣なんかが言っていますけども。これからその第二波、大三波が来るたびに「気が緩んでいるからだ」っていう風に言われたら、これはなかなか国民はたまったもんではありませんけども。なんかね、ピッチャーとキャッチャーを兼務している話者に向かって、一体どうしたらこの厳しさが伝わるんだろうか?っていう風に思い悩んでしまいました。
<書き起こしおわり>