渡辺志保 Kanye West『Jesus Is King』を解説する

渡辺志保 Kanye West『Jesus Is King』を解説する INSIDE OUT

(渡辺志保)そうそう。それで、さっきも繰り返し話してますけども、今作『Jesus Is King』。「神様がこそが王である」というタイトルですけれども。やっぱりその宗教色が非常に濃い。なぜかというと、やっぱりその今年の1月からスタートしたサンデーサービスの内容であるとか、そういった影響を本当に色濃く反映した内容になってるんだなと思いました。たとえばすごいライブ感が強いって感じたんですね。クワイア……1曲目の『Every Hour』っていう曲はカニエは一切、一言も発してないんですよ。クワイアの合唱団の人たちが歌っている曲なんですけど。でも、やっぱり生々しい歌声だと思いましたし。

(渡辺志保)あとカニエも、いままでと比べてオートチューンを全然使ってないんですよね。全く使ってないわけではないんだけど。ほとんど外してるところがあって。で、わざと「これ、ピッチが合ってないよな」とか、わざと声がすごいかすれてるカニエ。で、叫ぶように歌ってるカニエみたいなところがよく見られまして。で、そこのライブ感、生感っていうのは、やっぱりそれもサンデーサービスの影響なのかなという風に思いました。それで、どんどん宗教色が濃い、スピリチュアルな方向にカニエ・ウェストは向かって行ってるわけなんですけど。このアルバム作ってる時にコラボレーション相手、制作スタッフとかにも婚前交渉を禁止したらしいんですよね。

「結婚する前にセックスするな」っていうのを強制っていうか、したんだって。でもさ、本当に「どの口が言ってんの?」っていう感じがするじゃないですか(笑)。事実としてカニエ・ウェストはキム・カーダシアンと結婚する前に既にもうキムとの間に長女・ノースちゃんをもうけていますし。で、すごいなって思ったんだけど、去年の今頃はリル・パンプと一緒に『I Love It』っていう曲を……「You’re such a fuckin’ ho, I love it (I love it)」っていう、もう本当にしょうもないフックの歌を作っていて。

(DJ YANATAKE)そうだね。

(渡辺志保)そのカニエが、たかだかこの1年ぐらいで急にその「婚前の性交渉はダメ。自分もカースワーズは使わない。神こそが正義だ」みたいなモードになってるって、なんて忙しい人なんだ!っていう風に思いまして。そこもまた……。

(DJ YANATAKE)そうだね。周りにいる人もね。

(渡辺志保)周りにいる制作スタッフにも「この『Jesus Is King』にあなたが関わっている間は他の仕事はしないでほしい」って言ったんだって。それももう「みんなで一緒にフォーカスすれば、その分いいものができる」っていう。彼のそういうセオリーがあってこそのセリフだったらしいんですけども。まあ、いろいろとたまんねえなと思った次第です。で、前にも『INSIDE OUT』でしゃべったことがあるんだけど、そもそもブラックミュージック自体がですね、ゴスペルとか、あとは奴隷制時代の労働歌から派生したもの。それがブルースだとかソウルミュージック、R&B、そしていまラップと呼ばれている音楽を産んだと私は思っているので。あんまりその宗教とヒップホップってすごい離れているものだとは個人的にも思わないですし。

キリスト教とブラックミュージック

あとはたとえば、小さい頃から教会のクワイヤ(合唱団)で鍛えられたR&Bシンガーもたくさんおりますし。カニエに近い存在だとジョン・レジェンドなんかも歌手としてのバックグランドはもともと教会にその下地があるっていうところなんですよね。なので、あんまりその「ラッパーがキリスト教にハマるってどういうこと?」っていうような、そんな驚きはないし。まあ普通っちゃあ全然普通のことだと私は思う。で、今回カニエのアルバムがこういう内容だったから、結構そのヒップホップと宗教について結びつける記事とかがたくさん出てたんですけど。私も知らなかったけど、たとえばメイスが牧師になったとかは有名な話だと思うんですけど。カーティス・ブロウも2004年にヒップホップチャーチっていう教会を設立していて。

(DJ YANATAKE)ヒップホップチャーチ?

(渡辺志保)はい。で、そこの牧師さんにいま、なっているんですって。

(DJ YANATAKE)へー。そうなんだ。

(渡辺志保)あと、これもみなさん知っていると思うけど、2パックとかもすごい神様に関するリリックとかも多いですし。もともとクリスチャン・ラップっていうジャンルもあって。これも非常にアメリカでは大きなマーケットになっていて。

(DJ YANATAKE)そうだよね。人気の人、結構いっぱいいるよね。

(渡辺志保)だから、まあカニエがすごく不自然な形でこういう方向に向かっていったとはそんなに思わないんだけど。プラス、私もそのサンデーサービスをコーチェラのストリーミングであるとかシカゴで行われた際のストリーミングで見た時も「ああ、これがもしかしてそのブラックチャーチ、黒人のね人たち通う教会の雰囲気なのかな?」と思って、ちょっと興奮して高揚感をそこで感じることもあった。あったんだけど、この『Jesus Is King』を聞いてから、でもそのいわゆるアメリカの一般的なブラックチャーチの背景にあるキリスト教と今回、カニエがめちゃめちゃ一生懸命ラップして表現してるキリスト教って、もしかしたら違うものなのかもしれないと思い始めたんですね。

それって、でも私もちょっと宗教学とか全然詳しくないので。これはあくまで私の感想っていう感じなんですけど。なので、専門家の方から見たら「はあ?」っていう感じのことを言っているかもしれないけど、そう思ったんです。で、ひとつの理由としてあるのが、やっぱりカニエが2年ぐらい前からずっとトランプ大統領のサポーターである。それで「13th」っていう言葉があって。これはアメリカの憲法修正第13条っていうもので。Netflixでそのまま『13th -憲法修正第13条-』っていうドキュメンタリー映画、すごく素晴らしいものがあるのでぜひ見ていただきたいんだけど。

その「13th」っていうのは「奴隷制を廃止しましょう」っていうものなんですよね。で、カニエは2年ぐらい前からその法律を廃止したいっていう風に言っていて。それで後から「廃止は言いすぎた。改正したい」っていう風に改めていたんですけども。それでやっぱり集中砲火を浴びてたわけ。「アフリカン・アメリカンにとって非常に大事な憲法修正第13条を撤廃したいなんてお前、どういうつもりだ?」っていう風に言われていて。なんだけど、このアルバムでもこの「13th」についてラップしているんですよね。2回ほどラップしておりまして。『Hands On』っていう曲と『On God』で。そこで「13条を改正して不当に刑務所に入れられているブラザーたちを解放したい」という風にラップしていて。まず、ちょっとここでその『On God』を聞いていただきましょう。

Kanye West『On God』

(渡辺志保)はい。というわけでいまお届けしましたのはカニエ・ウェスト『Jesus Is King』から『On God』でした。ちょっと「13th」をめぐる記述に関して、私ももっと勉強しないといけないなと思ってるところなんですけれども。たとえば『On God』、いま聞いていただいた曲の中では「Went from one in four to one in three Thirteenth amendment, gotta end it, that’s on me」っていう風に並べていて。スリーストライク法っていうものもね、並べてラップしてるんですけど。この法律に関しても、ちょっと前にプシャ・Tがローリン・ヒルと一緒に新曲を出したんだけど。それもそのスリーストライク法というものをどうにか改正しようという、そういう試みで出した曲であるという。

(渡辺志保)それで、その「プリズン・リフォーム」っていう風にいま、言われてるんですけども。黒人とか主に有色人種の男性たちが多く、不当に刑務所に入れられてるっていうことで。その刑務所に関する環境であるとか、そういったシチュエーションをどうにかリフォーム、いい方向に変えたいって動きがいま、アメリカでは高まっていて。で、その代表格がミーク・ミルだったりするんですけれども。

キム・カーダシアンもこのプリズン・リフォームにすごく前のめりというか、非常に盛んに活動しておりまして。自らトランプ大統領に掛け合って、不当に……たとえば他の方だったら4年ぐらいで済む刑期を何十年も勤めているような黒人女性を早期釈放に持って行ったりとか。それで彼女もいま、法律の勉強をしてたりとか。そういったパズルを組み合わせていくと、理にかなったリリックではあるなっていう風にも思うんですけども。

(DJ YANATAKE)最近、誕生日にペイしたって話も同じ話ですか?

(渡辺志保)そうそう。カニエがついこの間、キム・カーダシアンの誕生日だったんだけど。誕生日プレゼントがさ、数年前も株券とか、そういうなかなかすごい……「ああ、もうダイヤモンドとか車とかじゃないんだ」みたいな。

(DJ YANATAKE)一時さ、ビヨンセとかジェイ・Zとかも島とか。そういう風に物も行き着くところまで行っちゃっていたじゃん? でもなんか違う感じになってきたよね?

(渡辺志保)今年、ついこの間のキムちゃんのバースデーの時にはカニエがミリオンダラーの寄付金だったかな? それをキム・カーダシアン名義でチャリティー団体に寄付しておいたよっていう。それでキム・カーダシアンをはじめ、そのウエスト家のみなさん。自分たちの子供も含めて。なので「キム・カーダシアン・ウェスト一家からあなたたちへの寄付です」っていうことで、そのプリズンリフォームの団体っていうんですかね? そこにチャリティー、寄付をした。それがプレゼントだったという。それでめっちゃ、「本当に本当に最高のプレゼント、ありがとう!」みたいな。

(DJ YANATAKE)いま、そういうところに行っているんだな。簡単にちょっと言うと、カニエ・ウェストが奥様、キム・カーダシアンの誕生日祝いとして刑事司法制度の改革を目指す四つの慈善団体に総額100万ドル(約1億840万円)を誕生日プレゼントとして寄付したという。すごいですね。やっていることがね。

(渡辺志保)いや、すごい。そしてちょっとみなさんからもツイートをいただいております。(ツイートを読む)「『Jesus Is King』、もちろんチェックしました。ネタバレしない程度にレビュー。アルバムが短い。スピリチュアルすぎって感じ。そして予想通りって感じのアルバムでした」。(ツイートを読む)「普段ゴスペル聞きますが、聞いてみて一般的な(ブラック)ゴスペルとは違うかな。ゴスペルとしてもヒップホップとしても受け入れられそう」というところでツイートしていただいております。

(DJ YANATAKE)いい意見。

(渡辺志保)(ツイートを読む)「『ヒップホップ・レザレクション ラップ・ミュージックとキリスト教』を副読本として聞いたり読んだりしようかな」っていうことで。まさにそう、そう。これ、後で私もお知らせしようと思ったんですけども。もう名著と言いますか、私なんかの薄っぺらい知識よりも『ヒップホップ・レザレクション』という本がいま、発刊されておりますので。ぜひぜひみなさん、そういったところも読んでキリスト教とヒップホップ、ラップミュージックの関わりというところを触れていただくのもいいかなという風に思います。

(DJ YANATAKE)あと、ジェーン・スーさんが聞いてくれてるね。ありがとうございます。

(渡辺志保)あ、スーさん? ありがとうございます。今日、ちふれの口紅を買いましたという報告をさせていただきます(笑)。

(DJ YANATAKE)スーさん、たまには飲みに行きましょうよ。

(渡辺志保)そうですね。私も行きたい。(ツイートを読む)「ヤナタケさん的にはサウンド的に新しいものを感じましたか?」。どうですか? いきなりの質問になっちゃうけども。

(DJ YANATAKE)うーん。まあ、なんか最初はもっと難しいと思ってた。もっと変なアルバムだと正直、思っていた。だから正直、思っていたよりはヒップホップだったよ。そういう感じがすごいしました。でも、さっきう言ったようにやっぱりDJとして聞いちゃうみたいなところもどうしてもあるんで。「かけれるかな? かけれないかな?」みたいな聞き方をどうしてもしちゃうんだけど。ちょっと1回、そういうのをやめてみようかな、みたいな感じで今日の午後、聞いてたら意外となんかすんなり入ってきて。でも歌詞の内容とかね、もうちょっと精査しなきゃ。今日、志保にいっぱいいろいろと聞いて。

(渡辺志保)いや、私もいろいろと精査しなくちゃいけない。短いアルバムと言いつつも、やはり奥が深いなと思いながら聞いていたんだけども。

(DJ YANATAKE)でも、そのサンデーサービスでいろんな有名なポップスとかもカバーして歌ったり。アレンジしてやってるわけでしょう? だからなんか意外と……もっと宗教みたいなのを全面に出されちゃうと、もっととっつきにくいイメージが最初にあったのよ。そうなっちゃうのかな?って。でも、サンデーサービスをこれを機に調べたら、なんか意外ともうちょっとポップなこともやっているし。割とキャッチーに入りやすいようにしているような節もあるのかな?っていう感じはちょっとしましたね。

(渡辺志保)なので、こういう私がいましているような話を先に聞くと、「あ、ちょっと聞くのダルいな」って思うかもしれないけども。

(DJ YANATAKE)でも、そんなことないよね?

(渡辺志保)そんなことない。全然そんなことないって感じなの。

(DJ YANATAKE)前情報だと、ちょっと構えすぎちゃうっていうかね・。

(渡辺志保)で、さっきも言ったようにだからいわゆるブラックチャーチが向いてるキリスト教イズムとこのカニエ・ウェストがこの作品でやってるのキリスト教観っていうものは違うんじゃないかなって思ったのは……。

(DJ YANATAKE)それ、良い意見だと思いますよ。

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