スポンサーリンク

宇多丸とタランティーノ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を語る

宇多丸とタランティーノ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を語る アフター6ジャンクション
スポンサーリンク
スポンサーリンク

宇多丸さんが映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』についてクエンティン・タランティーノ監督にインタビュー。TBSラジオ『アフター6ジャンクション』で放送された内容を書き起こししました。

(宇多丸)(インタビュー冒頭部分を聞いた後で)ということですでにね、挨拶のところの音声を聞いていただいておりますが、今夜の特集はこちらです。映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』公開記念、クエンティン・タランティーノ監督ラジオ独占インタビュー! 

(宇内梨沙)ここからは、聞いたら世界の見え方がちょっと変わるといいな特集コーナー「ビヨンド・ザ・カルチャー」です。

(宇多丸)今夜は明日、8月30日から公開される最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のためにレオナルド・ディカプリオさんと一緒に来日していたクエンティン・タランティーノ監督のラジオ独占インタビューをお送りいたします! ということで宇内さん、タランティーノ作品ってなんか見たことありますか?

(宇内梨沙)もちろん『キル・ビル』だったり、あとは『ジャンゴ』とか、何作かもちろん見ていて。『ホステル』とかもね、関わってらっしゃるんですよね?

(宇多丸)『ホステル』はイーライ・ロスというお仲間がやっていますけどね。ということでクエンティン・タランティーノ監督、改めて私から説明させていただきます。1963年生まれ、アメリカの映画監督・脚本家。俳優としてもね、ちょいちょい出たりなんかもしてますね。なにしろ代表作、最初に世界的に名を上げた『レザボア・ドッグス』(1992年)。これ、僕は思い出しますね。渋谷に見に行った時……『レザボア・ドッグス』というめちゃくちゃ面白い映画が今度やるらしいっていうので渋谷に降り立った瞬間に友達と会って。「おう、士郎。これから合コン行くんだけど、人数が足りねえんだよ。行くかい?」って言われて、一瞬こっちに行きかけて「いや、俺は見送る」っていうね。

で、『レザボア・ドッグス』を見て「うん、俺が勝ち組だった」って思ったりして……って、そんな話はいいんだ(笑)。そして、カンヌ映画祭でパルム・ドールを取りました『パルプ・フィクション』とかもありますし。『ジャッキー・ブラウン』『キル・ビル』、そして『デス・プルーフ in グラインドハウス』『イングロリアス・バスターズ』とか『ジャンゴ』とか。そして最新作というか、この1個手前が『ヘイトフル・エイト』というね。私も映画評で言うと『イングロリアス・バスターズ』からは全部やっているかなっていう感じですね。

で、様々な制作作品とか脚本を手がけた『トゥルー・ロマンス』とかもあったりしますけども。『パルプ・フィクション』でカンヌ国際映画祭の最優秀作品賞を取ったあたりでもう完全に世界的な作家になったという感じでございます。で、タランティーノの作風を一言で言いますと、非常に豊富なその映画的な記憶というか映画知識を持って……でも「映画知識」っていうのが単にそのすごく正統派な映画の歴史というよりは、はやっぱりB級映画だったりとか。それこそグラインドハウスっていうね。本当に場末の映画館でかかっていたどうしようもない、本当にクズみたいな映画のようなところにも愛情を注いで。

昔あった、昔こうやって愛されていた映画の形っていうのをサンプリングして、自分なりの映画にして、新しい世代の観客……我々とか、その時代の映画を知らない観客が見ても、「ああ、たしかにこの時代のこういう映画っていうのはこういう面白さにあふれてたんだろうな」っていうことを擬似的に追体験させてくれるみたいな。そんな感じの……たとえば『キル・ビル』を見るとやっぱり「ショウ・ブラザーズとかの70年代の香港の武侠映画ってこういう荒々しい面白さ、こういうちょっとデタラメな面白さがあったんだろうな。わかる、わかる!」って。なんなら「懐かしい」って見たこともないのに思うとか。そういう効果があったりすると思っています。

スポンサーリンク

根本的に本質としてヒップホップ的な監督

つまり、手法として根本的に本質としてヒップポップ的だという風に僕は考えている。そのあたりも実はご本人にぶつけてみたりしているんですけどもね。とういことで、まあ僕らにとってはですね、非常に同世代的な感覚 強いというか、そういう監督だという感じはします。なんかタランティーノの作品とともに成長してきたし、歳も取ってきし……っていう感じがします。本当に同世代の……世代としては歳は上ですけども、同時代の作家という感じがすごくするのがクエンティン・タランティーノで。私も非常に思い入れが強いです。ということでそんなタランティーノ監督に私、宇多丸がインタビューしてまいりました。

(宇内梨沙)はい。ではインタビューをお聞きいただく前に、タランティーノ監督の最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』について簡単にご紹介させていただきます。タランティーノ監督が『ジャンゴ 繋がれざる者』のレオナルド・ディカプリオ。そして『イングロリアス・バスターズ』のブラッド・ピットと再びタッグを組んだ監督作9作目です。共演はマーゴット・ロビーやアル・パチーノなどがいます。

舞台は1969年のロサンゼルス。落ち目のドラマ俳優、ディカプリオ演じるリック・ダルトンとリックの付き人兼スタントマンで親友のブラッド・ピット演じるクリフ・ブース。そんな2人の前に映画監督のロマン・ポランスキーと、その妻で女優のシャロン・テートが引っ越してきました。映画俳優としての再起を目指すリックでしたが、1969年8月9日。彼らを巻き込みある大事件が発生します。というあらすじですね。

(宇多丸)そうなんですけどもね。これはこのインタビューの中でも非常に大きなファクターとして聞いている部分ですが、まさにその1969年8月9日にハリウッドで実際に起こった事件をベースにした話です。なので、これね、宣伝の人とかもかなり困るだろうなと思ったんですけど。僕はやっぱりね、とにかくこの映画を見たりする前にせめて「シャロン・テート」という名前で検索ぐらいひとつしておくと、この映画の持つ意味というのが正確に分かるでしょうというような。ただ、あんまり僕の口からそこを説明しすぎるのも野暮かなってのもあるんですけどね。なのでぜひご自分で調べてみたりするとよろしいんじゃないでしょうか。

でも、本当にある事件を元にしているという。で、そこがまずひとつ、キーになってる。で、特徴を言いますとタランティーノの作品らしい、すごいバイオレンスシーンとかもあったりはするんですけども。それとか、時系列の操作とか。タランティーノの映画は時間が前後したりするっていう話法が特徴だったりしますけども。いままでのタランティーノ映画らしさみたいなところも存分にありながら、平たく言うといままでの映画の中でいちばんある意味平坦に進んでいくというか。いちばんある意味地味に……一見地味に進んでいく話なんですよ。というところがひとつの特徴。

ただし、その作りには本当に理由があって、タランティーノ自身から「なぜ、そのような作りにしているのか?」っていうような答えもいただいているので。こちらもぜひ、楽しみにしてみてください。あと、これはインタビューではそういうところまでは聞きませんでしたけども。今回はなにしろブラピがね、『ファイト・クラブ』以来のもう革命的なかっこよさですね。「かっこいいブラピ」っていう意味では相当きてると思う。もう本当に彼がしている格好とか……要するにアメカジがまた流行るんじゃないか?って思うようなくらいのかっこよさですね。

それはすごく特筆しておきたい。そしてもちろんシャロン・テートをマーゴット・ロビーが本当にかわいらしく演じていますし。そのマーゴット・ロビーが本当にキュートに愛らしく感じるシャロン・テートという人、その人がどういう人で、それをどういう風に描きたかったのか。そのある1969年8月9日に起こった事件というのを前提にしているので。このインタビューの中で、実はタランティーノは英語の部分では割と言っちゃっているところがあるんですけども。ちょっと訳ではあえてぼかしてあったりします。けど、なんとなくそういうことがあるんだっていうことは正確に知っていても当然面白いし、それはネタバレとは関係ないんで。

スポンサーリンク

1969年8月9日にシャロン・テートの身に起こったこと

むしろ、本当に1969年8月9日にシャロン・テートの身に何が起こったのか?っていうのを事前に知っておいた方が楽しい映画だということは先に言っておきたいと思います。ということで、タランティーノ監督にインタビューをしてきました。当然私、初めて会います。本当に初対面です。8月26日の午後3時から都内某所、某高級ホテルでタランティーノに……前回の『ヘイトフル・エイト』の時は来日してないんですよね。非常に日本びいきではあるんですけど、なぜ来なかったかというと『ヘイトフル・エイト』の70ミリフィルム上映が日本ではできないと知って絶望して来なかったというね。ちょっと映画ファンとしては悲しくなる出来事がありましたけども。今回は来ていただいて。

ということで今回はディカプリオもセットですから、まあ取材はばっくりばっくりこなしているわけですよ。で、僕らの取材の前はテレビ取材、テレビクルーが入っていて……っていう感じなんで。「でも、ディカプリオがセットでテレビ取材っていうことだから、そんな突っ込んだはしていないだろう。していないといいな……」なんてね。そんな感じで臨んだんですけどね。で、現場の通訳は大倉美子さんというね。

あの、オンエアーの順番は後になってしまいましたけども、この間やった『ゲーム・オブ・スローンズ』プロデューサー2名のインタビューの時も通訳していただきましたし。バリー・ジェンキンス監督のインタビューの時にもお世話になりました。非常に私とはだいぶ信頼関係ができていて。で、もう大倉さんとだいぶツーカーの関係ができたんで。今回、時間が30分しかなかったんです。だからテンポよくいくために「僕は聞き取りはできるから、返りの部分は訳さないでいいです」っていうことでポンポンポンという感じでやらせていただきました。

(宇内梨沙)なるほど。

(宇多丸)で、翻訳協力して音楽ライターの渡辺志保さんとケンドリック・ラマー特集の翻訳でもお世話になりましたアベちゃんことアベ・スピーゲルさんにもご協力いただきました。で、彼らに訳していただいたものをさらに僕がちゃんと映画的な内容に筋が通るように翻訳監修したというのが今回のベースになっております。で、タランティーノ監督の吹き替え。これ、みなさん、ご注目でございます。番組ディレクター箕和田くん渾身のオファーがみのり、ナレーターで声優の立木文彦さんにお願いいたしました。立木さんといえば、この番組というかタマフルからの文脈で言いますと映画『HiGH&LOW』シリーズのナレーションでおなじみ。

「かえって平和を保っていた」の立木さんですけども。もともとタランティーノ監督の出世作『パルプ・フィクション』(1994年)でタランティーノ自身が演じてるジミーっていう訳があるんですけど。これの吹き替えを立木さんがやっているという文脈を踏まえてのオファー、快諾していただきました。タランティーノがとにかく、みなさんご存じの通りめっちゃめちゃよくしゃべる人なんですけども。

これはね、最後に「もう本当にグッドクエスチョンばかりで最高だよ!」 っていう風に乗ってくれたっていうのもあると思うんですけどもね。めちゃくちゃしゃべりまくっているそのタランティーノ監督のハイテンションに負けない、圧の強い立木さんの吹き替えの方もお楽しみください。さ、それでは準備はよろしいでしょうか? お知らせの後にクエンティン・タランティーノ監督への宇多丸のインタビューをお届けします。

(CM明け)

(宇多丸)はい。ということでさっそくですがクエンティン・タランティーノ監督のラジオ独占インタビューを3パートに分けてお送りしたいと思います。まずは1パート目です。1パート目はですね、今回の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が60年代末のハリウッドを舞台にしてるわけですが。その舞台背景にした理由であるとか、その中でキャラクターに託したものみたいなところをうかがっているのが最初のパートです。あと、先ほど言った今回の作品、比較的実は最後のあるクライマックスまではドラマ要素が希薄。起伏が割と薄めなんですね。

(宇内梨沙)単調に進んでいく?

(宇多丸)まあ、言っちゃえば地味めに進むんですけど。それはなぜかというあたりもこのパートでうかがっているのでぜひお聞きいただければと思います。クエンティン・タランティーノ監督ラジオ独占インタビュー、まずはパート1です。どうぞ!

<インタビュー音源スタート>

(宇多丸)ぜひ、今回の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のお話をうかがいたいんですけども。まず、この作品は1969年の8月9日に実際に起こったある事件を前提に作られている。まず、その1960年代末のハリウッド、つまりアメリカ映画にとってその60年代末という時代がどういう時代だったとタランティーノさんはお考えになっているのかということをお聞きしたいのですが。

スポンサーリンク

1960年代末という時代

(タランティーノ)掘り下げていったら面白いだろうと思ったことのひとつが、当時のハリウッドについてだったんだ。60年代後半から70年代というのはハリウッドが最も変化していった時代だからね。僕にとってハリウッドとは2つの意味を持っていて。ひとつは映画産業のハリウッド。もうひとつはハリウッドの街そのもの。ハリウッドの街は30年代から60年代にかけて10年ごとに変化していったんだけど、特に1967年から当時のハリウッドに起こった地殻変動というのは全てを巻き込んだものだった。

これまで人々が信じてきたもの全てが間違っているということが証明されて、全く新しい世界に放り込まれたわけだ。ある人は取り残され、ある人はこれまでと全く違う人へと変化していった。それは、カウンターカルチャーの大変動だったわけだけど、僕はその変化を、その外側に取り残された傍観者の立場から描きたいと思ったんだ。

(宇多丸)まさにその昔の取り残された時代を象徴するのが今回のメインキャラクターの2人だと思うんですけど。そのレオナルド・ディカプリオさんが演じてるリック・ダルトンというキャラクターはテレビシリーズで成功して。その後にイタリアでスパゲッティ・ウエスタンを撮って……っていう。僕はそのキャリア的に「クリント・イーストウッドになれなかった男」っていうか、そういう悲哀と愛らしさを感じて、すごい素敵なキャラクターだと思ったんですけども。

(タランティーノ)僕は最初、この作品を本にしようと思っていたんだよね。まずはリックのキャリア全体を執筆して、タイトルをラドヤード・キップリングの小説『王になろうとした男』をもじって『マックイーンになろうとした男』にしようとしていた。リックはマックイーンとかジェームス・ガーナー、そしてクリント・イーストウッドとは違って、変化をものにできなかった人間なんだ。

1969年から70年あたりにそうした人々に起こったことというのは、ひとつはテレビ業界に戻ること。リックみたいに他の人の番組にゲスト出演するとか、ラッキーな人は自分の番組を持つことができた。もうひとつは、他の国に行って映画を作ることだった。リックの場合はイタリアに行くことになるけど、アル・パチーノが演じたキャラクターは海外のプロダクションにアメリカのタレントを紹介するという立場なんだ。

僕たちには1969年以降の彼らに何が起こったのか、正確に知ることはできないけども、きっとアル・パチーノのキャラクターが本多猪四郎監督の東宝の怪獣映画に出てくる役をリックのために取ってきたんじゃないのかとか想像をしちゃうよね。『サンダ対ガイラ』のラス・タンブリンとか『怪獣大戦争』のニック・アダムス、深作欣二監督の『ガンマー第3号』でロバート・ホートンが演じたような役とかね(笑)。

(宇多丸)さすがよくご存知ですね(笑)。東宝のね。

(タランティーノ)リック・ダルトンが本多猪四郎の映画で水野久美と共演している姿が見えるよ!

(宇多丸)そこに出てくる外人俳優みたいなね。なるほど。で、まさにそのリック・ダルトンがそういう時代に取り残された人なら、さらにその陰の存在であるスタントマンとしてクリフ・ブースさんっていうのがいるわけじゃないですか。そのスタントマンという普段は光が当たらない人に対する愛情と尊敬っていうのがやっぱり、ゾーイ・ベルさんの起用とかも含めて、あなたの作品にはすごく本当に映画を支える人々に対する愛があるというか。今回もそれを強く感じたんですけども。

スポンサーリンク

映画を支える人々に対する愛

(タランティーノ)今回、ゾーイ・ベルには初めてスタント・コーディネーターとして映画に参加してもらったよ。クリフという役に関して大好きな部分はたくさんあるけど、君の指摘でとても興味深いと思ったのは、3人のメインキャラクターはそれぞれハリウッドの三つの異なる面を体現しているということだね。シャロン・テートは前途洋々で注目を集める存在であり、夫のロマン・ポランスキーも当時、最も成功している映画監督だった。彼女は夢に描いたような生活を送っているわけだ。まだ代表作と言えるようなものはないけど、常に可能性が開かれている存在。まさに前途洋々だよね。

一方、リックも彼自身が思っているよりはずっとうまくやっているんだけど、未来に展望が見えないせいですべての物事に対してひねくれてしまっている。だから本来、感謝すべき幸運も素直に喜べなくなってしまっているんだ。方やクリフというキャラクターはまさにエンターテイメント業界の内側で一生を過ごして、外の世界には知られることのない人たちの象徴でもある。彼は1日中ハリウッドで働いているけど、住んでいるのはハリウッドの中じゃない。彼の小さい家があるバンナイズには高速道路を3つも乗り継いで帰らなければならないわけだけど、同時に彼は自分の暮らしに満足しているんだ。

彼の暮らしには禅のような雰囲気があって、そこにこそリックが学ぶべきものがある。リックはクリフよりもずいぶん恵まれているけど、クリフはまるでリックよりも自分の方がずっといい環境にいるように振る舞っているよね。それはクリフがこれまでタフな環境で生きてきたからでもあるんだ。彼は第二次世界大戦の英雄でもあって、いろんな出来事を目にしている。つまり彼は「生きているだけでラッキー」と思っているタイプの人間なんだよね(笑)。

(宇多丸)まさにたぶんそのクリフのキャラクターとかがなせることなのか、あとはやはりとってもマーゴット・ロビーさんが演じるシャロン・テートがキュートなのもあって、今回はあなたのフィルモグラフィーの中でも、とにかく全編が多幸感にあふれているっていうか。映画であっても1969年のハリウッドにいられるっていうこの多幸感に満ちてて。その分、ドラマ的な起伏をかなり少なめにしてるという風に感じたんですけども。その意図は……全体がすごくハッピーな感じに包まれつつも、ドラマの起伏が少なめな感じ。これはなぜなんでしょうか?

スポンサーリンク

なぜドラマの起伏が少なめなのか?

(タランティーノ)面白い指摘だね。ありがとう。僕もこの作品は繊細な羽のような多幸感を内包している作品だと思っているよ。登場人物たちのことをじっくりと考えて、彼らがどんな人物なのかをしっかり理解してから、ようやくストーリーを伝える準備ができたんだけど。時には「さて、自分はどんな物語を伝えたいんだろう?」と迷う時もあった。たとえば3人のキャラクターにもっとメロドラマのような起伏を与えることもできたわけだ。でも、それは必要ないと判断したんだよ。登場人物たちは十分に強烈だったし、僕が練り上げたロサンゼルスの景色も十分に強烈だった。

なぜなら、キャラクターたちを次のシーンへと動かすために、人工的なストーリーを付け加えなくてもあの事件が起こることはわかっているからね。いずれどうなるかはみんな、うっすらとわかっている。たとえ嫌でも、すべてのシーンが観客をあの恐ろしい一夜へと少しずつ近づけてしまうんだ。だからこの作品は人生のとある1日を普通に描いたとしても十分な起伏があると思ったんだよ。

3人の登場人物には3日間、彼らの成すがままに過ごしてもらった。あと、もちろん派手なクライマックスも用意されているけど、同時にところどころでリックの映画の一場面を見せることで、映画全体にスパイスを効かせるような本当のアクションシーンを作ることも出来たからね。なにしろリックの映画のシーンではほぼ常に彼が人を殺す姿が見られるわけだからね(笑)。ちょうどリチャード・ラッシュの映画『スタントマン』がアクション映画を撮影するという映画であるがゆえに、本物のアクションシーンを見せることもできていたみたいにね。

<インタビュー音源おわり>

(宇多丸)ということでタランティーノ監督インタビューのパート1をお聞きいただきました。

(宇内梨沙)すごくいいインタビューでしたね。

(宇多丸)ありがとうございます。でも、タランティーノさんがすごく作品に対して、まあいろんな取材を受けたりとか、一定の時間を経ているのもあって非常に明晰な論理をお持ちでっていうことで。特に映画としては一見起伏が淡い感じにしてるのには理由があって、それは当然8月9日に何が起こるかがわかっているからという。あと、やっぱりアクションシーンそのものはいっぱい入れることができる。スタントのシーンがいっぱい出てくる作品なのでっていうことで。

それで最後にリチャード・ラッシュというスタントマン出身の方が作った映画『スタントマン』っていうのがあって。これが要は話としてはものすごく入り組んだ話にもかからず、「アクション映画を撮影する映画」ということだから全編にアクションシーンがあるという、そういうような構造みたいなものがなんとなく頭にあったということで。いかにもタランティーノさんらしい、引き出しの多さというか。「ここでそれが出てくるか!」っていう感じがまたすごかったなと思いますね。

あとはやっぱりリック・ダルトンっていう今回、ディカプリオが演じているキャラクターがそのテレビの西部劇出身で成功した人。だからマックイーンだったりイーストウッドだったり……特にイタリアに行って。今回、面白いのは「イタリアの一流監督セルジオに映画を撮ってもらう!」っていう。そうするとやっぱりイーストウッド的に言うと「セルジオ・レオーネ」なわけなんだけども、今回だと「セルジオ……そっちか!」っていうのがあって。

(宇内梨沙)ああ、別のセルジオさんが?

(宇多丸)そうそう。まあ、そっちもすごい人なんだけども。なんかそこでクリント・イーストウッドに……さっきね、『マックイーンになろうとした男』っていうタイトルを考えていたって言っていたけども、そういう本当に僕たちがいまも知っているスターにはなれなかったけども……という男っていう。そこがすごく愛らしいんですよね。

(宇内梨沙)でもすごい当時のハリウッド……テレビから生まれた俳優・タレントさんってそんなに難しい時代だったんだっていうのも知らなかったです。

スポンサーリンク

映画界全体が変わっていった時代

(宇多丸)やっぱり映画全体というか文化全体が変わっていって。だから西部劇ヒーローとかじゃなくて、街はカウンターカルチャーにあふれていて。むしろ、そういった銃を撃ったりするキャラクターは「暴力的でひどい!」っていうことで。まさにその8月9日に起こる事件の犯人側というか悪い側も「あいつらなんかさ、西部劇で散々人を殺してんだからさ……」っていう理屈を持ち出していたりという、そんな時代。だから非常に風当たりというか、風向きはよくなかった時代ということですよね。でも、そんな中でまあなんかすごくね、リック・ダルトンはダメな人なんだけど。なんか途中でセリフを言えなくなっちゃって、ものすごく自己嫌悪に陥ったりとか(笑)。

(宇内梨沙)へー!

(宇多丸)めちゃめちゃかわいい場面があったりするんですけどね。まあ、とにかく今回の映画がなぜ、こういう作りなのかというあたりに関して、タランティーノさんから非常に明晰な答えがいただけたのが嬉しかったりあたりです。

(宇内梨沙)「面白い質問だ」なんて言われてましたね。

(宇多丸)いや、嬉しいですよね。本当に。あと、「リック・ダルトンが69年以降どういうキャリアを歩んだのか? たぶん東宝の怪獣映画に出てくる外人役みたいな、ああいう感じになるんじゃないかな?」って言っていて、それもすごいおかしくて。いかにもタランティーノな回答ですよね。といったあたりで次のパートを聞いていただきたいと思います。次のパートではですね、まさにその1969年8月9日の事件の焦点にいるシャロン・テートという人。それを演じているマーゴット・ロビーさんを巡る話をうかがっております。

途中、何個目かの質問で僕が聞いてる言葉の中で「彼女が自分が出演している『The Wrecking Crew』という作品を見に行って……」っていう風に言っていますけども。これはようするに、その部分を訳してもらうというプロセスを省くために作品の原題を敢えて言っているんですが。これは邦題だと『サイレンサー/破壊部隊』という、劇中で出てくるディーン・マーティン主演の映画で、シャロン・テートさんはそれに役で出てきて、それを自分が見に行くという場面があって。なので、僕が言っている『The Wrecking Crew』っていうのはその『サイレンサー/破壊部隊』のことだということをご了承ください。

で、同じ質問の中で「トゥームストーンからシャロン・テートさんを救うことが……」って言っているのも、それはちょっと話している間に僕も英語が混ざってきちゃって。タランティーノが「トゥームストーン(墓)からシャロン・テートを救う」っていうようなことを僕がやり取りしている間に英語が混ざってきちゃってそういう風になった部分でした。「墓から……」という意味でございます。といったあたりでではタランティーノインタビューの2パート目をお聞きください。どうぞ!

<インタビュー音源スタート>

(宇多丸)で、まさにいまおっしゃったように、この映画のキモはたしかに全体としてはそれぞれが普通の生活を送っているように見えて、やっぱりその1969年8月9日に何が起こったのかを知っている人間、映画ファンたちにとっては、もう時間が進んでいくこと自体がサスペンスだし、恐怖だし、悲しい。僕はやっぱりマーゴット・ロビーさんが演じるシャロン・テートがあまりにもキュートでかわいらしくて。だからもう胸が締め付けられる思いでどんどんと見ていくわけですけども。ちょっとひとつお聞きたいのは、この事件について知らない観客も結構いるはずだと。特に日本では結構かなりの層がそうだと思うんですけども。「知らない観客にはよくわからない話になってしまうかもしれない」という危惧はなかったんですか?

スポンサーリンク

シャロン・テートを知らない観客たち

(タランティーノ)面白いね。僕もソニー・ピクチャーズ代表のトッド・ロフマンと同じような話をしたからね。彼は「クエンティン、覚えておいてくれ。グアムに住んでいる人やシンガポールに住んでいる人もこの映画を見る。でもその全員があの夜、マンソンファミリーに何が起こったのかを知ってるわけではないだろう?」と言っていたよ。

それに対して僕の考えは「登場人物は十分に魅力的でなければならない。そして役者もその魅力を十分に伝えないといけない。それができていれば、あの夜に起こったことを知ろうが知るまいが、映画は面白くなるはずだ」というのが僕の正直な気持ち。ただ同時に映画というのは商品でもある。だからこそ、観客がチケットを買う前に「知りたい・調べておきたい」と思うような情報は宣伝があらかた上手く説明してくれるものなんだ。

それにレビューのひとつやふたつを読みさえすれば、その作品のストーリーや背景はだいたいわかるよね? 最近の人たちは「レオナルド・ディカプリオが出ている」という理由だけでランダムに映画を見るわけじゃないと思う。いまどきの観客は映画について事前にあれこれと聞いたり読んだりすることで、公開される時にはもう作品の知識をそれなりに得ているものだよ。ただ、いまから15年後にテレビをつけて、この映画がマンソンファミリーの話だと知らずにいきなり見たとしても、その面白さはしっかり伝わるべきだとも思っている。この映画がそうなっているといいけどね。

(宇多丸)僕も、だからこの映画に関して人に説明する時は「せめて『シャロン・テート』っていう名前で検索だけしといてくれ」っていう風に言おうかと思ってますけども。

(タランティーノ)レビューなんかを読めば、この映画について十分話はできるし、シャロン・テートの名前をGoogleで検索することもすぐにできる。映画を見た後だとしても、それは面白い体験になると思うよ。

(宇多丸)で、先ほどから言ってるそのシャロン・テートが本当にキュートに描かれている。マーゴット・ロビーさん演じるシャロンが本当にキュートで愛らしく描かれている一方で、マンソンのファミリーの若者たちっていうのはこの作品だとただただ、本当に時代の産物っていうか。浅薄な、浅はかな正義感を振り回すがゆえの愚かな存在として描かれている。

僕はここにその、要は「シャロン・テート」って検索した時に出てくるのはやっぱりこの事件のことばっかりで。彼女がどう生きたのか、どんな人だったのかっていうことではなく、「マンソンファミリーの被害者」としてしか出てこないというこの残酷さというか、この現実に対して、タランティーノさんなりに怒りを持って。「記憶するべきは加害者の方じゃないだろう?」っていう風にメッセージしてるように感じて。そこがすごく僕は胸を打たれんですけども。

(タランティーノ)僕もそう思うよ。この映画を手がける前は、僕の周りでも「あの事件があったからシャロン・テートの名前を知った」という人がほとんどだったと思う。彼女がロマン・ポランスキーと結婚していたこと、あの事件の犠牲者だったこと、女優だったことは知っていても、いまやせいぜい『哀愁の花びら』を見ていたり見ていなかったりしているぐらいだ。

スポンサーリンク

事件によって引き起こされた悲劇

僕の考えでは、あの事件によって引き起こされた悲劇のひとつは40年もの間、シャロン・テートの名前が「あの事件の被害者」とだけ定義されてしまったことだと思う。そのイメージをマーゴット・ロビーを通して僕らは意味深いやり方で変えることができたと思っているんだ。僕たちはシャロン・テートのストーリー全てを描いたわけではないし、語られるべき彼女の物語はまだあるけども、この映画で彼女を墓から少しは救い出すことができたと思っているよ。この映画を見た人は彼女のことを単にあの事件の被害者というだけの存在ではなく、彼女の人生そのものについて考えるはずだ。

それは僕がシャロンを「いかにもタランティーノ映画のキャラクター」にしたくなかった理由のひとつでもある。そもそも彼女は映画の登場人物ではなく、普通に生きていた1人の人間なんだから。「彼女はこの奇妙な世界の中で、何とかまともに自分の人生を生きようとしていたんだ」ということがこの映画でわかると思うよ。それは結局、奪われてしまったけど。

(宇多丸)だからこそ、その彼女が自分が出演している『The Wrecking Crew』という作品を見にいって。もうとっても素敵なシーンですけども。あそこでそのスクリーンに映ってるのはマーゴット・ロビーではなくて、実際のシャロン・テートであるというところも、やっぱりまさにそのトゥームストーンからシャロン・テートさんを救うという、そういうメッセージの表れかなと思ったんですけど。

(タランティーノ)まさにその通り。僕もずっとそれを望んでいたよ。一方で、映画にするならシャロンによく似た女優も必要だったわけだけども、マーゴット・ロビーに会った時に「完璧だ!」って思ったね。ヘブライ語の表現に「フカラ・フク」というのがあってね。「反対の反対」という意味なんだよ。観客が映画館でそのシーンを見る時、まさにその「フカラ・フカラ・フク」……つまり、「反対の反対の反対」という状態になると思うんだよね。

なぜなら、シャロンを演じているマーゴットが映画館で本物のシャロンを見ている。そして僕たちは映画館で本物のシャロンを見ているマーゴットを見ている。そういうのって面白いし、ワクワクするよね。なんだか小さな魔法がかかったみたいで。あのシーンがうまくいったのにはいくつかの理由があって、ひとつ目は何しろ僕自身が絶対にこのシーンを撮りたいと思っていたということ。

2つ目はマーゴットとシャロン、2人の存在だね。映画館にいるマーゴットとスクリーンの中のシャロン。2人の存在があのシーンを実現させてくれたんだよ。この映画を観客のみなさんと一緒に見た時に嬉しかったのは、『サイレンサー/破壊部隊』の本物のシャロンが転んだシーンで観客から笑いが起こったこと。彼女の演技が40年を経てもなお笑いを誘うということが嬉しかったんだ。

(宇多丸)登場人物が映画を見る場面って映画においてすごく魅力的になることが多い場面だと思うんですけど、その中でもなんというか最新の名場面が生まれたなと思いました。本当にその構造込みで。

(タランティーノ)僕もそういう場面をいつも楽しみにしているんだよ。最高だよね。ありがとう! 『トゥルー・ロマンス』でクラレンスがサニー千葉を見ている場面とかね!(笑)。

(宇多丸)で、今回の映画で僕がさらに好きな場面はあのマンソンファミリーが拠点にしてるスパーン映画っていう牧場のところにクリフが行く場面で。要は、何も起こっていないからこその恐ろしさみたいなのがあなたの映画ではよく出てくるスリングなシーンだと思うんですけども。このような宙吊りにされた、引き伸ばされた時間っていうのがあなたのように映画に頻出する。そしてそれが面白味になっている理由は何だとご自分では思われていますか?

スポンサーリンク

タランティーノ映画に頻出する「引き伸ばされた時間」

(タランティーノ)あのシーンはこれまでの映画の中でも最もよくできたシーンのひとつだと思ってるよ。なぜなら、怖いから。どれくらいに引き出すのがちょうどいいのか、自分でもはっきりとわかっているわけじゃないけど、脚本上でできるなら映画でもできるはずだと思ったんだ。同じことは『イングロリアス・バスターズ』の地下のシーンにも言える。最初に脚本を書いた時は自分でも「なんだよ? 長過ぎるだろ? こんなの、いったい誰が見るんだよ?」っていう感じだったんだよね。でも同時に、「この長さでもちゃんと持つシーンになる」とも考えていた。

結果的にこんなアイデアが丸ごと入っていても、いまのところ面白くできていると思うけど、輪ゴムを長く伸ばせば伸ばすほど緊張感が生まれるよね。その輪ゴムを20分でも40分でも、長く伸ばすことができれば最高だけど。大抵の人にはそんなことはできない。そもそも、輪ゴム側が耐えられない。じゃあ、このシーンがなぜ上手くいったのかというと、ひとつはこの映画はここまで、あえて明快なストーリーがないため、観客も登場人物たちと同じで宙に浮いているような感覚だったのが、クリフが牧場に到着して初めて、「おいおい、ちょっと待てよ? この映画はこのシーンを描くためにあったんだ。ここまでは話がどこに進んでいるのか見えなかったけど、いまやっとわかったぞ!」となる仕掛け。

2つ目は、観客はクリフよりもマンソンファミリーについて知識があるということ。クリフが奇妙な小さい村に足を踏み入れた時点で、彼が知らないことを観客は知っているわけだよ。その時に、リックのことは完全に忘れちゃってるくらいだよね。彼がハリウッドのスタジオでやっていることなんか、クリフがいままさに現実世界で経験していることのファンタジーバージョンのようなものだから。ここでのクリフはまさに、西部劇における不吉な街にたどり着いたよそ者なわけだからね。

でも、いちばんのポイントは「クリフがあのシーンでドラマチックに死ぬかもしれない」と思えるということ。映画のあのタイミングでリックが死ぬとは誰も思わないはずだよね。でも、クリフなら死ぬかもしれない。登場人物がドラマチックな犠牲者になるかもしれないという可能性がある。リックはここで死なないとわかっていても、彼の親友なら映画の途中で命を落とすかもしれない。クリフが死ぬかもしれないと観客が不安になるからあのシーンに緊張感が生まれたんだよ。

<インタビュー音源おわり>

(宇多丸)はい。というクエンティン・タランティーノインタビューのパート2をお聞きいただいております。すごくいっぱい話していただいて。まずはやっぱりそのシャロン・テートという実在した女優さんの描き方というか、そこに込めた思いみたいな部分ね。ちょっと僕はでも話を聞いていて、映画のことを思い出したりとか実際のことを思い出したりして、ちょっと本当に泣きそうになっちゃうような瞬間でしたね。で、タランティーノさんの話を聞いてからあの場面を思い返すと、やっぱり最初見た時以上にこの今回の映画がすごい好きになりましたね。

やっぱりいい映画だなっていうか。ここのところ、タランティーノが特に『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ』あたりでやってきたような、その映画で現実の歴史と戦うっていうか。そういうシリーズのひとつではあると思うんだけども。本当はね、ちょっとそれの一連の試みとの連なりとかも突っ込んで聞いてみたかったんだけども、過去作の話とかをしてるととてもじゃないけど時間がなかったんでね。ちょっとそこまで行けなかったんですけども。

でも、今回の作品に関してすごく熱い思いの部分が聞けて本当によかったなという風に思っています。「一緒に観客と見た時に、その40年前のシャロン・テートが転ぶ場面でいまの観客も同じように笑った。それが嬉しかった」っていう風に言ってるところで、まさにそれこそがそのシャロン・テートが犠牲者化されただけでは終わらせないぞという。

(宇内梨沙)「墓から救い出す」っていい言葉だなって思いました。

(宇多丸)まさにだからそういう効果を果たしてるかなという風に思います。あとね、やっぱりタランティーノ映画に頻出する、すごく引き伸ばされた時間。特に今回のそのマンソンファミリーが根城にしているところにブラッド・ピット演じるクリフさんが乗り込んでいくところの怖さ。そこに関して、面白いですね。『イングロリアス・バスターズ』の地下でインディアンポーカーをやるところ。「あそこの場面が最初は自分でもちょっと長いかなって思った」とかね(笑)。面白いなと思います。

で、ちょっとここ、訳の部分で僕らは「脚本上できることは映画上でもできる」っていう風に解釈して訳したんだけど。「Pages」って言っていたんだけども、ひょっとしたら「本などでできることは映画上でもできる」ということなのかもしれない。ちょっとそこは解釈を詰める……本人に確認する時間もなかったんでこんな感じでしたけども。まあいずれにせよ、いままでの映画の文法からするとやや長すぎる引き伸ばしっていうのに、やっぱりタランティーノは果敢に挑んでいる。それにはいくつかの条件が整うことが必要だというのが今回のスパーン映画牧場のシーンの自己分析。なぜこのシーンがこんなに怖いのか。長くても持つのかの分析で。なかなかやっぱり面白かったですね。

といったあたりでね、結構濃密にお話をうかがってきたんですけども、このあたりで「もうラストクエスチョンだ」みたいなのが出ちゃって。この時点で「ああ、じゃあこれも聞けない、これも聞けない……」っていう感じになって。ただ、どうしてもこれは他の媒体ではなくて、私がインタビューをするならばこの質問は直接したかったということです。

つまり、先ほど僕がタランティーノの作家性ということで説明で言った、非常にヒップホップ的な感覚……本質としてのヒップホップ。直接的にラップミュージックが出てくるのは実は『ジャンゴ』だけなんですけども。でも、感覚がやっぱりヒップホップの、特にサンプリングで作られた80年代、90年代ヒップホップの感覚に近いという風に思っているというあたりを直接……つまり、ヒップホップというものをどういう風に思っているのか?} みたいなあたりを直接、ぶつけてみました。3パート目をどうぞお聞きください。

<インタビュー音源スタート>

(宇多丸)では、時間が来てしまって。ちょっとラストクエスチョンに……本当はもっとね、永遠に話を聞きたいですけどね。

(タランティーノ)いい質問ばかりで楽しいよ!

(宇多丸)ありがとうございます。最後は個人的に……僕はヒップホップアーティストでもあるので。あなたの作品、今回の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』もそうですし、全てのあなたの作品からとてもヒップホップ的なセンスを感じる。ヒップホップ的な考え方……要するに古いものから新しいものを作り出す。その音楽を聞いたことがない世代に、その音楽のスリリングさを現代の形で提示するというというようなヒップホップのやったこと。それに近いものを映画でやったのがタランティーノさんだという風に僕は思っているんですが。ヒップホップの影響って、ご自身で意識はありますか?

スポンサーリンク

タランティーノ監督が考えるヒップホップの影響

(タランティーノ)僕はこれまでにもヒップホップアーティストたちとリンクしてきたし、アメリカのヒップホップアーティストで僕の作品を好きだと言ってくれる人もたくさんいる。彼らには僕がアイデアやテーマ、イメージを他の映画作品からサンプリングしているように見えているんだと思うな。すでに彼らが見たことがあるお気に入りの映画作品からのサンプリングもあるし、まだ見たことがない映画について、僕の作品から学ぶこともある。

まるでヒップホップアーティストのように、僕も元のアイデアに異なる文脈を持たせて違うものへと変化させているんだ。でも、オリジナルをそのまま奪うことはしない。『キル・ビル』を見ても、僕がこれまでに見てきた香港や日本の映画、それにマカロニウエスタン映画のシーンをそのままコピーした箇所なんてないんだ。でも、それらの魂からはとても影響を受けているし、『座頭市』や『影の軍団』のキャラクターから受けた影響はオリジナルのイメージがなくても十分に感じ取れるはずだ。

(宇多丸)それはすごく、僕はいまの話はヒップホップ的だと思うんですよね。

(タランティーノ)僕もそう思うよ。この映画のヒップホップ的側面といえば、ラジオの使い方かな。僕は68年から69年にかけての実際のラジオ局の番組情報を約16時間ほど聞いて、その音声を映画に使ったんだ。このやり方は、ヒップホップアーティストがトラックに合わせて自分のリリックを乗せていくやり方と同じだと思っているよ。あと、ラジオDJのトークやコマーシャル、音楽、そしてジングルの合間に流れる時報のようなものだと思っている。その時、何が起こっているのかを知らせるためのナレーションなんだ。

(宇多丸)うんうん。いやー、なるほど。面白いですね。ちょっとね、本当にもっとお話をうかがいたかったのですが……。

(タランティーノ)君の手帳、とっても面白いね。質問がびっしりで光栄だよ!

(宇多丸)でも、お時間が来てしまったので。すごくいいお話をうかがえました。

(タランティーノ)君のような映画ファンと話ができて嬉しいよ。とても楽しかった。

(宇多丸)ありがとうございます。Thank you very much.

(タランティーノ)Thank you!

(宇多丸)また、お話をうかがえる機会を楽しみにしています。

(タランティーノ)喜んで! 楽しみにしているよ! Good bye, guys!

<インタビュー音源おわり>

(宇多丸)と、軽やかに去っていくタランティーノであった……ということですけども。はい。まあ、私の側に引き寄せた質問だったんですけども、割と本当にそのものズバリのことをコメントしていただいて。サンプリング感覚というかね。あと今回の作品に関しては向こうの68年から69年のラジオの……「Radio Program Information」って言っていたよね? だからまあ、広告とかっていうことかな? まあ、それをずっと聞いて、それを要所要所に適宜当てていったという。

だからたぶん、物語の進行とかそういうのにリンクしてるのかもしれないですね。僕、まだ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は1回しか見てないし。なにしろ160分ぐらいあるから。ちょっといろんな情報量が入っていて、まだちょっとそういう 細かいとこのディテールで「ああ、実はこんなことをやっているんだ」みたいなのが出てきたりするんでしょうね。ということで、もう1回やっぱり見なきゃな。

(宇内梨沙)いや、あらすじでしか知らないんですけども、早く見たい! 明日、公開ですよね?

(宇多丸)ぜひ。でも、今日のインタビューがすごくいい補助線になればなと思います。とにかくその1969年8月9日という、そこに向けて3日間、過ごしていく姿。メインのキャラクターっていうのが3人いて、そこが描かれるんですけども。僕がさっき言ったように物語的な起伏は一見、あんまりないんだけども、でもまず1969年のハリウッドにいるっていうのがなんか楽しい。

なんか幸せな感じがずっとただよっている。特にそのシャロン・テートを追いかける視線の優しいことっていうか。彼女が映画館で「私、この映画に出てるの!」っつって。それを映画館の中で見て、みんなが笑ってるのを見て、「ああ、嬉しい!」ってなるところとか。で、「その人がでも、あと何日で……?」みたいなところがみなさん、それはタランティーノ映画ですから。1969年8月9日の夜、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では何が起こるのか?

(宇内梨沙)どう描かれるのか?

(宇多丸)まあ、ドキドキしながら楽しみにしていただきたいなという感じでございます。はー! でもね、今回なかなか突貫工事でやったんで。だからもうちょっと訳の精度とかは、ひょっとしたらもうちょっと細かくやれば精度が上がったところもあると思いますし。いまもやっていて「ああ、あそこってこういう意味だったかもな?」みたいなのが出てきたりはするんですけども。まあ、早出しという方の価値を取らせていただきましたっていう感じですかね。

ということで、クエンティン・タランティーノ監督最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、明日30日からの公開でございます。もちろんムービーウォッチメンのガチャにも入れさせていただくという感じになるかと思います。

(宇内梨沙)見てない方はどれくらい調べて……この当時の事件のことも含め、当時のハリウッドの状況も知らない方はどれぐらいの知識を入れてから見るといいんでしょうか?

スポンサーリンク

どのくらい事前に知識を入れて見るべきか?

(宇多丸)でもね、今日のインタビューを聞けば、なんとなく分かるでしょう。要は、そんな細かいことを知らなくても1969年8月9日にある、とてつもない悲劇が起こったんだっていうことがなんとなく分かってれば……でも、詳しく知っててもすごくいいでしょうし。そこに関してはいいんですよ。そこは全然ネタバレじゃないの。だってマンソンファミリーが出てきて、1969年にっていうのは全然、史実ですから。ネタバレじゃないんだけども。

問題はその先っていうことなんですね。僕、このインタビューでも今日、肝心なことは何も言ってないんで。この映画におけるいちばん肝心なことは何も言ってないんで、そこは映画館でみなさん、ぜひたしかめていただければと思います。僕はやっぱりタランティーノ作品でまたトップ級に好きなのが来ちゃったなという感じですね。もう、愛らしい。抱きしめたくなるような感じです。ああ、でもタランティーノにもっといろいろなことを聞きたかったな……。

(宇内梨沙)フフフ(笑)。

(宇多丸)特に今回のテーマに即して、やっぱりその映画っていうもののあり方がすっかり様変わりしたいまですけど。いま、その1969年当時にあった映画といまの映画というものの違いとか、もしくは違わないのかとか。そしてこの先はどうなっていくのかとか、そういうもっと大きな話とかも本当は……今度ね、機会があればうかがいたいなという風に思っております。ということで、以上映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』公開記念、クエンティン・タランティーノ監督ラジオ独占インタビューでございました。ありがとうございます!

(宇内梨沙)お疲れさまでした!

<書き起こしおわり>

タイトルとURLをコピーしました