町山智浩さんが2021年7月13日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ブラック・ウィドウ』についてトーク。絶賛していました。
It was A-M-A-Z-I-N-G#BlackWidow
The experience was worth the wait! pic.twitter.com/Rg20sTJECt— Cole Hughes (@BdrchughesCole) July 9, 2021
(町山智浩)今日はですね、もう先週から公開されている『ブラック・ウィドウ』というマーベルコミックスの『アベンジャーズ』シリーズのキャラクターのソロ作品についてお話ししたいんですが。これがまた、いろいろトラブルがあって、日本では劇場であんまり公開されてないんですよ。
(山里亮太)そうなんですか?
(町山智浩)なんと『アベンジャーズ』シリーズなのに。これね、マーベルはディズニーが作って配給してるんですね。マーベルはディズニーの子会社なんで。それでディズニーってね、コロナになってから配信を強化していったんですよ。ディズニープラスっていう形で。それで『ムーラン』を配信したり、『ソウルフル・ワールド』を配信したりしてたんですけども。で、今回の『ブラック・ウィドウ』に関しても配信と劇場公開が同時なんですが。劇場の人たちは怒っちゃったんですね。要する商売敵だから。
(赤江珠緒)ああーっ!
(町山智浩)配信したら劇場に客が来ないっていうことで怒って、劇場側があんまり今回、『ブラック・ウィドウ』を公開してくれなかったんですよ。
(赤江珠緒)そうなんですか!
(町山智浩)はい。で、これはね、僕はね、これから映画館は配信と共存をしていかなければならないので、解決の道を探ってほしいと思います。で、僕自身は配信は劇場の客を減らさないと思ってるんですよ。こういった作品は。っていうのはね、『ブラック・ウィドウ』は映画館で見ないと全く意味がない作品です。
(赤江珠緒)ああ、そうなんだ。やっぱり映画館で見たいっていう映画はあるもんね。
(町山智浩)これははっきり言うと『007』みたいな映画なので、大スパイアクションなんですよ。で、ものすごい大破壊シーン、カーチェイス、スケールのデカいシーンが次々と連続するので、これは大スクリーンで見ないと意味がないんですよ。だからちゃんと配信があっても、こういう映画が見たいという人は劇場に行くので、劇場のお客さんは食わないと思います。だから、劇場で普通に公開すればよかったと思うんですが。まあ、商売敵だっていうことで怒っている劇場さんもあって。ただこれはもう解決に向かってほしいと僕は思ってます。ということでね、この『ブラック・ウィドウ』は大傑作でした!
(赤江珠緒)おおっ、すごい。町山さんが太鼓判?
大傑作『ブラック・ウィドウ』
(町山智浩)これ、すごいよかったです。これね、マーベルの映画でスーパーヒーロー物だから。アメコミだし関係ねえやと思っている人も見た方がいいです。特に女性は見た方がいいです。
(赤江珠緒)ああ、なんかそういう人からすると、ちょっと遠い映画だもんね。
(町山智浩)娘さんのいるお母さんとかも、一緒に行っていいと思います。家族連れで行っていいと思います。
(赤江珠緒)ああ、そうですか。
(山里亮太)これ、前後でなんか見ておいた方がいいとかは? これだけでも大丈夫ですか?
(町山智浩)これだけ行っても大丈夫です。マーベルに全く興味がなくても大丈夫です。これね、『007』の映画に近いんですよ。スパイアクションなんですが、もっと大きなことを語ろうとしている映画なんですね。で、ブラック・ウィドウというキャラクターについて説明すると、スカーレット・ヨハンソンっていう……『マリッジ・ストーリー』が素晴らしかった女優さんですね。あの離婚の話をもう本当に素晴らしい演技で演じた彼女が、黒いつなぎを着た峰不二子系のキャラをやってるんですが。
今回はですね、『アベンジャーズ』シリーズの『シビル・ウォー』っていうのと、その次の『インフィニティ・ウォー』の間に彼女が何をしていたか?っていうことを描いているのが今回の映画なんですね。今、主題歌が流れていますけども。実は、彼女はその間に家族と再会していたんですよ。里帰りをしていたという話なんですね。でも、彼女の家族はロシアのスパイなんです。
そもそもね、ブラック・ウィドウというのは本名はナターシャと言いまして。彼女はソ連のKGBのスパイなんですね。原作の漫画では。だから最初は悪役だったんですよ。でもその後、アメリカの象徴であるキャプテン・アメリカとチームを組むようになったんですが、その理由も今回の映画で出てくるですね。で、今回は1995年のアメリカの田舎のオハイオっていうところから始まるですよ。その頃、ブラック・ウィドウ、ナターシャは12、3歳なんですけども。両親と6歳の妹のエレーナと一緒にアメリカに暮らしてるんです。
で、それは彼女は「スリーパー」というものなんですよ。つまり、ロシアのスパイなんだけれども、アメリカの機密を盗むためにアメリカ人としてアメリカに潜入している家族。というか、家族のふりをしているスパイたちなんですね。
(赤江珠緒)じゃあ、もう偽装家族をしているんですね?
(町山智浩)そうそう。偽装家族なんですよ。で、これはね、『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』という同様の内容のテレビドラマがありまして。日本でも見れたんですけども。それにかなりヒントを得ているんですね。それがアメリカに潜入しているソ連のスパイのホームドラマだったんですね。で、このナターシャの一家も血が繋がってないんですけども、家族を演じていて。で、そのお母さんをレイチェル・ワイズという人が演じてるんですが。ちなみに『007』のジェームズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグの実生活での奥さんの人なんですけども。
このお母さんが元々ブラック・ウィドウ部隊の出身者なんですよ。ブラック・ウィドウっていうのは実際には部隊名なんですね。で、ロシア政府が世界中からいろんな人種の少女を拉致・誘拐してきて、レッドルームという名の養成所で殺人術を教えて、殺人マシーンに育て上げて。そのグループをブラック・ウィドウ部隊っていうんですよ。これはね、2002年頃に公開された香港映画で『レディ・ウェポン』という映画があるんですが。それもほとんど同じ話なんですけども。
で、早い話が、美少女殺人部隊なんですよ。だから個人的には「殺しのAKB」と呼んでいるんですけども(笑)。「キラー坂道系」とか呼んでいるんですけども(笑)。そういうものなんですね。で、ナターシャもさらわれてきて、ブラック・ウィドウで育てられたんですけども。この今回の映画で同じく、その妹のエレーナもブラック・ウィドウにされちゃって。で、その妹と組んで、悪の養成組織レッドルームを倒して、他のウィドウちゃんたちを助けようとする話なんですね。
(赤江珠緒)おおーっ!
(町山智浩)で、彼女たちはそのレッドルームのボスのドレイコフ将軍に洗脳されて奴隷になっているんですよ。マインドコントロールされて殺人をやらされてるんでね。で、20年ぶりに妹・エレーナと再会をするんですが……いきなりエレーナはボコボコにナターシャお姉ちゃんに格闘で立ち向かってくるんですよ。なぜかっていうと、彼女はお姉ちゃんをものすごく恨んでるですね。で、お姉ちゃんはブラック・ウィドウとしてアベンジャーズチームに入って世界のヒーローになってるじゃないですか。「でも私は全然ほっておかれて人殺しを続けていて。おかしいじゃん?」って怒っているんですよ。
(赤江珠緒)ああ、うんうん。
(町山智浩)「マジでムカつく!」とか言ってるんですよ。で、このエレーナを演じるのはフローレンス・ピューっていう女優さんなんですが、彼女は『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』っていう映画でも妹役で。で、お姉ちゃんと取っ組み合いしてたんですけど。その前に出た『ファイティング・ファミリー』っていうプロレス一家の映画でも妹役で。やっぱり家族と取っ組み合いをしていて。妹役を3本連続っていう人なんですよ(笑)。妹女優と言われてますが。でね、いろいろとお姉ちゃんが嫌いでね。たとえば「お姉ちゃんはブラック・ウィドウとか言ってアベンジャーズに出てる時、かならず着地する時に両足を開いて片手ついて着地するでしょ?」って言うんですね。
(赤江珠緒)ああ、3点着地みたいなやつね(笑)。
(町山智浩)そうそう。3点着地と言われているやつですね。日本のアニメ『攻殻機動隊』で草薙素子がやってから、アメリカ映画でヒーローが着地する時、みんな3点着地をするんですけども。「あれがすげえムカつくの!」ってエレーナは言うんですよ。「あれ、全然意味ないでしょう? ただのかっこつけめ!」とかって言って、この妹がめちゃくちゃ因縁をつけてくるんですね。
(山里亮太)おもしろい(笑)。
(町山智浩)あのね、この映画はね、コメディなんですよ。
(山里亮太)でも、今の感じ、そうですよね。
偽装家族が再集結
(町山智浩)でね、偽装家族のお父さんがいるわけですよ。そのお父さんを見つけるんですね。レッドルームを倒すために姉妹がね。するとお父さんはね、このナターシャとエレーナに20年ぶりに会ってね、「お父さん、本当に嬉しいぞ! お前たちは人殺しをたくさんしたな! 偉い! それでこそ俺の娘だ!」とか言って、めちゃくちゃ褒めるんですけど。そういうトンチンカンなお父さんなんですね。
(赤江珠緒)はー!
(町山智浩)それで今度、お母さんにも会うんですけど。で、20年ぶりに食卓を囲んでね、家族団らんをするんですよ。
(赤江珠緒)本当の家族じゃないけどね。偽装家族で。
(町山智浩)そうそう。ブラック・ウィドウ一家がね。でも、本当の家族じゃないんだけどね、ご飯を食べ始めるとね、お母さんは「ナターシャ! あなたね、猫背になってるよ」って言うんですよ。するとナターシャは「なってないよ!」とか言うんですよ。するとお父さんは「こら、ナターシャ! お母さんに口ごたえするな!」とか言うんですよ。
(赤江珠緒)すごいよくある日常のホームドラマ(笑)。
(町山智浩)そう。この人たちね、人殺しなんですけど。ロシアの殺人マシーンなんですけど。もうすごく、普通の家族みたいなんですよ。「うるさいな、父さん!」とか言って。なんかね、『サザエさん』みたいなんですよ。
(赤江珠緒)そうね(笑)。
(町山智浩)「殺しの磯野家」って言われてるんですね(笑)。
(赤江珠緒)いや、言われてないでしょう?(笑)。
(町山智浩)もうね、すごいですよ。「波平、クレムリンで叱られる」とかそういうエピソードがありそうな感じなんですね。「タラちゃん、キューバ危機」みたいなね。そういう回がありそうでね。でね、タラちゃんがイクラちゃんを背中合わせに背負って回転しながら2人で二丁拳銃を撃ちまくったりするような感じなんですね。「でちゅー!」とか言いながら、バンバンタラちゃんが殺すんですけど。まあ、そういう映画になっているんですよ。今回。いや、なってないですが(笑)。
でも、すごくほのぼのしたホームコメディなんですけど、怖い話もあって。娘が冷たくするんで、このお父ちゃんがすねて。「うーん、なんか機嫌悪いな、お前ら。生理か?」とか言うんですね。そういうセクハラなことを言う親父なんですよ。するととエレーナはね、「私たちには生理なんかないわよ。ブラック・ウィドウはみんな子宮を摘出されてるんだから」って言うんですよ。これ、怖いんですけど、原作のコミックの方にはその描写があるんですね。
で、これ、ブラック・ウィドウは殺人術をやってるだけじゃなくて、基本的に「くノ一(くのいち)」なんで。諜報活動とか暗殺をするのにセックスを使っているんですね。恐らく。で、そのために妊娠しないようにしてるんですよ。で、元々そのブラック・ウィドウっていう名前は「クロゴケグモ」という蜘蛛がいまして。それは交尾した後に、メスがオスを食い殺すんですよ。それから名付けられてるんで、恐らくセックスして殺すみたいなことをしてる人たちなんですね。で、結構恐ろしい組織なんですよね。
(赤江珠緒)完全にね、暗殺集団ですね。
(町山智浩)そうなんです。ただ、このボスがいるんですね。そのドレイコフ将軍という、少女たちを操っている男がいるんですけども。マインドコントロールしてね。これがね、明らかに実際にアメリカでそういうことをしていた人たちをモデルにしてるんですよ。
(赤江珠緒)えっ?
ドレイコフ将軍のモデルとなったアメリカの実在の人物たち
(町山智浩)っていうのは、ハーヴェイ・ワインスタイン事件っていうのがアメリカであったんですよね。女優に「映画に出してやるから」っていうことで非常に性的な要求をしていた映画プロデューサーですけど。
(町山智浩)あとね、FOXニュースというテレビ局の社長のロジャー・エールスという男が、やっぱり女性のアナウンサーに対して「番組に出してやるから」っていうことで性的な要求をしていたことが発覚したり。
(町山智浩)そういうことが次々と起こっているので、そのイメージなんですよ。この『ブラック・ウィドウ』の悪いボスの親父がね。あとね、これが結構攻めているなと思ったのが、『アベンジャーズ』シリーズの監督だったジョス・ウェドンという人がいまして。その人もそういう人だったらしいんですよ。
ガル・ガドットとか、何人かの女優さんとか、あとは男の俳優さんも「ジョス・ウェドンに脅された、現場で脅迫された」っていうようなことを言ってるんですね。つまり、「逆らったらもう映画には出してやらないぞ」みたいなことを言われたと。
(町山智浩)そういったことを告発するような内容になっているんですよ。この『ブラック・ウィドウ』は。
(赤江珠緒)この『アベンジャーズ』のシリーズみたいな感じなのに?
(町山智浩)そう。だから内部告発的な内容になってるんです。で、これができたのは、監督がケイト・ショートランドという女性なんですね。この人はデビュー以来、ずっとそういう映画を作り続けた人なんですよ。この人、デビュー作が『15歳のダイアリー』っていう映画で。親に愛されなかった少女が、行きずりの男たちに次々と身を任せていくという物語だったんですね。その中でどんどん傷ついていくんだけれども……っていう話だったんですけども。非常にリアルな。
で、その次に撮った映画は『さよなら、アドルフ』という映画なんですが。14歳の少女がやっぱり主人公で。彼女の両親は……これ、第2次大戦の末期のドイツが舞台なんですね。で、その少女の両親はナチスのお偉いさんなんですよ。で、ナチスのやることは全部正しいと思っていたんですが、ドイツが敗戦して焼け跡でサバイバルをしなきゃなんなくなるんですね。で、その中で信じていた親とナチスの悪事を知っていくっていう話なんですよ。で、洗脳が解けていくんですよ。
(赤江珠緒)そういうことだ。うん。
(町山智浩)それで途中でユダヤ人の青年を愛したりして。自分が信じていた親であったり、自分が信じていたものが全部、崩れていってっていう話で。今回の『ブラック・ウィドウ』とほとんど同じテーマなんですよ。でね、このケイト・ショートランドのその次に撮った映画というのが『ベルリン・シンドローム』っていうんですね。これね、実話が元になってるらしいんですけども。オーストラリアの女性がやっぱりドイツのベルリンに旅行して。現地の男性と一夜を共にするんですが。
朝、起きたら監禁されちゃうんですよ。監禁されて部屋を出れなくされちゃうんです。で、勝手に結婚をすることにされてしまって……ってホラー映画なんですね。これ、怖いのはね、彼女は監禁されるんですけど、監禁されているうちにいつの間にか洗脳されていくんですよ。いわゆるストックホルム症候群というやつで。で、その自分を監禁している彼に同情して慰めたりしちゃうんですよ。で、そういうね怖い話を描いてきたのがこのケイト・ショートランドっていう女性なんですね。
だからデビュー作から一貫してこの女性の洗脳とそこからの解放とか自立っていうのを描いてきた人なんで、すごくこの『ブラック・ウィドウ』っていうのは漫画が原作ではあるんですけど、非常に深い、それを超えた内容になっているんですね。で、またもうひとつ、家族映画でもあって。ナターシャは血が繋がらない、作られた家族を形成してるわけですけども。喧嘩しながら、だんだん本当の家族へと成長をしていくんですよ。これはね、「どんな家族でもそうじゃないか?」っていう問いかけになってるんですね。
「家族っていうのは血の繋がりがあるから家族なんじゃなくて、心で繋がっていくことなんだ。喧嘩をしながら。それで家族になるんだ」っていうね、それ自体はマーベル世界全体が毎回、そういうテーマをやってるんで。アベンジャーズも家族ですからね。
(赤江珠緒)ああ、そうか。そうね。
(町山智浩)だからこれ、ものすごく深い話になってますね。
(赤江珠緒)だから最初に町山さんが「アメコミっていうイメージだけじゃない」って仰っていたのは、そういうことなんですね。
血の繋がりではなく、心の繋がりで家族となる
(町山智浩)そうなんです。今、かかっている歌は『American Pie』っていうアメリカの結構古い歌なんですけども。
(町山智浩)これ、このロシア人の疑似家族が繋がっていく、その繋がりとしてこの歌が使われているんですよ。そこもね、すごく面白いんですけど。あとね、もうひとつね、ブラック・ウィドウっていつもユニフォームを着せられているんですね。ユニフォームを着せられて、振り付け通りに踊らされる操り人形なんですよ。さっき殺しのAKBって言いましたけども。ところが、その少女が自分の好きな服を自分で選んで着るようになるまでの物語でもあるんですよ。だからね、このエレーナのファッションにもちょっと注目して見てもらうといいなと思います。
(赤江珠緒)ああ、そうですか。面白そうですね。
(町山智浩)これ、すごく面白い。まあ、女性はあんまりこういうものに興味ないかもしれないんですけども。こういう映画には。でも、すごく女性監督による……脚本も女性がね、基本的なものを書いていまして。スカーレット・ヨハンソン自身がプロデューサーをやっていますから。すごくちゃんとした女性映画になっています。
(赤江珠緒)ああ、ちょっとイメージと違いました。へー!
(町山智浩)アベンジャーズに興味がない人もぜひ、ご覧ください。
(赤江珠緒)『ブラック・ウィドウ』は現在公開中ということで。ディズニープラスでも配信中でございます。劇場と配信の問題もね、なんとか折り合いつけばいいですけどね。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どもでした。
<書き起こしおわり>