松尾潔さんがNHKラジオ第一『かれんスタイル』にゲスト出演。現地ニューヨークで見た第60回グラミー賞の模様を桐島かれんさん、松浦弥太郎さんと話していました。
『かれんスタイル』放送後に桐島かれんさん、松浦弥太郎さんと。グラミー賞レポート、今年も楽しくおしゃべりさせていただきました!生放送を終えてNHKの駐車場に出てみたら、雪が降っていました。まだお家に着いてない方は、どうかお足元に気をつけて。#グラミー賞 #nhkr1 #radiru #radiko pic.twitter.com/V7Z7bNoBDz
— 松尾潔 (@kiyoshimatsuo) 2018年2月1日
(松浦弥太郎)先週は電話でグラミー賞授賞式を前に電話でお話をたくさんうかがいましたね。その続きを今日ね、たくさん聞きたいと思いますけども。
(桐島かれん)さっそく、グラミー賞についてお聞きしたいんですが。毎年毎年、行かれているんですよね?
(松尾潔)10年ほどブランクがあったんですが、ここ数年は毎年お邪魔していますね。
(松浦弥太郎)グラミー賞はすごく大きな賞だし、ものすごい世界中の人が注目しているのはわかるんですけど。でも、グラミー賞の授賞式を一言で、ざっくり言うとどういうものなんですか?
(松尾潔)一言で言うと、まず第一義にテレビショーっていうのがあるんですよね。
(松浦弥太郎)テレビショー?
(松尾潔)はい。大変な視聴率を見込むことができる強力な音楽番組ということは言えますから。みなさんがグラミー賞っていう時に想像される華やかな授賞式っていうのは、テレビ番組としての演出が多分に入ったものです。で、実際にグラミー賞っていうのはテレビ番組で放映される10いくつかのカテゴリーだけではなくて、100近くに及びますから。
(松浦弥太郎)すごいですよね。
(桐島かれん)じゃあ、テレビ番組で映ってない部分の方が大きいということですね。
(松尾潔)まるで序の口の力士のお相撲がお昼からやっているかのように、グラミーの、アメリカで夜にオンエアーをされるんだけど、もうお昼ぐらいからちっちゃいサブ会場で部門賞の発表が始まっていまして。そちらの方こそ、ヒューマンストーリーがあるっていうので好きな方もたくさんいらっしゃいますね。
(桐島かれん)ああ、そうですか。
(松浦弥太郎)今年は60回目なんですね。
(松尾潔)そうなんですよ。
(桐島かれん)記念すべき回でもあったんですね。
(松尾潔)すごく大きな節目でして。ですから今年は特別に15年ぶりにニューヨークで開催されたんです。
ニューヨーク開催の意味
(松浦弥太郎)これまで、ロサンゼルスでずーっとやっていましたよね。で、またなんでニューヨークに戻ったんでしょうね? もちろん、たぶんロスでやっていればロサンゼルスの人はある種グラミー賞って言ったらロスのものだと。
(松尾潔)わが町のね。
(松浦弥太郎)わが町のものだっていう。それがいきなりニューヨークっていうね、そのへんが……。
(松尾潔)これはね、いまグラミーを仕切っているNARASっていう団体のしたたかな戦略もあるんですが。やっぱりね、ひとつにはブロードウェイというのはやっぱりニューヨーク。舞台というのはニューヨークなんですよね。レコーディング芸術としての音楽はロサンゼルスも強いですし、最近ですとナッシュビルなんかも大変に強いわけなんですが、こと舞台になりますとニューヨークが中心になって。今年はそのブロードウェイの音楽にもスポットを当てるというニューヨークでしかできないような試みがありましたし。
(松浦弥太郎)なるほど。
(松尾潔)あと、やっぱりニューヨークはヒップホップの中心地、ヒップホップの発祥地であり、いま世の中の体制に対して物申すことに最も適していると言われているヒップホップの故郷であるニューヨークでやることで、意図としては「反トランプ」というのは色濃くありましたね。
(松浦弥太郎)そうすると、あれですかね。これはわかりませんけど、これからのグラミー賞がニューヨーク、続いていくんですか?
(松尾潔)それもね、僕もたしかめたんですが、どうやらこの1回限りというか。またロサンゼルスに戻るようです。用意周到に60回はニューヨークでやろうと。去年のいまごろの時点で「来年はニューヨーク」という風にアナウンスがされていたんですが。それで言うと来年はまたLAに戻るという風に聞きましたよ。
(松浦弥太郎)じゃあ、節目というところで、ちょっとインパクトというか。そういう演出もあったりとか。
(松尾潔)あと、やっぱり自由の女神というこれ以上ないアイコンを上手く使ったと。ご覧になった方はお気づきになったでしょうけど、一大政治集会としての色合いが今年ほど強いものはなかったですうね。
(桐島かれん)やはりそういったメッセージは多かったですか? 「#metoo」ムーブメントとか。
(松尾潔)そうです。「#metoo」ムーブメント、それからさらに「Time’s Up」っていう言い方もしていますけども。ちょうどグラミーに先駆けてゴールデングローブ賞、エミー賞っていうのがそういう色合いの強いものでしたけども。
(桐島かれん)みなさん、結構発言されてますよね。
(松尾潔)あれはハリウッドだけの問題ではなくて、音楽業界。もっと言うとハリウッドだけでも、ワシントンだけでもないという、その場としてニューヨークだったんですね。
(松浦弥太郎)そうすると、華やかなステージの一方で、女性たちのファッションとか、いわゆるひとつのそれも見どころかもしれないんですけど。まあ、露出度みたいなところもいつも話題になるけど。そのあたりも変化があったってことですか?
(松尾潔)そうですね。今年は過剰なお色気ドレスとかっていうのは少なかったように見受けられますね。
(桐島かれん)グラミーの前のなにかの賞で、みんな女性が黒を着たじゃないですか。
(松尾潔)ゴールデングローブの時ですね。
(桐島かれん)今回は、みんな白いバラをつけて?
(松尾潔)そうですね。ゴールデングローブ、そしてエミー賞の時はドレス・ブラックっていう感じだったんですけど。今回はアメリカの音楽業界に関わる人にダーッと一斉メールがあって。「白いバラで行こう」っていうのがありまして。
(松浦弥太郎)そうなんですね。
(桐島かれん)それは何を象徴する白いバラなんでしたっけ?
(松尾潔)やっぱり黒で世間の注目を引き寄せて、その次を示すというところでホワイト・ローズっていうことだったらしいです。
(松浦弥太郎)あと、ニューヨークの……先週のお電話でお話をいただいたんですけど、ニューヨークの観客のみなさんというのは非常に音楽に対して厳しいというね、見方があったんですけども。どうでしたか?
(松尾潔)それ、実際にありましたよ。僕はニューヨークの会場で見たのははじめてだったんですが、授賞式が全部終わってないのに、もうちょっと自分のお目当てのが終わったお客さん、結構びっくりするぐらい帰っていたんですよね。ちょっとLAとかだと信じられません。テレビショーとしてまだ全部終わっていないのに……まあ1/3とは言いませんけども、結構中ほどの目立つ席で席を立って帰っている人、結構いまして。「まるでニューヨークのコンサートだな」って思って。
(松浦弥太郎)ハハハ(笑)。
(桐島かれん)ニューヨークのコンサートもそういう感じですか?
(松尾潔)コンサートでもね、全部終わる前に帰っちゃう人、結構いますからね。
(桐島かれん)土地柄なんでしょうかね。厳しいんでしょうね。
(松尾潔)厳しいですね。これもまた、ブロードウェイとかだとブーイングなんてのももっとあるわけですし。やっぱり批評眼というものを常に意識しながらパフォーマンスしていたんじゃないかと思いますね。みんな。
(桐島かれん)なるほど。では、さっそくですけど、曲を。今日は松尾さんにグラミー賞で注目の曲を少しずつ紹介していっていただきたいんですが。
(松尾潔)はい。まず今年、いちばん派手な活躍をした人は誰か? というと、もう6部門にノミネートされてその全てで勝利を……。
(松浦弥太郎)すごいですね!
(桐島かれん)総ナメですか。
(松尾潔)総ナメですね。こういうのを英語で「Sweep」って言うわけですけども。ブルーノ・マーズのSweepっていう風に言われてますが、そのブルーノ・マーズの……主要3部門全てを勝ち取ったtブルーノ・マーズのアルバムのタイトル曲を聞いていただきたいと思います。ブルーノ・マーズで『24K Magic』。
Bruno Mars『24K Magic』
(松浦弥太郎)いやー、どうですかね。僕なんか聞いていて、やっぱりちょっと懐かしい。
(桐島かれん)懐かしい。私たちも、70年代、80年代のちょっとファンキーな感じ。
(松尾潔)本当、そうですよね。
(松浦弥太郎)これだけじゃないんですよ。またもうひとつ懐かしい、ちょっと90年代頭ぐらいのテイストもちょっと入っているんですよね。
(松尾潔)ニュー・ジャック・スウィングと言われていた、ボビー・ブラウンの時代のね。
(桐島かれん)ボビー・ブラウン……ああ、そうか。あの頃のも入っているんですね。
(松浦弥太郎)だからね、やっぱり懐かしい。いくつかの懐かしさがセンスよくミックスされているっていう。
(桐島かれん)上手いっていうことですか。
(松尾潔)ブルーノ・マーズっていう人はハワイ出身で、ご存知の方も多いと思うんですけど、ハワイで観光客相手のショーをやる家族バンドのちびっ子ボーカリストだったんです。
(桐島かれん)へー! じゃあ、音楽の世界で育ったわけですね。
(松尾潔)そうなんです。よくハワイなんかに行きますと、マジックショーとかね、ポリネシアンダンスのショーとか。それのさらに前座で、まだ上がりきっていないカーテンとか緞帳の前で、12曲ぐらいパッケージで歌っていたという。
(桐島かれん)じゃあ、マイケル・ジャクソンみたいな感じかな?
(松尾潔)そうなんです、そうなんです。で、もうハワイのちびっ子エルビスとして有名だったんですよ。日本人で結構、子供時代のブルーノと握手している人とか、結構たくさんいるんですよ。
(桐島かれん)たくさんいるかもしれないですね。ハワイでショーに出ていたら。
(松尾潔)久しぶりに10何年前の写真を見ていたら、ちびっ子のブルーノだったっていう人がいま、ネットにたくさん出てきているんですけども。「ミートゥー! ミートゥー!」っつって(笑)。で、そのブルーノ・マーズが子供の頃を思い出して、「あの頃、自分が歌って大人たちがお酒を飲みながら音楽で踊っているのを見て、すごい楽しかった。それを再現したくて。あの時に自分が歌っていたのはベイビーフェイス、ジャム&ルイス、テディ・ライリーという90年代のR&Bの人気者プロデューサーたち。彼らが僕にとってのヒーローなんだ」っていうことを今回、言っていましたね。
(桐島かれん)ああ、そうですか。
(松浦弥太郎)この『24K Magic』の曲なんか、たとえば松尾さんがはじめて聞いた時、どういう衝撃を受けましたか? 松尾さんも日々、楽曲を作ったり歌詞を書いたりしているわけで。どう感じました? 最初に。
(松尾潔)しかも、これなんかは僕の好きなR&Bとかとモロにかぶっているところなんで。「懐かしい新曲」っていう感じでしたね。
(松浦弥太郎)アハハハハッ!
(桐島かれん)懐かしさはありますよね。
(松尾潔)「あ、この曲、僕は知っているような気がするんだけど……」って思いながら最後まで聞いて「知らない。けど、知っている」みたいなのをすごくね。懐かしさを含んでいるが、新しいものもそれ以上に感じさせるというバランスですよね。
(松浦弥太郎)これはサンプリングではないんでしょう?
(松尾潔)サンプリング、してないんですよ。これ。
(松浦弥太郎)そこがすごいですよね。なにかやっぱりサンプリングをしていそうなんだけど、ブルーノ・マーズの場合はしてないというのが、また。
(松尾潔)もちろん、僕みたいなマニアは「この曲の影響はこれだろ?」って言うことはできますよ。ですが、厳密にそのなにかの音源をサンプリングとかは一切していないんですよね。
(松浦弥太郎)そこがすごいですよね。
(松尾潔)素晴らしいですね。DJ的な発想のさらにもう一歩先に行く感じですね。ミュージシャンシップです。
(桐島かれん)そろそろ次の曲も教えてください。
(松尾潔)はい。次の人は、僕はこれからこういうポップミュージックシーンってブルーノ・マーズとアデルとこの人の3人で回していくんじゃないかな?って思っているぐらいの天才と呼べる数少ない人で、エド・シーランですね。
(松浦弥太郎)エド・シーラン。
(松尾潔)エド・シーランも本当にイギリスの音楽シーンが生み出した、ブラックミュージックの豊かな影響も感じられるし、フォーキーなところもあるし。あと、やっぱりビートルズ以来のブリティッシュ・ロックの影響も感じさせるし。まあ、ブルーノ・マーズとはノミネーションを住み分ける形で直接対決という感じにはならなかったんですが。それでもきっちり2部門、かっさらっていきました。エド・シーランの去年、世界でもっともヒットした曲のひとつと言われております。『Shape of You』。
Ed Sheeran『Shape of You』
(桐島かれん)はい。エド・シーランで『Shape of You』。これはもう大ヒット。
(松尾潔)はい。アメリカでも14週間だったかな? ナンバーワンでしたけども。アメリカやイギリスだけじゃなくて、ここ日本でも昨年1年を通してもっともヒットした洋楽と認定されてますね。
(松浦弥太郎)この『Shape of You』はイギリスで生まれた音楽で。やっぱりここがイギリスっぽいなというのはあるんですか? テイストとして。
(松尾潔)うーん。僕はエド・シーランになると発音のアクセントとか以外はもうイギリスとかなんだとかっていうのもなく。国境もなく、人種もなく、民族もなくって超越したものを感じますね。なんか、スーパートライブっていうか。新しい……さっきもちょっと話しましたけど、ブルーノ・マーズとエド・シーランとアデル。この3人が新作を出した年は他の人たちが受賞をするのは当分難しいんじゃないかな?っていうぐらいの。
(桐島かれん)たとえば今回、ジェイ・Zとかは全然ダメでしたよね。
(松尾潔)そうなんですよ。もう8部門にノミネートされて1個も取れなかったっていう、まるで去年の奥さんのビヨンセみたいな感じなんですが。70年代にね、ポール・サイモンが受賞した時、「今年アルバムを出さなかったスティービー・ワンダーに感謝します」っていう有名なスピーチがあるんですが。ちょっとブルーノ、エド、アデルっていうのはいま、そういうゾーンに入っている気がしますね。
(松浦弥太郎)このブルーノ・マーズ、アデル、エド・シーランっていう3つのアーティストは重ならないんですか?
(松尾潔)重なります。それは3人ともアフリカンではないのに、黒人音楽のR&B、ソウルっていうのが色濃いし、そこにやっぱりピュアなアフリカンの人たちとは違う、もっと幅広い人たちに訴えるようなものを持っている。でも、こうやって後付けで言うのは可能なんですけども、全ての人たちがそういうわけでもないので。なんでしょうね? やっぱり大きな公約数を持っていることはたしかなんですけど、そこにプラス掛け算になる……それを個性って言うんだと思うんですが。
(松浦弥太郎)まあ、少なからずその、もしかして昔、あったかもしれない音楽の垣根みたいなものはなくなっているはずですよね?
(松尾潔)そうですね。強いていえば、僕が感じるのはエルトン・ジョンであるとか、ビージーズのバリー・ギブとか。ああいった存在ですかね。誰よりも、いわゆる白人っぽい感じもあるんだけど、あんなに黒人に愛される音楽を作った人もいないわけで。今回、エルトン・ジョンもパフォーマンスで出てきて、『Tiny Dancer』とかを歌っていましたけども。なんか、この人をいまの姿にするとブルーノ・マーズだったりするのかな、なんて思ったりしましたね。ただ、ブルーノは踊ったりとかもできるんで。
(桐島かれん)そう! 踊りもめちゃくちゃ上手ですよね!
(松尾潔)そうなんですよ。で、去年はプリンスのトリビュートでギターですごいソロとかやりましたし。ドラムも上手いし。
(桐島かれん)可愛い顔して天才なんだって思って。プリンスみたいですよね。
(松尾潔)本当、そうですね。
(桐島かれん)じゃあ、次の曲をぜひ。
(松尾潔)続いては、先ほどお話しましたように今回、開催地がニューヨークだったということで、ニューヨークのご当地を思わせるような出し物ってたくさんありましたね。なんといっても、最初にプレゼンターでトニー・ベネットが出てきて。もう御年90才ですか。
(桐島かれん)『New York, New York』みたいな。
(松尾潔)『New York, New York』をちょっと歌ってみたりしたんですよ。そんな中、80年代に青春時代をすごした人間としてはグッと来るパフォーマンスをしてくれたのがスティングです。
(桐島かれん)渋そうですね。
(松尾潔)スティングがニューヨークだったこれだろ?っていう『Englishman In New York』を。しかも、そのカバーの、シャギーというレゲエアーティストの『Jamaican In New York』っていう歌もありましたけど。2人で共演して、マッシュアップで『Englishman & Jamaican In New York』だったという(笑)。
(桐島かれん)かっこいい!(笑)。
(松浦弥太郎)曲紹介をお願いします。
(松尾潔)スティングで『Englishman In New York』。
Sting『Englishman In New York』
(中略)
(桐島かれん)メールが来ております。愛知県の女性の方からです。「先日、昔の曲を聞いてみたら、早いテンポだと思っていたものがびっくりするほどゆっくりに聞こえました。時代はどんどん変化していくのですね。そこで松尾潔さんに質問です。音楽の変化は作り手の方々が意図的にしているのが強いのか、それとも一般の人がそれを求めているのでしょうか。いろんな仕掛ける側の秘密も少し教えてください」ということなんですが。
(松尾潔)もちろん、それまでになかった驚きで喜ばせたいという気持ちはどんなプロデューサーにもあると思うんですけど、ただたとえばファッションの世界で「来年の流行色は緑にしよう」とミラノだかパリだか、そういうところでみんな決めるそうですが。そういうのは僕はないと思うんです。ただ、ダンスミュージックに関して言うと、それに近いことはありますよね。たとえば、その時々の発信源とされている、まあイビザならイビザとか。ロンドンならロンドンとか、そういうところで「あるビートを使わなきゃかっこ悪い」っていうムードができて。
(桐島かれん)そういう流行りっていうのもありますよね。
(松尾潔)流行りが。その、まあ影響力のあるDJがみんなを先導する形で。そして、それ一色に染め上げて、それが世界中に伝播することもあれば……ただやっぱりヨーロッパでヒットしたのにアメリカに入ってこないこともあるし。逆にアメリカだけ取り残す形で日本でもヒットすることもあるし。そこはね、やっぱり最後、人の気持ちとか人の受け入れる心地よさとかで。だから、答えるならば、そのどちらかだけでもなく、どちらでもあるという感じで。神秘的だと思いますよ。
(松浦弥太郎)あの、アメリカなんかだとね、ある日突然、「なにこれ?」っていうものが現れる。音楽であったり、人物であったりっていう。そういうのってあるじゃないですか。
(桐島かれん)なんか自然に……たぶんラジオ文化がアメリカの方が強い。車文化でもあるから、ラジオをいつも、みんなかけて聞いていて。
(松尾潔)日本でも、ですから名古屋エリア、東海エリアっていうのはダンスミュージックが強いなんて言いますよね。車社会だからっていう風に。北海道ですとか。
(桐島かれん)そうですか。だからポンと、どこかからか新人が生まれるみたいなのは、まだまだアメリカの方は……。
(松尾潔)中毒性の高いビートとかっていうのは、やっぱりラジオから出てくることが多いですよね。
(松浦弥太郎)それで、いまの時代ですからいろんな方法で広がるじゃないですか。「なんだこれ?」っていうのがウワーッ!って広がっていくでしょう? だからそこはね、音楽の楽しみのひとつでもあるっていうか。
(松尾潔)そうですね。途中から手に負えないモンスターになっていくのを見て楽しむっていうのはありますよね。
(松浦弥太郎)で、そのアーティストがまた成長していくじゃないですか。そこを見ていくのも、我々としては本当にうれしさであったり、楽しみであったりとか。
(松尾潔)それで言いますとね、そのいちばん新しい形がこれからご紹介したいんですけども。ルイス・フォンシ&ダディー・ヤンキーっていうプエルトリコの2人組で。
(桐島かれん)名前がすごいですね。覚えられない(笑)。
(松尾潔)「ダディー・ヤンキー」っていう人なんですけど、プエルトリコの人なんですけどね。
(桐島かれん)プエルトリコの。
(松尾潔)で、このルイス・フォンシっていうシンガーとダディー・ヤンキーっていうラッパー……まあ、わかりやすく言うとそうなんですけど。2人とも耳馴染みのよいメロディーを歌いますが。この人たちの『Despacito』という曲がまあ、YouTubeで50億回以上。
(松浦弥太郎)ええっ、50億?
(松尾潔)史上もっとも聞かれた曲になっているんですが。
(桐島かれん)これは、ラテン系の曲なんですか?
(松尾潔)はい。プエルトリコの人たちなんで最初から最後までスペイン語で歌っているという意味でも、かつてのフリオ・イグレシアスであるとか、リッキー・マーティンであるとか。もっと言うと、ロス・ロゴスが大ヒットさせた『La Bamba』以来のスペイン語ヒットになるんじゃないかっていう。
(桐島かれん)もちろんノミネートされたんですか?
(松尾潔)ノミネートされて。まあ、賞の部分ではブルーノには勝てなかったんですが。ただ、今回のグラミー賞の司会をジェームズ・コーデンというイギリスのコメディアンがやったんですが。彼らがパフォーマンスした後に、「この曲、はじめて聞いたけどこれ、ヒットしそうだな」って言って、みんながガハハッ!って笑うぐらい。「これ、ラジオでかけたらヒットするんじゃないの?」って、それぐらいもう……『およげたいやきくん』のことを「これ、はじめて聞いたけどヒットしそうだね」って言うようなもんですね。日本で言えば。
(松浦弥太郎)じゃあ本当に急にファッと出てきて、みんなの日持ちをヒュッと集めた……。
(桐島かれん)ええっ、ぜひ聞きたい!
(松尾潔)たとえはよくないけど、インフルエンザみたいな形で去年、大ヒットした。
(桐島かれん)じゃあ、ぜひ曲紹介をお願いします。
(松尾潔)知っていると自慢できるかなと思いますね。今日、ご紹介するのはこの人もいま世界屈指の人気者、ジャスティン・ビーバーをフィーチャーしたリミックスバージョンで。その部分は英語が入っているんですが。まあ、もとの作りは変わりません。ルイス・フォンシ&ダディー・ヤンキー feat. ジャスティン・ビーバーで『Despacito』。
Luis Fonsi, Daddy Yankee『Despacito Remix ft. Justin Bieber』
(松浦弥太郎)これもね、先ほどの話にあったようにある種懐かしくて新しいっていう感じはありますよね。
(桐島かれん)そう、ですかね。
(松尾潔)そうですね。こういうのを聞きますと、曲によっては昔、こういうのをフリオ・イグレシアスが歌っていたな、みたいな。まあ、フリオ・イグレシアスの息子でエンリケ・イグレシアスっていう人がいますけど。エンリケがこういう曲をよく歌っていますよ。
(桐島かれん)うんうん。そうですよね。
(松尾潔)僕もはじめ、「あれ? これ、エンリケの声じゃなくて、誰だっけ?」って。エンリケっぽいなと思って。彼はここ10数年、コンスタントにヒットを放ってきているんで、そもそもこういうのがヒットする下地作りはイグレシアスファミリーがやったとも言えなくもないんですけども。
(松浦弥太郎)でもこれ、世界中の人がYouTubeを見るわけじゃないですか。50億回も。
(桐島かれん)50億回ってすごいですよね!
(松浦弥太郎)それだけでも、ものすごいビジネスなんですね。
(松尾潔)そうなんですよ。もうパッケージで買ってくれなくても。もっと言うと、別に配信で買ってくれなくても、YouTubeで50億回以上見てくれればそれだけで……。
(桐島かれん)それはちゃんとアーティストにも?
(松尾潔)還元されます。
(桐島かれん)還元されるんですね。じゃあ、CDを買ってくれなくても、もうやっていけるようになった。
(松尾潔)そうなんです。そして、それだけヒットしたものを歌う人のライブには人が集まりますからね。
(桐島かれん)そうですね。なるほど。
(松浦弥太郎)だからもう、本当にある種音楽業界というかビジネスの仕組みも、これからどんどんどんどん新しくなって。やっぱりアーティストが作品をどういう風に広めていくのか?っていうのはまだまだ新しい方法があるんでしょうね。
(松尾潔)かつては「新譜を売るためのツアー」っていうような図式があったんですけども。いまは曲自体で利益が発生しなくても、ライブで収益をあげるという、その計算式がちょっと変わったんですよね。わかりやすく言うと、逆転したんです。
(松浦弥太郎)とはいえ、グラミー賞が60年。そのはじめた頃というのは、昔ながらの音楽業界のビジネスの始まりからこれ、生まれているわけですけど。それでもまだ、60年後でもグラミー賞があるっていうのも、またそれも面白いところですよね。
(松尾潔)それを絶やさないようにするための努力はやっぱり、頭が下がりますね。
(松浦弥太郎)今回、グラミー賞をご覧になって、今後音楽業界はどんな風に動いていくのかってなにか感じることはありました?
(松尾潔)僕は音楽というものが……仮に音楽産業が衰退しても、音楽自体はなくなることはないという風に、そこは楽観的に考えているんですが。音楽産業もこれだけ歴史があると、やっぱりしたたかに、「過去にこそ新しい鉱脈がある」っていうところに気づき始めたように思いますね。
(桐島かれん)「過去にこそ」っていうのは?
(松尾潔)つまり、過去にヒットしたものっていうのはすでに聞く人々、踊る人々に快感をもたらすというのは実証されているものですよね。そういう意味では、これから出すものほど大化けしないかもしれないが、これから出すものよりもより確実なものが埋まっているとも言えるわけで。
(桐島かれん)それはリメイクとかオマージュ的な曲だったり?
(松尾潔)そうですね。よく言われている、いわゆるアーカイブスっていうことで。それは絵画の世界なんかでも、たとえば、もちろん新作の美術家っていうのは常にどの時代も必要ですが、過去の作品の価値を高めていくという作業が産業として必要になりますし。もちろん、絵画修復師なんていう仕事もあるわけですから。そういったことがいま、たとえばヒップホップがなにか昔のものをサンプリングして新しい価値付けをして世の中に出していくとか。そういったことでこの音楽というのは産業としても終わらないし、まだ明るい未来というのもあるのかなって、ちょっと前向きな気分になって。
(桐島かれん)長い歴史と財産があるっていうことですね。
(松浦弥太郎)ファッションとある種、似ているところがありますよね。○年代風、みたいなのをやりながら、でもそこにかならず新しいクリエイションがあって。それが私たちに喜びを与えてくれるっていうことに、いいサイクルになってきているという。
(桐島かれん)そうですよね。
(松尾潔)日本にいますとね、音楽業界で「なかなかヒットが出ないね」なんて、ちょっと暗い気持ちになったりすることっていうのもあるんですが。やっぱりこういうところに行きますと、これを1年後じゃなくても明日から、自分が作っている音楽に還元したいなっていう、そういう知恵とヒントをもらうような気持ちになりますね。
(桐島かれん)ちなみにいつもグラミー賞に出席される時は、タキシード? ドレスコードは?
(松尾潔)もちろんでございます。
(桐島かれん)ああ、いつもそれをお持ちになって?
(松尾潔)はい。タキシードですね。
マディソンスクエアガーデンにて、ナオ・ヨシオカちゃんとバッタリ!ぼくたち日本のプロデューサーはあなたがノミネートされる日を待ってますよ。#NaoYoshioka #グラミー賞 pic.twitter.com/Q9eiVEmwOa
— 松尾潔 (@kiyoshimatsuo) 2018年1月29日
(松浦弥太郎)どうですか? ああいう、まあ日本にいると、なかなかそういうドレスアップして行くような……特に男性は場所はないですけど。ああいう、それもまたひとつの欧米の独特なカルチャーだったりするわけじゃないですか。なにか、感じるところはあります?
(松尾潔)僕はいいものだと思います。もともと日本にもハレとケという住み分けはあったんでしょうけど。もちろん、僕も日本のレコード大賞をはじめとする、そういうところに足を運ぶこともありますが。それ以上にやっぱり、ストリクトなドレスコードがあることで得られる高揚感っていうのをね。
(桐島かれん)そうですよね。で、あれだけのセレブも集まり。60回目のグラミー賞。だから音楽業界をみんなでがんばって守っていこう!っていう気持ちですよね。
(松尾潔)おっしゃる通りですよ。自分たちのやっていることの価値を高めようということのひとつとして、ドレスアップっていいなと。
(桐島かれん)その努力はやはり、惜しまずにやっているということですよね。
(松尾潔)やっぱり、ねえ。着るもので気持ちとか所作も変わりますもんね。って、かれんさんに言っている俺はなんだろう?ってちょっと思っていますけどね。もう釈迦に説法もいいところですけども(笑)。
(桐島・松浦)アハハハハッ!
(桐島かれん)さて、最後の曲となるんですが、もう1曲、聞きたいんですよね。
(松浦弥太郎)そうですね。松尾さんのセレクトで。
(松尾潔)はい。グラミー賞というよりも、アメリカの音楽業界でこれは文句なしに、自分との関わり云々じゃなくて、この曲をいろんな人に広めたいなという曲が1年に何回かあるんですが。その最たるものですね。ロジックというラッパーがいるんですが、この人がアメリカに少なくない人が存在すると言われる自殺予備軍。その人たちに、その自分の命を捨てることを思いとどまらせるように、という気持ちで作った『1-800-273-8255』という……。
(桐島かれん)ん? なんか電話番号みたいですね。
(松尾潔)はい。いわゆるフリーダイヤルの電話番号ですが。これはアメリカの自殺予防センターの番号ですね。その曲……今回の授賞式のパフォーマンスの中でも、僕は個人的にはいちばん印象に残りました。なぜなら、そこにこの電話番号であるとか、もしくは背中に「You are not alone」っていうメッセージが書かれたTシャツなんかで、いろんな人たちが登場したんですが、みなさん自殺を思いとどまった人たちだったんですね。
(桐島かれん)ステージのために集まったんですね。
(松尾潔)それこそ、生き証人としてステージに、みんな勇気を出して出てくれたんですが。このロジックというラッパー自体もみなさん、もしかしたら耳馴染みがないかもしれませんが、そこに助演という形でアレッシア・カーラとカリードという2人の、女性シンガーと男性シンガーがフィーチャーされているんですが。実はこの2人とも、新人賞争いで残っていた人で。このアレッシア・カーラという人は新人賞を取りました。ですから、そういう意味でも話題の組み合わせの曲です。じゃあ、聞いていただきます。ロジック feat. アレッシア・カーラ&カリードで『1-800-273-8255』。
Logic『1-800-273-8255 (LIVE From The 60th GRAMMYs) ft. Alessia Cara, Khalid』
(桐島かれん)ロジック feat. アレッシア・カーラ&カリード。これはその自殺予防を訴える、内容、歌詞もそういう曲なんですか?
(松尾潔)そうなんですよね。だから曲の前半では「ああ、死にてえ。死にてえ……」みたいな。で、最後になって本音が発露するというか、「死にたくない」って。まあ、「生きろ!」っていう曲なんですね。
(桐島かれん)若い子たちにはすごく強いメッセージに感じられるような気がしますね。
(松尾潔)1970年代の終わりにヒップホップが世に出てきた時……シュガーヒル・ギャングっていう人たちが最初のヒットを出した時、40年ぐらいたってラップがこんな表現領域まで行くとは思ってなかったんじゃないかと思いますね。
(桐島かれん)そうですよね!
(松浦弥太郎)やっぱり最初は魂の叫びみたいなところからスタートして、いままたこうやって若い人たちを救っているというかね。アメリカっていう国自体を救うような曲じゃないですか。
(松尾潔)本当、そうですよね。まあ、その世界の中でもキングと言われているジェイ・Zが今回、一部門も残念ながら取ることはできなかったんですけども。それでも、ずっと最前列に座って存在感を発揮して。で、このグラミー賞の時期と同じくしてジェイ・Zがトランプをディスって。で、トランプがまた名指しでジェイ・Zをディスするというような、もういまそのぐらいの社会的な影響力を持つジャンルになったんですね。ヒップホップというのがね。
(松浦弥太郎)同じステージに立っているというね。
(松尾潔)面白いことですね。音楽はそこまでの影響力を持ちうるというアメリカという国の底力。まあ、文化を愛でる国家としてのアメリカの底力みたいなのを感じましたね。
(桐島かれん)はい。もっともっとお話を聞きたいんですが、松尾さん。ここで音楽じゃなくて、音楽以外で新しいことを始めたってお聞きしたんですけども。最後にその話をしてください(笑)。
(松尾潔)口はばったいんですけど……私、お聞きいただいておわかりでしょうけど、やっぱり音楽のその向こうにある物語というのが好きで。物語好きが高じていま、小説を書き始めたりしております(笑)。
(桐島かれん)すごいですね!
(松浦弥太郎)読ませていただいたんですけど、素晴らしいですよ。
(松尾潔)本当ですか?(笑)。お手柔らかにお願いします。
(松浦弥太郎)やっぱり状況描写が、ある種特殊。
(桐島かれん)あ、そうですか。特殊?
(松浦弥太郎)僕も文章を書きますけど、やっぱり違うんですよ。
(桐島かれん)なにが違う感じがするんですか?
(松浦弥太郎)やっぱり描写の角度が違うんですよ。それはね、これから……いや、松尾さん、やっぱりとうとう小説を書いて、小説というひとつの、小説と言っていいのかわからないですけど、新しい表現を始めたんだなって。
(桐島かれん)作詞はね、されていたけれども。きっと全然違うものですよね?
(松尾潔)違いますね。作詞と違って、一晩徹夜しただけじゃ書き上がりませんね、小説はね(笑)。
(桐島かれん)アハハハハッ! あと、最後に松尾さん、今後のご予定もなにかありましたら。
(松尾潔)はい。本業の音楽の方ではJUJUさんという女性アーティストがいますが、彼女が今月下旬にリリースするアルバムの中で新曲をプロデュースしております。
(松尾潔)あとは10数年前に僕がオーディションで見つけてデビューさせたCHEMISTRYというデュオがいまして。10何年、僕は離れていたんですが。で、彼らも2人、離れていたんですが、去年2人がリユニオンというか再始動しまして。その再始動して以降のプロデュースを、僕も10数年ぶりに手がけて。今年のうちにアルバムを出せると思いますので。
(松浦弥太郎)楽しみですね。
(桐島かれん)楽しみですね。あと、NHKでラジオの番組もやってらっしゃいますよね。
(松尾潔)はい。毎週月曜日、夜11時から1時間番組で『松尾潔のメロウな夜』というのをNHK FMでやらせていただいております。実は弥太郎さんにも二度ほど番組にゲストでお越しいただきました。
https://miyearnzzlabo.com/archives/37638
(松浦弥太郎)はい(笑)。
(桐島かれん)さて、そろそろエンディングの時間で。今回はグラミーの話、そして奥深い音楽の話、いろいろとありがとうございました。
(松尾潔)こちらこそ。
(桐島かれん)ゲストは松尾潔さんでした。ありがとうございました。
(松浦弥太郎)ありがとうございました。
(松尾潔)ありがとうございました。
<書き起こしおわり>
https://miyearnzzlabo.com/archives/47227