町山智浩さんが2025年5月6日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『We Live in Time この時を生きて』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)実は今日、紹介する映画もそういう話なんですよ。今から1ヶ月先なんですけど。6月6日(金)に公開されるイギリス映画で『We Live in Time この時を生きて』という映画をご紹介します。この『We Live in Time この時を生きて』という映画はあんまり宣伝されないでアメリカで公開されたんですけども。この映画を見た後、ボロボロにぐちゃぐちゃに泣いている自分の顔をインスタとかTikTokに投稿するというのがブームになった映画です。「全米が泣いた」っていうことですよ(笑)。泣き自慢をみんながしたという。自撮りして。映画館でだからみんな、自撮りしてましたよ。泣きながら、こう(笑)。という映画が、この『We Live in Time この時を生きて』なんですが。
この主役はですね、フローレンス・ピューという女優さんで。この人はあれですね。『ミッドサマー』のお花になっちゃう女の子ですね。最後、にっこりとお花になってましたけども。最近だとマーベルのスーパーヒーロー物で新しいアベンジャーズのリーダーですね。ニューアベンジャーズ、サンダーボルツのリーダーを演じている人ですけども。彼女がシェフの役です。この映画では。で、彼女の相手というか、夫ですね。になる人がアンドリュー・ガーフィールドという人で。この人はスパイダーマンシリーズの『アメイジング・スパイダーマン』の人です。
だからマーベルヒーロー同士の夫婦の話なんですけど。アンドリュー・ガーフィールド、『アメイジング・スパイダーマン』っていうのは一番、なんというか悲惨なスパイダーマンなんですよ。シリーズも途中で打ち切られちゃうし、恋人は死んじゃうし。で、実際にその恋人がアンドリュー・ガーフィールドのその時、付き合っていて同棲してたエマ・ストーンっていう女優さんなんですけど。映画が終わった途端に別れちゃうし。
で、いつも泣いてるような顔をしている人がアンドリュー・ガーフィールドで。この人が一番評価された映画は『沈黙 -サイレンス-』という遠藤周作さん原作の映画で。まあ、なんというか、カトリックの宣教師の役を演じてまして。バテレンが禁止されていた、キリスト教が禁止されてた江戸時代初期に日本に来て。で、浅野忠信に見つかって、もうネチネチネチネチと拷問される役でしたよ。浅野忠信があのいやらしい演技でアンドリュー・ガーフィールドを……もう、あれがすごいんですけど。アンドリュー・ガーフィールドをいじめ抜くという映画で。それでヒーヒー言っていた人がこのアンドリュー・ガーフィールドさんですね。
で、フローレンス・ピューっていう女優さんはどういう人かっていうと、いつもなんていうのかな? やる気なさそう。スーパーヒーロー物でもそのブラック・ウィドウというロシアの殺し屋の妹の役をやってたんですけども。「スーパーヒーローとか、ダサくね?」とか言ってる人ですね。いつも。で、なんていうか、どの映画に出ても……あれですね。『オッペンハイマー』でオッペンハイマーの最初の彼女の役をやってたんですよ。で、オッペンハイマーが「好きだ! 結婚してくれ!」って花束を渡すと「こんなもん、いらねえし」って捨ていてた人ですよ。すげえなと。で、しかも脱ぎっぷりもよくてですね。なんというか、すごい剛毅な女優さんですね。
見た目は子供みたいですけどね。もう、なんか中学生みたいな感じなんですけど、すごいいつも堂々としてて、ふてくされてる人がこのフローレンス・ピューさんで。このね、非常に不思議な……いつもね、メソメソと悲しそうなアンドリュー・ガーフィールドと、いつもふてくされてるフローレンス・ピューのカップルというね。この2人が面白いんですよ。
鑑賞後の泣いた顔のSNS投稿が流行る
(町山智浩)これはね、掛け合いがすごいうまい。で、めちゃくちゃ面白いんですけど、この映画はですね、みんな泣く映画なんですよ。映画館でみんな、シクシクシクシク泣いてるんですよ。終わった後に。っていうか、自分の泣いている顔を写メ、撮ってんですけど(笑)。でね、どういう映画かというと、このフローレンス・ピューさん、映画の一番初めの方で、もう「癌で死んじゃう」っていう風に宣告されちゃうんですよね。しかも、その子宮の方の癌でね。で、もう長いことないって映画の頭の方で言われちゃうんですよ。で、それが前提となって話が進むんですけども……コメディなんですよ。
これね、全くメソメソしないんですよ。っていうか、フローレンス・ピューっていう女優さん自身、この人いつもサバサバしてる人じゃないですか。これ、最初にこの2人がエッチするシーンでもアンドリュー・ガーフィールドがなんかこうオドオドしてるんで。「あんた、なに? 帰るつもりなの?」「いや、ちょっと……俺、ちょっと今度また来るよ」とか言うんですよ。で、「どうしたのよ?」って言うと「いや、コンドームを持ってなくて……」「あんた、私とデートしたのにコンドーム、持ってこなかったの? 期待値低い低い男ね!」とか言われるんですけど。その辺、完全にコメディになっちゃってるんですよ。さばけてるんですよ、フローレンス・ピューだから。
で、もう要するに癌だってことがわかっても、そこでなんていうか「ああっ!」って絶望的になって泣いたりとか……日本映画でね、難病物とかだと病気になった人の手をこう、両手で握りしめてね。で、泣きながら……みたいなシーンがあるじゃないですか。泣きながら笑顔で「ありがとう」とかね。そういうの、この映画は一切なし! そういうメソメソしたものはね、フローレンス・ピューには似合わないんですよ。っていうか、アンドリュー・ガーフィールドはずっとメソメソしてるんですけど(笑)。で、「ああ、癌なんだ。どうしよう? 治療しようかな?」ってなって。でも、これは治療したり、その切除することよりもフローレンス・ピュー、「子供を産むわ!」って言うんですよ。「頑張って子供を産む!」って言って、そこから妊活になるんですけど。というので、彼女はすっごいポジティブなんですよ。
で、しかももう本当に体がボロボロになっていって。また治療でね、髪の毛が抜けて落ちていって、もう丸坊主にしてね。で、鼻血が出たりする状態になってもね、「よし、まだ生きてる! 私、シェフだから世界一のシェフを決めるシェフ、コンテストに出るわ!」って言うんですよ。これ、逆にタイムリミットがあるから「頑張るわ!」ってなるんですよ。この子は。すごいんですね。パワーなんですよ。「やりたいこと、全部やるから!」みたいな話になって。
時系列がグチャグチャな映画
(町山智浩)で、この映画はもうひとつ、ポイントがあるんですけど。前後関係がめちゃくちゃです。たとえば子供を作るでしょう? 妊活してると、もうすでに子供が生まれてるシーンが次に出てくるんですよ。で、「あれ?」っと思ってると、お腹が大きいんですよ。これ、いろんな時間を行ったり来たりして。だからそれもね、泣かせないようになってるんですよ。そういう風になってるから、だんだん盛り上げていくっていう感じにはなってないんですよ。行ったり来たりしちゃってるから。だから、そういうメソメソした要素にならないようにしてるのとあと、その面白かった思い出。楽しかった思い出がバンバン出てくるんですよ。
それでこの子を産むところも、めちゃくちゃです。完全なコントとして撮ってます。それで僕、「これ、うまくいくのかな?」と思ったんですよ。だからだんだんと、要するに彼女が弱っていって……みたいな時間の流れになっていないからね。「これで泣くのかな?」と思ったら、泣いたっす。はい(笑)。
これ、まずね、2人が一番楽しかった時がやっぱりつまんであるんですよ。ちゃんとそれが出てくるんですよ。でも、楽しければ楽しいほど悲しいじゃん? 人って楽しいことをまず思い出すでしょう? 悲しいことよりも。だから、もう楽しければ楽しいほど悲しいんですよ。で、あえて泣かせるシーンは取っちゃっている。だって、人がいなくなったりした時に思い出すことは楽しい思い出だけじゃない? だから悲しいじゃない? あんな楽しかった人がいなくなったんだと思うから。嫌なことを思い出したら「ざまあみろ」と思っちゃうもんね。だからもう本当に幸せだったことを幸せに描くことが悲しいんですよ。それともうひとつね、この映画の大きなポイントがあってですね。