高橋芳朗さんが2022年5月25日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でハリー・スタイルズの最新アルバム『Harry’s House』を紹介していました。
(宇多丸)じゃあ、まずはハリー・スタイルズ、行きましょう。
(高橋芳朗)もう結論からいきますとですね、『Harry’s House』。もう今年の有力なベストアルバム候補ですね。
(宇多丸)ああ、そう?
(高橋芳朗)で、ここまで音楽的好みに関係なく、自信をもっておすすめできるアルバムもなかなかないかなという。もうしばらくね、「洋楽でなにかおすすめは?」って聞かれたら、もうかぶせ気味に「ハリー・スタイルズ!」って。
(宇多丸)へー! 全方位的にカバーできるというか。「これ、嫌いな人はいないだろう」的な?
(高橋芳朗)そうですね。もうグッドミュージックって感じで。メインストリームとインディーがクロスオーバーしている現行のポップミュージックの醍醐味を凝縮したようなアルバムという意味でも、このコーナーのもうサウンドトラックにしたいような、そういう内容ですね。で、ハリー・スタイルズのソロ活動については2020年7月のこのコーナーで取り上げたことがあるんですけど。まずはちょっと、改めてハリー・スタイルズのバイオグラフィーを簡単に紹介したいと思います。
さっき、日比さんもおっしゃってましたが、ハリー・スタイルズは1994年2月1日生まれですね。イングランドのウスターシャー州出身のシンガーソングライターであり、俳優でございます。で、2011年にオーディション番組から生まれたボーイバンドのワン・ダイレクションの一員としてデビューして、2016年のグループの活動休止後、2017年にアルバム『Harry Styles』でソロデビューを果たします。続く2019年のセカンドアルバム『Fine Line』からは今、BGMで流れてますシングル『Watermelon Sugar』が全米1位を記録。この曲は2021年のグラミー賞で最優秀ポップソロパフォーマンス賞も受賞してます。
(高橋芳朗)そして今年に入ってからは4月に開催された世界最大規模の音楽フェスコーチェラ・フェスティバルにおいてビリー・アイリッシュやザ・ウィークエンドと共にヘッドライナーを務めているという。で、そのコーチェラ後の絶妙なタイミングで、先週末の20日にリリースされたのが今回のニューアルバム『Harry’s House』ですね。サードアルバムになりますけれども。で、昨日報じられていたんですけど、来週の全米アルバムチャートの初登場1位がもう確定してます。更にですね、発売第1週のセールスとしては、先々週リリースのケンドリック・ラマーの新作ですね。『Mr. Morale & The Big Steppers』の29万5000ユニットを上回る、今年最高の約50万ユニットの売り上げが見込まれているということです。
で、アルバムからの先行シングルの『As It Was』も自身最高のヒットになっていて、現状アメリカとイギリスを含む世界15カ国以上のチャートで1位を獲得してます。で、まずはその『As It Was』を聞いてもらいたいんですけど。この曲がですね、とある1980年代の大ヒット曲によく似ていると指摘されてるんですね。それがこちらの曲になります。
(高橋芳朗)現在、ドキュメンタリー映画『a-ha THE MOVIE』が公開中の、a-haのご存知『Take On Me』。1985年の全米ナンバーワンヒットです。
(宇多丸)ザ・ウィークエンドの時もね、ちょっとa-haの話をしましたけど。
(高橋芳朗)そうなんです。今、宇多丸さんはおっしゃったようにa-haの『Take On Me』の影響を感じさせる最近のヒット曲としては2020年から2021年かけて1年以上、全米チャートのトップテン圏内にランクインしていたザ・ウィークエンドの『Blinding Lights』がありますね。今、BGMを切り替えてもらいましたが。
(宇多丸)でもこのぐらいから、デュア・リパの『Physical』とかもそうだしさ。このテンポ感の「ドンッ、タンッ! ドドッ、タンッ!」みたいなさ、一時期だったら絶対になしな感じのビート感の80’s調曲が本当にすごく流行っていった感じだもんね。
(高橋芳朗)もうK-POPとかね、J-POPでも同じようなスタイルの曲がいっぱいリリースされましたけれども。で、まだこの『Blinding Lights』の記憶が全然新しい分、「また『Take On Me』なの?」と、聞く前からちょっとうんざりしちゃう人もいるかもしれないけど。これがね、『Take On Me』の影響を感じさせながら、『Blinding Lights』とは全く違った魅力を持つ仕上がりになってるんですよ。ウィークエンドの『Blinding Lights』が陰の『Take On Me』オマージュだとするなら、ハリーは陽の『Take On Me』オマージュっていう感じですね。じゃあ、ちょっと聞いてもらえますか。ハリー・スタイルズで『As It Was』です。
Harry Styles『As It Was』
(高橋芳朗)はい。ハリー・スタイルズで『As It Was』、聞いていただいております。
(宇多丸)いいですね。やっぱりね。
(高橋芳朗)めちゃくちゃよくないですか?
(宇多丸)なんかさ、フワッとした優しい歌い方とかも含めて、インディーポップの今の世界的な雰囲気とかの方にも寄っていて。いい青臭さっていうかさ。
(高橋芳朗)ウィークエンドの『Blinding Lights』はやっぱりちょっとダークで不穏なムードがありますけども。
(宇多丸)ホラー映画みたいな世界だったからね(笑)。
(高橋芳朗)ハリーの『As It Was』はなんか風通しがいいっていうか。柔らかい日差しが差し込んでくるイメージがあると思うんですけど。で、ハリーはソロデビュー以降、主にヴィンテージな70年代の西海岸ロックを参照してきたんですけど。そういう昔ながらのカリフォルニア的なチル感と流行の80’sサウンドが見事にフレンドしてるような、そういう感じですかね。で、この絶妙なバランス感覚がアルバム全編で発揮されてるような感じでございますね。にしてもね、a-haの『Take On Me』が2010年代に最も影響力を持つ曲になるとはね。
(宇多丸)ここにきてね。僕、まだドキュメンタリーの方は見てないんだけどさ。なんか西寺郷太くん曰く、結構メンバーが意外と喧嘩ばっかりしてて(笑)。
(高橋芳朗)割と、ずっとオリジナルメンバーでやってるから。
(宇多丸)そんなイメージなかったんだけど……めっちゃ仲が悪いっていう(笑)。
(高橋芳朗)結構ね、ギスギスしてるシーンもありましたけどね。
(宇多丸)でも、こうやって改めて……すごい実力はあるグループだったからね。なんかさ、イメージ的にアイドル的すぎて実力がなかなか認めづらいじゃないけど。そういうスタンスってハリー・スタイルズとちょっと重なるところ、あるもんね。
(高橋芳朗)たしかに。それは言えてるかもしれないですね。うんうん。で、この『As It Was』が今回のそのニューアルバム『Harry’s House』の音楽的、精神的なコンセプトを象徴する曲になるんですね。で、アルバムタイトルの『Harry’s House』は文字通り「ハリーの家」の意味ですけど。これは場所としての「家」じゃなくて、ハリーの心のメタファーなんですね。心の中のメタファー。だからアルバムは彼の心の状態とか、心の変化をテーマにした非常に内省的な内容になってるんですね。で、ソロデビュー以降のハリーって表面的には順風満帆に映っていましたけども、メンタルヘルスはね、決して良い状態ではなかったみたいなんですよ。
(宇多丸)そうなんだ。
(高橋芳朗)で、そういう過去の苦悩や孤独と決別して、新しい人生を踏み出そうとするその今の自分の心境をつづったのが今、聞いてもらった『As It Was』なんですね。で、歌詞を見ると「電話に出ると『ハリー、1人で行っちゃダメ。何のピルを飲んでいるんだ?』と声がする」とか、「ベルを鳴らしても誰も助けに来ない」とか、「家に帰っても、成功しても、ネットですぐに拡散される。だから昔のことを話したくない」なんていう痛々しいフレーズが結構ちりばめられているんですけど。それを踏まえてサビの部分では「この世界は僕らだけ。今までとは違う。今までとはもう違うんだ」っていう風に繰り返してるんですね。注目したいのはこれ、ハリーが歌っている「この世界は僕らだけ」の「僕ら」なんですけど。ハリーをこの孤独から救い出して、現在の彼の心の支えになってるのが誰かというと、2021年1月から交際している俳優であり、映画監督のオリヴィア・ワイルドなんですね。
(宇多丸)すごいカップルだ。あの『ブックスマート』の。しかも次回作に出るんだよね?
(高橋芳朗)そうです。次回作にハリーがまあ準主演みたいな感じで。
(宇多丸)ヤバすぎでしょう、この……。
(高橋芳朗)最高のカップルでしょう?
(宇多丸)オリヴィア・ワイルドという人の、何て言うの? どんな人なんだ。この賢さといい……。
(高橋芳朗)ねえ。で、オリヴィア・ワイルドは前の恋人、俳優のジェイソン・サダイキスとの間に2人の子供を預かってるんですけど。
(宇多丸)『テッド・ラッソ』だ(笑)。
(高橋芳朗)この『As It Was』の歌詞に「アメリカを離れよう。2人の子供は彼女についてくる」っていうフレーズもあったりするんですよね。そうそうそうそう。
(宇多丸)テッド・ラッソがテッド・ラッソ本人みたいになっているな。ねえ。
(高橋芳朗)で、この『As It Was』に限らず、今回のアルバムの歌詞を紐解いていくと、オリヴィア・ワイルドに宛てたと思われる曲がめちゃくちゃ多いんですね。ある種の公開ラブレター的な要素もあって。その中から1曲、聞いてもらいたいんですけど。タイトルがですね、ズバリ『Cinema』。サビではですね、「僕はただ君がクールだと思うんだ。君の映画が好きだ。もしかしたら君に夢中になりすぎてるのかな?」みたいな、そういう歌詞になってるんですけど。曲調的にはリラックスした雰囲気のディスコファンクなんです。これもめちゃくちゃかっこいい曲です。じゃあ、聞いてください。ハリー・スタイルズで『Cinema』です。
Harry Styles『Cinema』
(高橋芳朗)はい。ハリー・スタイルズで『Cinema』を聞いていただいております。
(宇多丸)いいですね。心地いいですし、やっぱりなんか全体として表情が明るいというか。だからやっぱりどん底からのいい状態みたいな感じはたしかに伝わってくるしね。
(高橋芳朗)だから抜けがいいですよね。風通しがいいと言いますか。
(宇多丸)そういう意味では、あれだね。なんか、同じくすごく内省的で、すごくどん底を味わった先のアルバムとしてケンドリックとまた、その陰と陽みたいな。すごい対照だな。あっちはもう、風通しどころの騒ぎじゃないっていうか。興味深いね。
(高橋芳朗)で、今回のアルバムタイトルの『Harry’s House』がハリー・スタイルズの心の状態を言い表したものだっていう話をさっきしましたけど。3月にアルバムのリリースを発表した時、当初このタイトルはシンガーソングライターのジョニ・ミッチェルのオマージュだろうと言われていたんですね。というのも、ジョニ・ミッチェルが1975年にリリースした『Hissing of Summer Lawns』っていうアルバムに『Harry’s House』って曲が収録されてるんです。
(宇多丸)へー!
(高橋芳朗)で、ジョニ・ミッチェルもそのハリーのアルバムリリースの報を受けてTwitterで「素敵なタイトルね」ってリアクションしてたり。で、ハリー・スタイルズ自身、ジョニ・ミッチェルの大ファンで。彼女の代表曲の『Big Yellow Taxi』をカバーしたことがあるからまず間違いないだろうなと思われたんですけど。
(高橋芳朗)ところがですね、アルバムのリリース直前にハリーがApple Musicでのインタビューで明かしたところによるとですね、このタイトルは細野晴臣さんの『HOSONO HOUSE』に由来しているっていう。
(宇多丸)ええっ? 「ハリー」って細野さんの愛称でもあるもんね。
(高橋芳朗)『HOSONO HOUSE』。細野晴臣さんが1973年にリリースしたソロデビューアルバムですけど。ちなみにね、『HOSONO HOUSE』がリリースされたのは1973年の5月25日。49年前の今日です(笑)。
(宇多丸)ああ、なるほど! またしても細野さんの世界的な……ええっ?
(高橋芳朗)そうなんですよ。で、ハリー・スタイルズは親日家としても知られていて。ちょくちょくお忍びで来日してるんですけど。今回のアルバムにも東京でレコーディングした曲は含まれてるんですね。で、おそらくそういう中で『HOSONO HOUSE』を知って。で、気に入って『Harry’s House』というタイトルを思いついたらしいんですね。誰かたぶん、日本の関係者から細野さんのニックネームがハリーということを教わったのかもしれないですね。
(宇多丸)はいはい。うんうん。
(高橋芳朗)それにしても、ハリー・スタイルズから細野さんの名前があがるってちょっと驚愕なんですけどね。
(宇多丸)ねえ。「そこもか!」みたいなね。いやー、すごいわ。
(日比麻音子)さすが!
(高橋芳朗)で、ハリー曰くですね、「自分の内面を歌ったアルバムにその『Harry’s House』っていうタイトルをつけることによって、各収録曲に全く新しい意味が生まれたように思える」っていうコメントをしているんですね。で、音楽的な影響については特に触れてなかったんですけど。今、BGMでかかってる『薔薇と野獣』に代表される『HOSONO HOUSE』のその軽妙なファンキーさは今回のハリーの新作の音楽的方向性に通じるところもあるかなっていう気もしますよね。
(宇多丸)なるほど、なるほど。
(高橋芳朗)で、ここでちょっとアルバムから日本にちなんだ曲を聞いてもらいたいんですけど。タイトルはズバリですね、『Music For a Sushi Restaurant』。
(日比麻音子)うん?
(高橋芳朗)「お寿司屋さん用の音楽」ですかね。直訳すると。で、この曲はアルバムの1曲目なんですよ。だからそれを考えると、これはハリー流のハリーの家へのおもてなしなのかな、なんて気がするのと。あと、やはりハリーにとってお寿司屋さんはちょっとリラックスできる場所なのかな?っていう。そういうことなのかもしれないですね。ファンキーでめちゃくちゃかっこいい曲です。ハリー・スタイルズで『Music For a Sushi Restaurant』です。
Harry Styles『Music For a Sushi Restaurant』
(高橋芳朗)はい。ハリー・スタイルズで『Music For a Sushi Restaurant』でした。
(宇多丸)すごい、もう何貫も食べてるな、みたいな。ガンガンつまんでるな、みたいな(笑)。でも、沸き立つようなさ。
(日比麻音子)ねえ。明るいオーラが発せられてる感じがする。
(高橋芳朗)とにかく明るいっすね。今回のアルバムはね。
(宇多丸)だから、背景にはそういう意味でも一時はかなり苦しんでいたというのがあるとは思えない……まあ、それを聞くとさらに厚みも増すかもしんないけど。歌詞とかも。でも、「よかったね」っていうね。
(日比麻音子)本当。なんかワン・ダイレクション時代を聞いていた自分こそ、今まさに聞かなきゃいけないアルバムだなってすごく思いました。
(宇多丸)たしかにそれこそ、酸いも甘いも知る大人になって。お互いにね。
(高橋芳朗)並走してますね! ハリーと並走を。
(宇多丸)そして、たとえばオリヴィア・ワイルドと出会ってそういう風になったんだったら……「やっぱり人生って出会いだね」なんて話をしみじみしてしまいました。なんて話をしながら、パクパク寿司をつまみたい。そんな1曲という。
高橋;で、今回のアルバムはジャケットのハリーコスチュームにも注目してほしいんですけど。上、トップスは襟がピーターパンカラーで、裾がフリルになって白のブラウスなんですね。
(宇多丸)なんか女性物っぽく見える……。
(高橋芳朗)そうなんです。まさに。で、パンツはブルーのワイドレックのジーンズで。靴はバレエパンプスを履いてるんですよ。で、今宇多丸さんが言ったみたいに、すごい女性的なフェミニンな衣装をまとってるんですけど。ハリー・スタイルズは前作『Fine Line』のリリース前後ぐらいですかね。2019年ごろから「ファッションにジェンダーの境界線など必要ない」っていうメッセージを打ち出してるんですね。
で、2020年の秋に男性単独としては初めて、アメリカ版『Vogue』の表紙を飾ってるんですけど。その時にもドレスとかスカートをまとったスタイリングを披露して、こんな風にコメントをしてました。「服というのは楽しんだり、実験したり、遊んでみたりするためにある。男性のための服だとか、女性のための服みたいな障壁を取り除けば、楽しむことのできる領域が広がることになるんだ」という。そういう風にコメントしてたんですね。
(高橋芳朗)それで今、ほら。男の人が真珠のアクセサリーを身につけるのが流行ってるじゃないですか。で、ハリー・スタイルズはそれを広めた1人って言われますね。BTSのVがパールのイヤリングをつけたのがきっかけみたいなんですけど。
(日比麻音子)なるほど。音楽的にもBTSともハリーは仲がいいという風に聞いてます。コンサートに行ったりもするみたいですね。
(高橋芳朗)メンバーがね、ハリーの歌をカバーしたりしてることもありましたね。ただ、この『Vogue』でのハリーのスタイリングと発言がアメリカの保守層から「男らしくない」っていう批判を見ることになるんですね。
(宇多丸)アホか……。
(高橋芳朗)で、保守派のキャンディス・オーウェンズっていうコメンテーターがTwitterに「強い男性なくして生き残った社会などありません。これは男性たちの女性化であり、明らかに社会への攻撃です。男らしい男性を取り戻しましょう」ってツイートしていて。
(宇多丸)何をびびってるんだよ。本当に。何が怖いんだよ? 本当に。
(高橋芳朗)で、このキャンディス・オーウェンズの投稿に2018年にアメリカ史上最年少の女性下院議員になったアアレクサンドリア・オカシオ=コルテスがハリーを擁護するコメントを自分のInstagramに公開したんですね。曰く、「社会におけるジェンダーの役割を細かく調査して検討する人々がいて、腹を立てています。きっと男らしさや女らしさというものが彼らの怒りや不安を引き起こすのだと思います。もしそうならば、それこそがひとつのポイントではないでしょうか? そういう反応を良く考えて調査して、しっかり関与して成長していきましょう」っていう風にコメントを公開してます。で、このアレクサンドリア・オカシオ=コルテスと共にハリーを擁護したのが、当時まだハリーと交際する前のオリヴィア・ワイルドだったんです。
(宇多丸)ああ、なるほど。
(高橋芳朗)彼女はキャンディス・オーウェンズのTwitterの投稿に「あなたって哀れな人ね」っていう風にレスポンスしたんですけど。
(宇多丸)まあ『ブックスマート』とかを見ればもうさ、「っていうアホは1人もいない世界」っていうさ。ねえ。「もう全然、こっちは先に進んでますから」っていう作品でもあるから、そりゃそうだよね。気持ちいいな。
(高橋芳朗)オリヴィア・ワイルドが監督を務める『ドント・ウォーリー・ダーリング』という映画にハリーの出演が決定して、撮影を開始した直後にこの『Vogue』の表紙を巡る騒動があったんですよね。
(宇多丸)そうか。じゃあ交際の前にまず仕事のあれがあって。
(高橋芳朗)直前ですね。
(日比麻音子)まさにそういったタイミングでもなにか共感というか、響き合うところもあったのかもしれないですね。
(高橋芳朗)まさにそうだと思います。だからこういう経緯を踏まえると、今回の新作のジャケットでハリーがそういうジェンダーレスな衣装をまとっているのは彼がずっとメッセージを発信していた「ファッションにジェンダーの境界線など必要ないんだ」っていう、そういうメッセージ以上の意味があるんじゃないかなって思いますね。やっぱり今のハリーにとって、オリヴィア・ワイルドが最大の理解者で、大きな心の支えになってるのかな?っていう印象をこのジャケットのアートワークを見てもちょっと思いましたね。
(宇多丸)めっちゃ似合ってるし、全然、ねえ。すごいかわいいジャケだし。
(高橋芳朗)で、アルバムにはそういうオリヴィア・ワイルドとの信頼関係を深めていく過程を歌ったと思われるの曲が収録されてるんですけど。それがですね、『As It Was』に続くセカンドシングルに選ばれてる『Late Night Talking』っていう曲で。「君が望むものについて僕らは夜遅くまでいろんな話をしたね。今、君は僕の人生の中にいるんだ」っていうまあ、アツアツなラブソングでございます。では聞いてください。ハリー・スタイルズで『Late Night Talking』です。
Harry Styles『Late Night Talking』
(高橋芳朗)はい。ハリー・スタイルズで『Late Night Talking』を聞いていただいております。
(宇多丸)さっき、ヨシくんが言った風通しの良さとか、本当に明るいとか。なんか、あれだね。これだけポジティブな感じが並ぶアルバムってもうなんかね。
(高橋芳朗)現状4曲、聞いてもらってるけど、すごいいいテンションのアルバムだってことが伝わるかなと思いますね。
(日比麻音子)なんかすごく満たされてる感じがする。それのおすそ分けをもらって私も多幸感がじんわり沸いてくる感じがしますね。
(宇多丸)しかもそれが、いわゆるエンターテイメント的な構築された明るさというよりは、なんかもうちょっと私小説的なところの明るさ。だから本当にケンドリック・ラマーと対照的っていうか。それが同時期に出るって、やっぱりなんかすごい……。
(高橋芳朗)そうですね。1週違いでね。ちなみに、さっきの『Vogue』の一件に関してはですね、ドラマの『POSE/ポーズ』でおなじみの俳優であり歌手のビリー・ポーターが「ハリーを非難するわけではない」っていう風に強調した上で、「ジェンダーレスファッションの先駆者は私だ。にもかかわらず、結局は白人の異性愛者がこういう機会に選ばれるんだ」っていう風にコメントをしていますね。ビリー・ポーターはアフリカアメリカンでゲイであることをカミングアウトしていますけども。こういう反応があったこともちょっと紹介しておきますね。
(宇多丸)たしかに。なるほど。だから本当にインターセクショナリティっていうかね。ひとつでは済まない話だもんね。やっぱりね。
(高橋芳朗)そうですね。で、4曲聞いてもらいましたけど本当、まだまだ触れたい曲がたくさんあってですね。
(宇多丸)っていうか、もうアルバムを聞けやっていう話ですね。これね。
(高橋芳朗)そうなんです。たとえばですね、イギリスの作家のロアルド・ダールの『マチルダは小さな大天才』にインスパイアされた『Matilda』っていう曲ではですね、子供の頃に家が居心地のいい場所ではなかった人たち。家族から虐待を受けていたような人たちにメッセージを送ってるんですけど。これも「家とは場所ではなく心の状態である」っていうそのアルバムのコンセプトに基づいている曲だったりするんですよね。
(宇多丸)うんうん。
(高橋芳朗)そんな感じで本当に全編素晴らしい内容で。たぶん来年のグラミー賞では大量ノミネート確実かなと思います。主要部門の受賞も大いにあり得るんじゃないかなっていう風に思いますね。
(宇多丸)そしてね、ワン・ダイレクションというアイドルグループの末っ子的な……。
(日比麻音子)そうですね。なんか一番年下で、とてもかわいい、なんか元気でやんちゃなイメージが強かったので。当時、夢中になって聞いていた自分だからこそ、まあ責任とまでは言いませんけど。なんか今のハリーをこそ聞いて感じることがワン・ダイレクション時代のファンとしての幸せでもあるんだろうなって今日、思いましたね。
(高橋芳朗)嬉しいですね。素晴らしいコメントです。
(宇多丸)あと、声が本当にいいっていう話をずっとしてて。
(日比麻音子)そう! 相変わらず、やっぱりこのなんていうんだろうな? ハスキーというか、ちょっとかすれた感じというのがやっぱり色あせない。素敵です。
(高橋芳朗)でもさっき日比さんが言ったみたいに本当にね、落ち込んだ時とかに聞くサウンドトラックとしてはもう最高かもしれないですね。気分が上がるし。あと、これから夏に向けてもすごいばっちりなアルバムかなって気がしますね。開放感があるから。というわけで、ぜひチェックしてください。
(宇多丸)ハリー・スタイルズ『Harry’s House』を紹介いただきました。
Harry Styles『Harry’s House』
<書き起こしおわり>