渡辺範明『ポケットモンスター赤・緑』のゲームデザインの革新性を語る

渡辺範明『ポケットモンスター赤・緑』のゲームデザインの革新性を語る アフター6ジャンクション

(渡辺範明)そしてですね、このモンスターを仲間にするRPGはポケモンが初ではないわけなんですけど。ポケモンの、この手のRPGの中での特徴がもう1個、ありまして。モンスターを仲間にすることに特化してるから、主人公が戦わないんです。これも結構特徴なんですよ。『女神転生』もドラクエ5も、主人公が戦って。それの仲間としてモンスターを連れていくっていう形なんですけど、ポケモンの場合は本人は戦わない。それによって何が起こったか?っていうと、RPGの物語面の変化がすごく大きくあったんですけれども。これが二つ目のポケモンのゲームデザインの特徴ですね。「究極の子供目線、ジュブナイルRPG路線」というのがポケモンのもうひとつの特徴なんです。

(宇多丸)子供目線?

(渡辺範明)つまりですね、子供が主人公のRPGというと任天堂の『MOTHER』というシリーズがあって。これも少年・少女のジュブナイルな冒険物語なんですけど。『MOTHER』はですね、とはいえゲームシステムはほとんどドラクエを踏襲しているので、主人公たちは普通に成長して、腕力が強くなっていくというのがあるんですよ。でも物語自体は全然、そういうテンションじゃなくて。そこにちょっと乖離があるんですよね。システムと物語に乖離がある。

(宇多丸)力で勝ってはいるんだけども。

(渡辺範明)そう。だけどこの人たち、物語上、ムキムキマッチョに育ってる感じはしないよなっていう乖離があるんですけど。でもポケモンは主人公が肉体的に成長をしないということがはっきりしたんですよ。これによって、これまで国産RPGクロニクルの中でも話してきましたけど、RPGというゲームシステムが持っている、帯びている物語性というのはどうしても旅をしながら主人公が成長して、強くなっていって何かを乗り越えるという話に絶対になるんですけど。この構造自体が変わったんです。で、強くならなくてもいい。精神的な成長とかはしているかもしれないし、なにか経験をして……それがポケモンでいうとジムバッジを集めるとかみたいなことなんですけれども。でもとにかく、マッチョになることを避けたストーリー。RPGのストーリーが非マッチョ化したんですよね。

(宇多丸)あと、それこそ主人公成長問題っていうのはシリーズというか、いろんなものについて回るものだけれども。そうすると、終わっちゃうっていうかさ。だから、その終わらないゲームとしてもね、主人公は定位置にいるっていうのはね、理にかなっている。

主人公自体は成長しない

(渡辺範明)あと、その主人公が成長をしないということは、ゲームのスケールが広がらないんですよ。で、実はポケモンの特徴って、このスケールの小ささで。子供目線のストーリーだから、その初代ポケモンの舞台になっているカントー地方って、少年時代の田尻少年が割と実際に自転車で移動していた……田尻さんは町田出身なんですけど。その実際に自分が自転車で行動していたぐらいの範囲をイメージしたマップになっていて。

(宇多丸)ワールドツアー的なイメージがあるけど、それは後年っていうこと?

(渡辺範明)で、それも最近も……ポケモンって、各地方なんですよね。「今回の舞台は◯◯地方です」って言っていて。それぞれ狭い範囲の話をしているんですね。

(宇多丸)ああ、1個1個はそうなんだ。

(渡辺範明)だから、ドラクエとかって歴史を紡いでいくような形で、縦に時間軸が繋がっていくような展開をするんですけど、ポケモンは面なんですよ。「今回は◯◯地方」とか「今回は△△地方」っていうことで、同時に存在する面の話である。だから非常に狭い範囲のプライベートな話をしているので、田尻さんは元々ポケモンの旅というのは、小学生の夏休みの1日の旅なんだという風に言っているんですよ。だからポケモンって、新しい町に行っても宿屋がないんですよ。それは宿泊しないからです。

(宇多丸)ああ、やっぱりちゃんと家に帰る?(笑)。

(渡辺範明)そう。日帰りだから。イメージとしては。

(宇内梨沙)たしかに。ドラクエはありますけど。

(渡辺範明)だからポケモンを回復させる場所はあるんですけども、それは休憩所みたいなもので。基本は日帰りのイメージなんで。だから、親も送り出す時に全然、何の悲壮感もないっていうか。「いってらっしゃい」ぐらいの感じで。

(宇多丸)そういうくだりはあるんだね。

(渡辺範明)まあ、そのぐらいの感じなんですよね。で、もちろんアニメ化した時にちょっとさすがにそれはおかしな感じになるので。アニメだと野営をする場面とか、宿に泊まる場面とかは全然あるんですけど。元々のゲームのイメージは日帰りなんですよ。だからそのスケールの小ささというのがむしろ、特徴だと思います。

で、もう1個。三つ目ですね。これちょっと割とミニマムな話に聞こえるかもしれないんですけど。RPGの戦闘を再解釈したというのがありまして。ポケモンの戦闘システムで特徴的なのは、ポケモンを捕まえることが戦闘の目的であって、倒すこと自体はそんなに大きな問題じゃない。なんかRPGって、自分が強くなってすごいダメージを与えられるようになって、相手をオーバーキル気味に叩き殺せるようになるという、その「俺TUEEE」感覚を味わうっていうのがRPGの基本的な娯楽性なんですけども。でもポケモンはそういうことじゃなくって。相手をギリギリちょっと、ちょうどいいぐらいのダメージを与えて。それでモンスターボールで捕獲するっていう仕組みじゃないですか。

(宇内梨沙)弱らせて捕獲する。

(渡辺範明)ここもね、一種の非マッチョだと思うんですよね。強ければ強いほどいいわけじゃないっていう。ほどよいところに収めるっていう、ここにそのゲーム的なジレンマの要素を入れて、ゲームとしての新しい軸を持たせたっていうのがポケモンのゲームデザインの面白いところなんですけども。こういうですね、今までに挙げた収集自体が主目的で、子供目線のジュブナイルな物語が帯びていて、徹底的に非マッチョな戦闘システムとかも含めて、そういう世界観というのが全部合わさった結果、ポケモンは子供が遊ぶゲームとして徹底して自分ごととして感じられるようなゲームシステムになっている。そこが最終的な作品性の特徴だと思います。

(宇多丸)これって、狙ったところなんですか?

(渡辺範明)だと思いますね。やっぱり田尻さんがその自分の少年時代を思い起こして、その時の昆虫採集の面白さ。自転車に初めて乗って、いろんなところに行った時のドキドキ感とかっていうことを再現しようとして作っているので。だからポケモンって基本的に現実と繋がっているゲームなんですよ。その作中で表現されている、プレイヤーが自分のポケモンを集めて、育てて、他のポケモントレーナーと戦ったりとか。時には交換したりとかするっていう体験自体が、作中でやってることと現実でやってることが全く一緒。

(宇多丸)交換も全部、やっている。

(渡辺範明)そう。それって友達とやってることなわけです。だから、そういうところが、現実とゲームが連続してるんですよ。なので、後にポケモンGOが出た時に、あのポケモンGOってむちゃくちゃ、世界中で盛り上がったじゃないですか。で、あれって単に有力IPだから盛り上がったわけじゃなくって、ポケモンって元々そういうものなんですよ。要は、AR的な感覚というか。「現実と繋がっている」っていう感覚をみんな、持っていたから。だからポケモンGOが出た時に「理想のポケモンが現れたじゃん!」っていう風になったということで、すごい盛り上がったと思うんですけど。

ただ僕ですね、もうポケモンGOから何年も経って今、新たに思うのは、むしろそのポケモンGOってそれこそGPSとか、いろんな技術を使ってあのARを実現してるわけなんですけど。初代ポケモンは通信ケーブルが1本あるっていうだけで、その感覚を表現していた。それがすごいと思うんですよね。これが、そのポケモンの他と全然違うところで。あと、そのポケモンの世界観なんですけれども。ポケモンって、モンスターが主役じゃないですか。でも他のRPGにおけるモンスターの体系とは全然違うんですよ。

独特なポケモンのモンスター体系

(渡辺範明)たとえば『ダンジョンズ&ドラゴンズ』ルーツのファンタジーRPGのモンスターって、ゴブリンとか、スケルトンとか、オークとか。ああいう一定の系統があるじゃないですか。あれとは全然違う系統で作られているのがポケモンのモンスターたちで。これ、何をモチーフにしてるか?っていうと、現実の動植物なんですよねうん。なので、現実の生き物図鑑と、それにさっき言ったちょっと特撮怪獣のエッセンスも入れたというのがポケモンなんですけど。

なので、たとえば「虫ポケモンは鳥ポケモンに弱い」とかですね。「このポケモンは芋虫がモチーフだから、サナギになって蝶になるんだな」とか、そういうのが基本的に現実のその自然の写し鏡なんですよ。で、たとえばデザイン面でもですね、ニョロモっていうポケモンがいますけど。これ、おたまじゃくしをモチーフにしているんですけどね。このおなかにグルグルがあるのって、これは田尻さんによると、実際のおたまじゃくしを捕まえてみた時に、腹に内臓が透けて見える。

(宇多丸)ある、ある、ある!

(渡辺範明)その内臓の感じを表しているっていう。

(宇多丸)ある! 今、急に思い出した!

(宇内梨沙)へー! 近くで見たことない。

(宇多丸)ある!(笑)。

(渡辺範明)という感じで、ポケモンって意外と実際の自然をだいぶ模しているんですよね。

(宇内梨沙)そうなんですね!

(渡辺範明)なので、ポケモン図鑑っていうのはそういうポケモンが集合することによって、このゲームの世界観を表現してるっていう、このゲームの世界観そのものの縮図で。だからポケモンの世界って、本当にポケモンがイコール、この世界なんで。ポケモンに対する解像度だけ、めっちゃ高いんですよ。ポケモン図鑑ってすごい細かいことが書いてあるじゃないですか。でも、ポケモンの世界の社会システムとか、大人の事情とかっていうのはめちゃくちゃ薄いんですよ。なので、とにかくポケモンが全てっていうか。

でもそれって少年・少女がその動物図鑑とか、いろんな図鑑を見て、通して見る世界なんですよね。あるいは特撮怪獣の怪獣図鑑を見て、見ていたような世界。そういうものが表現されているということで。なので、こういう文芸によって語るシナリオじゃなくてですね、自分ごとの体験っていうのが結果的に自分の物語になっていくっていうゲームデザインがされているので。ポケモンファンたちはですね、特にその自分が子供時代に遊んだポケモンって、もう完全に自分ごとの体験として記憶しているから、他のゲームと比較する意味がないというか。もう唯一無二の存在なんですよね。特別で。

(宇多丸)そうかそうか。なるほど。これってでも、田尻さんたちが……もちろん、狙って着地させているとこもあるだろうけど。でも途中ゲームデザインに迷ったりとか、企画に時間がかかったりとか。やっぱり、なんていうかな? 最初にこういう方がいいと思うっていうのを本当に間違えずにデザインに落とし込んだっていうか。しかもそれがちゃんと、会社も応援してくれて、みたいな。そういうことですよね。

(渡辺範明)そうだと思います。

(宇多丸)だって、そんなのはなかったわけだから。

(渡辺範明)だからとにかくね、全体的に独特なんです。いろんなシステムが……他のゲームに慣れていれば慣れているほど、ポケモンの独特のマナーというのがあって。遊ぶと「すごい独特だな」と思うんですけど、それが全部ここに集約するようになっているっていうね。

(宇多丸)逆に言うと、だからやっぱりちゃんと子供の時にというかさ、その感覚で遊べる時に遊ばないと入り込めないのは当たり前じゃない?っていう感じがするんですよ。

(渡辺範明)そうなんです。後から……だから大人になってから1個のゲームとして遊んだ時に「これが本当に世界で最高の支持を集めているゲームなのか?」っていうのがわかんないところも結構あると思うんですよね。

(宇多丸)子供の心を失った、もう目が濁りまくった、社会のシステムとかで濁りまくった目でやるとね、やっぱりそうなるというね(笑)。

(渡辺範明)そうそう。だから、出会い方も大事だと思いますけどね。

(宇多丸)でも面白いな。さすが。

(渡辺範明)で、ポケモンが発売して、こんな感じで結構すごいゲームができまして。で、6年間かかったわけじゃないですか。で、ポケモンのプロデューサーにあたるクリーチャーズの石原恒和さんっていう方がいるんですけども。この方が「田尻くん。すごいゲームができたね! これ、200万本売れるよ!」っていう風に言っていたんですよね。完成した時に。でも、この6年間の間に実は世の中のゲームハード環境っていうのはもう一変してて。さっき、宇多丸さんもおっしゃってましたけども。90年にはスーファミが出てですね。そして94年にはプレステとサターンが出ていて。で、この次世代ハードウェア戦争、どっちが勝つんだ?ってなっていて。で、95年のポケモンの年にはもう、バーチャルボーイが出てるんですよ。バーチャルボーイってこの時はもう、ゲームボーイの後継機っていうつもりだったんで。で、その次の年にはNintendo64が来ますっていう風になっている環境の中で、もうゲームボーイっていうハードは完全にもう店じまいに入ってるんですよね。

(宇多丸)たしかに(笑)。

(渡辺範明)で、この状況で「200万本、売れるよ。田尻くん!」って言っていても、それで任天堂が実際にその初回出荷本数として決めたのは23万5000本っていうことで。「いや、ナメとんのかい!」ってなるんですけども。でも、この時の状況を考えると、これは致し方がないという数字なんですよね。で、ゲーム雑誌とかでも「プレイステーションとサターン、どっちが勝つんだ? それに64が入ってきて、どうなるんじゃ?」っていう記事がもうほとんどで。そんな中で、ほぼ期待されずに発売されたのがポケモン赤・緑なんですよね。

ほぼ期待されずに発売されたポケモン赤・緑

(宇多丸)まず、そのどういう楽しみ方をするゲームかも、新しいあれだからこそ、ないし。しかも、バードは古臭いし。

(渡辺範明)もう白黒の、こんな8bitのRPGをプレステ対サターンだとか、FF7がもうすぐ出るっていうような時に……。

(宇多丸)時代感と比べると、笑っちゃうぐらいですね。たしかに。

(渡辺範明)それで「これは売れんだろう?」という感じもするのも無理なくって。なんですけど、ここで、ほとんど唯一、ポケモンを高く評価した媒体があった。それがコロコロコミックなんですね。なのでこの話を次回はしたいという感じです。

(宇多丸)まさに子供目線メディアということかもしれないけど。はい。これが後編ということで、再来週の『ポケットモンスター』初代・後編をまたね楽しみしていただきたいと思います。

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<書き起こしおわり>

渡辺範明 初代『ポケットモンスター』とコロコロコミックの深い関係を語る
渡辺範明さんが2023年11月22日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション2』・国産RPGクロニクルの中で初代『ポケットモンスター』を特集。『ポケットモンスター赤・緑』のリリース後、世界的な大人気コンテンツになるまでに至る中でコロコロコミックが果たした功績について話していました。
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