宇多丸、ポン・ジュノ、ソン・ガンホ『パラサイト 半地下の家族』を語る

宇多丸、ポン・ジュノ、ソン・ガンホ『パラサイト 半地下の家族』を語る アフター6ジャンクション

Warning: Undefined property: stdClass::$ByLineInfo in /home/wp419058/miyearnzzlabo.com/public_html/wp-content/themes/cocoon-master/lib/shortcodes-amazon.php on line 666

<インタビュー音源スタート>

(宇多丸)今回、まさにそのシチュエーションというか、メインの舞台となる邸宅があって。しかもそこにいくつか、階段を中心とした仕掛けがあって。まさにその空間の中でどう動くかというところが本当に見せ場になっていると思うんですけど。その中で、ソン・ガンホさん。まず脚本を最初に読まれた時にこれだけ……まあネタバレしないようにしますけど。中盤以降、もう想像もしなかった方向に話が転がっていくわけですけど。最初にこの脚本をお読みになった時、どう思われましたか?

(ソン・ガンホ)『パラサイト』以前の韓国映画を図形でたとえると、三角形や四角形、長方形だったりします。でも『パラサイト』の形はシナリオの時点で正六面体のような今までに考えたこともない映画だという感じがしました。とても変わっている映画だと思い、本当に驚きました。

(宇多丸)全体にやはり階段を中心とした高低差というか。邸宅があるところから途中中盤、主人公の家族が一旦家に帰るところ。そこで実はその位置関係が……お金持ちの家は高いところにあって、少しずつ下にくだっていく。そうすると、その半地下の家は実はすごく下の下流の方にあって。それがまさに、状況はすごく大変な……雨が降って、すごく大変な状況。世の中のネガティブなことが全部流れ落ちてくるようなことになっていてっていう。この空間の……階段を中心としたその空間の縦横。それが社会の構造っていうのを示すっていうのはもう本当に見事で。ああいうものっていうのはやっぱり物語を作る時点で空間設計みたいなところもすでに頭にあるんでしょうか?

階段を中心とした高低差

(ポン・ジュノ)初めからそれは核心となるコンセプトでした。主人公が雨の中を歩いて下りていく時はずっと下降し続けています。お金持ちの家から浸水した自分たちの家までは気が遠くなるほど離れていて、観客も垂直的な距離やギャップを一緒に感じるわけです。つまり、ずっと下降していく過程を見ることになります。家族だけが下降しているわけではなく、雨水も一緒に下に流れていきます。

水も豊かな者から貧しい者へとずっと注がれ、流れおりていく。逆流して水が上がっていくのは不可能なわけです。息子が一度、立ち止まり足元を見ますが、足の隙間をぬって水が勢いよく下へ下へと流れていき、自分の貧しい家をも飲み込む勢いのある流れとなっています。その流れを止めることはできません。これは本当に怖く、悲しいことでもあります。

(宇多丸)そういう高低差を利用した演出が多くて。特に中盤以降、階段がとにかくいっぱい出てきて、登場人物はその階段を何度も上り下りすることでまた力関係が変わるというのは大変に面白いんですが。これ、演者さんとしてはですね、ソン・ガンホさんたちはさぞかし、この階段の上り下り。しかもすごく狭い空間で。なかなか肉体的に大変な演技だったんじゃないかなという風に思うんですけども。

(ソン・ガンホ)舞台あいさつの時にも笑い話として階段の話や雨の話をたくさんしたのですが、どんな映画でもそれぐらいの苦労はすると思いますので。今となってはいい思い出です。撮影中も「これはすごいショットが撮れるぞ」と苦労しながらも気分がよかったですし。いじめられると快感を覚えるような、変態チックな、ゾクッとするような感覚がありました(笑)。

(宇多丸)フフフ(笑)。最も撮影的に難しかった場面というのどのあたりですか?

(ポン・ジュノ)なんといっても洪水のシーンです。あのシークエンスを作るため、ギテクの家やその周りの家を含めた路地裏全体をプール水槽の中にセットを作ったんです。最後に浸水させなければならなかったので。ちなみに、あの街並み全体がセットなんです。貧しい街での撮影を一通り終えた後、撮影の最後の2、3日で浄化槽プールの中に水を入れて水位を調整し撮りました。

洪水シークエンスの撮影

スタッフも撮影監督も私もウエットスーツ着て水中で撮影をしました。特にあのシークエンスの最後では水がギテクのあごの下まで来るような場面があります。家の中のガラクタのようなものを持って、自分が住んだ家を悲しそうに見回し出ていくシーンは胸にとても熱い思いがこみ上げてきた瞬間でもありました。映画を撮っていると、かならず一度くらいはそんな気持ちになる時があるのですが。撮影監督も私も、2人とも水に浸かっている状態で同時に強烈な思いを感じたのです。

(宇多丸)でもまさに、場面としてはとても悲しい場面なんだけど、同時に僕は見ていて「最も貧困を象徴している場面なんだけど、なんてリッチな映画なんだ!」とも思って。とても感服いたしました。

(ポン・ジュノ)その通りですね。これをもし新人監督が撮ろうとしていたら、間違いなくプロデューサーから「このシークエンスを外せ」と圧迫されるでしょう。それだけ私は恵まれた状況だと言えるかもしれません。自分がやりたいことができる条件、環境を制作会社や出資会社が整えてくれているわけですから。その分、肩の荷は重いですよね。創作に自由がある分、つまらなかったら批判されますから。

(宇多丸)あと、僕が連想したのはやっぱりブルジョアの家庭に階層が違う異物が入ってくる映画というのは映画の歴史上、過去にもいくつか素晴らしい作品がありますけど。中でもやっぱり階段の使い方はもちろん韓国映画のクラシックであるっていうことも含めて、キム・ギヨンさんの1960年の『下女』という作品を僕は連想したんですけど。やはりこの『下女』という作品とかの系譜みたいなのを踏まえて、階段の使い方とかというのも考えられて撮られたんでしょうか?

(ポン・ジュノ)『下女』だけではなく、キム・ギヨン監督の映画はすべて大好きです。多くのインスピレーションや刺激を受けてきました。特に『下女』は『パラサイト』以上に階段が重要な意味を持って象徴的に使われています。1960年代のソウルは二階建ての洋風の家屋が初めて作られた時期だったからです。今では二階建て、洋風の家はありきたりですが1960年代当時、家の中の階段は中流、上流階級を象徴するものであり、「私たちはお金持ちなんだ」と言える自慢の種でもありました。だからこそ、キム・ギヨン監督は階段に多くの意味を込めて作っていると思います。そこでは事件が起こらざるを得なかったのです。

(宇多丸)『パラサイト』の今回のそのテーマ、社会の格差であるとか階層みたいなことが図らずもというか、同様のテーマを扱った映画が世界各国、ジャンルを問わず、メジャー・インディーも問わず、同時多発的にすごく作られている。たとえばそれこそ『ジョーカー』とかでもいいですけど。あるいはジョーダン・ピール監督の『アス』とかでもいいですし、もちろんと日本の『万引き家族』でもいいですけれども。これが同時多発的に作られている。まさに『パラサイト』もそういうテーマなわけですけど。なぜ、こういうことになってるか?っていうのは監督からして、どう思われますか?

(ポン・ジュノ)イ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』もありましたよね。今、おっしゃった監督たちと私が5年ぐらい前に国連本部に集まって「こういう映画を作りましょう」と会議したわけではありませんよ。『スノーピアサー』でも列車の中で裕福な車両と最後尾の貧しい車両を描きましたが、つきつめれば『スノーピアサー』の原作は1980年代に描かれたフランスの漫画です。

私が中高生の時にすでに描かれていました。今、私たちは巨大な資本主義の時代を生きています。だからある種、避けられない宿命のようなものじゃないでしょうか。創作者として生きる時代を反映するのは当たり前なことです。今、おっしゃった作品があちこちで同時に生まれているのは自然なことだとは思います。もしひとつでも出てこないとしたら、それは逆に不思議なこと、おかしいと思います。

(宇多丸)今回の『パラサイト』でひとつ、うならされたのは貧困というのを匂いで社会階層を判断されるという大変残酷かつ、しかし誰もが「ああ、これをされたら嫌だな」という見事なアイデアが出てくるというか。映画において匂いというのは出てこないわけですけど、あえてその映画には反映されない匂いというもので社会階層を判断するという非常に残酷な展開を入れたのはどういう意図なんでしょうか?

「匂い」の演出

(ポン・ジュノ)映画は画面とサウンドなので、本来匂いの表現は難しくもありますが、ある意味簡単です。役者が上手く表現すればできることです。たとえば、匂いを嗅ぐ人の顔だとか、自分の体からなにか匂いがするんじゃないかという不安げな顔とか。ガンホ先輩は不安げな顔の演技を見せてくれました。おかげでとても強烈に、リアルに匂いを感じることができました。普段、匂いに敏感ですよね?(深呼吸をして)かぐわしい匂いがしています(笑)。

(宇多丸)フフフ、僕はその「匂い」という決して画面には映らないもので差別表現をするということで、観客にはその社会の階層による差別というものが不合理というか、根拠のないひどいものであるという風に受け取るという、そういう効果があるなと思ったんですけども。

(ポン・ジュノ)金持ちのパク社長が線を引きますよね? 「線を越えるな」と言いますが、これは実際はすごく変な話だと思います。線を引いても匂いはそれを越えてくるものです。嗅げるほど貧しい人たちを近くに来させたのはパク社長本人です。自分で運転したくない。妻もお皿洗いをしたくないから、自分たちにとっては大した額でもない金を渡して仕事として貧しい人たちを近くに呼び寄せたのです。いざ近くに来たら来たで「私生活を覗かれるかも?」と不安になって。パク社長が「線を越えるな」と何度も念を押しますが、そんな状況を作ったのはパク社長自身です。

(宇多丸)なるほど。ということでもうね、いろいろと細かいことを聞いていきたいのですが、ちょっと時間もあれなので。最後の質問とさせていただきます。まあせっかくお二人がいらっしゃるので、お互いにとってですね……まあソン・ガンホさんはいろいろな監督とお仕事をされていると思いますが。ソン・ガンホさんにとってポン・ジュノ監督の他の監督とは違う、ポン・ジュノ監督ならではのすごいところというのはどこか? ぜひソン・ガンホさんから。あとはポン・ジュノさんから見て、やはりソン・ガンホさんがすごいところはどこなのか? お伺いできますか。

お互いのすごさ

(ソン・ガンホ)25年間、映画の仕事に携わってきて多くの監督さんにお会いして、いろんな作品を作ってきたのですが、ポン・ジュノ監督は私にとってたしかに特別な存在です。一緒に映画を作ってはいますが、映画俳優として生きていく中でとても大切な意味や定義を見出してくださった方だと思っているので、特別な方であることは間違いありません。

(ポン・ジュノ)4本の作品をご一緒していますが、いまだに分からない領域が多くありますね。氷山の一角だけを見ている、そんな気分です。黒くて青い水の中にとても大きな何かがあるように思えて気になりますし、好奇心が駆り立てられる。その巨大な氷の塊を一気に水面に引き上げたい衝動に駆られます。でも、それは一度でできることではなく、少しずつ少しずつ掘り下げてみたいという、変態的な気持ちです(笑)。

(宇多丸)お二人、現代の本当に映画界トップの俳優さんと監督さんとこうやってお話を伺えてもう本当に光栄の極みですし。もう今日ぐらい韓国語を本当にちゃんと勉強したいと思ったこともなかなかないぐらいです。本当にもっとお話を伺いたいですが、また機会があればお話を伺わせてください。

(ポン・ジュノ)日本語はわからないのですが、やっぱりラッパーでいらっしゃるから独特のテンポやリズムがありますよね。耳が本当に楽しかったですよ。ビートやテンポやリズムが。

(宇多丸)フフフ、ありがとうございました(笑)。

<インタビュー音源おわり>

(宇多丸)ということでポン・ジュノ監督と主演のソン・ガンホさん。『パラサイト 半地下の家族』のインタビューをお聞きいただきました。最後にね、すいませね(笑)。役得な部分をね。なんか最初にごあいさつをして「僕はラッパーで映画評をやっていて」って言ったら、ポン・ジュノさんは「いや、もう知っていますよ」みたいな。まあ誰かが言ってくれたのかもしれないですけどもね。でね、ちょっと補足をしておくと、匂いで階層、貧しさというものを表現する描写。

見ていただいた方は非常に印象に残るところなんですけども。これは韓国の方とか詳しい方に聞くと、その半地下の住居空間みたいなものがすごく韓国にはいっぱいある。で、その匂いというか、劇中で描かれるあの感じっていうのも割と「ああ、あの感じか」って分かるんだそうです。韓国の方だったら。あと、割と劇中で出てくるあの「台湾カステラが……」とか、いろんなディテールがやっぱり韓国のドメスティックな笑いというか。韓国の方ならわかるというような件がいっぱい散りばめられていて。そういう意味では僕らが見た時の解釈とちょっと違う部分とか、ディテールがあったりするらしいんですよね。

(日比麻音子)ああ、なるほど!

(宇多丸)それもまたね、いろんなところでそういう情報は出ていたりしますから。そういうのも参考に参考にしながらまたね、皆さんも……とかいえ、非常にまた余韻が。「これがこう」とは言い切れない、なかなかの余韻がある作品ですので。

(日比麻音子)その匂いも嗅いだことはないけども、でもなんか知っている気がするっていうか。まさにこびりつく感じというか。

(宇多丸)まあ中盤の洪水のところで家が大変になっちゃう感じとか。で、まああの後だからたしかにね、匂いもするであろうっていうような。皆さんもぜひ、早くこのお話もしたいと思いますので。ぜひ。でも本当に端的に言ってすごいめちゃくちゃ面白い映画なんで。文句なし、びっくりするぐらい面白い映画なのは間違いないんで。

(日比麻音子)もう2時間、夢中です!

『パラサイト 半地下の家族』予告編

(宇多丸)ポン・ジュノ監督最新作『パラサイト 半地下の家族』は1月10日から全国公開になります!

<書き起こしおわり>

宇多丸、ポン・ジュノ、ソン・ガンホ『殺人の追憶』を語る
宇多丸さんが2020年1月8日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でポン・ジュノ監督とソン・ガンホさんにインタビュー。映画『殺人の追憶』の元になったファソン連続殺人事件の真犯人が2019年に特定された件について話していました。...

タイトルとURLをコピーしました