町山智浩さんが2021年8月17日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『アイダよ、何処へ?』について話していました。
#町山智浩 さんによる、#アメリカ流れ者。
今日は以下2本の映画を
ご紹介いただきます。▶️ノルウェー映画「#ホロコーストの罪人」https://t.co/Wnvq331O9m
▶️ボスニア・ヘルツェゴビナ映画
「#アイダよ何処へ?」https://t.co/tsUzfafdrX#tama954— TBSラジオ『たまむすび』 (@tamamusubi_tbsr) August 17, 2021
(町山智浩)で、もう1本はまたすごい強烈な映画でね。これ、アカデミー外国映画賞の候補になった映画ですけど。『アイダよ、何処へ?』という映画なんですが。これはね、ボスニア・ヘルツェゴビナ映画なんですよ。ボスニア紛争ってありましたよね。1990年代にね。そこで起こった事件についての、これも実話なんですけども。これ、元々すごくややこしい話なんですが。ボスニアっていうのはユーゴスラビアっていう国の一部だったんですね。で、ユーゴスラビアっていうのはセルビアとクロアチアとスロベニアと……まあいくつかの国があった連合体だったんですけれども。
それは、ナチスドイツによって内戦状態みたいな形になって、その中で全員で「やっぱり我々は力を合わせて戦おう」っていうことになって、ナチスと戦って作った国がユーゴスラビアで。最初から多民族国家なんですね。で、理想の下にひとつの国として頑張ろうってやってたんですけど。それで、サラエボオリンピックまでやってるんですね。ところがその後、それぞれの民族が違う地域同士が独立を宣言して、内戦状態に入ったんですよ。
ところが、そのセルビア人がすごく多いところとか、クロアチア人がすごく多いところはそれでよかったんですけれども、ボスニアというところは一番民族が混成してたんですよ。だから、もう非常に激しい内戦状態になったんですけれども。で、1995年にセルビア共和国という風な形でボスニアの中のセルビア人の多いところが……ボスニアの中の、イスラム系の人たちが多いところがあるんですね。
で、そういう人たちのことを「ボシュニャク人」っていうんですよ。「ボスニア」っていう言葉自体とも絡んでいて。その人たちは昔、オスマントルコに支配されていた時にイスラム教になった人たちで。ボシュニャク人って言って、ボスニアの語源なんですけれども。で、その人たちの地域に対してセルビア人が激しい攻撃を仕掛けたんですね。でも、このへんもすごくてね。実はこの人たち、民族は基本的には全部同じなんですよ。
(赤江珠緒)ああ、そうなんだ……。
(町山智浩)実は、同じ血なんですけれども。人種的には。ただ、宗教がイスラムだったりカトリックだったりスラブ系のロシア正教だったりするっていうだけなんですよ。言語が違ったりとか、それだけで。実は人種的にはほとんど同じなんです。でも、それで分裂して殺し合いになって。で、そのセルビア共和国軍がボシュニャク人のいるところに攻め込んでいって、ある都市を襲撃するんですね。で、その時に国連軍が入るんですよ。国連が平和監視ということで中に入ってくるんですけども。ところが、国連軍の基地にはわずか数百人しか、オランダから派遣された国連軍がいないのに、そこに逃げてきたそのイスラム系のボシュニャク人の難民が2万5000人もいたんですよ。
(赤江珠緒)うわー。数百人しか国連軍がいないところに?
2万5000人の難民が殺到
(町山智浩)そう。スレブレニツァっていう街なんですけども。その街の郊外にあった国連軍の基地、数百人しかいないところに2万5000人の難民が来て、その基地に入れなくなっちゃうんですね。で、基地の周りに2万5000人が群がっている状態で、その周りを何万ものセルビア軍が戦車で包囲するっていう状態になるんですよ。で、そこからどうやって脱出できるか?っていう話になるんですね。で、主人公の人はアイダという女性で、50代後半の英語ができる英語の先生なんですね。学校で英語を教えていた人で。彼女は国連軍に通訳として雇われるんですよ。
で、そのオランダ軍とセルビア人とボシュニャク人の人たちの間で通訳として動くために国連軍としてのパスを持ってるんですね。それが最後の方ですごく重要になってくるんですけども。で、ものすごく戦車隊に包囲されてる状態だから、国連軍に対してオランダ側の司令官が「我々は包囲されている。たった数百人しかいない。200人か300人かしかいない。敵は何万もいて包囲してるから空爆をしてほしい」って言うんですね。国連軍に対して。「空中から爆撃して敵の戦車をやっつけてほしい」と。ところがね、いつまでたっても空爆されないんですよ。
で、これは映画の中でははっきりと描かれてないんですけど。「撤退しないと空爆をするぞ」ってセルビア軍に言ったら、セルビア軍が「だったらその前に300人だかの国連軍に砲撃して殺してやる」って言ったんですよ。
(赤江珠緒)ああ、その中の。
(町山智浩)そう。だから空爆できなくなっちゃったっていう……なんというか、すごくややこしい状態で空爆できなくなっちゃったんですよ。彼らは空爆をしてほしいのに。200人、300人の人が人質状態になってるわけですからね。で、「これはダメだ。国連軍は助けてくれない」っていうことで、国連軍のオランダ軍が直接セルビア側と交渉するっていうことになるんですよ。で、交渉した時に向こうが出した条件が「君たち、逃がしてやるよ。オランダ軍の国連軍の皆さん。そのかわり、2万5000人のイスラム系の避難民を俺たちによこせ」って言うんですよ。
(赤江珠緒)うわっ、その保護を求めてきた2万5000人を?
(町山智浩)そう。「よこせ」っていうんですよ。でも、そうしたら虐殺をされるだろうと思うわけですね。そのころ、セルビア側は民族浄化ということで、セルビア人以外の他の人たちを虐殺していたことが今、わかってるんですけど。それはその当時も噂としてみんな知ってるから。「虐殺されるだろう」って思うんですね。すると、そのセルビア側の司令官が「いや、そんなことはしないから。みんな、バスやトラックに乗せてボスニア側の安全なところまで運んであげるから。だから安心してその基地を引き渡してくれればオランダ人の君たちも国連軍も逃がしてあげるから」という条件を突きつけるんですね。
でも、もうそこに集まっているボシュニャク人の人たちはそんなセルビア人の言うことを全然信用できないんですよ。だから「やめてください! こんな条件、飲まないでください!」って言うんですけど。もう食料もないし、武器・弾薬も尽きてきて。燃料もないから国連軍はその条件を飲んじゃうんですよ。で、その2万5000人の避難民を引き渡しちゃうんですよ。そこで、このアイダさんが「こうなったら自分の息子2人と夫だけでも助けたい」って駆けずり回るっていう話なんですよ。でも、どんどんどんどんバスやトラックに避難民たちは乗せられていっちゃうんですね。で、そのバスが行った先、その200メートルぐらい先から銃声が聞こえてくるんですよ。
(赤江珠緒)ええっ!?
(町山智浩)どんどん殺してるんです。で、それに乗せられたら、おしまいなんですよ。で、このアイダさんはなんとか自分の息子と夫を救おうとするんですね。アイダさんだけは国連のパスを持ってるから逃がしてもらえるんです。という話なんですよ。で、厳しい話で。この『アイダよ、何処へ?』っていうのは昔、ローマでキリスト教徒の虐殺が行われた時。暴君ネロによってね。で、キリストのお弟子三の1人、ペテロさんがですね、ローマを逃げたことがあるんですよ。で、逃げる途中で、すでに亡くなってるはずの自分の師匠のキリストの幻か霊に会うんですね。
で、「どうしたんですか、お師匠さま?」って言ったら「私はこれからローマに行って処刑されに行くんだ」って言うんですね。で、その時にそのペテロが言った言葉がですね、「主よ、どこへ行かれるんですか?」っていうんですね。「仲間が殺されるというのに、私はここにいられないから、一緒に死ににいくんだ」ってキリストは言ったんですよ。それでペテロはやっぱり自分もローマに帰って、処刑されんですね。それが今回の映画のタイトルになってるんですよ。『アイダよ、何処へ?』っていう。だからこれもものすごい厳しい話なんですよ。
(赤江珠緒)本当ですね。
(町山智浩)これ、でも国連軍の側に立ってみれば、ここで殺されるわけにもいかないですよね。だからやっぱり条件を飲んじゃって、裏切っちゃってるんですよ。守りに来た人たちを。
(赤江珠緒)でも結果、200メートル先で虐殺が始まっていたって……。
(町山智浩)そう。これはひどい。それで結局、8000人以上がそれで殺されているんですよ。これはね、スレブレニツァの大虐殺と言われている事件なんですけれども。でね、この2つを映画を見るとね、やっぱり今のアフガニスタンと繋がってくるところがあるんですよ。「守る」って言ってきた人なのに。ねえ。これは厳しいですよね。
(赤江珠緒)それ以外にもう救いがないっていう状況でね。
(町山智浩)そうなんですよ。でも、自分の命が危うくなったらじゃあ、どうするのか?っていうね。これはね、もう本当に厳しくて。今、国際社会がアフガニスタンに対してね、何ができるか?っていうことになってくると思うんですよ。今、タリバンの裏側に中国ロシアがつこうとしているんで。まあ、アメリカはどのような形でこの状況に対して対応していくのかってことはまだ、何も正式に表明されていないんですけどね。でも、少なくとも難民の人たちは引き受けなきゃなんないと思うんですよね。日本も含めてね。
(赤江珠緒)そうですね。
(町山智浩)これから起こることで、非常に恐ろしいことが起こらないようにしないとならないと思うんですけども。すでに1回、起こっていることなんでね。
(赤江珠緒)もうずっと、本当に同じようなことを繰り返してますね。
(町山智浩)繰り返していますね。そういうね、今に始まったことじゃないという映画を2本、ご紹介しました。もうすぐ公開ですね。『ホロコーストの罪人』は8月27日から。『アイダよ、何処へ?』は9月17日から日本公開です。
(赤江珠緒)全国順次公開となっていきます。
『アイダよ、何処へ?』予告編
<書き起こしおわり>