宇多丸さんが2020年1月8日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でポン・ジュノ監督とソン・ガンホさんにインタビュー。映画『パラサイト 半地下の家族』について話していました。
(宇多丸)ということでポン・ジュノ監督と主演のソン・ガンホさんの『パラサイト 半地下の家族』に関するダブルインタビューを聞いていただきたいと思います。前半と後半で2つに分けております。前半では今回の映画『パラサイト』をどのように着想したのかというアイデアの部分と、あとやはり僕が興味あるのは『スノーピアサー』『オクジャ』とでハリウッド式の映画作り……規模であるとかを経験された監督の演出スタイルの変化。そしてソン・ガンホさんなど役者さんにどういう風に演出をつけているのか、みたいなお話ですね。そして映画の制作環境などについて伺っております。ということで、まず前半部は8分50秒ほどある音声です。まずはポン・ジュノ監督からお答えいただいております。どうぞ!
<インタビュー音源スタート>
(宇多丸)では改めて今回の『パラサイト』の話を伺いたいですけど、本当にもうとてつもなく面白い上に鋭い社会批評も含んだ、まさにポン・ジュノさんならではの大傑作だと思いますけど。社会におけるその格差とか階級、階層をというテーマはハリウッドで撮られた『スノーピアサー』でも一種、寓話的というか抽象的な形で描かれていましたけど。それを改めてこのテーマを現代韓国を舞台に描かれようと考えられた経緯というのを聞かせてください。
(ポン・ジュノ)最初にアイデアが浮かんで「これを撮りたいと思ったのは2013年でした。出発点はとても単純なものでした。『貧しい人々が食べていくために他人のお金持ちの家に1人ずつじわじわと潜入していくというのは面白い騒動になるだろうな』と子供のように単純に思ったのがきっかけです。その考えがシナリオを書くうちに徐々に発展し、雪だるま式にだんだん膨らんでいったわけです。そのまま完成して今のような映画の形になっていますが、本当に単純に潜入するというアイデアが面白くて。そのゾクゾク感にこだわりました。最初から大きなテーマやビジョンを持って出発したわけではありません。
(宇多丸)『スノーピアサー』や『オクジャ』といったアメリカのすごく資本がバコンと入ったハリウッド型の映画制作というものをお二人とも経験されて、たとえば『スノーピアサー』の時のその撮影とかのプロセスと、やっぱり韓国映画のそれっていうのは大きく違って、戸惑いとかあったんですか? たとえばソン・ガンホさんはそのあたり、いかがでしょうか?
(ソン・ガンホ)ハリウッドのシステムを体験して戸惑いはなく、いい点はありました。ただ、慣れない状況もありました。ハリウッドでは正確にプランを立てて進めていくので、そのやり方に慣れてはいなかったのですが、とても助けられたと思っています。ハリウッドの俳優たちが仕事に臨む姿勢にも新鮮なショックを受けましたし、とても興味深かったです。
(宇多丸)そのハリウッドで撮られた経験というのはその後の……まあ今回の『パラサイト』とかにフィードバックはされているんでしょうか?
ハリウッドでの映画制作の経験
(ポン・ジュノ)最初に『パラサイト』の企画を制作会社と話したのが『オクジャ』以前だったんですよね。『スノーピアサー』のポスプロの作業中。つまり、『スノーピアサー』と『オクジャ』の後から『パラサイト』の準備を始めたのではなく、時期的には重なっていました。だから、ハリウッドで経験で故郷に戻ってきた感覚が強くあるわけではありません。外国か韓国かではなく、『パラサイト』のサイズやスケール感が自分に合っていたのは大きな意味がありました。
『オクジャ』と『スノーピアサー』は予算が実に大きかった。CGや視覚効果もふんだんに使っていましたし。そうなると、やはりいろいろと気が分散します。監督の立場からすると、エネルギーを使うべきところが多くなるわけです。でも、今回の『パラサイト』は自分にぴったり合うサイズに戻ってから感覚。『殺人の追憶』や『母なる証明』のようなサイズで安心感、楽な気持ちがありました。だからこの映画の撮影はとても集中し、楽しみながら作業ができました。これからは小さな映画を作りたいです。
(宇多丸)「サイズが小さい」とおっしゃりつつも、僕はやっぱりポン・ジュノ作品のすごいなと思うところはものすごく、それこそサイズの小さなミニマルな状況下でものすごく大きなサスペンスだったり、大きなスペクタクルを感じさせる……今回もたとえば、机の下に隠れてそこから脱出する劇のあのものすごい巨大なサスペンスであるとか。あるいはあのなんてことない路地に思えた、あの家族が住んでいる家の前の路地全体が大変なことになってるという、あれを見て「ああ、ものすごいスケール感だ!」と。つまり、話として、状況としては小さくても、ものすごく巨大な状況、映画にできるというのが僕はポン・ジュノさんのまさに才能だと思うので。今回はまさにそこを強く感じました。
(ポン・ジュノ)その話、とてもありがたいです。成立させるためにはやはり俳優たちがパワフルで、いい俳優がそろっている必要があるわけですCGの怪物も登場しないし、ビルの爆発もない中で強烈なエネルギーやテンション、集中力を発揮する映画を作るためにはどうしても俳優の顔を集中的に見るしかありません。俳優が醸し出すエネルギーや精細なレイヤーが豊かでなければ、観客は2時間ずっと夢中になれないわけです。幸運なことに今回の『パラサイト』はソン・ガンホ先輩を中心に俳優たちが本当に見事なアンサンブルで表現が豊かだったので、小さいけれども大きさを感じることができたのではないかと思います。本当に豊かな俳優のエネルギーによるところが大きいと思います。
(宇多丸)その上で、まさにそれを体現されたソン・ガンホさん。ポン・ジュノさんのそのビジョンをまさを具現化してみせる……まあ小さい状況を巨大なものに見せる演技であり、あと僕がさっき言ったようなやはりポン・ジュノさん映画特有の簡単に割り切れない感情の表現であるとか。これはとても俳優さんとしてはすごく大きな、難しい挑戦でもあると思うんですが。それはいかがでしょうか?
(ソン・ガンホ)(日本語で)どうにでもなれ!
(宇多丸)アハハハハハハハハッ! そのための……(笑)。いや、何を(メモを)書かれているのかな?って。日本語で言うっていうことだったんですね(笑)。
(ソン・ガンホ)まさに「どうにでもなれ!」という気持ちで挑んだんですね。何か計画を立てたり、計算をすることもなく、心の扉を開いて楽な気持ちで臨みました。だからこそ、この結果になったと思うんです。計画を立てたり、何かを計算したり、目標を作ってしまう方がよくない気がします。(日本語で)どうにでもなれ、畜生!(笑)。
(宇多丸)あの、ポン・ジュノさんのソン・ガンホたちに対する演出っていうのは、細かく指示があるんでしょうか? それとも割と自由にやらせる感じなんでしょうか?
ポン・ジュノ監督の演出
(ポン・ジュノ)私はストーリーボードをとても精巧に書きます。撮影はその通りに進めていきます。撮影監督や美術監督、照明チームとはかなり緊密に……私が撮りたいものをお互いに話し合いながらです。そしてカメラアングルやカメラワークりついて、いろいろ細かく注文をします。ですが、そのステージが整えば、ステージに立つ俳優に対しては、なるべく言葉数を減らすように心がけています。
監督がよく勘違いしがちなのは「自分がディレクションをしているんだ」という幻想。実はそれが逆に演技の邪魔になっていることも多いと思います。特にしっかり準備した、素晴らしい俳優が揃っている場合はその枠組みだけを作って、俳優がその中でも自由に飛び跳ね、遊べるような環境を作るのが最善のことだと思います。先ほど言った私が整えるステージについてですが、カメラの動くステージ自体がとても狭くて窮屈な場合が多いですね。たとえばタイミングを取ることとか。
そうした条件に合わせて演技するのは苦労も多いと思いますが、ガンホ先輩のようなもうベテランの役者というのは、そうした厳しいステージの合間をぬってでも存分に表現し、さらにアドリブもされるわけです。私は気楽ですよ。
<インタビュー音源おわり>
(宇多丸)はい。ということでポン・ジュノ監督と主演のソン・ガンホさん。『パラサイト 半地下の家族』についてのインタビュー、まずは前半をお聞きいただきました。いかがですかね、これね。まずね、その途中のソン・ガンホさんの「どうにでもなれ!」はこういうくだりから来ていたという。
(日比麻音子)思ったよりも急に「どうにでもなれ!」が登場しましたね(笑)。
(宇多丸)でも、あれはちょっと編集で間を詰めているんで。僕が聞いて、それを訳していただいて。そこからそのノートを書くくだりだったんで。こっちはすごい不安だったんですよ。
(日比麻音子)「なんかマズいことを聞いちゃったかな?」ぐらいの。
(宇多丸)そうそう。「なんか……えっ?」っていう風に思っていたんだけども。実はそういう仕込みだったっていう。まあいろいろとね、取材を相当に受けられてるみたいなんで。今回、さすがに。なんでね、こういうちょっとお茶お茶目な仕掛けをしていただいてるっていうところもあったんじゃないですかね? あと僕が印象深かったのはやっぱりポン・ジュノさんがハリウッドで撮ってきた経験という部分のところで。
割とはっきり、そのハリウッド的なサイズ感、予算感……CGとかそういうのだとやっぱり気が散るから、集中できるように自分にぴったりのサイズの映画を……という。「これからは大きい映画を撮る気はないです」ぐらいのことをおっしゃっていて。それはね、すごい印象的でした。もちろん一種のご謙遜というか、そういうのもあるのかもしれないけど。それと同時に今回の『パラサイト 半地下の家族』、「小さい映画」とは言いながらも、そうじゃないじゃないですか。
(日比麻音子)「小さい」と思って見ているからこその、「ええっ!」っていう。
小さくてもリッチな映画
(宇多丸)そうそうそう。やっぱりね、そこはポン・ジュノさんのその映画の手練れの部分だし。で、ポン・ジュノさんは同時に、そのスケール感とかエンターテインメント感を担保するのはやっぱり役者の力だという。だから2人のそのすごい信頼感というか。ポン・ジュノさんってすごく緻密に画面とかも構成される人ですけど、その中のその役者さんということに関してはお膳立てを整えたらそれ以上は必要ないというような感じで。なんか2人の信頼感みたいなのがね。
(日比麻音子)ドンと構えるっていう。
(宇多丸)合間のところでもすごいキャッキャキャッキャと2人でね。やっぱりもうなんか特別な2人なんだなっていう感じがすごくするようなお二人でございました。ということで前半部をお聞きいただきました。後半に行きたいと思います。後半はですね、この『パラサイト 半地下の家族』の映画のコンセプトとなるいろんなシークエンスとか。まあその演出のちょっと結構細かい具体的なことについて僕、どうしても聞きたくて。それで聞いちゃってるんですね。なので、ネタバレじゃないです。
(日比麻音子)予習としてね。
(宇多丸)この映画を見た上で、決定的にそのサプライズを削ぐとか、そういうことはないように編集してありますが。とはいえ、物語後半の展開。「こういう場面がある」とか、そういうことに関しては出てきてしまうので。先ほども言いましたが、どうしても情報をゼロで行きたいという方はですね、タイムフリーもあります氏。ラジオクラウドもありますので。こんなことは生放送中に言うべきではないのかもしれませんが。まあ、時々ムービーウォッチメンでも言いますけどね。まあ、そういう部分はありますので。事前情報ゼロで行きたい方はちょっと後回しにされた方がいいかもしれないです。
(日比麻音子)ちょっと今、おトイレタイムにしていただくとかね(笑)。
(宇多丸)ただ、構成作家の古川耕さん、インタビューの時はまだ映画を見ていなかったんですが、後から見に行ったらこれがいい補助線になっていたという。そういう風にちょうど良かったという人もいるらしいので。このあたりはちょっと皆さん、ご自身でご判断ください。あと、韓国の国内外の映画で同時多発的に発表された格差社会を描いた映画についてなど、そんなことも伺いました。ということで、後半部分。まずはソン・ガンホさんのお答えからです。どうぞ!