モーリー・ロバートソン NGT48山口真帆暴行事件と海外メディアを語る

モーリー・ロバートソン NGT48山口真帆暴行事件と海外メディアを語る 水曜日のニュース・ロバートソン

モーリー・ロバートソンさんがBSスカパー!『水曜日のニュース・ロバートソン』の中でNGT48山口真帆さんが男性2人から暴行被害を受けた事件を報じる海外メディアの反応を紹介していました。

(モーリー)今日はTIME誌の1月11日のツイートです。まずは英語から呼んでいきましょう。「A J-pop star has apologized for “causing trouble” after speaking out on her alleged assault」。自分が暴力をふるわれた、暴行をされたことに対して、なぜか日本のJ-POPスターが謝罪をしている。その謝罪の内訳は「causing trouble(トラブル、迷惑をかけた)」。まるで「私が引き起こしたトラブルだ」と言わんばかりの……なんだ、こりゃあ!?っていう見出しになっていますね。

「日本のポップスターが暴行被害を告白した後、お騒がせしたことを謝罪」という。まあなんじゃらホイ?っていう感じですよね。

(プチ鹿島)ゾッとする。「なんだ、これ?」って思いますね。

(モーリー)指原莉乃さんも「別に謝らなくていい」って言っていたし、その後のワイドナショーの松本人志さんとのやり取りも物議を醸したし。やっぱり声を上げている人たちはアイドル側にもいるわけですよね。こういう事件なんですけど、簡単になぞっていきましょう。NGT48、新潟ローカルのアイドルグループのメンバーの山口真帆さんが男2人に襲われて、その後公の場でそのトラブルの原因となかったことを自ら謝罪しています。

事件の概要は去年の12月上旬に暴行事件に巻き込まれました。顔を掴まれるなどしたわけですね。それでNGT48劇場の支配人に訴えるも、全く動いてくれないと本人は主張しています。そこで、SNSなどで暴行事件を告白するに至ったわけですよね。だから、被害者が運営側に「なんとかしてくれ」って言ったんだけど、運営はなにもしなかった。だから泣きながら告発したところ、あれは途中でストリーミングがブチッといったんでしたっけ? そういう、なんかすごい不透明な顛末があって。挙げ句の果には公の場で謝罪もさせられる。「なんじゃ、こりゃ?」っていうことでTIME誌はこの記事の中で騒動の詳細を報じて、「被害者が謝ることは不可解だ」と疑問の声をあげているわけですね。

(プチ鹿島)はい。

(モーリー)そして、TIME誌だけではなくて、多くの外国メディアもこの事件を報じました。どうぞ。たとえばイギリスのデイリーメール。「Japanese pop star apologises to fans… after SHE ‘was attacked by two men’ who have been arrested for assault」。

「日本のポップスターが謝罪をした。2人の男性に暴行被害を受けた後に”彼女が”謝っている」っていう。だから「SHE(彼女)」が大文字ですよ。「ええっ!?」みたいな。だからこれでわかるわけですよ。これが驚愕して受け止められているっていうことが。これはストリーミングで涙を流した時のキャプチャーかな?

そして、こっちは香港のサウスチャイナ・モーニング・ポスト。中国寄りではないですけども、中国人の民族意識を代弁することはある。だけど、中国のいわゆる環球時報のように反日ではないんですね。ところが、人権の立場にすり寄って、日本には時々厳しい記事が出てきます。「NGT48 pop idol Maho Yamaguchi’s apology for home assault sparks outrage at Japanese victim-blaming」。

「彼女が謝ったことに対して憤りの声があがった」というような記事なんですね。で、このサウスチャイナ・モーニング・ポストの方なんですけど、日本語の「我慢(gaman)」という言葉を紹介しています。我慢の美学。で、我慢っていうのはもともと男らしさであるとか、苦行に耐えるとか、サービス残業をしても文句を言わないとか、人のために自分を自己犠牲にするとか、そういう男らしさの我慢があるんだけど、いわゆる女らしい我慢も日本の社会にはあるんだというようなことをバーモント大学の女性の教授で文化人類学と日本の研究をやっている方が言っている。

日本の「我慢」の美徳

で、彼女のが指摘する日本の女性の我慢の美徳というのは、たとえば「セクハラを受けたとしてもそれに対して何も言わずにじっと耐えることが美しいとされている。そして、会社の中で上司などからのセクハラなんかの問題があった時に、それを黙っていて外に告発しない。つまり、自分の所属している組織……この場合は運営母体ですよね。その名前を汚さないよう、私が全てをかぶればいいんだということが逆に『けなげで美しい』とされている」という。そういう意味で我慢は解釈されていますっていうような、そういう大学の先生の話が紹介されているんですね。

それで、一緒に並べて紹介されるのは、これは2013年に峯岸みなみさんがボーイフレンドを作っていたという「罪」をそそぐために丸坊主になるという。「なんじゃ、そりゃ? 誰にされたんだ? 本人の意志とは信じがたい!」っていうことでその時もショックだったんですけど、こういうボウズになるということも日本のアイドル業界では行われている。そしてさらに一緒に紹介されるのが、伊藤詩織さんなんですね。伊藤詩織さんの事件というのは「昏睡状態でレイプをされた」と本人が告発していて、「その警察の捜査過程が不透明だった」と本人が主張し、結局裁判で不起訴にはなったんですけど、本を本人が出していて、英語でこれを発信している。

そしてその伊藤さんの発信も記事に含めて紹介するという形になるわけですよね。ですから、日本側でこれをまた再度日本語に翻訳すると結構バックラッシュがあって。「なぜ芸能界で常態化している問題を殊更日本の問題として、そしてどうしてそれと伊藤詩織さんが結びつくんだ!? これは個々の事件だろう? 不心得なやつは個々にはいるよ。悪いファンがいたんだろう? 悪い男がいたんだろう? どうしてそれを日本全体に当てはめるんだ? 男尊女卑と日本の構造とは関係ないだろう!」という風に日本の保守派の人はこういうことが日本語になると憤るわけだ。

(プチ鹿島)うん。

(モーリー)ところが、どうしても外国から見た時には「ジェンダーに対して日本がなにか人権を軽んじている。特に女性の声っていうのは構造の中で言いにくい。あるいは『私がかぶればいい』というその美徳が生まれた背景が歪んでいるじゃないか。そこに対しての議論がない」っていうところで、これがせめぎ合うわけですよ。で、最後にちょっとこれをこちら(WEB漫画家 やしろあずきさん)に振りたいんですけども。さっきのアーティストが……。

(やしろあずき)ああ、同じ構造ですよね。だから漫画業界に置き換えると編集部の声とかパワハラとかで潰された漫画家が自分から「連載が終わってごめんなさい」って謝罪させられるっていうようなことが……。

(モーリー)ええっ!?

(やしろあずき)割とそれ、過去にあったこともあるんですけども。似ていますよね。そうやって我慢しちゃうというか、弱き者が……。

(モーリー)それはDJの業界もそうだし。なんか「自分たちがお金をもらえない。これは搾取だ!」って誰も言わないのね。そういう声が上がることはなくて。「だって、イベントに出させてもらえただろう?」とか「だって漫画を世の中に出させてもらえたんだからいいだろう?」って。「大きな雑誌に出してもらって。ハレの舞台じゃないか。喜びなさいよ!」みたいな。なんかその、「お世話になっている」みたいな。

(プチ鹿島)「チャンスをもらった」みたいなね。

(モーリー)ねえ。

(やしろあずき)「宣伝できるからタダでいいだろう?」みたいな感じですよね。

「#MeToo」の本質

(モーリー)だからそこをまさにやしろさんのいろんな取り組みで、構造を変えていく。しかも当事者であるアーティストが悪いマネジメント、構造が悪い時はやっぱりアーティストたちが自分で覚醒する。これがたぶん「#MeToo」の本質だったと思うんですよ。当事者たちが声を上げて連携していくということ。それが日本に翻訳された時、どうしてもニュアンスが抜け落ちてしまうんですけども。

「#MeToo」の力というのは女性たちが勢い余って男性狩りに走っているということではなく、本当に当事者がいくら待っていても、いくらお願いをしても構造そのものが搾取的になっている場合は立場が自然に改善されることはない。ということは、自力でやるしかない。そのために協力しあおうっていうことが「#MeToo」のスピリットだったわけですよね。だからそれが、最後に僕の印象としてはアイドル業界にも及ぶといいなという風に思いました。

<書き起こしおわり>

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