PUNPEE 父親とのラジオ対談・書き起こし

PUNPEE 父親とのラジオ対談・書き起こし SOFA KING FRIDAY

PUNPEEさんが2020年3月13日放送のJ-WAVE『SOFA KING FRIDAY』の中で実のご両親をゲストに迎えてラジオトーク。その模様の書き起こしです。

(父)はい。というわけで『SOFA KING FRIDAY』、Vol.100何回目だか……本日は板橋区のダメ兄貴ことPUNPEEの父親が代わりに東京都のどこかからか電波をローンチしてお届けいたします。

(PUNPEE)はい。というわけで今日は100何回目かわからないですけど。3月で終わってしまう『SOFA KING FRIDAY』、ゲストにうちの実の父を呼んでおります。よろしくお願いします。

(父)お願いします。

(PUNPEE)フフフ(笑)。

(父)最初にお送りしましたのはPUNPEEと5lackの2007年か2008年頃の作品で『バナナ色』という曲です。なかなか流す機会がないので、一生懸命部屋の中を探して持ってきました。

5lack&PUNPEE『バナナ色』

(PUNPEE)そう(笑)。この曲、あれだもんね。ネットに上がってないから。『バナナ色』、これでもだいぶ古い曲だけど。5lackはかけて大丈夫って言っていたの?

(父)それはこの間、事前に了解を得ました。何しろこの曲は古いファンの皆さんの間では「一度、ステージでもやってほしいな」っていう声がいっぱいあがっていたので、今回は私の棚からひと掴みして持ってきました。

(PUNPEE)はい。ありがとうございました。今日、親父に来てもらったんだけども。先週は「番組が終わる」っていうことで、ゲスト候補希望のメッセージの中で一番多かったのがミチヨシくんとMETEORくんだったの。

(父)知ってます。

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(PUNPEE)なんだけど、METEORくんとミチヨシくんがスタジオに来た時、その次の週で来たメッセージで一番多かったのが親父と(SUMMIT)増田さんだったの。で、メッセージを読むけども。埼玉の方。「PUNPEEさん、こんばんは。毎週、とても楽しく拝聴していた番組が3月で終わると知り、胸がざわついている私です(涙)。番組名が変更されてPさんの新しい番組がスタートなんてならないかなと淡い期待をしているのですが……ないか。

さて、ラストに向けてこの番組に呼んでほしいゲストですが、ズバリ、P氏のご両親です。これまでP氏の作品の要所要所に参加してるお二方ですが、元々音楽が好きで、音楽を生業とするP氏にも影響を与えておられるとのこと。小さい頃のP氏の逸話や音楽にまつわる親子の会話を聞きたいということは自分だけじゃないはずです。ぜひ対談的な回を放送願えればと思います」。はい。ステッカーとCD-Rを送っておきます。そう。だから今回はよろしくお願いしますと感じて来てもらいました。

(父)なにしろSTUTSくんのビデオで僕、結構顔が売れているというわけじゃないけども、広まっちゃってるので。

STUTS『夜を使いはたして feat. PUNPEE』

(PUNPEE)フハハハハハハハハッ! でもさ、『夜を使いはたして』のビデオに未来の自分役で出てもらってるっていう……まあ知ってる人は知ってると思うんですけど。それでたとえば声なんてかけられたことないでしょう? ある?

(父)さすがに声はかけられないけど、レコ屋に行くと「店員さんの様子がちょっと変わったな?」っていうのとか。

(PUNPEE)ああ、そう? だからライブ会場とかではさすがにあるんじゃないかなって思っけど、それはあるでしょう?

(父)ライブはないね。ただね、曽我部恵一さんとか小沢健二さんから「僕、お父さんのこと知ってますよ」ってあいさつをする前に言われちゃったりするとね、やはり恐縮っていうか。

(PUNPEE)それはちょっとあれですね。緊張しますね。まあでも、いろんな聞いてた人としゃべれるのはラッキーなんじゃないですか?

(父)なんとなくあの、不思議な気分だなって思うね。

(PUNPEE)うん。じゃあ、そんな感じで今日は親父とやっていこうと思うので。何を話したらいいかわかんないんだけど、あんまり普段しゃべってないことを話そうと思うのですが。最初の、自分が生まれた時にすでにレコードとかがいっぱいあって。CDも持ってた気がして。J-WAVEも毎朝聞いていたじゃん?

(父)うん。

(PUNPEE)だから今、J-WAVEでこうやって番組を持ててるってのはすごい感慨深いことでもあるんだけど。最初の音楽にハマったというか、実体験の一番最初って何だったの?

(父)いや、よくは……それを言われるとよくわからないんだけれども。本当に歌謡曲しか流れてないような。あとは父親が流してた日本舞踊とか、そういったもののレコードだったりSP盤だったりっていうのが実体験だね。

(PUNPEE)ああ、じいちゃんはSP盤を持っていたんだ。レコードプレイヤーを。

(父)踊りをやっていたからね。

(PUNPEE)ああ、そうか。それでかけていたんだ。じゃあビートルズとかはいつになるの?

(父)もっとずっと後。僕もビートルズの実体験ってのはまあだいたい小学校の高学年ぐらいなんだけれども。オーディオのコマーシャルでほんの少しだけビートルズが出てくるっていうコマーシャルがあったのね。『サザエさん』の時にやってたんだけど。アップルの屋上でやっているシーンのがチラッと出て。

(PUNPEE)屋上のってでも、あれじゃない? 最後の解散ライブとか?

(父)そうそうそう。『Let It Be』のね。

(PUNPEE)もう解散の時は……。

(父)『サザエさん』だよ(笑)。まあ、衝撃的でしたね。その頃であっても。あの出で立ちに……なにしろ、おばあさんみたいなメガネかけて。

(PUNPEE)それ、ジョン・レノン?

(父)そう。

(PUNPEE)ああ、格好もそんなに衝撃的だったんだ。今を見ると、あれじゃない? ひとつのスタイルと言うか、やり方としてはずっと普遍的にあるファッションじゃない? そういうスタイルっていうのは。それが当時にしたらすごい奇抜な格好だったんだ。

(父)うん。

(PUNPEE)へー! で、そこでビートルズがあって。レコードを収集するまでにはどういう経緯があったの? 自分の印象なんだけど、親父といえばレコードがいっぱいあって。弟の5lackとかもそのレコードからサンプリングしたりとか。たまに急にヒップホップのCDを買ってきたりもしてた時、あったじゃん? コモンとか。ジュラシック5とか。なんだけど、山下達郎さんの影響というか。達郎さんが……ほら、最初にも言っていたけどもさ。「棚からひと掴み」って言ってたけどさ。毎週ラジオで紹介するものみたいなのをさ、結構レコメンドされたものを買ったりしてるじゃん?

(父)うん。

(PUNPEE)親父の人生の中で山下達郎さんはどのあたりから出てきていたの? どういう影響を与えていたの? 大学生とか? 東京に出てきてから?

山下達郎からの影響

(父)うーん、そうだね。最初のシュガー・ベイブの頃からだから。でも、そんなに極端に……これ、失礼がないように言いますけど。どういうアプローチというか、見方、考え方かっていうと、その昔、いろんな街にいろんなレコード屋さんがあったよね。で、そこにいるレコ屋のお兄さんとかお姉さんたちの延長が、僕にとっての達郎さんだったり大瀧詠一さんだったり。で、その人たちはまあ憧れだったから。知識もあって、知らない音楽を教えてくれるっていうところではやっぱり「レコ屋のお兄さん」ですよ。

(PUNPEE)的な存在というか。リスナーの人からしても、そういう存在だったんだ。その前にはそういう人たちはあんまりいなかったの? 世代が近いからっていうこと?

(父)いなかったね。AMの放送でそういうことを言ってくれる、福田一郎さんっていう方とか、そういう評論評論家の人たちはいっぱいいたんだけど。ミュージシャンでそういう人っていうのは……。

(PUNPEE)ふーん。割と熱心なリスナーの人たちの延長線上みたいな感覚が当時としては結構新しかったんだ? でもシュガー・ベイブもリアルタイムで追っていたの? それとも、山下達郎さんが有名になった後に知ったの?

(父)いや、それは最初から。

(PUNPEE)ああ、知ってたんだ。

(父)あの、僕自身もレコ屋でバイトしてたから。その時の仲間内で……。

(PUNPEE)レコ屋って、岐阜で? 東京に出てきてから?

(父)うん。三茶のはずれの方でね。

(PUNPEE)ああ、そうなんだ。知らなかった。

(父)で、バイトだから。

(PUNPEE)それは大学生の時とか?

(父)そう。そんな感じの時。大学は行ってないけどね。

(PUNPEE)ああ、行ってない時期、あったんだ。バイトしていた時期があったのね。へー。なんか知らない親父のことが結構いろいろ出てきたりしてるんだけども。で、その時に……?

(父)その一緒に働いてた先輩の中に、ナイアガラのレーベルの人と知り合いの人がいたのね。その人もバンドをやってた人なんだけど。「これ、いいよ」って言って聞かせてもらったり、コンサートに……シュガー・ベイブのはさすがに行ってないけど。その周辺の人のね。そういう経験が結構……だからレコ屋で働いてる人ってこんなに情報は入ってくるし、知ってる人なんだなっていうのはその時に感じたんだよね。改めてね。

(PUNPEE)それ、なんてお店だったの?

(父)それはね、いいのかな? キャナリーっていう。

(PUNPEE)へー。今はもちろんない?

(父)ない。

(PUNPEE)山下達郎さんはそういう、今までにはなかった感じに見えたんだ。その、なんか音楽を教えてくれる先輩みたいな?

(父)うん。ライブとか見に行ってもね、やっぱりそういう感じがするよね。

(PUNPEE)世代的に俺はたぶんそこ、リアルタイムじゃないから。どういう感じで出てきたのか知らなかったから、なんか面白いね。そういう感じだったんだ。へー。で、今日は一応、親父にもかけたい曲を持ってきてもらったんですけど。1曲目の弟の未発表曲に次いで、何かありますか?

(父)今日はいろいろ考えたんだけど、どれもこれもベタ過ぎるので。その昔、すごく人気のあった南沙織さんの1曲。これをちょっと聞いてください。

(PUNPEE)なんていう曲ですか?

(父)これはね、『春の予感』という曲なんだけども。三波春夫じゃないよ?

(PUNPEE)フハハハハハハハハッ! わかっているよ(笑)。南沙織さんで『春の予感』です。どうぞ。

(父)その後、コマーシャル。

(PUNPEE)フフフ(笑)。

南沙織『春の予感』

(CM明け)

(PUNPEE)はい。引き続き『SOFA KING FRIDAY』、親父をメインゲストにお送りしております。お送りしたのはソロモン・バークの『Don’t Give Up on Me』という曲でした。

(PUNPEE)これも親父の選曲ということで。

(父)5lackのことでも話そうか。じゃあ。

(PUNPEE)フフフ(笑)。

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