(CM明け)
(宇多丸)ということで高橋芳朗さん解説で改めてグラミー賞。今年の第61回グラミー賞の主要4部門の解説をお願いします。
(高橋芳朗)じゃあ、順に解説していきます。まずは最優秀楽曲賞と最優秀レコード賞の2部門を受賞しましたチャイルディッシュ・ガンビーノの『This Is America』について解説したいと思います。
(宇多丸)出ました!
(高橋芳朗)まずこの人、簡単にプロフィールを紹介しますね。カリフォルニア州出身、35歳のヒップホップアーティストで、「ドナルド・グローヴァー」の名前で俳優としても大活躍していて。
(宇多丸)だから映画『ハン・ソロ』の若き日のランド・カルリジアン役であるとか。
(高橋芳朗)あとは『オデッセイ』とか。
(宇多丸)あと『スパイダーマン:ホームカミング』にも出ていますし。あとは『アトランタ』っていうテレビドラマシリーズ。これは(『This Is America』と同じく)ヒロ・ムライさんが監督で。『アトランタ』はようやく日本でも普通に見れるようになりましたね。
(高橋芳朗)見れるようになりました。めちゃめちゃ面白い。
(宇多丸)嬉しいことでございます。
(高橋芳朗)で、今回チャイルディッシュ・ガンビーノはね、最多の4部門を受賞しています。最優秀ラップ・サングパフォーマンス賞といま、宇多丸さんも言いましたけども日系アメリカ人のヒロ・ムライさんが監督したミュージックビデオも最優秀ミュージックビデオ賞。
(宇多丸)これのパワーがかなり……。
(高橋芳朗)これは曲とビデオをセットで楽しみたいなっていう感じがありますよね。
(宇多丸)ねえ。間違いなくビデオのパワーとの相乗効果でしょう。
(高橋芳朗)そうですね。で、これは去年の5月にリリースされて初登場で全米1位になっています。で、いまも話に出ましたけども、ショッキングなミュージックビデオとともに銃社会とか人種問題とかアメリカの暗部を描いた……。
(宇多丸)暗部と同時にでも曲は最終的にはブラックミュージックの歴史の文脈も踏まえて。
(高橋芳朗)そうですね。ちょっとアフロビートっぽい感じがある。
(宇多丸)なんかだからそういうルーツとかセレブレート感と、その風刺とか、一体になっていて。でも、すごい最先端ヒップホップのモードにも合っていて、みたいな。
(高橋芳朗)そうですね。ちゃんとメッセージもあるし、エンターテイメント性もあるという感じですかね。
(宇多丸)NHKで解説していたから。普通に『ニュース9』とかで。びっくりしちゃいました。「そんな時代か!」って思って。
(高橋芳朗)で、今回の授賞式のその多様性と包括性というテーマの中でこの『This Is America』の受賞がどんな意味を持つかっていうと、最優秀レコード賞、あとは最優秀楽曲賞をヒップホップアーティスト、ヒップホップ作品が受賞するのは今回がはじめてなんですよ。
(宇多丸)それこそ、それもさ、女性の話じゃないけど。それもはっきり言って俺らに言わせれば、いや『This Is America』はもちろん名曲だけど、遅いよ……。
(高橋芳朗)遅い。そう。これね、主要部門でもヒップホップの受賞は2004年のアウトキャストの『Speakerboxxx/The Love Below』が最優秀アルバム賞を受賞して以来、15年ぶり。
(宇多丸)これはね、若干のジャンル差別と言われてもしょうがないと思います!
(高橋芳朗)で、やっぱり非常に残念なのが、今回の授賞式のある意味主役ですよ。チャイルディッシュ・ガンビーノ。最多受賞しているし。でも、パフォーマーのリストにも入っていないので、授賞式に出席すらしていないんですよ。
(日比麻音子)へー!
(高橋芳朗)当然、オファーはしているんです。主催者側は主要部門のノミネートされているヒップホップアーティスト……チャイルディッシュ・ガンビーノ、ケンドリック・ラマー、ドレイク。みんなパフォーマンス依頼をしているんですけど、全て拒否されているんです。これは、いま宇多丸さんが言った通りで。グラミー賞での長年に渡るヒップホップ勢への冷遇が……。
(宇多丸)怒っているんだよね。
(高橋芳朗)そうです、そうです。
(宇多丸)これね、だから僕はニュースで、NHKで取り上げているのを嬉しくも思うけど、同時に「あのね、ヒップホップ史上のベストの作品は他にもいっぱいあったんだよ! ヒップホップの黄金期、いままででも何回もあったんだよ! そのすべてを無視しておいて、『社会的に優れたメッセージを扱っているから受賞です』って、テメー、ふざけんなよ!」っていう。
(高橋芳朗)本当、ふざけんな! なんだけど。しかもケンドリック・ラマーがピューリッツァー賞を取ったり。しかもいま、セールスもヒップホップはロックを逆転しているんですよ。ここ数年。そんな状況が全く反映されていない。
(宇多丸)そしてケンドリックは全然取らなかったじゃん?
(高橋芳朗)だから、この積年の不満がもう臨界点に達しているんですよね。
(日比麻音子)うわーっ!
(宇多丸)そうそう。みんなもう怒ってるんだよ!
(高橋芳朗)たとえば、今回最優秀アーバンコンテンポラリーアルバム賞を受賞したジェイ・Zとビヨンセの夫婦プロジェクトのザ・カーターズ。このアルバムの『EVERYTHING IS LOVE』に収録されている『APESHIT』っていう曲があるんですけども。これは「正気を失う」とか「怒り狂う」みたいな意味なんですけども。この曲でね、ジェイ・Zがグラミー賞を攻撃する強烈なパンチラインを放っています。これ、ジェイ・Zは去年のグラミー賞で最多の8部門のノミネートされたんですけど、結果無冠に終わったんですよ。
(宇多丸)うんうん。
(高橋芳朗)それを受けて、こんなラインがあって。「Tell the Grammy’s f*ck that 0 for 8 shit Have you ever seen a crowd goin’ apeshit?」。つまり、「グラミーに言ってやろうぜ。8つもノミネートされてひとつも取れないなんてマジでクソだと。お前は群衆が怒り狂うところを見たことがあるかい?」っていうラインなんですね。
(宇多丸)いやー、本当に、ねえ。
(高橋芳朗)で、いま物議を醸している最優秀ラップソング賞を受賞したドレイクのスピーチもこういう流れから出てきていて。要約すると、ドレイクはこんなことを言っています。「この業界では理解を示してくれない人たちを相手にしなくてはいけない。だが、歌詞を一語一語歌ってくれたり、雨や雪が降ってもライブに来てくれるファンがいれば、もう勝っているんだ。賞なんていらない」っていう。
グラミー賞でのドレイクのスピーチ「我々のプレーしている競技は、ピッチ上での素晴らしい戦術や試合結果等に左右されず、人々の見解に基づいている。皆が君の曲を歌い、地元の英雄となり、労働で得た限られた賃金で公演を観に来るファンが大勢いるのなら、君はもう勝者だ。」pic.twitter.com/Rocr5vEAOM
— GIUBILOMARIO(河野大地) (@giubilomario) 2019年2月12日
(宇多丸)うんうん。ドレイクにそんなこと、言わす?
(高橋芳朗)でも、ドレイクのスピーチが主催者側の逆鱗に触れたかどうか、わからないんですけど。彼のスピーチの途中でCMに入ってカットされているんですよね。
(宇多丸)あーあ……。
(高橋芳朗)だからまあ、ちょっと遺恨を残すっていう感じになっちゃうかなという感じですね。
(宇多丸)なるほどね。そう考えると、もちろんさっきから言っているように『This Is America』は名曲でもあるけど、なんか賞受けする作品じゃん? だからさ、結局そういうところしか……ここまでやってナンボかいっていうかさ。
(高橋芳朗)だってケンドリック・ラマーは58回の時に主要部門2部門にノミネート。60回でも2部門にノミネート。今回の第61回では3部門。主要部門にこれまで7回ノミネートされてひとつも取っていないんです。
(宇多丸)ケンドリック・ラマーが無冠はちょっと、「あらら……」っていう感じだし。
(高橋芳朗)だから荻上チキさんが「ノーベル文学賞における村上春樹さんみたいだ」って(笑)。
(宇多丸)アハハハハハハッ! なるほど、そういうのがあったわけね。いや、変だなとは思っていたんですけども。
(高橋芳朗)じゃあ、聞いてもらいましょうかね。最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞を受賞した曲です。チャイルディッシュ・ガンビーノで『This Is America』です。
Childish Gambino『This Is America』
(宇多丸)はい。ぜひこれね、チャイルディッシュ・ガンビーノの『This Is America』、みなさんもご存知だと思いますが。ビデオが本当に強烈なので。セットでお楽しみいただきたいと思います。
(高橋芳朗)じゃあ、続いては最優秀アルバム賞を受賞したケイシー・マスグレイヴスの『Golden Hour』。こちらを紹介したいと思います。ケイシー・マスグレイヴスはテキサス出身、30歳のカントリーシンガーです。で、ケイシーもチャイルディッシュ・ガンビーノと並ぶ最多の4部門を受賞しています。
(宇多丸)これはヨシくん、紹介してくれましたよね。
(高橋芳朗)去年のアトロクで12月かな? 2018年洋楽ベストアルバムみたいな企画をやった時にこれを取り上げていますね。そこでこの最優秀アルバム賞を受賞した『Golden Hour』から、いま後ろでかかっています『High Horse』という曲をかけました。これ、ディスコ調の曲なんですけど、ドナルド・トランプへの痛烈なバッシングソングになっていて、非常に痛快な曲なんですけどもね。
(宇多丸)うんうん。
(高橋芳朗)だからこの曲でわかるように結構革新派のカントリーシンガーなんですね。で、今回のグラミー賞におけるケイシー・マスグレイヴスの受賞はもちろんウーマンパワーを象徴するものでもあるんですけど、多様性と包括性を反映しているところもあるんですね。で、ケイシー・マスグレイヴスが授賞式で披露した曲はこの『Golden Hour』収録の『Rainbow』っていう曲なんですけども。
これ、タイトルからもうわかると思うんですけども、LGBTQ。性的マイノリティーを題材にした曲です。レインボーはLGBTQの社会運動のシンボルカラーなので。で、曲中でストレートに言及しているわけではないんですけども。これまでにもこの人、幾度もLGBTQをサポートする曲を歌ってきているので。そんなケイシーさんが『Rainbow』っていう曲を出したら、当然LGBTQを題材にしているだろうっていうことになるんですけど。歌詞もそういう目的で書かれたものだと思われます。
(宇多丸)ある意味、アンセムっていうかね。
(高橋芳朗)ちょっと要約して紹介しますね。「私に見えているものがあなたにも見えたなら、その鮮やかな色彩にきっと目がくらむでしょう。黄色、赤、オレンジ、緑……その他、100万の色。あなたはいまも嵐に巻き込まれたまま傘にしがみついているけど、あなたの頭上にはずっと前から虹がかかっているんだよ」という、そういう歌詞になっております。
(宇多丸)ねえ。みなさん、いい歌詞を書きますね。
(高橋芳朗)これ、非常に素敵なバラードなんで。聞いてください。ケイシー・マスグレイヴスで『Rainbow』です。
Kacey Musgraves『Rainbow』
(宇多丸)はい、ケイシー・マスグレイヴス『Rainbow』。ケイシー・マスグレイヴスの受賞に関しては妥当という?
(高橋芳朗)まあ、順当なところだと思います。
(宇多丸)続いて行きましょうか。
(高橋芳朗)次は最優秀新人賞を受賞したデュア・リパというアーティストを紹介したいと思います。彼女はロンドン出身で23歳の女性シンガー。ファッションモデルもやっています。で、このデュア・リパもケイシー・マスグレイヴスと同じようにウーマンパワーとあとは多様性と包括性の両方を象徴しているところがあると思います。まず、ウーマンパワーという点で話しますと、彼女が世界的に本格ブレイクしたのがもう番組でも何度も紹介していますけども、アリアナ・グランデの『thank u, next』とか『7 rings』にも通ずる、女性のエンパワーメントソングとしての失恋ソングなんですね。それがいま、後ろでかかっている『New Rules』っていう曲なんですけども。
(宇多丸)うんうん。
(高橋芳朗)これはデュア・リパが「女の子が失恋した時に守ってほしい3つのルール」を提唱しているんですよ。日比さんにもぜひ聞いてほしいんですけども(笑)。
(日比麻音子)おおー、ぜひ。心に書き留めておきます。
(宇多丸)アハハハハハハッ!
(高橋芳朗)まず、ひとつ目。「絶対に元カレの電話に出ない」。
(日比麻音子)ああ、はい!
(高橋・宇多丸)フハハハハハハッ!
(高橋芳朗)ふたつ目。「絶対に元カレを部屋に入れない」。まあまあ。これは当然。で、みっつ目。「絶対に元カレと友達にならない」。
(宇多丸)ほう。それはやっぱり迂闊に気を許すと、ズルズルとよりを戻すっていう?
(高橋芳朗)まあデュア・リパいわく、「そういう関係を続けていては、いつまでたってもその男を乗り越えられないし、きっといつかの朝、そいつのベッドで目を覚ますことになるよ」っていう。
(日比麻音子)おおう……。
(宇多丸)まあズルズルと行っちゃダメよと。
(高橋芳朗)で、この3つのルールについて、デュア・リパは「私自身、かならずしもこのルールを守ってこれたわけではない。でも、自分が身をもって学んだことを友人たちに広めることが大切だと感じているの」っていう。
(宇多丸)そんなに元カレを切るのは大変なことなんだ。
(高橋芳朗)しかも、デュア・リパがこの後に出した曲が『IDGAF』。これも失恋ソングでこれは「I Don’t Give A F*ck」っていう。「マジどうでもいい」みたいな意味なんですけど。これも復縁を迫る元カレを追い払う曲なんですよ。
(宇多丸)ん? なんかさ、いま進行中の話じゃねえのか?っていう(笑)。
(日比麻音子)がんばって言い聞かせているんじゃないか?っていう(笑)。
(高橋芳朗)で、その歌詞を要約しますね。「ひさしぶりに電話をかけてきて『寂しかった』とか言っているけど、超笑える」。
(日比麻音子)ん? 電話、出てね?
(宇多丸)たしかに!(笑)。
(高橋芳朗)「……あんたが思っているほど私はお子様じゃない。もう何度も泣いて立ち直ったから、あんたの愛なんていらない。あんたなんてマジどうでもいい。I Don’t Give A F*ck」っていう。
(宇多丸)でも、電話に出ちゃっているね(笑)。
(日比麻音子)ルール1個目。ほら、ルール1個目を破っている!
(高橋芳朗)しかも、この元カレとよりを戻しているんですよ。この『New Rules』とかがヒットした後に。で、ファンの人たちがInstagramで「ルールを思いだして!」とかってコメントしたりしているんですよ(笑)。
(宇多丸)フハハハハハハッ! まあ、それは場合によります(笑)。
(日比麻音子)でも、そういうリアルな感じが聞いている人にとっては「まあまあまあ……」っていうのがエンパワーメントになるのかな?(笑)。
(宇多丸)やっぱり24歳とかだからリアルタイムでそういう授業料を払いながら曲にもしているという。一石二鳥ですよ!
(高橋芳朗)これでまた説得力があるのかもしれないね。逆にね。
(日比麻音子)共感というか、信じられるっていうか。
(高橋芳朗)で、最近こういう女の子を勇気づける強い失恋ソングが割と主流になっているというか、増えてきていて。だからデュア・リパもアリアナ・グランデと同じように、まあ新しい時代の女性ポップシンガー像を体現している人なのかなっていう気がします。
(日比麻音子)いままでの失恋の描き方と全然違いますよね。
(高橋芳朗)そうね。あんまりもうメソメソしていません。
(宇多丸)あと、本当に女友達との会話の方の感じっていうか。そっちっていう感じだね。
(日比麻音子)まさにガールパワーっていう。
(高橋芳朗)『New Rules』のビデオもまさにそんな感じ。パジャマパーティーみたいな感じで。女の友達と失恋の寂しさを解消しようみたいな感じですね。あと、多様性と包括性という点では、今回のグラミー賞で韓国のK-POPのBTSがプレゼンターとして出演していましたけども。このデュア・リパも去年の秋に出したデビュー・アルバムのデラックス盤でK-POPのガールグループ、ブラックピンクとコラボしているので。これをちょっと聞いてみましょうかね。
(宇多丸)ブラックピンクがすごいね。
(高橋芳朗)デュア・リパ&ブラックピンクで『Kiss and Make Up』です。
Dua Lipa & BLACKPINK『Kiss and Make Up』
(宇多丸)はい。デュア・リパと韓国のブラックピンクのコラボ作品『Kiss and Make Up』という曲をお聞きいただいております。