町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』を紹介していました。
(山里亮太)そうでしょうね。(貧富の差が拡大すると)国としてはどんどん弱っていっちゃいますよね。
(町山智浩)そのへんなんですよ。今回もね、そういう話なんですけども……。今年の夏に、アメリカですごいサプライズヒットの映画があったんですね。『ビッグ・シック』というタイトルで「大病」っていうタイトルのコメデイーなんですけども。これはね、製作費がわずか5億円っていうね。アメリカでは5億円っていうのは超低予算映画ですよ。日本では中堅ですけども(笑)。
(山里亮太)はい(笑)。
(町山智浩)それが、40億円を超す大ヒットになったんですよ。で、出ている人はみんな無名で。誰も大スターもいなくて大ヒットになったのがこの『ビッグ・シック』っていう映画なんですけども。これはパキスタン系のコメディアンの実話を描いたコメディーなんですね。本当の話です。で、パキスタンでちっちゃい頃に生まれて、それこそさっき言った「ドリーマー」と同じで、親に連れられてアメリカに来たクメイル・ナンジアニという実在のコメディアンの奥さんとの馴れ初めを映画にしたものなんですよ。
(海保知里)へー!
2017年にサプライズヒットの超低予算映画
(町山智浩)で、彼はコメディアンになりたくて、コメディー・クラブっていうのに出続けているんですけど、アメリカのコメディーのシステムって、日本みたいにどこかの事務所に所属するっていう形じゃないんですよね。お笑い劇場が各地にいっぱいあって、そこに行って最初はお昼の3時ぐらいの時間に出してもらうんですよ。午後の。で、「面白いな」ってなったら少し時間が遅くなるんです。出演時間が。で、いちばん人気者になると夜9時ぐらいになるんです。で、9時をすぎるとまた格が落ちるんですけど。
(海保知里)ああ、そうなんですか。下がってくるんだ。
(町山智浩)勝ち抜きで、面白かったら「君、あと1時間遅く来ていいよ」「あと1時間遅く出ていいよ」って言われて、どんどんどんどん。
(山里亮太)へー!
(海保知里)それ、言われる方、辛いね。はっきりわかっちゃう。
(町山智浩)そう。はっきりわかります。アメリカのコメディーは日本でもそうですけども、完全に見て勝ち負けがわかるんですよ。お客さんのウケ方を見て。厳しいですよ。で、それに出ているんですね。このクメイルくんが。で、まだまだトップじゃないんですよ。
(山里亮太)早い時間なんだ。
(町山智浩)そう。早い時間なんです。それで安いアパートに住んで、タクシー運転手っていうかUberの運転手をやって暮らしているんですよ。でもね、彼は実家に帰るんですね。豪邸なんですよ。
(山里亮太)あっ……。お金持ちの男の子?
クメイル・ナンジアニ
(町山智浩)そう。お医者さんの息子なんですよ。パキスタン系の。でね、これが面白いのはアメリカにはじめてパキスタンとかバングラデシュ、インド系の人たちが移民してきた頃っていうのは1980年代なんですね。移民規制とかが変わったんで入ってきたんですけど、彼らの最初の仕事はタクシー運転手だったんですよ。タクシー運転手かコンビニの経営者、ないし店員だったんですよ。
(山里亮太)ふんふん。
(町山智浩)ないしはガソリンスタンド。だから、映画を見るとコンビニの店員がインド系だったりパキスタン系だったりするのがすごく多いんですよ。アメリカ映画って。
(海保知里)多いかもしれませんね。そうですね。
(町山智浩)『シンプソンズ』っていうアニメもそうですよね。あれ、80年代に始まりましたから。あと、『デッドプール』っていう映画でタクシー運転手をやっている人がインドかパキスタンの人ですよね。
(山里亮太)ああ、いま写真がちょうど、『デッドプール』のがあって。たしかにこうだったなって。そういう意味があったんだ。
(町山智浩)そうなんです。ただ、それはちょっと古いんですよ。
(海保知里)えっ、古いんですか?
(町山智浩)それは80年代から90年代のイメージで。その頃は、アフガニスタン系の人たちもそうやって働いていたんですけども。レストランとかでね。もう、世代がその次の世代に行っちゃったんで、そこでがんばって子供をいい学校に入れたんですね。インド・パキスタン系の人たちは。だからその子供たちは医者とか学者とかエンジニアとか金融関係に就いているんですよ。
(山里亮太)エリートになった。
現在のインド・パキスタン系はエリート
(町山智浩)だから現在のインド系の人たちはもうアメリカの中でユダヤ系に次ぐ、もっとも金持ち集団を形成しているんですよ。
(海保知里)ええーっ! ユダヤ系に次ぐんですか? すごいですね!
(町山智浩)だって2015年の国勢調査だと、インド系アメリカ人の平均年収って10万ドルを超えてますから。軽く1000万円を超えてますね。平均でですよ。
(海保知里)すっごーい! 平均が?
(町山智浩)平均ですよ。
(山里亮太)インドはだから、ITとかの人は強いっていうイメージがありますよね。
(町山智浩)そう。その通りなんですよ。うちの近所はIT系ですけども。だからGoogle、マイクロソフト、AdobeはCEOがインド系ですよね。
(山里亮太)はー!
(町山智浩)で、インド系アメリカ人の45%がマスター(修士)以上の学位を持っているんですよ。だから、全然変わっちゃったんですけど、この主人公っていうか実際の人物のクメイルさんは親父が医者で、自分はタクシー運転手っていう逆ジェネレーションになっちゃっているんですよ。
(山里亮太)本当だ(笑)。
(町山智浩)でね、これは面白いのはいま、アメリカでこういう彼みたいなインド・パキスタン系ないしはイスラム系のコメディアンがものすごいブームなんですよ。
(山里亮太)へー!
(町山智浩)すっごい増えています。いちばん人気がある人は、アジズ・アンサリっていう人ですね。
(山里亮太)はいはい。僕ね、Netflixでソロライブっていうんですか? トークショーを見ましたよ。
(町山智浩)ああ、そうでしょう? 『マスター・オブ・ゼロ』っていうNetflixでやっているドラマに出ているんですけども。最近、ファンに手をつけたらエッチが下手だったんで。ひどかったんで暴露されて大変な目にあっているのがアジズ・アンサリですけども。
アジズ・アンサリ
(山里亮太)フハハハハッ! いや、より愛せます。なんか。
(町山智浩)そう。この人も親がエンジニアか医者だったかなんですよ。大金持ちなんですけど。ところが、「俺はお笑いがやりたいんだ!」っていうことで親に逆らってお笑いをやっている人なんですよね。
(山里亮太)すごいですよね。とてつもなくデカい会場で、ものすごい数のお客さんを前にやっていますよね?
(町山智浩)だからアメリカのコメディーってロックコンサートと同じレベルですから。だからマジソン・スクエア・ガーデンとかを満員にしちゃうんで。
(山里亮太)そう! ドッカンドッカンウケて。
(町山智浩)だから格が全然違うんですよ。でも、ステージには何もなくて、ただしゃべっているだけなんですけどね。コメディアンって。
(山里亮太)そう! ねえ。かっこいいんですよ。
(町山智浩)あとね、女の人でもミンディ・カリングっていう女性がいて。『The Mindy Project』っていうテレビシリーズですごい人気なんですけど。
(海保知里)この人、見ていました。
(町山智浩)ああ、見ていたでしょう?
(海保知里)アメリカで見ていました。面白かった。ミンディさん。
(町山智浩)お医者さんの話なんですよ。
(海保知里)そう。女医。
(町山智浩)お母さんがお医者さんなんですよ。この人、本当に。
(海保知里)実生活でも。ああ、そうなんだ!
(町山智浩)親、医者ばっかりなんですけど(笑)。インド・パキスタン系は。で、まあみんな勉強がめちゃくちゃできるんですね。ただ、彼らはもうアメリカで生まれ育ったんで、「なんで勉強しなきゃいけないんだ? やりたいことをやりたい!」っていうのが、お笑いだったんですよ。
(山里・海保)へー!
(町山智浩)これが面白いのは、インド系の人っていうのは「とにかく真面目で勤勉で働き者」っていうイメージがあるから、お笑いとすごく遠いところにいる逆の人なんですよ。印象として。で、このインド系お笑いブームの前にあったのは、中国・韓国系お笑いブームっていうのがあったんですよ。
(海保知里)ふーん……あっ! ケン・チョン?
(町山智浩)ケン・チョンですよ! あの人は本人が医者ですよ。医者の息子で。
(海保知里)『ハングオーバー!』に出ていた、あの陽気なアジア人ですよ。下半身を出したりとか。
(町山智浩)あの人、韓国系なんですけども。あの人も超エリートのお医者さんなんですけども。「どうしてもコメディアンがやりたい!」って言って。で、奥さんを説得して、結局コメディアンになっちゃったんですよ。
(山里亮太)ふーん!
(町山智浩)でも、医者も続けているんです。医者ってね、治療を続けないと免許を剥奪されちゃうんで。ボランティアで、タダで診療をしているんですけどね。ケン・チョンは。
(海保知里)いいですね。
(町山智浩)ねえ。ケン・チョンって『ハングオーバー!』っていう映画でチンチンを出してましたけど。全裸でね。すっごいチンチンがちっちゃいんですよ。
(山里亮太)フハハハハッ!
(町山智浩)それをネタにしているんですけど。
(海保知里)あ、ネタにしてるんですか?
(町山智浩)ネタにしてるんですよ。チンチンがちっちゃいことが売りなんですけども。
(山里亮太)フハハハハッ! すっげー芸風だな(笑)。
(町山智浩)すごいのは、あの人は超エリートのお医者さんなんですよ。
(山里亮太)それがまた、それを言うからかっこよくて面白いんですよ。
(町山智浩)全くお金にも困っていないし。超エリートなのにチンチン出すところが偉いですよね!
(山里亮太)ああー、でも超エリートが出すチンチンだから面白いっていうのもあるんですよね。
(町山智浩)超エリートのチンチンだから価値があるんですよ、それは!
(山里亮太)だからたけしさんとかも、やっぱりあの「世界の北野」って言われているその状態で、ステージで転ぶからそのコケが倍面白いっていう。
(町山智浩)そうなんですよ。ただね、アジア系のコメディアン。特に中国・韓国系のコメディアンがやっていたネタっていうのは、「とにかく親が『勉強しろ、勉強しろ!』ってうるさい」っていうネタだったんですよ。いちばんよくあるこの手のネタは、中国系とかインド系もみんなそうなんですけど、アジア系は「うちの親父はもう(成績で)Aを取らないとめちゃくちゃうるさくて。俺の血液型がBだっていうだけで卒倒したぜ!」みたいなネタがあるんですね。
(山里亮太)なるほど、なるほど(笑)。
(町山智浩)そういうことでやっていって、いまはインド系・イスラム系の人たちがこのクメイルくんみたいにしてコメディアンになっていったんですけども。これ、クメイルくんがそこでコメディーをやりながら、お客さんに手を付けているんですね。
(海保知里)ええっ?(笑)。
(山里亮太)そんな芸人もいるよ。
(町山智浩)ナンパしているんですよ。それで会ったその日にファンの女の子とやっちゃったりしているんですけども。彼はパキスタンだからイスラム系なんですよ。
(山里亮太)あっ……そんなみだらには、ねえ。
(町山智浩)そう。でも彼は関係ないんですよ。アメリカンだから。お酒飲んで女の子をナンパして、会ったその日にエッチするような人なんですよ。
(山里亮太)ほう。
(町山智浩)で、お祈りなんかも適当にチャラチャラっとやっているんですよ。
(海保知里)ええっ!(笑)。
(町山智浩)でもね、その彼女を本気で好きになっちゃうんですよ。エイリーちゃんっていうんですけども。そこからが問題なんですよ。インド・パキスタン系の人たちは徹底的にお見合い結婚なんですよ。
(海保知里)知らなかった! そうなんですか?
インド・パキスタン系の結婚事情
(町山智浩)で、結婚式当日まで会ったことがないとか、普通なんですよ。
(山里亮太)へー!
(町山智浩)写真だけで結婚したりして。「Arranged Marriage」っていうんですけども。周りがさせちゃうんですよ。
(海保知里)大変!
(町山智浩)で、このクメイルくんが兄貴に言われるんですね。「お前、なんか白人の女の子が好きなんだって? 勘当されるぞ。アイルランド系の女の子と結婚した彼は一生、もう親戚から口を聞いてもらえてないけど、それでもいいのか?」って言われるんですよ。で、彼が板挟みになって「どうしよう?」ってやっていると、グズグズしているから彼女がキレちゃって。それだけじゃなくて、謎の病気にかかって昏睡状態に陥っちゃうっていうのがこの『ビッグ・シック』っていう話なんですね。
(山里亮太)ああ、ここが『ビッグ・シック』なんですか?
(町山智浩)ビッグ・シックなんです。ビッグ・シックにかかっちゃうんですよ。で、これは実際にそういうことが起こったんですね。
(山里亮太)ああ、そうか。実話ですもんね。
(町山智浩)そう。エミリーさんに。ただ、実際に起こったんですけど、非常に象徴的な病気で。これはだから、民族を背負ってアメリカで暮らしている主人公のクメイルくんがアメリカ人に生まれ変わるための病気みたいな形になっているんですよ。
(海保知里)ん? アメリカ人に生まれ変わる?
(町山智浩)彼女が死に近いところに行くことで、彼自身も同じような状態になっていくんですよ。で、ひとつの洗礼は彼がコメディーをやっていると、お客さんが「お前、テロリストだろ!」と言ってくるんですね。で、イスラム系の人たちとかインド系の人たちはみんなテロリスト扱いをされているんですけど。アメリカの中で差別と戦っているんですけども。そこで彼が、いわゆるどん底の中からどのような形で愛を成就させるか?っていう話になってくるんですね。
(山里亮太)ふーん!
(町山智浩)これはね、アメリカの伝統的な映画で『ジャズ・シンガー』っていう映画があるんですけども。何度もリメイクされているんですけど。それは主人公がユダヤ人で、ユダヤ人の伝統の中で生きている中、黒人音楽が好きになってジャズシンガーになっていくという話があるんですよ。それも実際のアル・ジョルソンという人に起こった話なんですね。「お前はユダヤ教のまま生きるんだ!」って親父から言われているのに、それを抜け出して黒人音楽をやっちゃうという実際にあった話なんですけども。これもすごくよく似た話でね。アメリカ人っていうものは自分の意志によって「なる」ものなんですね。で、なっていくためのきっかけがビッグ・シックなんですけども。こうやって、アメリカっていうのは支えられてきて、新しく入ってきた人たちによってどんどん興隆していくんだということがよくわかる映画ですね。
(山里亮太)ふーん!
(町山智浩)でも、それをいま、みんな叩き出そうとしていますからね。
(山里亮太)本当ですよね。
(町山智浩)ねえ。IT系とか全部ね、インド系の人がコントロールしている状態で。あと、金融とかもそうなんですけども。でも、それが許せないっていう人たちもいるんですよね。
(山里亮太)なるほど。でも、そんなのを叩き出しちゃったら、アメリカはもうえらいことになりそうですね。
(町山智浩)いや、でもそういう人たちの対するビザの発行を制限しようって言っているんですね。トランプは。だから「そうすると、インド人や中国人ばっかりになっちゃうからだ!」っていうんですよ。
(山里亮太)はー!
(町山智浩)でも、優秀だからそうなのに……っていう。
(山里亮太)でも、支持する人はいるんでしょうね。「そうだそうだ! 俺たちの仕事が奪われたんだ!」って。
(町山智浩)そう。「なんで俺たちはそういう仕事がもらえないんだよ?」っていう人たちがそれを支持するわけですよ。
(山里亮太)そうか。だってトランプってある一定数の支持を……こんなにめちゃくちゃだから、そろそろ支持率も地を這うような数字に行くかな?って思ったら、下がらないですもんね。ある一定のところで……まあ、ひどいっちゃあひどいですけども。32、3%ぐらいから、それよりも下がったのはあんまり見たことないんですけども。
(町山智浩)だって、その人たちの生活がよくならないから、よくなるまでずっと彼らはトランプを支持し続けるでしょうね。
(山里亮太)ああー、なるほど。いまやってくれていることの結果、俺たちはよくなるんだって、ずっと信じつづけている。
(町山智浩)そうなんですよ。ただ、支持をしているのは65才以上なんで、世代が変わってその子たち。いわゆるワーキングクラスの子たちは「もうそれじゃあダメなんだ」っていうことで大学にいま行っていますから。だから、大きなシフトが起こると思いますけどね。でもすごくトランプ時代のアメリカがよくわかる映画でもあります。この『ビッグ・シック』は。2月23日に日本では公開ですね。
(海保知里)はい。ということで町山さん、今日は『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』を紹介していただきました。どうもありがとうございました。
(山里亮太)ありがとうございました。
(町山智浩)はい。どうもでした。
<書き起こしおわり>