松尾潔と松浦弥太郎 女性シンガーを語り合う

松尾潔と松浦弥太郎 女性シンガーを語り合う 松尾潔のメロウな夜

松浦弥太郎さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』にゲスト出演。松尾潔さんと、松浦さんが選曲した女性シンガーの楽曲を聞きながら、音楽談義をしていました。

(松尾潔)2017年はじめての『松尾潔のメロウな夜』、今夜はゲストに松浦弥太郎さんをお迎えしております。こんばんは。

(松浦弥太郎)こんばんは。

(松尾潔)弥太郎さんは昨年5月に一度番組にお越しいただきまして、大変リスナーからもご好評をいただきまして。アンコールにお応えしての再登場ということで、お越しいただきました。本当、よろしくお願いします。

松尾潔と松浦弥太郎 メロウな音楽対談
松浦弥太郎さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』にゲスト出演。松浦さんがお気に入りの曲を5曲選曲し、松尾潔さんとメロウな音楽対談を繰り広げていました。 (松尾潔)さて、5月2回目の『松尾潔 メロウな夜』。今日は僕、楽しみにしていました。ゲ...

(松浦弥太郎)よろしくお願いします。

(松尾潔)説明不要かと思いますけども、松浦弥太郎さん、いろんな顔を持ってらっしゃいますが。まあ、「エッセイスト」という呼び方がいちばん馴染みがよいというか、長いでしょうかね。

(松浦弥太郎)はい。

(松尾潔)あとは、サイトを運営されたりもしていますし、何よりもね、『暮しの手帖』の編集長時代のお仕事が……昨年また、テレビドラマの影響もあっていろいろとクローズアップもされましたよね(笑)。

(松浦弥太郎)(笑)

(松尾潔)そういう意味では、2016年は大変にお忙しかったと思うんですけど。その、さっきもちらりと話しましたが、サイトの運営というのを今年、2017年になってちょっと運営の仕方を新しいところに移行されたという風にお聞きしていますが。

(松浦弥太郎)そうですね。僕は2015年の4月にクックパッドという料理検索サイトの会社に入りまして。

(松尾潔)最大手ですね。

(松浦弥太郎)そこで、新しくWEBメディアを立ち上げました。それが『くらしのきほん』という……

(松尾潔)私もちょっと心に寂しさが芽生えた時なんかにそちらにアクセスして、弥太郎さんの声を聞くことで、「俺は1人じゃない」って思ったりしています(笑)。

くらしのきほん

メンテナンスを実施しています - くらしのきほん | あなたのくらしはもっと楽しくなる

(松浦弥太郎)そうですね。朝、昼、晩、僕が小さなエッセイを書いて。それも、音声も録音しているので、ユーザーの人はそれが聞けたりとか。まあ、生活に役立つ料理とか家事、そういった全般のことの知恵とか工夫を楽しめるメディアなんですけど。それをずーっと続けていまして、自分なりに、まあもともと僕は雑誌・出版の世界にいて。そこでできることはなんでもやってきたんですけど、逆にそれでできなかったこと。そこで表現できなかったことをWEBメディアで形にしたいなというのが僕のひとつの取り組みだったんです。ですから、出版との違いというのは日々改善して、日々自分でなにか発明したものがすぐに形にしてユーザーに届けられるっていうのがWEBメディアの楽しさで。そういう日々をずっと過ごしてきていて。それで、クックパッドという会社がね、経営方針が新しく刷新されるというのがちょうど去年の暮れのタイミングだったので……

(松尾潔)結構なニュースになっていましたね。

(松浦弥太郎)そうですね。会社というのは常にそうやって変化していくものなので、まあ成長のある一歩だと僕は思うんですけども。そのタイミングに合わせて、自分のステップアップというか、チャレンジしたいということでクックパッドを卒業して、いまは自分で『くらしのきほん』を運営している立場になっています。

(松尾潔)ただ、『くらしのきほん』ね、前から愛読している立場からすると、そういうった、あえて言いますけども大元のところのお家騒動みたいなものが、『くらしのきほん』を見てるだけだと全く察することもできないぐらい整然と淡々と毎日進んでいくじゃないですか。

(松浦弥太郎)はい。

(松尾潔)ここがね、僕は結構しびれていまして(笑)。

(松浦弥太郎)(笑)

(松尾潔)その裏にいろんなストラグルとかもお有りだろうと思うんですけども。まあ今日はそんな話……その中で見つける喜びとか、また弥太郎さんは音楽を聞く人ですし、奏でる人ですし、走る人でもあるので。いろんな話をおうかがいしたいと思います。今日はね、女性シンガーというくくりで。選曲センスにも大変定評のある弥太郎さんに厳選していただいた曲を……

(松浦弥太郎)いやいやいや、お恥ずかしいですよ。

(松尾潔)今日はご紹介したいんですが。まずは最初に、これは聞いていただきましょうかね。ちょっと。

(松浦弥太郎)そうですね。これは先に聞いていただいた方がいいんじゃないですか。

(松尾潔)はい。まずは1曲目。松浦弥太郎さんのセレクション。ビヨンセで『Halo』。

Beyonce『Halo』

(松尾潔)松浦弥太郎さんをお迎えしてお届けしています。今年はじめての『松尾潔のメロウな夜』。まずお届けいたしましたのはビヨンセで『Halo』でございました。2008年。早いですね。もう9年前のアルバム『I Am… Sasha Fierce』に収められておりますが。何故にこのド派手な曲を?(笑)。

(松浦弥太郎)ド派手かな?

(松尾潔)まあ、ちょっとこれは「後光がさす」みたいな、そういう意味合いの曲ですし。スピリチュアルな曲でもありますね。

(松浦弥太郎)そう。この『Halo』っていうのはいわゆる「こんにちは(Hello)」ではなくて、後光とかね、人間が持っている輝きみたいな意味合いの歌じゃないですか。で、僕はビヨンセがすっごい好きなんですよ。

(松尾潔)それ自体が結構、「えっ?」って意外でしたけども(笑)。

(松浦弥太郎)僕はね、この人の……まあ松尾さんに僕が問いても本当におかしな話なんですけど。

(松尾潔)気になさらずに言ってください(笑)。

(松浦弥太郎)僕ね、女性ボーカルでビヨンセ以上の人はいないんじゃないかな?って。そのぐらい、僕の心には何を歌っても刺さるし。で、この『Halo』っていうのが特に自分が……これは2008年にリリースされた時、僕は『暮しの手帖』時代なんですよ。で、ある時すごい辛い時期っていうのは誰しもあると思うんですけど。その時にね、何度聞いたかわからない。

(松尾潔)へー!

(松浦弥太郎)この曲を。なんか励まされる。

(松尾潔)これ、ビヨンセもアーティスト冥利に尽きるお話ですよね。まさにそうやって、「自分自身の持っている力を信じなさい」って、そういう曲ですもんね。

(松浦弥太郎)そう。それで、これはすごく有名だけど、病院にビヨンセが励ましに行くドキュメンタリーみたいなので、その病院でこの『Halo』を歌うシーンがあるんですけども。ほとんどアカペラでね。もうそれもね、素晴らしくて。それを見るたびにね、涙が流れるの。

(松尾潔)はー。それは……もちろん、僕もこの曲は素晴らしいと思いますけども。いまの弥太郎さんのお話を聞いていると、そこまで体感を伴ってこの曲に入り込めるということは本当に素晴らしいことだなと思うし……

(松浦弥太郎)音楽とかね、人が歌う声、それから曲みたいなものがやっぱり人を救うんだなって実感した経験が。

(松尾潔)もともとね、この曲をお聞きになる時に「救われたい」と思って聞いたわけじゃなくて。

(松浦弥太郎)そうなんですよ。

(松尾潔)聞いて、でも聞き終えた時には救われた気持ちになっていると。これは置かれた状況がそうだったっていうこともあルンですか?

(松浦弥太郎)ありますよね。だからやっぱり普段、僕はこの2008年、2009年ごろっていうのはもう『暮しの手帖』の仕事をしていていちばん自分が悩んだりとか、いちばん辛かった時期なんですよ。要するに、まだ何も成果が出ていなかった時なんですね。まだ始めたばかりで。右も左もわからなくて。で、誰にも信用されていない状況でスタートした時に、やっぱりその、ものすごい自分がいつも力んで、肩に力を入れて。リラックスしている状態って本当に少なかったんだけど……

(松尾潔)周囲からの評価っていうのは割と気になるタイプですか?

(松浦弥太郎)なりますね。というのが、やっぱり『暮しの手帖』っていうのは『暮しの手帖』っていう雑誌を売って、それ以外の利益がないんで。

(松尾潔)これ、具体的な到達目標があったわけですよね。「こういう数字にしたい」っていう。

(松浦弥太郎)そうです。そうしないと、もう本当にある種継続ができないっていう、そのぐらい切迫していた状態だったので。だから、なんとか自分が苦しい状況を打破しなきゃいけないというプレッシャーもありましたし。それからそういう中で、すごく力がいつも入っていた状態だったんですよ。でもやっぱり、僕はこの曲、ビヨンセの『Halo』を聞いた時に、なにかフッと自分の力が抜けて、なんか、なんて言うんでしょうね? 「絶対に大丈夫だ!」っていう気持ちになれたんです。

(松尾潔)この曲の持つ、もう本当に文字通りのゴスペル的な効果っていうことなんでしょうね。救済の曲になっていたということなんだな。

(松浦弥太郎)そうなんですよ。だから、そのビヨンセのイメージは置いておいて、やっぱり彼女の声。それからその声にこもる心とか、もちろんこの『Halo』というリリックもそうですけども。うん。まあ、こうやって僕が歌に救われることがあるんだなっていうすごい貴重な経験をした1曲でしたね。

(松尾潔)で、いまでもお聞きになると?

(松浦弥太郎)いまでもね、聞くと不思議なもので当時のことを思い出すんですよ。で、やっぱり少ししんみりするんだけど、でもそれを乗り越えてきた自分がいまいるので。それがまた自信となってね。だから、なんでしょう? 自分1人でがんばっているつもりが、こういう本当に助けてもらおうと思って聞いたわけではないんだけど、ふと出会った曲でなんか自分を守ってもらえているみたいなね。

(松尾潔)なるほど。実際に守っているんだと思いますね。

(松浦弥太郎)そうですね。

(松尾潔)僕も経験がありますけど、ちょっと時間を置いて思い出すと、その時の辛い時期。その辛さゆえに、まあそれが貯金となって、甘やかさという利子がついて、感傷になって戻ってきますよね(笑)。

(松浦弥太郎)うん、本当にそうなんですよ。

(松尾潔)これがけど、歳を積み重ねることの楽しさなのかな?って自分に言い聞かせたりもするんですが。

(松浦弥太郎)もう絶対、僕はこのビヨンセの『Halo』と出会ったこととか、それを聞いて自分が味わったことっていうのを忘れたくない。ずーっとこのまま自分で持っていたいなっていう気持ちがありますよね。

(松尾潔)その話を聞くと、自分は音楽を作る仕事をやっている端くれとしては、すごい背中を押されるような気分ですね。

(松浦弥太郎)(笑)

(松尾潔)じゃあね、もう1人黒人女性ボーカルを選んでいただいてますので、それを聞いてまたお話の続きを聞かせてください。ご紹介したいと思います。ロバータ・フラックで『I’m The One』。

Roberta Flack『I’m The One』

(松尾潔)松浦弥太郎さんセレクション2曲目、お届けしまいたのはロバータ・フラックで『I’m The One』。1982年にリリースされた同名アルバムのタイトルトラックですね。実はね、このアルバムは僕はもう、個人的には大変な思い入れがありまして。

(松浦弥太郎)はい。これ、82年のロバータ・フラックとしてはある種、最近というかね。全盛期というのは70年代とか。ダニー・ハサウェイとかと一緒にやっていた頃っていうのがいちばんじゃないですか。

(松尾潔)ニュー・ソウルって言われていた時期ですね。

(松浦弥太郎)で、このアルバムっていうのは80年代に出た、いわゆる80年代風なアルバムなんですね。大好きですけ土。

(松尾潔)ちょっと揶揄するようなサウンドで言うと、「ブラコン」って言われていたような、ちょっとロバータ・フラックのいろんなキャリアの中ではさほど目立ったものではないのですが……弥太郎さん、これを選ばれたのも意外ですし。単純にこれ、僕、個人的なことをお話させてもらうと、いろんなところで「執筆を手がけたライナーノーツ300枚以上」みたいなことをよく言うんですけど、その最初の1枚がこれなんですよ(笑)。

(松浦弥太郎)本当ですか!?

(松尾潔)本当です。しかもこれ、89年にはじめてCD化された時に、もともと82年にオリジナルが出たものにちょっと付け加えて。まあ、ここにありますけど、言うならばライナーノーツでも裏面にちょっとちっちゃく……昔のドーナツ盤の言い方だと、B面にちょっと書かせてもらったっていう。これが僕のライターデビューのような形なんですが。

(松浦弥太郎)これ、そうです。82年ですと、もう本当に……じゃあ、学生の頃じゃないですか?

(松尾潔)これが出た時は僕、中学生ぐらいです。で、好きで持っていて。で、大学生になって書いたんですよね。

(松浦弥太郎)大学生の頃に松尾さんが書いた、ライナーノーツのいちばん最初のやつだ。

(松尾潔)そうです。ここでは言いませんけど、原稿用紙1枚いくらだったかも、言えます(笑)。覚えてます。

(松浦弥太郎)(笑)。いや、もうそれを僕が今日選んで持ってきているっていうのが、この偶然っていうか、僕と松尾さんの……まあ、これはきっと一生続いて行くんだろうなっていう、素敵な縁を感じますけどね。

(松尾潔)(笑)。実は、ビヨンセがお好きだっていうことをこの番組以外のどこでも弥太郎さんはお話されてないし、同じようにこのロバータ・フラックが1枚目っていうことを僕、そんなに強調してきたことじゃないので(笑)。やっぱりこの松・松コンビのね、引きの強さって(笑)。

(松浦弥太郎)いやー、でもこの『I’m The One』っていうね、非常にメロディーが僕、大好きだし。まあブラコンって言うけど、いわゆるフリーソウルなね、すごい聞いていて気持ちがいい曲で。

(松尾潔)そうですね。ええ。

(松浦弥太郎)これもね、僕は本当に自分の普段聞く音楽のリストの中にはかならず入っている。

(松尾潔)へー。まあ、35年前ですからね。ざっと。ずっと定番でい続けているという感じですか?

(松浦弥太郎)そうです。

(松尾潔)弥太郎さんって毎日走ってらっしゃることでも知られていますけども。走る時に音楽をお聞きになるタイプですか?

(松浦弥太郎)聞く時と聞かない時がまあ両方ですね。気分的な時です。で、やっぱり毎日でもないんですけど、1日おきなんですけども。走るってなかなか大変で。

(松尾潔)あ、1日おきに走ってらっしゃる?

(松浦弥太郎)だいたい1日おきぐらいなんですよ。でもね、すごく大変なんですよ。夏は暑いし、冬は寒いんで。で、やっぱりしんどい時っていうのはさっきの話じゃないけど、音楽を聞きながら走るっていう。そういう風に音楽を役立てているんで。音楽を聞く時は、自分がね、今日はなんか元気がなかったり、疲れていたりする時は音楽にそれこそ助けてもらって走っている。その時に聞きますよ。ロバータ・フラックとか。

(松尾潔)あれなんですね。いま聞いていて面白いなと思ったのは、元気になりたい時に聞く音楽は、かならずしもいわゆるアゲアゲのものではなくて、こういうメロウなものだったりもするということなんですね?

(松浦弥太郎)そうです。

(松尾潔)そこも僕と一緒です(笑)。

(松浦弥太郎)(笑)。だから、これはね、不思議なもので。松尾さんも本が好きだし、僕も本が好きじゃない。で、やっぱり自分がものすごい元気な時ってなにもいらないんですよ。

(松尾潔)うん。満たされていると、そうですよね。

(松浦弥太郎)で、やっぱり迷っていたり、なにか辛いことがあったりとか、くたびれた時に本が必要だったり、音楽が必要だったり。時には映画が必要だったり、誰か友達が必要だったりっていう感じじゃないですか。だからそういう時に、自分の身の回りになにがあって、自分がなにを選ぶか?っていうところ。で、こうして日々生きているとね、こういう風に「ロバータ・フラックの『I’m The One』を聞こう」とか、ひとつのちっちゃな薬みたいな感じですよね。「この時は、これだな」みたいな。

(松尾潔)「薬」っていう言い方はたしかにそう。常備薬っていう感じなんですよね。

(松浦弥太郎)常備薬っていうかね、自分のカバンのポケットに入れてあるちょっとした常備薬っぽい感じで。これを聞けば励みになるというか。

(松尾潔)なるほどね。常備薬だからこそ、耳に優しくて。成分の半分以上おまじないみたいなところはあるかもしませんね(笑)。

(松浦弥太郎)そう。優しいのがいいんですよ。優しいのが。語りかけてくれるようなものとか。まあ、歌だったりメロディーだったりとか。でもこれは、僕もあまり詳しくはないんですけど。とは言っても。演奏が素晴らしいですよね。

(松尾潔)そうですね。これ、作者でもあるラルフ・マクドナルドというパーカッション奏者がいますけども。彼の率いる、本当にニューヨークの当時の一線級のミュージシャンたちがね。まあ、ロバータ・フラックとラルフ・マクドナルドの関係というのもさかのぼっていくと、『Where is the Love』とか、あのあたりまで行っちゃうんで。本当にアメリカの70年代から80年代にかけてのもっとも良質な音楽を作った人たちでもある。歴史的に証明されていることでもあるんですが。そんな人たちの作品でも、いわゆるメガヒットになったものとそうでないものがある中で、『I’m The One』って……繰り返すようですけど。なんでこんなことを話すか?っていうと、「僕のライターとしてのデビューって本当に地味だったよな」っていっつもこのアルバムを聞きながら思い出すんですけど(笑)。

(松浦弥太郎)(笑)

(松尾潔)それがちょっと今日、アップグレードされような気分でうれしいですね(笑)。

(松浦弥太郎)いや、でもいまこそね、このロバータ・フラックの『I’m The One』。このアルバムをもう一度最初からやっぱり全曲聞いてみるというのは素晴らしい体験だと思いますよ。

(松尾潔)うん、なるほどね。いまね、弥太郎さん。僕も年齢で言うと50才近辺ですが、この年齢で聞くと、本当に滋味深さってわかりますよね。

(松浦弥太郎)そうですよね。

(松尾潔)私、21才の時にこの魅力を文章で書くの、大変なことでした(笑)。

(松浦弥太郎)そりゃそうですよね(笑)。

(松尾潔)いま、ちょっと読み直してみたら、ポエムみたいなこと書いてます(笑)。「ポエムで逃げた」っていう言い方も変ですけども。いやー、ちょっとね、甘酸っぱい気持ちにもなりながら……

(松浦弥太郎)ぜひ、リスナーのみなさんはこのロバータ・フラックの『I’m The One』をどんなもんだろう? と思って聞いていただけるとうれしいですね。

(松尾潔)はい(笑)。さて、続いてなんですが、黒人女性ボーカルが2曲続けて聞いてきましたんで、続いては白人女性シンガーソングライターを紹介したいと思います。ローラ・アランという人なんですけども。僕もね、彼女のアルバムはこのタイミングで弥太郎さんから名前が挙がったんでCDを買い求めて。もしかしたら、アルバムをきちんと聞いたのは今回がはじめてかもしれませんね。

(松浦弥太郎)どうでしたかね?

(松尾潔)あのね、いまの僕のこの年齢で聞くと、フォーキーなソウルとして楽しめますね。

(松浦弥太郎)いいですよね。本当に、フォーキーなソウルってありそうでないじゃないですか。

(松尾潔)そうですね。いちばん作るのが難しいかもしれない、とも思います。

(松浦弥太郎)そう。で、僕はこのローラ・アランっていう、まあこのデビューアルバムなんですよね。ファーストアルバムでその彼女が楽器を……ダルシマーっていう弦を木琴のように叩いて。一見ギターのように聞えるんだけど。

(松尾潔)ダルシマーを彼女がプレイしていると聞いて、ネットでちゃんと動画、演奏しているシーンとかを検索しました。

(松浦弥太郎)でね、このダルシマーという弦楽器というのかな?

(松尾潔)非常に特徴的なね。

(松浦弥太郎)特徴的な楽器。この演奏が素晴らしい。耳に心地いいし、ソウルフルという部分でも、ソウルフルでありメロウであり。

(松尾潔)そうですね。まずメロウでもありますし。ジャンルとしてのソウルと、あと本当にスピリチュアルな意味でのソウルフルという曲でもありますね。じゃあ、聞いていただきましょう。ローラ・アランでデビューアルバム『Opening Up To You』。

Laura Allan『Opening Up To You』

(松尾潔)シンガーソングライター ローラ・アランが1978年にリリースしたファーストアルバム『Laura Allan』の中から『Opening Up To You』、お聞きいただきました。『Opening Up To You』って本当、「自分の気持を開いて」っていうことですね。

(松浦弥太郎)まあ、「元気になろう」っていう曲なんですけど。いやー、もう至福ですよ(笑)。

(松尾潔)(笑)。あの、弥太郎さんからこれをメールで事前に選曲いただいた時に、ちょっと弥太郎さんが控えめに、「もし、できるのであれば……」的なニュアンスで選ばれたんですけど。でも、これは僕がこの番組のリスナーも喜んでというか、親しみをもって聞けるんじゃないかなって。

(松浦弥太郎)まあ、フリーソウルとしてもね、その名曲ですよね。この『Opening Up To You』っていうのは。

(松尾潔)で、前回にゲストでいらした時のね、テリー・キャリアーをおかけになりましたけども。彼に通じるような、もうギターを持って歌いたいことがある人がマイクに向かった時に、もう肌が黒いも白いもないなっていう感じもしますね。

(松浦弥太郎)いいですね。

(松尾潔)で、これローラ・アラン以外にもジュディ・シルの『Soldier of the Heart』とか、『メロウな夜』的にはなかなかチャレンジングな選曲をいくつかいただいたんですが(笑)。

(松浦弥太郎)地味に自分でプレゼンしてますからね(笑)。

(松尾潔)まあけど僕はね、こういうのを聞きながら、まあ弥太郎さんのご本なんかを読みますと、いろんなところでギターがお好きだっていうことをね、お書きになっているんで。

(松浦弥太郎)ギター、好きですね。

(松尾潔)まあ、そういった部分でも、「ああ、弥太郎さんらしいな」って思って聞いてましたね。

(松浦弥太郎)そう。まあ、去年の秋からこの冬にかけて、ちょっとそういう自分の抱えている仕事のプロジェクトが大きく変わることだったりとかしたんで。

(松尾潔)ちょっと大人っぽい言い方をすると、座組みが変わったわけですよね?

(松浦弥太郎)そうですね。で、やっぱりそういうのって、なかなか大変で。

(松尾潔)いや、大変でしょう。

(松浦弥太郎)日々、特にWEBメディアっていうのは言ってみれば24時間365日開いている店を自分でやっているようなことなんですよ。だから、いついかなる時でもお客さんがやってきた時に、その人たちに満足をしてもらったり、なにかちょっとうれしい気持ちを持ってもらったりとかいう風にしていくことを日々やっていかなきゃいけない。

(松尾潔)昔、コンビニエンスストアというものが日本に流行り始めた時に「あいててよかった」っていうキャッチフレーズがありましたけども。いま、「あいてて当然」じゃないですか。このネットの世界っていうのは。けど、それを運営する側って、24時間起きているわけじゃないわけで。ましてや、弥太郎さんみたいに個人色の非常にはっきりとされたサイトをされている場合、どうやって時間をマネジメントされているのかな?って。僕だけじゃなくて、いろんな人が興味があるところだと思うんですけど。

(松浦弥太郎)だからおそらく、WEBを利用してくれる人たちがどこまで感じてくれているかはわからないですけど、それこそ朝、昼、晩、寝ている時間はありますけども。でも、寝て起きて、また朝、昼、晩。淡々とその自分のWEBメディアに向き合って、いま自分が伝えたいことをリアルタイムに伝えているっていう。それももう、毎日ですよ。だから、でもそれだけやっているわけにはいかなくて、それを運営していくためにとか、それから自分が他にも表現したいことはたくさん。文章を書いたりとか、いろいろあるんですけども、その中でも、要するに自分がこうだからっていうよりも、いつもなにかを期待して……それこそ、僕がなんか元気がなくてこの曲を聞きたいなっていう気持ちと同じようにみんなが、WEBサイトに訪れてくれる人もいらっしゃるんで。そういう人たちに、いかに少しでもなにかうれしいこと、感動すること、なにか役に立つことを自分の24時間365日開いているお店で感じてもらえるか?っていうことにもう精一杯なんですよね。

(松尾潔)うーん。けど、僕も『くらしのきほん』もそうですし、いくつか定期的にというか、もう習慣のように見ているサイトってありますけど、たしかにそれを運営されている方……まあ、ネット業界でよく言う「中の人」っていうんでしょうか? そういう人とともに生きているっていう気持ちになりますよね。

(松浦弥太郎)そうです。だから、やっぱりこれは自然と感じると思うんですけど。人の気配というかね、その、松浦弥太郎なのか、もちろん松尾潔さんでもそうなんですけど、かならずそこに生身の人間がいるんだと。

(松尾潔)ですね。

(松浦弥太郎)っていうことって、伝わると思うんです。で、僕らがメディアをやっていて伝えなきゃいけないのは、紙の雑誌であろうと、WEBであろうと、たとえばラジオであろうと、いつもここに生身の自分がいて、あなたのために何かを話す。あなたに何かを伝えたいっていう気持ちをずーっと持ち続けるっていうことがひとつのね、本当の基本だと思いますね。

(松尾潔)「続ける」っていうところがね、耳に痛いです(笑)。

(松浦弥太郎)(笑)

(松尾潔)ネットの時代になって、定期的にアップしなければいけないものっていう……「しなきゃいけない」って思っている時点でもう僕ちょっと出鼻をくじかれているんですけども(笑)。もういま、不定期アップのものしかやっていないっていう感じなんで。

(松浦弥太郎)それはね、でも自然ですよ。

(松尾潔)Twitterをやっているんですけど、本当にね、もう気まぐれなんですよ。

(松浦弥太郎)『くらしのきほん』の中で不定期に連載しているものがありますよね。で、そのユーザーの人に伝えたいことは心の中にたっぷりあるんだけど、でもどうしても言語化できない時ってあるんですよ。で、それを無理に、ルールとして言語化して伝えるっていうのは逆に僕は不誠実だと思っているんで。

(松尾潔)なるほど。救われる思いがするな(笑)。

(松浦弥太郎)だから、まあリスナーとしては、いつこの連載が新しいのが更新されるんだろう?って。時間がたてば時間がたつほど、「松浦さん、苦しんでいるな」って(笑)。

(松尾潔)(笑)

(松浦弥太郎)「どういう言葉で新たに更新してくるんだろう?」っていうね。そこも期待してくれればいいです。で、僕はまあそこは自分が自分らしく、飾りなく正直に言葉を発信できたらいいなって思いますけどね。

(松尾潔)なるほど。説得力のあるお言葉だと思います。では、ローラ・アランに続きまして、ちょっとややこじつけなんですけども、日本のローラ・アラン? という形でご紹介したいのが、もう本当20年ぐらい前なんですが、僕が制作にかかわった具島直子さんという、「知る人ぞ知る」っていう言い方をすればいいのかな? シンガーソングライターです。1998年にリリースされた具島直子さん『Candy (KC melts“miss.G”Remix)』。

具島直子『Candy (KC melts“miss.G”Remix)』

(松尾潔)お届けしたのは具島直子さんで『Candy (KC melts“miss.G”Remix)』でした。さて、女性シンガーを次々にご紹介してまいりましたが、そこで最後に何をかけるか?っていう話になるんですが、ノラ・ジョーンズを今日、ピックアップいただきまして。実はノラ・ジョーンズは前回も……前回はロバート・グラスパーのフィーチャリングという形でしたけども。唯一、毎回出場。まあ、2回目の出場になったわけですけども(笑)。ノラ・ジョーンズを毎回かけてらっしゃっている。次、3回目に出ていただく時には「今回のノラ・ジョーンズは何ですか?」っていう風に聞いちゃうかもしれない。

(松浦弥太郎)まあ、今日は僕はそのいわゆるノラ・ジョーンズのファーストシングルですよね。これは彼女が2002年ですよね。2002年に、まだ23才の頃にリリースした『Don’t Know Why』っていう名曲ですけども。

(松尾潔)名曲ですね。

(松浦弥太郎)これはね、僕2002年頃っていうのはもうアメリカにはいなかったんですけども、結構まだニューヨークとかサンフランシスコに行く用事が多かったんですね。

(松尾潔)本の買い付け等。

(松浦弥太郎)そうです。取材も含めて。で、まだノラ・ジョーンズという名前を知らない頃に、いろんなところで「なんだろう、このいい曲は? この歌は?」って。ラジオとかお店とか……

(松尾潔)いわゆる「街鳴り」で。

(松浦弥太郎)そう。街鳴りで知ったんですよね。

(松尾潔)それ、幸せな出会い方ですよね。先入観なく出会えるっていうね。

(松浦弥太郎)「いいね、この曲」みたいな。それで友達とかに「この曲、いいね。この曲、誰? なんだろう?」って。みんな、「いや、知らない」っていう感じで。

(松尾潔)そのぐらいの頃に。

(松浦弥太郎)で、もうあっという間にバーッとこのファーストシングルが広まって、デビューアルバムが出て、で、「ああ、ノラ・ジョーンズっていうんだ。この曲なんだ」って言ってすぐにCDを買って、もう何度も聞きました。いちばん好きです。これ。

(松尾潔)はじめて聞いた時から、ちょっと懐かしい印象があるぐらいの。もうこの曲に魔法がありますし、この声はもう特別ですよね。

(松浦弥太郎)その、たとえばニューヨークの雑踏。人が歩く音、風の音、車のクラクション、そういう雑踏の中でこのノラ・ジョーンズの『Don’t Know Why』を耳にした自分の経験みたいなのはもう本当にキラキラしていますよ。素晴らしい。これは、あれですよね。本人の曲じゃなくて、ジェシー・ハリスの曲なんですよね?

(松尾潔)一時、恋仲だったっていう風に聞いてますけどね。

(松浦弥太郎)彼が彼女にある種、与えたというか、プレゼントした曲でね。なんかそういう、ちょっとまだデビューした頃の初々しさと。そういうのも含めて。

(松尾潔)当たり前ですけど、いま彼女はスーパースターだけど、レコーディングした時点ではまあ本当に市井の人々の1人だったとも言えるわけで、そういう生活感覚みたいなのが理想的な形でここには録音されているし。その録音の場を司った、まあ彼女にとってはおじいちゃんぐらいにあたるアリフ・マーディンっていうプロデューサー。まあ、いまは亡くなりましたけど。今日、アリフ・マーディンのもう1人の、彼が巡り合った名シンガーであるロバータ・フラックの曲をかけましたけども。アリフ・マーディンといえばタイムレスな音世界を作ることで知られていますけども。なんか弥太郎さんがアリフ・マーディンみたいに感じられてきました(笑)。

(松浦弥太郎)(笑)

(松尾潔)これ、音楽ファンじゃないとわからない話ですけど。

(松浦弥太郎)いや、でもね、まあ今日も何曲か選ばせてもらいましたけども。面白いですね。こうやって自分が音楽を選んでみると。それでもう一度聞いてみると、自分自身と向き合うというか、いろんな自分の記憶が蘇ってくるし。それから、いまの自分がそれに対してどう思っているか? とか、どう自分が大切にしているのか?っていうのも確かめられる。だから今日は素晴らしい夜だなと思います。

(松尾潔)ありがとうございます(笑)。

(中略)

(松尾潔)さて、楽しい時間ほど早くすぎてしまうもの。今週もそろそろお別れの時が迫ってきました。ということで、今週のザ・ナイトキャップ(寝酒ソング)。今夜は松浦弥太郎さんに選んでいただきました。ノラ・ジョーンズの『Don’t Know Why』を聞きながらのお別れです。なお、松浦弥太郎さんは今年、番組6年目を迎えましたNHKラジオ第一放送、木曜日夜8時5分からオンエアーされております『かれんスタイル』にご出演中です。そちらの方もみなさん、ぜひお聞きになってください。これからおやすみになる貴方。どうか、メロウな夢を見てくださいね。まだまだお仕事が続くという方。この番組が応援しているのは貴方です。次回は来週1月23日(月)夜11時にお会いしましょう。松尾潔が選ぶ2016年メロウトップ20。メロウ・オブ・2016でお楽しみください。お相手は僕、松尾潔と、

(松浦弥太郎)松浦弥太郎でした。

(松尾潔)それでは、

(松尾・松浦)おやすみなさい。

Norah Jones『Don’t Know Why』

<書き起こしおわり>

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