町山智浩 映画『ジュリアン』が描く共同親権の問題点を語る

町山智浩 映画『ジュリアン』が描く共同親権の問題点を語る こねくと

町山智浩さんが2024年4月9日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でフランス映画『ジュリアン』を紹介。共同親権が導入されているフランスで起きている問題について紹介していました。

(石山蓮華)ということで町山さん、今日は何の作品でしょうか?

(町山智浩)今日はですね、実はちょっと前の映画で。7年ぐらい前の映画なんですけども。Amazonプライムで見れるようになったんですね。それで今、見ないとならない映画なので紹介しますが。『アイアンクロー』みたいな話なんですけど。『ジュリアン』という映画なんですよ。フランス映画です。これをなぜ今、日本の人が見なければいけないかと言いますと、これはアメリカタイトルが『Custody(親権)』っていうタイトルなんですね。親の権利っていう。そういう、もう完全に親権についての映画で。これ、具体的には共同親権についての物語です。

(でか美ちゃん)日本で今……。

(石山蓮華)今、「改正」って言いながら……。

(町山智浩)というかまさに今、国会でやっていて。下手すると今週、来週中に決まる可能性がありますよ。

(石山蓮華)かなり反対の声も出てますが、進んでいて。「本当に進んじゃっていいのかな?」って。

(でか美ちゃん)「なんでこれを押し切ろうとしているんだろう?」みたいな感じでね。

(町山智浩)共同親権というのはアメリカとかヨーロッパでは今、もう使われてる形なんですけれども。離婚した後も、父親と母親が五分五分の形で子供の面倒見るという方式なんですが……具体的には、1979年にアメリカで始まってるんですね。そんなに歴史がないものです。それでお二人、生まれてないのでわからないと思いますけども。1979年というのは非常に大きい出来事があったんですよ。『クレイマー、クレイマー』という映画が大ヒットします。たしかアカデミー賞も取りました。この映画はダスティン・ホフマンという俳優さんが演じる旦那がいて。それで息子が1人いるんですけども。メリル・ストリープさん扮する奥さんが、家を出ていっちゃうんですよ。

で、息子と夫が取り残されて。それで2人で何とか生きようとするんですけれども、ダスティン・ホフマンは家事が全くできないので。で、会社を辞めて……広告代理店かな? で、なんとか父親になろうとするという話で。途中から、その親権を巡る裁判になっていくんですね。で、アメリカでも単独親権しかなくて。父親に引き取られるか、母親に引き取られるかのどちらかしかなかったんですよ。それで子供が引き裂かれていくという内容の映画が『クレイマー、クレイマー』なんですね。これがアメリカで1979年に大ヒットして。日本を含む全世界で大ヒットします。そこがすごく共同親権にとっての始まりだったんですよ。

で、具体的には一体どうしてそれが起こったか?っていうと「父親の権利運動」というのがその背景にはあったんですね。アメリカでも、離婚するとほとんどが母親の単独親権になっていたんですね。で、父親はその子供に会えないということで、権利を求めて裁判を繰り返していく中で、その父親の権利を認められるということがあって。それが少しずつ……カリフォルニアから始まって、アメリカ全体に広がってったんですけども。で、ヨーロッパでもそういう形に現在、なっているんですね。それで日本でも今、それを実施しようとしているんですが……ただ、その背景として必要なものが日本では今、全然整備されていない状態なんですね。

(石山蓮華)なるほど。穴の多い共同親権というものが導入されそうになっているってことなんですか?

養育費の問題

(町山智浩)そうなんです。共同親権のまず一番、大きな要素として養育費の問題があるんですけども。アメリカでは子供の養育費を払わない場合は、財産を差し押さえられます。毎年、税金の申告時に養育費の問題をチェックされます。僕みたいに離婚していなくても、言われますよ? 「どこかにお子さんはいませんか? 養育費は払ってませんか?」って。子供がどこかにいて、養育費を払ってないと、アメリカではその財産が強制的に差し押さえられるんですよ。じゃあ、日本にはそういう法律があるのか?っていうと、まだないですよね。これがなければ、意味がないんですね。で、実際に共同親権になった場合、子供の養育費の財産の計算はどうなるのか?っていう問題もひとつあって。お母さんが仕事がなくても、旦那の方に仕事がある場合には、お母さんの方の生活保護が打ち切られたりするんです。

(石山蓮華)ええっ?

(町山智浩)そういうようなことだとか、現状はいろんな形でめちゃくちゃになっているんで。そんな中で今、共同親権をそのまま実施していいのか?っていう問題があるんですよ。それから、虐待の問題がまず一番、大きくあって。たとえばこの映画なんか、そうなんですけども。フランスでは、子供の虐待に関しては警察の中に特別部隊があります。虐待の通報があると、その舞台が突撃していくんですよ。日本にそういうシステム、ありますか? ないんです。

(でか美ちゃん)なんなら、日本はちょっと介入が遅かったんじゃないか、みたいなことばっかり話題になるんで。

(町山智浩)アメリカも通報があった場合、警察は強制的に突入します。日本は、それはしません。だから虐待癖のある父親との離婚の問題の時に、そのシステムなしで共同親権をやっていいのか?ってことですね。

(石山蓮華)うーん。何かが起こってしまってからでは、もう取り返しがつかないんですもんね。

(町山智浩)それで実際、共同親権がない状態でも離婚した父親が母親を襲うという事件が日本では続出していて。それはアメリカやフランスでも起こってますけれども。ただ、たとえばアメリカの場合には共同親権を許すか、許さないかっていう審査が、ものすごく厳しいですね。その一番わかりやすい例は、ブラッド・ピットです。彼は2016年にアンジェリーナ・ジョリーと離婚して。子供が6人、いるのかな? で、共同親権を求めてずっと裁判をしてたんですけども、勝てなくて諦めました。ブラッド・ピットの場合にはアルコール依存症であるということで。それは事実なんですよね。それで彼は暴れた後、子供に対してちょっと怒鳴ったり、暴力を振るったということで。ただ、彼自身は親権を取るために酒を完全にやめました。リハビリ施設にも行って。それでも、まだ彼は親権を取れてないんですよ。

(でか美ちゃん)でも子供とか元妻からしたら「今では治った」って言われても、されたことは忘れていないし。とか、思っちゃいますもんね。ブラッド・ピットに限らず。

ブラッド・ピットですら許可されない厳しい共同親権の審査

(町山智浩)ブラッド・ピットみたいな地位のある人でも、ダメなんです。海外での共同親権の審査っていうものは、それぐらい厳しいんです。で、この『ジュリアン』という映画なんですが。ジュリアンっていうのは11歳の男の子なんですね。フランスのお話なんですけれども。で、共同親権になっちゃって。彼は母親のもとで暮らしているんですけども、父親に定期的に会わなきゃならないんですね。そうすると、息子を引き渡す時に母親は父親に会わなきゃなんないじゃないですか。

彼女は、それがもう嫌なんですね。というのは、彼はDV夫だったから。で、上にお姉ちゃんがいるんですけど、お姉ちゃんは夫から暴力を振るわれてるんですよ。ただ、それは「子供が嘘をついたんだ」っていう風にして、家裁の方が共同親権を許しちゃうんですよね。で、そのお父さんって外面はいいんですよ。おとなしくて。ところが、彼はすごくその別れた奥さんに執着していて。ストーカーをしてるんですね。で、元妻の実家の前に張り込んでいたりするんですよ。ただ、息子に会うことになったんで、その息子がもうずっと尋問をされるんですよ。会ってる時に。

(でか美ちゃん)じゃあ、息子を利用してるんですね。息子に会いたいってよりは。

(町山智浩)そうなんですよ。息子に会う権利を取ったから、息子を利用して奥さんの居場所を探し出そうとしてるんですよ。

(でか美ちゃん)うわっ、子供がちょっと可哀想すぎる。

(町山智浩)これ、もう演技に見えないんだ。このジュリアンくん。もうずっと、やられているんですよ。「お母さん、本当はどこに住んでるんだ? 言え!」って。で、直接殴るわけにいかないから、その周りを殴るんですよ。父親が。

(石山蓮華)それもDVですよね。

(町山智浩)そう。これね、夫婦間の本当にありそうな話なんですけど、演出はほとんどホラー映画。

(石山蓮華)かなり怖いってことですね。

(町山智浩)ものすごい怖いです。見ててドキッとするところが何ヶ所かありますね。で、そうなっちゃうとお母さんは何をしてても……この親父がどこかに潜んでいないか? いつ、乱入してこないか?っていうことでピクピクで、何もできないんですよ。もう。あと、その父親の方が共同親権を取った理由で一番大きかったのは、お母さんがやっぱり女性で子供を2人、抱えてるってことで就職できないんですよ。日本でも子供がいる女性で就職をするのって、すごく難しいですよ。うちのかみさんは「これじゃダメだ」っていうんで、アメリカに来て就職したんですよ。本当に難しいですよ。日本は。子供のいる女性が就職するのは。正社員になろうとしたら、もうほとんど不可能に近いですよ。まだ。だから父親の方が仕事があるから、親権を取られちゃうんですよ。共同親権ですけどもね。養育費がちゃんと払えるようにっていうことで。だから、逃げられないんですよ。

(石山蓮華)人生がなんか、握られちゃうような感じがしますよね。

(町山智浩)そうなんです。だから、とにかく夫が暴力的で怖いから別れたいってことで離婚したのに、共同親権っていう鎖みたいなもので繋がれてしまって。このお母さんはこの夫から逃げられないんですよ。

(石山蓮華)「なんで離婚したんだろう?」って思っちゃいますよね。自由になりたいから、離婚を決めたのにっていう。

(町山智浩)そうなんですよ。だから、ちゃんとした形での審査が行われない場合の共同親権というのは、離婚というもの自体をもう本当に無にしちゃうんですね。ここですごく怖いのは「離婚をしても共同親権によってDV夫に縛られることがあるよ」って、日本がそういう風な共同親権を認める法律になってしまうと、結婚自体をする人が減っちゃいますよね。

(石山蓮華)そうですね。結婚をして、共同生活を始めてから相手の加害性がわかるっていうこともすごくよく聞く話なので。

(町山智浩)そう。特にパワハラとか、あとモラハラについては、わからない場合が多いですよね。

(でか美ちゃん)しかも、外面はよかったりするとか、言いますよね。「そんな人には見えない」みたいな。

(町山智浩)そう。だから家裁でも、ちゃんと審査をしてくれない場合もあるわけですよ。

(石山蓮華)そこの目を欺くように振る舞える人がいるっていうことですもんね。

(町山智浩)そうなんですよ。外面がよくてね。だからこの『ジュリアン』っていう映画がすごくよくできてるのは、なんでこの父親がこんなに暴力的なのかってことがフッとわかるシーンがあるんですよ。それは、『アイアンクロー』なんですよ。連鎖するんですよ。やっぱりDVっていうのは。そういうところも含めてね、この『ジュリアン』という映画は共同親権というものが実際に行われているフランスですらも、こんなひどいことが起こっているんだってことがわかる作品で。ただ、フランスの場合は通報すると警察は飛び込んでくるんですけどね。日本には、そのシステムすらもないんですよ。

(でか美ちゃん)「ちゃんと厳しくやりますよ」っていう上で、もちろんその男性が本当に親権を取りづらいっていうので、本当に苦しんでる方も中にはいると思うんですよ。なんか、そういう人のためのものであってほしいのに……でも悪用されちゃう感じだったら、やっぱり反対するしかないと私は今のところ、思っているので。

(町山智浩)安全策としてね。そう思うんですよね。で、これをやりだすと、家庭裁判所にもすごい負担が出てくると思うんですよ。そういった制度の整備もなし今、早急に決めようとしてるのは非常に危険じゃないかってことがこの映画を見ると、よくわかると思います。

(石山蓮華)ちょっと見てみましょう。今日はアマゾンプライブビデオで配信中の映画『ジュリアン』をご紹介いただきました。町山さん、今日もありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

『ジュリアン』予告編

<書き起こしおわり>

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